──翌朝。
シャーレの執務室。
「「「「……」」」」
その部屋の中に、四人の生徒が並んでいた。
その生徒達は──、
──アル。
──カスミ。
──トキ。
──ヒヨリ。
この世界における『便利屋68』の面々が、私の前に立っていた。
何故こんな状況なのかというと、昨日に遡る。
私は彼女達に『高級焼肉』を奢った後、『便利屋68』の現状を簡単に教えてもらった。
なんでも──、
アル達は、現在、住む場所もない
(詳しい話までは教えてくれなかったが……そんな生徒たちを、見過ごせるわけもない)
だからこそ、彼女達を説得して、昨日はシャーレに泊まってもらった。
流石の私も、見知った生徒たちをホームレスにするわけにはいかない。
幸いにもシャーレには、私一人で使うのには勿体ない程に、部屋が有り余っている。
しかも、シャワーやキッチン等の生活する為の設備も整っている。
私は空き部屋に、彼女達を案内して、ゆっくりと休んでもらった。
そうして──現在。
私の前に『便利屋68』の皆が、気まずそうな表情でやってきていた。
「……みんな、昨日はよく眠れた?」
私がそう尋ねると──、
「……」
「……」
「……」
「……」
四人は、無言でこちらを見つめていた。
「え? ええっと……」
何だろうか。
昨日の疲労がまだ残っているのだろうか。
そう思っていると──、
「……先生」
最初に口を開いたのは、アルだった。
「ど、どうしたの、アル?」
「……ベッドって、こんなに柔らかいものだったのね」
「ア、アル?」
アルは真剣な顔で、私を見つめている。
「昨日まで、地面に敷いた簡易マットで寝ていたから……」
「そう、だったんだ……」
「……ええ」
アルは神妙に頷いた。
「おかげで、昨夜は一度も目を覚まさなかったわ」
「それは良かったよ」
「……それと」
アルは少しだけ視線を逸らす。
「シャワーも、ありがとう」
「うん?」
「っ……き、昨日! シャーレのシャワーを使わせてもらったでしょう?」
「あぁ、そうだったね。気持ち良かった?」
「……最高だったわ」
「そ、そんなに?」
「ええ」
アルは真剣な表情で頷いた。
「四日間、まともに身体を洗えていなかったから……」
「ん? え……四日間?」
「あっ……!」
「ア、アル?」
「し、仕事が忙しかったのよ! いつもは違うわ!!」
「ええっと、仕事をしててもシャワーくらいは……」
「こ、細かいことはいいの!」
アルが顔を赤くする。
その横で、ヒヨリが小さく手を挙げた。
「あ、あの……先生」
「っ! どうしたの、ヒヨリ?」
「私も……シャワー、ありがとうございました」
「うん」
「お布団も……」
「うん」
「焼肉も。朝ご飯も……」
「うん」
ヒヨリは少し俯く。
「本当に、ありがとうございます……!」
いつものおどおどした様子とは少し違う。
その表情には、心からの感謝が滲んでいた。
「気にしなくていいからね、ヒヨリ!」
私は笑って答える。
「困った時はお互い様だからね!」
「……っ」
ヒヨリが目を潤ませる。
「せ、先生ぇ……!」
「うん?」
「やっぱり先生は……優しい人です!!!」
「……そうかな?」
「はい……!」
その隣で、カスミも静かに頷く。
「私からも礼を言わせてほしい」
「カスミ?」
「昨日は食事までご馳走になった」
カスミは少し申し訳なさそうに笑う。
「それだけではない……先生には、寝床も、風呂も、朝食も用意してもらった」
「だから、気にしなくていいって」
「……そう言ってくれるのはありがたいが」
カスミは少しだけ間を置く。
「我々は、依頼に失敗した上に、依頼主から預かった資金まで使い果たしている」
「……」
「つまり、現在の『便利屋68』には……」
カスミが指を一本立てる。
「仕事がない」
二本目。
「金もない」
三本目。
「そして──
カスミは、アルを見る。
アルの顔は引き攣っていた。
「ちょ、ちょっとカスミ!? それを先生に言わなくてもいいでしょ?!」
「けれど、事実だろう、アル?」
「事実だけど……事実だけれど……!!」
アルが慌てて私を見る。
「せ、先生!!」
「う、うん」
「これは違うのよ!」
「ええっと……アル?」
「私達は別に……その……!」
アルは言葉を探す。
「ホームレスになったわけじゃないから!」
「……いや、現状としてはかなり近いんじゃないかな?」
「違うわよ!」
アルが机をバシバシと叩く。
「これは一時的な資金難!」
「それにしても、残金ゼロは……私もまずいと思うよ」
「うぐっ……!」
アルが撃沈した。
「……」
トキはそんなアルを眺めながら、静かに口を開く。
「先生」
「うん? どうしたの、トキ?」
「私達は、今後どうすればよいでしょうか?」
「そ、そうだね……」
私は少し考える。
(原作だと『便利屋68』は、いつも経営難に陥っているように思える。けれども、事務所を構えており、ホームレス暮らしではなかった……)
もう既に対策委員会編の流れは、原作の『ブルーアーカイブ』と変わりつつある。
私は不安そうにこちらを見つめるアル達を見つめる。
(──
目の前で困っている生徒がいたら、私は力になりたい。
それが私の紛れもない
「とりあえず、次の仕事が見つかって、ある程度の資金に余裕が出るまでは、
「「「「──っ!?」」」」
四人が驚いた表情で、一斉にこちらを向く。
「ほ、本当ですかぁ!?」
「うん」
「食事も?」
「うん」
「寝る場所も?」
「うん」
「シャワーも?」
「もちろん。全部、使っていいよ」
「──っ!?!?」
ヒヨリの顔が明るくなる。
「アル社長!」
「っ……」
ヒヨリの呼び掛けに、アルは何か葛藤する表情を浮かべていた。
「……先生。私達はアウトローなのよ」
アルは、拳を握り締める。
「便利屋68は……誰かに助けてもらうような、そんな甘い存在じゃないわ」
「っ……アル……?」
カスミが静かに名前を呼ぶ。
けれど、アルは止まらなかった。
「私達は、自分達の力で仕事をして、お金を稼いで……自分達の力で裏社会を生きていくの」
アルは胸を張る。
その表情には、いつもの見栄や虚勢とは違うものがあった。
「それが──『便利屋68』なのよ!!」
「……」
「だから……」
アルは一度、俯いた。
「先生に面倒を見てもらうなんて……そんなの、
声は小さかった。
それでも、そこには確かな
「……私は」
アルは自分の胸元を握る。
「便利屋68の社長なの! だから……! 先生に、これ以上甘えるわけにはいかないわ!!」
アルは顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめる。
「アル社長……」
ヒヨリが目を輝かせながらアルを見る。
トキは静かにアルを見つめている。
カスミは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「っ……何よ、カスミ?」
「いや〜、アル! 私は嬉しくてな」
カスミは小さく笑う。
「ハーッハッハッハッ! それでこそ、私が信じる社長だな!」
「な、何よそれ!」
「アルは、普段は勢いだけで突っ走るからな」
「失礼ね!?」
「昨日もそうだっただろう?」
「うぐっ……」
アルが言葉に詰まる。
「けど、そんなアルだから、私は君の傍にいるんだ」
「っ……そ、そう」
カスミの言葉にアルは顔を赤くして、そっぽを向く。
私はそんな四人──『便利屋68』を見つめる。
アルの言っていることは分かる。
彼女達は『便利屋68』として、 自分達の憧れるアウトローを目指して、誰にも頼らず、自分達のやり方で生きようとしている。
それは眩しいほどに。
だからこそ──、
「……アル」
「な、何よ、先生?」
私は目を逸らずに、アルを見つめる。
「一つだけ、
「……え?」
「私はね、君達に『甘えてほしい』からここに置くんじゃない」
「……」
「君達が、もう一度立ち上がるためのサポートをしたい」
「……っ」
アルの目が僅かに見開かれる。
私は笑う。
「私は、アル達の『便利屋68』のアウトローを信じているからこそ、
「……え?」
呆然と私を見つめるアルに、私は向き直る。
「君達が自分達の力で生きようとしていることは、ちゃんと伝わってるよ」
「っ……先生……!」
「だから、私は『便利屋68』が、このまま無くなってほしくない」
アルの表情が変わった。
「……先生」
「ここにいる間に、次の仕事を探そう」
「……」
「お金を貯めて、また自分達の事務所を構えて」
「……」
「そして、また『便利屋68』として活動をすればいい」
私は優しくアルへ微笑む。
「そのためのスタート地点として、シャーレを使えばいいんだから」
「っ……」
アルはしばらく黙っていた。
そして──、
アルはゆっくりと口を開く。
「わ、私達は……先生に迷惑をかけるかもしれないわ」
「その時は、その時だよ」
「仕事が見つからないかもしれない」
「その時は、一緒に考えよう」
「……またお金を使い果たすかもしれない」
「それは……できれば勘弁してほしいかな」
「……ふふっ」
アルが少しだけ笑った。
しばらくして──、
「……先生」
「うん?」
「ずるいわね。先生は、ずるいわ」
「大人はずるい生き物だからね!」
「そう……先生に、そんなこと言われたら……私は……私たちは……!」
アルは拳を握り締める。
「断れないじゃない!!」
「アル社長……!!」
ヒヨリが嬉しそうに、頬を緩ます。
やがて、ゆっくりと顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめる。
「……分かったわ、先生」
「……っ!」
「『便利屋68』は暫く、シャーレでお世話になるわ!」
アルは深々と頭を下げる。
「私たちはここから、もう一度やり直す!」
「うん」
「必ずお金を稼いで……!」
アルは拳を握る。
「立派なアウトローに返り咲いてやるんだから!!」
「おお……!」
ヒヨリが目を輝かせる。
「アル社長、格好いいです!」
「でしょう!? ヒヨリ!?!」
アルが胸を張る。
「それでこそ、我らが社長だな」
カスミも嬉しそうに笑う。
「了解しました」
トキも頷く。
「では、本日より『便利屋68』は──」
トキが淡々と告げる。
「シャーレを仮拠点として活動を再開します」
「そういうことよ! トキ!」
アルが勢いよく立ち上がる。
「ここからが──」
そして、拳を高く掲げる。
「『便利屋68』の、
「「おーっ!!」」
ヒヨリとカスミが拳を上げる。
「……おー」
トキも小さく拳を上げた。
私はそんな四人を眺めながら、思わず笑ってしまう。
こうして──、
無一文となった『便利屋68』は、シャーレを仮の拠点として、再び、活動を始めることになった。
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一方その頃。
──ゲマトリア・会議室。
「失礼、少々遅れました」
赤く染まった空間に、一人の男が足を踏み入れる。
その男の名は──『
ゲマトリアに所属し、先日の『サキ救出作戦』の裏側で暗躍していた人物である。
黒服が会議室に入室すると、その足元に淡い光が走った。
次の瞬間──、
会議室の中央に光輪が浮かび上がる。
──円卓を思わせる、巨大な光輪。
その周囲に、既に
黒服は、集まった面々を一人ずつ見回す。
「ほう?」
そして、僅かに首を傾げた。
「ベアトリーチェは
「マダムは欠席だと、先程連絡がありました」
黒服の呟きに、ゲマトリアの一人が答える。
それは茶色のコートを羽織り、ステッキを持った顔のない男性。
その男の名は──『デカルコマニー』。
そして──、 もう片方の手には、額縁に入れられた写真を持ち、その写真には、後ろ向きのシルクハットを被った男性が写っている。
その男の名は──『ゴルコンダ』。
「
「そういうこったぁ!」
「ふむ。珍しいですね……」
黒服は顎に手を当てる。
──ギィィ。
その時、会議室に軋むような音が響く。
「
黒服たちの会話に割り込むように、一人の男が話し始める。
その人物は、タキシードを身に纏い、双頭のマネキン人形のような異形の姿をする。
その男の名は──『マエストロ』。
「戒律を守護せし者の血統……その
「ほう? あちらも順調に進めているようですね?」
「はい。おかげで、私の実験は更に『
マエストロはそう言い、双頭を俯かせる。
「まあ、マダムの戦力を借りられないのは残念ですが……事前にあの
黒服は会議室に集まった面々を、再び見回す。
「本日の議題は『
黒服はそう宣言し、最後の一人へと視線が向けられる。
その男は、黒塗りの顔に白髪。
幾つもの瞳が時計の文字盤となっており、額にはローマ数字で『18』が刻まれている。
その男の名は──『
「……っ」
地下生活者が、僅かに顔を上げる。
「小生を此処に呼んだのは、どういう要件だ、黒服?」
地下生活者が不機嫌そうに、黒服に問いかける。
「貴方もお気付きでしょう? この世界の
「……」
地下生活者は答えなかった。 ただ、顔に浮かぶ瞳だけが、不規則に動いている。
やがて──、
「本来であれば……」
低く、苛立ちの滲んだ声が響いた。
「貴様らごときに、
地下生活者は、光輪の上で指先を遊ばせる。
「……だが、『
その声に、苛立ちが増していく。
「通常であれば、貴様らに小生が協力するつもりはなかった。これは、小生の行いが評価され、小生に与えられた
「ほう?」
黒斑のひび割れた右目が、地下生活者を真っ直ぐに見つめる。
「っ……だが、前回の世界……あの苦行が小生に、どんな気付きを齎したのか」
地下生活者は僅かに俯いた。
「誠に遺憾だが……今回は小生も手伝ってやろう」
「その言葉を待っていました」
黒服は満足そうに頷いた。
「私たちゲマトリアは、貴方を再び歓迎いたします」
そんな黒服に対し、地下生活者は露骨に舌打ちをする。
その態度が気に入らなかったのか、ゴルコンダが地下生活者に近付く。
「以前も言ったが、
「ッ……ゴルコンダ……貴様ッ……!」
「以前の
「ッッ……!!」
ゴルコンダの言葉に、地下生活者は黙り込む。
顔に浮かぶ全ての瞳が、大きく揺れ動く。
「……敗北、だと?」
地下生活者の声が、低く響く。
「小生が敗北したのではない。あれは……予定外の
「乱数ですか?」
ゴルコンダが、愉快そうに笑う。
「では、此度の『
「……そのような事を小生はしない。故に、
地下生活者は拳を強く握りしめる。
彼の様子を一瞥して、黒服が静かに口を開く。
「ゴルコンダ、地下生活者。そこまでです。いずれにせよ、今後について、我々が確認すべきことはコチラです」
黒服の前に、いくつもの光輪が浮かび上がる。
そこに映し出されたのは──、
──アビドス。
──ミレニアム。
そして、先日の『サキ救出作戦』の記録。
「この世界では、既存のシナリオから外れた事象が、あまりにも多く発生しています」
「この根幹はやはり……」
マエストロが双頭を傾ける。
「生徒の所属。人間関係。元の世界の記憶……そして、
「えぇ、そうです。それらが混ざり合った影響が齎した結果です」
黒服はマエストロの言葉に頷く。
そして、光輪の映像が切り替わる。
そこに映し出されたのは──、
【
【アビドス高等学校】
【カイザーコーポレーション】
【大オアシス】
【SRT特殊学園】
「……っ!」
地下生活者の瞳が、一斉に映像へ向く。
「それでは、皆様に『
そして──、
最後に
【
「『
黒服の声と共に。
対策委員会の皆と笑い合う
「せ、先生! 私たちは今からシャワーを借りるわ!」
「ん? 分かったよ、アル」
「だから……その……絶対に覗いちゃ駄目よ!!」
「う、うん。勿論だよ。私は先生だからね」
「そ、そうよね。けど、絶対に覗いちゃ駄目なんだから!」
「……うん」
「絶対に絶対になんだから!」
(絶対に覗かないけど……アルが言うとフリにしか聞こえない件)