おぉ……! もうじきだ……もうじき、盤上の駒が揃う。
この世に存在せずとも、理を支配する真実よ。
我々は前回の世界で『死』と並びうる概念を知った。
攻略本を既に、小生の手の中にあるも同然!
あの馬鹿共は、今に見ておけ……利用し尽くしてやる。
ああ、小生を愉しませてくれ。
再戦といこう、プレイヤー⋯⋯いや、先生よ⋯⋯ヒヒッ、ヒヒヒッ……。
私は装甲車を走らせ、ミレニアム自治区を後にする。
──時刻は、ちょうどお昼時。
今日もミレニアムの空は、雲一つない快晴だった。
「一週間ぶりのアビドスか〜! 何か、すごく久しぶりに感じるな」
助手席に座るサキが、窓の外の街並みを見ながら感慨深そうに呟いた。
「そうだね。たった一週間なのに、随分と長く感じた気がするよ」
私は運転席から、横目でちらりとサキを見る。
サキの横顔はどこか嬉しそうに見える。
「……まあ、色々あったからな」
サキは短く答えると、再び窓の外へ視線を向けた。
ミレニアムのビル群が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて、都市部を抜けると──、
視界いっぱいに、乾いた大地が広がり始めた。
フロントガラス、砂を巻き上げた風が叩く。
「……あっ」
そんな時だった。
サキが小さく声を漏らす。
「見えてきたな、アビドスが!」
「うん。そうだね!」
遠くに見える、砂漠に沈んだ街。
──アビドス自治区。
そこは、最先端の科学技術に溢れたミレニアム自治区とは、まるで違う景色だった。
そんな光景を見て、後部座席に座るトキが小さく息を吐く。
「私はアビドスに関しては……もう懲り懲りです」
「っ……あはは。トキはこの前まで四日間も、アビドスに張り込んでたもんね」
「はい。あれは苦行でした」
トキは淡々と答えた。
けれど、その声には隠しきれない疲労が滲んでいる。
「もう……アビドスを襲ったりはしないんだよな?」
サキが、少しだけ警戒するように尋ねる。
「はい。現在は、アル様が新しい仕事を探しています。対策委員会を襲撃する事はないでしょう」
トキは少しだけ居心地が悪そうに、サキから視線を外す。
「それならいいんだ、それなら!」
サキの声が、ほんの少しだけ弾んだ。
そんな二人のやり取りを聞きながら、私は自然と笑みを浮かべる。
「何はともあれ…………
「っ……先生……!」
サキがこちらを見る。
「ん? どうしたの?」
「いや……」
サキは少しだけ照れくさそうに笑った。
「た、
そして、サキは直ぐに窓の外へ顔を向ける。
「……なんか、その言い方……ずるいぞ、先生」
「え?」
「……何でもない!」
サキはそっぽを向いた。
けれど──、
その口元は、誰が見ても分かるくらい緩んでいた。
そんな時──、
サキのスマホに通知音が鳴る。
「あっ……ホシノ先輩からだな」
サキはスマホを操作し、モモトークを開く。
「っ! アズサ先輩たちを連れて、もう既に柴関ラーメンで、退院祝いを始めてるらしいぞ」
「おぉ〜! いいね! なら、私たちも早く合流しないとね!」
私はアクセルを少しだけ踏み込み、アビドスの砂漠を駆け抜ける。
「え……? ち、ちなみにだが……トキの所属する『便利屋68』も今、うちにいるらしいぞ?」
「え? アル様たちがですか?」
トキが反応をする。
「そうだ……ほ、ほら、見てくれ、トキ」
サキがスマートフォンを後部座席へ向ける。
画面には──、
柴関ラーメンの店内で、ラーメンを頬張る便利屋68の姿が写っていた。
「……本当ですね」
トキの眉が、僅かに動く。
「アル様……今日は仕事を探すと言っていたのに……」
「ま、まあまあ……!」
私は苦笑しながらフォローする。
「アル達も仕事見つかった祝いかもしれないしさ!」
「……そうですね。会って、直接確かめます」
「……トキ、アル達に何かするつもり?」
私は不穏な雰囲気を感じて、トキに問いかける。
「いえ。何も」
トキは小さくクスリと笑う。
「そ、その『何も』が怖いんだけど……」
「ふふっ……大丈夫です。先生には
「なおさら、怖いんだけど……!?」
助手席のサキが、そんな私たちのやり取りを聞いて小さく笑う。
「まあ……便利屋がいる方が、なんだかんだ大将も賑やかで喜ぶし、私は大歓迎だぞ」
柴関ラーメンでアルバイトをしているサキからすれば、店が繁盛するのは嬉しいことなのだろう。
そんな他愛もない会話を続けているうちに──、
砂漠の向こうに、見慣れた街並みが少しずつ近付いてきた。
「……もうすぐだね!」
私は装甲車を砂漠の道から街道へと入れる。
しばらく走ると──、
「あっ! 見えてきたぞ!」
サキが前方を指差した。
「あそこだ!」
その先には、小さな看板が立っていた。
──【柴関ラーメン】
私達は店横にある駐車場に、装甲車を駐車する。
車から降りると、砂を乗せた風が肌を撫でた。
店の中から、賑やかな声が聞こえてくる。
「……なんか、外まで聞こえてくるな」
サキが苦笑する。
「うん。かなり盛り上がってるみたいだね」
「アル様がいる時点で、静かな食事会にはならないでしょう」
「それは……まあ、そうだね」
私は苦笑しながら、店の入口へ向かう。
そして──、
「──みんな、お待たせ!」
サキの声と共に、私は暖簾をくぐって、店の扉を開けた。
「おっ! サキちゃん、おかえり! 怪我をして大変だったってな。もう大丈夫か!?」
厨房から、大将の明るい声が飛んでくる。
「あぁ、大将! ただいま! もう大丈夫だ! またシフト入れてくれ!」
サキは嬉しそうに厨房まで駆け寄ると、カウンター越しに大将へ笑顔を見せる。
そんなサキを見て、大将は豪快に笑う。
その大将の隣には、アルバイトをする
「っ! セ、セリカ……! もう働いているのか!? というか、怪我は大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫よ。アンタは自分の心配をしなさい!」
「っ……ホシノ先輩たちから、セリカの事は聞いたんだ。その、私の為に……ありがとう、セリカ」
サキは厨房にいるセリカに対して、深く頭を下げた。
セリカは厨房を出ると、サキの前まで歩いていった。
「頭を上げてよ、サキ」
「……」
「私の方こそ……」
セリカの瞳が、僅かに潤む。
「サキが無事で、本当に良かったわ」
「っ……セリカ……!」
サキが顔を上げる。
そして──、
「セリカぁ〜!」
「う、うわっ!?」
感極まったサキが、セリカに抱き着いた。
「ちょ、ちょっと、サキ!」
セリカが顔を真っ赤にする。
「いま私、バイト中なのよ! 服に油が付いちゃったら、どうするのよ!?」
そう言いながらも、セリカの表情は嬉しそうだった。
私は、その光景を見つめる。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「おかえり〜、サキちゃん!」
そんな時だった。
店の奥にあるテーブル席から、ホシノが顔を出す。
「それに、先生もおかえり〜!」
「うん。ただいま、ホシノ」
私はホシノに手招きされ、テーブル席へ向かう。
そのテーブル席には──、
ホシノ。
ノア。
アズサ。
チナツ。
対策委員会の皆が揃っていた。
「っ……アズサ!」
私は思わず声を掛ける。
「病院でのお見舞い以来だね。退院おめでとう!」
「ん? あぁ、先生か」
アズサは顔を上げる。
「ありがとう、先生! それより、先生! 聞いてくれ! 初めて食べたんだが、台湾ラーメンって美味しいんだな! オススメだ!」
アズサが目を輝かせながら、台湾ラーメンを啜る。
そうして、私に笑顔を見せてくれる。
(本当に元気そうで、何よりだね)
私はそんなアズサを見て、心の底から安堵する。
良かった、本当に。
そんな時──、
「……って、トキ!?」
店内の反対側から、アルの叫び声が響いた。
「な、なんで……! トキがここにいるのよ!?」
「ハーッハッハッハッ!トキにバレてしまったなぁ〜、アル!」
「私は先生の護衛ですから」
トキが淡々と答え、便利屋の三人を冷たく見つめる。
トキを見たアルが冷や汗をかき、カスミが楽しそうに笑っている。
「え、えへへ……あっ、トキちゃんも食べますか? 昨日、シャーレで洗濯とお風呂掃除を手伝って貰ったお小遣いが、まだありますよぉ〜」
「……」
ヒヨリがラーメンを美味しそうに食べながら、空いている隣の席を手で叩いた。
トキは小さく息を吐くと、ヒヨリの隣に座った。
「皆様。店内です。お静かにお願いします」
「うっ……そ、そうね。対策委員会もいるものね……」
「アル様。今朝、約束しましたが、本日は『仕事を探す』予定だったのでは?」
「そ、それは……! ち、違うのよ! トキ! これは、その……!」
アルが慌てて周囲を見回す。
「し、市場調査よ! 市場調査っ!」
「市場調査……? ラーメンを食べることが、ですか?」
「そうよ! まずは腹を満たしつつ、飲食業界の現状を把握してるの!」
そう言って、アルは自分の腹を大きく叩く。
「つまりは、腹が減っては戦ができぬ、という事だ、トキ」
カスミの言葉に、アルは便乗して頷く。
「っ! えぇ、その通りよ! その通りなの! カスミ室長の言う通りだわ!」
アルは胸を張る。
「お腹を満たさなければ、見つかる仕事も見つからないわ! そうよ! これは仕事を探すための、必要な準備なの!」
「……アル様」
「な、何よ!?」
「シャーレのあるD.U.郊外からアビドス自治区に来たみたいですが、仕事の宛てはあるのでしょうか?」
「……」
アルの笑顔が固まった。
「……まだD.U.の方が仕事がありそうな気はしますが」
「い、いや……その……」
アルはちらりと、カスミとヒヨリを見る。
「……ふ、二人とも、何とか言ってよ!」
「お? ヒヨリ、いいじゃあないか! 豚骨ラーメンも美味しそうだな。私も、もう一杯食べるか」
「っ!? あっ、カスミ室長、ずるいです。わ、私も、もう一杯……!」
「そういうことじゃないのよぉぉおぉぉ!!!」
店内にアルの悲鳴が響く。
「……相変わらずだな」
サキが呆れたように呟く。
「うん、そうだね。まあ、そんなところも、私は大好きだけどね」
「先生、私の隣が空いてますよ。どうぞ」
「ありがとうね、ノア。じゃあ、隣を失礼して」
私は苦笑しながら、ノアの隣に腰を下ろした。
「主役であるサキちゃんも、こっちに座りなよ〜! 今日はアルバイトさせないよぉ〜!」
ホシノが隣の席を軽く叩く。
「あぁ、ありがとな、ホシノ先輩!」
サキも私の向かい側へと腰を下ろす。
それからすぐに、セリカが私とサキのラーメンを運んできてくれる。
「よし! 全員揃ったし、改めて──!」
ホシノが水入りのコップを持ち上げる。
「サキちゃん、アズサちゃん、退院おめでとぉ〜!!」
「おめでとうございます」
ノアが微笑む。
「本当に……! 本当に、お二人とも、無事に退院できて本当によかったです」
チナツも嬉しそうに頷いた。
「……ありがとな、みんな」
サキが少し照れくさそうに笑う。
「私も……ありがとう」
アズサも小さく頭を下げた。
「それじゃあ、みんな、コップを持って──!」
ホシノがコップを掲げて、立ち上がる。
『便利屋68』の皆も、ホシノの声につられて、コップを掲げる。
「かんぱぁ〜いっ!!!」
「「「「かんぱーいっ!!!!」」」」
店内に、生徒達の乾杯が響いた。
それからしばらくの間──、
私たちは、久しぶりに何も考えず食事を楽しんだ。
アズサは相変わらず台湾ラーメンを気に入っていたらしく、黙々と麺を啜っている。
ホシノとチナツはそんなアズサを眺めながら、楽しそうに笑っていた。
サキも、大将が作ってくれたラーメンを嬉しそうに食べている。
「……やっぱり、柴関のラーメンは美味いな」
「そりゃあ、サキちゃんが一週間も休んでた分、気合い入れて作ったからな!」
「大将……!」
サキが少し照れくさそうに笑う。
私は、そんな光景を静かに眺めていた。
──生徒たちの笑顔
──生徒たちの、何気ない会話。
今の私には、それが、とても
ようやく、アビドスの
……いや、正確には、戻ってきたというより。
私の視界には『便利屋68』と『対策委員会』が目に入る。
私は、そんなことを考えながらラーメンを啜った。
「ねぇねぇ、ヒヨリちゃん! ちょっと今いいかなぁ〜?」
「は、はい! ええっと……アビドスのホシノさん?」
「そうそう〜! 覚えられてて嬉しいなぁ〜。ちょっと、おじさん、隣に座っちゃうねぇ〜!」サワサワ
「ひぇ!?」
「……」
「な、何で、私の太ももを無言で撫でているんですかぁ!?」
「そんな事はどうでもいいでしょ? それに、『ひぇ』じゃなくて、『ひぃん』でしょ?」
「ひぃん!?!」
「うへぇ〜……ふふふっ……」