何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

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「うふふ、コハルちゃん……何処にいると思ったら、ミレニアムにいたんですね? 」
「なっ……!? 」
「ミレニアムには最先端の健康グッズが沢山ありますし、コハルちゃんにはピッタリな学園ですね」
「い、いきなり何言ってんの!? 下ネタはダメ! 禁止! 死刑! け、健康グッズって何の事を言ってんの!?」
「それはもう……うふふ……」




第37話:間違った先の世界

 

「…… 飛鳥馬(あすま) トキね」

 

 ヒナはトキをじっと見つめた。

 

 その表情からは、何を考えているのか分からない。

 

 私は、そんなヒナの隣に立つ少女へ視線を向けた。

 改めて見ると、やはり間違いない。

 

 ──下江(しもえ) コハル。

 

 原作であれば、トリニティ総合学園に所属する正義実現委員会の生徒。

 

 そして何より──、

 

 メインストーリー Vol.3

『エデン条約』編。

 

 そこで重要な役割を担う、

()()()()()』の生徒でもある。

 

 そんなコハルがミレニアムにいる。

 

(最早、この現象には驚かないが……決して驚かないが……! もしや、この部屋の前に、コハルがいるということは……!)

 

 私は思わずコハルを凝視してしまう。

 

「……何よ、先生? 私をずっと見てるけど……」

 

 しまった。

 

「っ! い、いや、何でもないよ!」

「絶対何か思ったでしょ!?」

 

 コハルが地団駄を踏む。

 

「そもそも、隣の人はさっき私の事を『チビっ子門番』って言ってたけど、普段の私は門番じゃないし!」

「そうなのですか?」

「そう!」

 

 コハルは胸を張る。

 

「私は()()()()()()なんだから!」

 

(っ……!)

 

 やはり。

 

(コハルはセミナー所属……つまり、()()()の枠?)

 

 脳裏に、どこか憎めない笑顔で『にははは』と笑う少女の姿が浮かぶ。

 

 ……いや、考えるのは後だ。

 今は目の前の状況を優先するべきだ。

 

「……コハル」

「は、はい!」

 

 ヒナが静かに口を開いた。

 

「そろそろ中に入ってもいいかしら?」

「あっ……」

 

 コハルが固まる。

 

「ご、ごめんなさい、会長! すぐ入ります!」

 

 コハルは慌てて扉の横へ移動する。

 

「先生、入って」

「あ、ありがとうね、ヒナ」

 

 私たちはそのまま、セミナーの生徒会室へ入った。

 部屋の中は、以前訪れた時とほとんど変わっていない。

 

 けれど──ヒナとコハル以外にも、()()()()()がいる。

 

()()!」

「っ……」

 

 ソファに座っていた少女が顔を上げる。

 

「来ていたんだね! 退院おめでとう!」

「……ああ」

 

 そこにいたのは、アビドス高等学校の空井(そらい) サキだった。

 

「先生。この間はお見舞いに来てくれて、ありがとな」

 

 制服姿ではあるものの、いつもの鉄帽は被っていない。

 そして、まだ本調子ではないのだろう。

 その表情には、僅かな疲労が残っている。

 

 それでも──、

 腹部に巻かれていた包帯はもう外れていた。

 それを見た瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、少しだけ解けた。

 

「本当に良かった。もう身体は大丈夫なの?」

「ああ。ミレニアムの医療班のおかげだ。もう問題ない」 

「それならよかった。本当に良かったよ」

 

 私は笑顔を浮かべる。

 

「アズサも今日退院なんだよね?」

「ああ。アズサ先輩は、ホシノ先輩から『退院祝いだぁ〜』とか言われて、きっと大将のところに連れていかれたと思う」

 

 サキが苦笑いをする。

 

「そっか。柴関ラーメンに……」

 

 私は胸を撫で下ろす。

 

 これで、あの『サキ救出作戦』で怪我を負った二人も、ようやく日常へ戻っていく。

 

 そう思った、その時──、

 

「……先生」

「ん?」

 

 ヒナの声が、静かに響いた。

 

「少し、いい?」

「ええっと……」

 

 ヒナは私を真っ直ぐに見つめている。

 その表情には、先ほどまでの穏やかさがない。

 何かを決意したような──そんな顔だった。

 

()()()()()()があるの」

 

 ヒナはそう言うと、私の横に控えるトキに視線を向ける。

 

「できれば、私と先生……それから空井(そらい) サキの三人で話したいわ」 

「……あっ、そういえば」

 

 私は今朝、モモトークで届いたメッセージを思い出す。

 

 ヒナは私に話したい事がある。

 だからこそ、ミレニアムまで私を呼び出したのだ。

 

「分かったよ、ヒナ」

 

 私は頷いた。

 すると──、

 

「……先生」

 

 すぐ隣から、トキの声が聞こえてきた。

 

「どうしたの、トキ?」

「私も同行します」

「……え?」

 

 トキは当然のように言う。

 

「私は先生の護衛ですので」

「いや、その……」

 

 私はヒナを見る。

 ヒナは少しだけ困ったように眉を下げた。

 

「……飛鳥馬(あすま) トキ。今回の話は、できれば先生とサキだけで話したいの」

「……」

 

 トキは黙ってヒナを見る。

 

「先生に危険が及ぶ可能性はありますか?」

「ないわ」

「確証は?」

「……」

 

 ヒナが僅かに言葉を詰まらせる。

 その様子を見て、私は思わず苦笑した。

 

「トキ」

「はい」

「大丈夫だよ」

「ですが──!」

「ヒナは私を傷つけるために呼んだわけじゃないと思う」

「……」

「それに、ほら……アビドスのサキもいるから」

 

 私はソファに座るサキへ視線を向ける。

 

「サキが一緒なら、何かあっても大丈夫だよ」

 

 サキが少し驚いたような顔をする。

 けれど、すぐに口元を僅かに緩めた。

 

「トキ。先生のことは、私に任せてくれ!」

「……」

 

 トキはしばらく黙っていた。

 そして──、

 

「……承知しました」

「ありがとう、トキ」

「ただし、先生。一つ約束してください」

「ん?」

 

 トキは真剣な表情で私を見て、私の袖を掴む。

 

「何かあれば、すぐに私を呼ぶことをです」

「うん」

「直ぐに駆け付けますから」

「うん、分かったよ、トキ。約束するよ」

「……はい」

 

 それだけ言うと、トキは一歩下がった。

 その様子を見ていたコハルが、呆れたように口を開く。

 

「……あんた、本当に過保護ね?」

「過保護ではありません」

 

 トキが即答する。

 

「私は先生の護衛です。なので、常日頃から先生の隣にいなければいけません」

「いや、それを過保護って言うのよ!?」

「そうでしょうか?」

「そうよ!」

 

 コハルが腕を組みながら頷いた。

 

「そもそも、ここはミレニアムの校舎なんだから変なことする人なんて──」

「けれど、先生を()()人がいる可能性はゼロではありません」

「っ……!?」

 

 コハルの顔が赤くなる。

 

「お、()()って何よ!? 」

「……? それは先生を押し倒したり……」

「──っ!? お、押し倒して襲うって……ダメ! エッチなのは禁止! 死刑!!!」

「……ええっと」

 

 コハルが顔を真っ赤にしながら、トキを指差す。

 対するトキは、本気で困惑していた。

 

「……コハル」

「は、はい!」

 

 そんなコハルに、ヒナは額に手を当てながら、深い溜息を吐く。

 

「あなたは少し趣味を見直すべきね。ユウカにも見張るように伝えておくわ」

「うっ……」

 

 コハルは肩を落とす。

 

「だ、だって……! あんなこと言われたら、誰だって誤解するでしょ、会長!?」

「誤解ではありません」

 

 トキが淡々と告げる。

 

「コハルの脳みそがピンク色なんです」

「そ、そんな事ないわよ!?」

 

 コハルは叫ぶ。

 トキはそんなコハルを暫く見つめる。

 

「……コハルは、面白い人ですね」

「なっ……!?」

「あっ……これは褒め言葉ではございません」

「分かってるわよ!! エッチなことで褒められたくないわ!!」

 

 コハルが声を荒らげる。

 そんな彼女を見て、トキの頬がほんの僅かに緩んだ。

 

(……どうやら、トキも少し楽しんでいるらしいね)

 

 その様子を見ていたサキが、小さく息を吐いた。

 

「……なんか、騒がしいな」

「はは……」

 

 私は苦笑する。

 正直、これからかなり重い話をするのだと思っていた。

 

 だからこそ──、

 こういうやり取りが、少しだけありがたかった。

 

「……先生、サキ」

 

 ヒナの声が、再び部屋を静かにした。

 

「奥の部屋に行きましょう」

「……うん、分かったよ」

 

 サキもソファから立ち上がった。

 

「先生、こっちよ」

 

 ヒナはそう言って、生徒会室の奥へと歩いていく。

 その背中を追いながら、私は一度だけ振り返った。

 

「トキ」

「はい」

「ちょっと行ってくるね」

「……承知しました」

 

 トキは少しだけ心配そうに私を見る。

 けれど、今度は何も言わなかった。

 

 

 □■□■□■□■□■□■□

 

 

 私は、生徒会室の奥にある小さな応接室へと入った。

 

 ヒナは三人が入室した事を確認すると、扉を閉めた。

 

 ──カチャリ。

 

 鍵を掛ける音が、静かな部屋に響く。

 

 先ほどまで聞こえていたコハルとトキの声も、完全に聞こえなくなる。

 

「……」

「……」

「……」

 

 部屋にいるのは、私とヒナとサキの三人だけ。

 

 ヒナは向かい側のソファへ座ると、私にも座るよう促した。

 

「先生とサキも、座って」

「うん」

 

 私はヒナの正面に腰を下ろす。

 私の隣にはサキが座った。

 

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 ヒナは俯いたまま、自分の手を見つめている。

 サキもまた、険しい表情をしていた。

 

「……ヒナ?」

 

 私は思わず声をかける。

 

「……ええ」

 

 ヒナは顔を上げる。

 その瞳には、普段の冷静さとは違うものがあった。

 

 ──迷い。

 

「先生」

「うん」

「確認したいことがあるの」

「確認したいこと?」

「えぇ、そうよ」

 

 ヒナは一つ息を吐くと、私と目を合わせる。

 

「単刀直入に聞くわ。先生は──()()()()をどう思っているの?」

「……え?」

 

 それは、予想していなかった質問だった。

 私は思わず、ヒナの顔を見る。

 

()()()()……って?」

「そのままの意味よ」

 

 ヒナは視線を逸らさない。

 

「このキヴォトスのこと」

「……」

「アビドスも、ミレニアムも、ゲヘナも……その他の学園の生徒たちも……」

 

 ヒナは一つ一つ、確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「先生は、()()()()をどう思っているの?」

「……」

 

 何故ヒナが、私にそんな事を聞くのかは分からない。

 

「どうって……」

 

 私は不意に、窓の外へ視線を向ける。

 

 ──ミレニアムの街並み。

 ──巨大な電光掲示板の数々。

 ──行き交う生徒たち。

 ──そして、銃を持って歩く少女たち。

 

 その光景を見て、無意識のうちに言葉が漏れる。

 

「……不思議な世界だと思う」

「不思議?」

「うん」

 

 私は苦笑しながら、本心を言語化する。

 

「だって、キヴォトスの外から来た私からすれば……普通に考えたらあり得ないことばかりだからね」

「……」

「女子高生が銃を持って歩いているし……頻繁に銃撃戦が起きても、少し怪我をする程度で済んだりする」

 

 サキが僅かに眉を動かす。

 

「それに、学校同士が自治区を持っていて、それぞれ独自の文化も存在してる」

 

 私は少しだけ笑う。

 

「本当に不思議な世界だよ」

 

 私はこれまでの思い出を振り返る。

 

「でもね──」

 

 言葉を止める。

 

「私はそんなキヴォトスが……()()()()()()()()なんだと思う」

 

 ヒナの瞳が僅かに揺れた。

 

「どうして?」

「どうしてって……」

 

 私は少し困ったように笑う。

 

「ここにいる皆が、一生懸命に()()()()()()()姿が眩しくて、何よりも()()()()()と思うからかな」

「……!」

「アビドスの皆もそうだし、ミレニアムの皆もそう。先日のサキ救出作戦だって……」

 

 私は隣に座るサキを見る。

 

「サキを助けるために、みんなが一丸となった」

「っ……先生……」

「そんな皆の姿が眩しいんだ。この世界を不思議だと感じることがあっても、この世界だからこそ、出会った生徒たちとの時間を大切にしたい」

 

 私はサキとヒナの二人を見つめる。

 

「私は一人の大人として。そして、何より()()として、()()()()()()()()()()()って思ってる」

 

 私は自分の胸に手を当てる。

 

「これが私の想いだよ」

 

 ヒナは黙っていた。

 その表情からは、何を考えているのか分からない。

 けれど──、

 

「……そう」

 

 小さな声が返ってきた。

 

「ヒナ?」

「ごめんなさい。突然、こんな事を聞いてしまって……」

「え? いや、全然いいんだよ!」

「ふふっ……先生、ありがとう。今の答えを聞いて、少し安心しただけ」

 

 ヒナは目を伏せる。

 

「やっぱり、先生は()()なんだって」

「……?」

 

 ヒナの言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 

「それって、どういう──」

「先生」

 

 ヒナが私の言葉を遮る。

 

「もう一つだけ聞かせて」

「う、うん」

「これはあくまで、()()の話だけれど」

 

 ヒナは慎重に言葉を選ぶ。

 

「先生はこの世界が──『()()()()()()()()』だとしても、受け入れる?」

 

 胸の奥がざわついた。

 

「っ……ま、間違った、先?」

 

 私はヒナの言葉を聞き返す。

 

「えぇ、そうよ」

 

 ヒナはそう言い、サキへ視線を向ける。

 

「この世界とは違うキヴォトスがあったとして……」

「……」

「各学園の生徒達の所属が違う、もう一つの世界があったとしても……」 

「っ……!?」

 

 ──各学園の生徒の所属が違う。

 

 そのヒナの言葉を聞いた瞬間──、

 原作を知っている私には、()()()()()()が浮かんだ。

 

(……原作の『ブルーアーカイブ』の世界を、ヒナとサキも()()()()()?)

 

 私は、膝の上で両手を組んだ。

 

(……落ち着け)

 

 もし推測が正しいのなら──、

 原作知識という『()()』を持つ私──先生を見せてしまっても、いいのだろうか。

 

「……先生?」

 

 ヒナが、こちらを窺うように声を掛けてくる。

 

「っ……ごめんね、ヒナ。ちょっと考えていたよ」

「……ええ」

 

 ヒナは小さく頷いた。

 

「それで……どう? もし、この世界が、()()()()()とは違うものだったら」

 

 ヒナは一度、間を置く。

 

「それでも、先生なら()()()()を受け入れられる?」

「……」

 

 私はしばらく黙った。

 そして、できるだけ自然に答える。

 

「……受け入れると思うよ」

「……!」

 

 ヒナの瞳が、僅かに揺れた。

 

「だって」

 

 私は二人から目を逸らさない。

 

「もしそんな世界があったとしても、出会った人たちは生きていると思うから」

「っ……!」

「世界が違うからって理由だけで、ここにいる人たちを否定するなんて……私はできないよ」

 

 私の隣でサキが、僅かに目を見開いた気がした。

 

「……そう」

 

 ヒナは、しばらく何も言わなかった。

 ただ、私の言葉を確かめるように、じっと私を見つめている。

 

「世界が違ったとしても……そこに生きている人たちが偽物になるわけじゃない。出会った人たちとの時間は、本物だと思うから」

 

 私はゆっくりと言葉を続ける。

 

「少なくとも、私はそう思うよ」

「……」

 

(……これで、()()()()()()()()()?)

 

 ヒナは黙っていた。

 けれど、その瞳から先ほどまでの迷いが少しずつ消えていく。

 

 代わりに浮かんでいたのは──、

 

「……よかった」

「え?」

「ううん……何でもないわ」

 

 ヒナは小さく首を振った。

 そして、隣に座るサキへ視線を向ける。

 

「……サキ」

「ああ」

 

 サキは短く答えた。

 

「やっぱり、先生は……」

「……?」

 

 二人の間で、何かが通じ合っている。

 

 けれど──、

 私はそれ以上、口を挟まなかった。

 

(……やっぱりだ)

 

 私の中で確信が強くなっていく。

 ヒナとサキは、きっと、この世界とは別の何かを()()()()()

 

(それなら……私が原作知識として、ブルーアーカイブの世界を知っていることを二人に伝えても……)

 

 私は口を静かに開ける。

 

 けれど──、

 ()()()()()()()()()()

 

 脳裏に、あの『廃墟』地区の『工場』での出来事が蘇る。

 

『続いて、対象の身元を確認します……シャーレの先生』

()()()()()()()()()()。資格が認められません。入室権限を付与できません』

 

 私は『A()L()-()1()S()』と会えなかった。

 

(私は……何者なのだろうか?)

 

 そんな疑問が、ずっと胸の奥に残り続けている。

 

「ええっと……二人はどうして、そんな事を私に聞いたの?」

「「──っ!」」

 

 ヒナとサキの肩が跳ねる。

 だが、ゆっくりとサキが口を開く。

 

「あ、あくまで、仮定の話だけど……先生に確認したかったんだ」

「私に?」

「ああ」

 

 サキは真っ直ぐ私を見る。

 

「先生は、生徒のことをどう思っているのか」

「……」

「そして、そんな世界があったとしたら、どう思っているのか」

 

 サキの声には、僅かな不安が混じっていた。

 

「もし先生が『間違っていない世界こそが本物だ』って思っているなら……」

 

 サキはそこで言葉を止める。

 

「間違った先の世界にいる人たちは……どうなるんだろうなって」

「……サキ」

 

 胸の奥が締め付けられる。

 

「……ふふ」

 

 ヒナが、小さく笑った。

 

「けれど、もう大丈夫……やっぱり、先生は()()ね」

「え?」

「先生、ありがとう。今日は、先生に確かめてみたかっただけなの」

 

 ヒナは優しく微笑む。

 

「……ええっと。じゃあ、これで終わりでいいのかな?」

「えぇ、そうよ」

 

 ヒナは頷いた。

 

「あと、今日の話は……誰にも話さないで」

「……分かった」

 

 私は頷いた。

 

「誰にも言わないよ」

「ありがとう、先生」

 

 ヒナは、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

「……最後に、一応伝えておくけれど」

 

 ヒナは少しだけ視線を逸らした。

 

「さっきまでの『仮定の話』は……うちの()()()()()()が考えているゲームの設定なの」 

「……へ?」

 

 思わず、間の抜けた声が漏れた。

 サキは咄嗟に席から立ち上がり、ヒナの手を取り、部屋の隅へと連れていく。

 

 そして──、

 私に聞こえないくらいの小声で何かを言い合っている。

 

「ヒ、ヒナ先輩……! いきなり、何言ってんだ?」

「っ……こ、これで騙し通せると思って……」

「ゲ、ゲームの話でしたってことで、か?」

「そうよ」

「む、無理があるだろ」

「……」

 

 ヒナは黙り込む。

 

「いや、けれど……『間違った先の世界』とか『本物の世界』とか……ゲームの設定としても、意外といけるのか?」

「……サキ」

「なんだ?」

「いけるわ。信じるのよ、先生を」

「……っ」

「せ、先生なら……きっと……」

 

 サキが大人しく口を閉じる。

 そんな二人を、私は呆然と見つめていた。

 

「……ええっと」

「……」

「……ゲームの話、なんだよね?」

「っ!? ええ、そうなの、ゲームよ!」

 

 ヒナは、ものすごく真剣な顔で頷いた。

 

「ミレニアムサイエンススクールは『ゲーム開発部』という部活があるのだけれど、そこが、最近作っているゲームの設定なの!」

「……そ、そうなんだ」

「そうよ」

「……」

「……」

 

 ──沈黙。

 

 私はヒナを見る。

 ヒナも私を見る。

 

 ヒナの視線は、僅かに泳いでいる気がした。

 

(絶対に、嘘だよね)

 

 そう思った。

 けれど──、

 

「……そっか。ゲームの話だったんだね!」

「っ……!」

 

 ヒナの表情が、ほんの僅かに緩んだ。

 

「ミレニアムのゲーム開発部か……そういうゲームを作っているなら、今度遊んでみたいね」

「ええ」

 

 ヒナは即座に頷いた。

 

「ミレニアムの会長である私から、ゲーム開発部には、ゲーム制作を急ぐように頼んでおくわ」

 

 ヒナは、ほっとしたように息を吐く。

 ヒナの声が、ほんの少しだけ上ずっていた。

 

 けれど、私はそれ以上は追及しなかった。

 

 今のヒナとサキの表情を見れば分かる。

 

 二人が何を知っているのか。

 それはまだ確証はない。

 

 けれど──、

 

(いつか、二人が話してくれる日が来るまで……)

(その時までに、私も()()()()の答えを見つけておこう) 

 

「……先生」

「ん?」

 

 ヒナが、少しだけ申し訳なさそうに口を開く。

 

「今日は、変なことに付き合わせてしまってごめんなさい」

「いやいや! 気にしなくていいよ!」

「……ありがとう」

 

 ヒナは小さく笑う。

 その笑顔は、先ほどまでの緊張が嘘だったかのように穏やかだった。

 

「それじゃあ、今日の話はこれで終わりにしましょう」

 

 そう言って、ヒナとサキが応接室の扉を開ける。

 そんな背中を、私は静かに見つめた。

 

 応接室の扉が閉じて、生徒会室に戻ると、

 

「──先生! 大丈夫でしたか!?」

 

 すぐにトキが駆け寄ってきた。

 

「うん。大丈夫だよ」

「本当でしょうか? 何かあの会長から、何かされませんでしたか?」

「な、何もされてないよ」

「そうですか……」

 

 トキは私の身体を上から下まで確認する。

 

「問題ありませんね」

「あはは……大丈夫だよ」

 

 私は苦笑する。

 そんなトキの様子を見ていたコハルが呆れたように呟く。

 

「……だから言ったでしょ。過保護だって」

「過保護ではありません」

「はいはい」

 

 そんな二人のやり取りを眺めながら、私は小さく笑った。

 

 ──いつもの光景。

 

 ついさっきまで、別の世界がどうとか。

 この世界が本物なのかどうかとか。

 

 そんな話をしていたことが、嘘のようだった。 

 

 ──今は、まだ。

 

 けれど、いつか、()()()()()()()が明らかになった時。

 

 その時こそ──、

 

 私は、()()()()()()()()()()を決断しなければならないのかもしれない。

 

 

 この世界の『本当の姿』は、少しずつ明らかになっていく。

 

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