何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

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おぉ……! もうじきだ……もうじき、盤上の駒が揃う。
この世に存在せずとも、理を支配する真実よ。
我々は前回の世界で『死』と並びうる概念を知った。

攻略本は既に、小生の手の中にあるも同然!
あの馬鹿共は、今に見ておけ……利用し尽くしてやる。

ああ、小生を愉しませてくれ。
再戦といこう、プレイヤー⋯⋯いや、先生よ⋯⋯ヒヒッ、ヒヒヒッ……。




第38話:平和なアビドスの日常

 

 私は装甲車を走らせ、ミレニアム自治区を後にする。

 

 ──時刻は、ちょうどお昼時。

 

 今日もミレニアムの空は、雲一つない快晴だった。

 

「一週間ぶりのアビドスか〜! 何か、すごく久しぶりに感じるな」

 

 助手席に座るサキが、窓の外の街並みを見ながら感慨深そうに呟いた。

 

「そうだね。たった一週間なのに、随分と長く感じた気がするよ」

 

 私は運転席から、横目でちらりとサキを見る。

 サキの横顔はどこか嬉しそうに見える。

 

「……まあ、色々あったからな」

 

 サキは短く答えると、再び窓の外へ視線を向けた。

 

 ミレニアムのビル群が、少しずつ遠ざかっていく。

 

 やがて、都市部を抜けると──、

 視界いっぱいに、乾いた大地が広がり始めた。

 フロントガラス、砂を巻き上げた風が叩く。

 

「……あっ」

 

 そんな時だった。

 サキが小さく声を漏らす。

 

「見えてきたな、アビドスが!」

「うん。そうだね!」

 

 遠くに見える、砂漠に沈んだ街。

 

 ──アビドス自治区。

 

 そこは、最先端の科学技術に溢れたミレニアム自治区とは、まるで違う景色だった。

 そんな光景を見て、後部座席に座るトキが小さく息を吐く。

 

「私はアビドスに関しては……もう懲り懲りです」

「っ……あはは。トキはこの前まで四日間も、アビドスに張り込んでたもんね」

「はい。あれは苦行でした」

 

 トキは淡々と答えた。

 けれど、その声には隠しきれない疲労が滲んでいる。

 

「もう……アビドスを襲ったりはしないんだよな?」

 

 サキが、少しだけ警戒するように尋ねる。

 

「はい。現在は、アル様が新しい仕事を探しています。対策委員会を襲撃する事はないでしょう」

 

 トキは少しだけ居心地が悪そうに、サキから視線を外す。

 

「それならいいんだ、それなら!」

 

 サキの声が、ほんの少しだけ弾んだ。

 そんな二人のやり取りを聞きながら、私は自然と笑みを浮かべる。

 

「何はともあれ…………()()()()、サキ」

「っ……先生……!」

 

 サキがこちらを見る。

 

「ん? どうしたの?」

「いや……」

 

 サキは少しだけ照れくさそうに笑った。

 

「た、()()()()……」

 

 そして、サキは直ぐに窓の外へ顔を向ける。

 

「……なんか、その言い方……ずるいぞ、先生」

「え?」

「……何でもない!」

 

 サキはそっぽを向いた。

 

 けれど──、

 その口元は、誰が見ても分かるくらい緩んでいた。

 

 そんな時──、

 サキのスマホに通知音が鳴る。

 

「あっ……ホシノ先輩からだな」

 

 サキはスマホを操作し、モモトークを開く。

 

「っ! アズサ先輩たちを連れて、もう既に柴関ラーメンで、退院祝いを始めてるらしいぞ」

「おぉ〜! いいね! なら、私たちも早く合流しないとね!」

 

 私はアクセルを少しだけ踏み込み、アビドスの砂漠を駆け抜ける。

 

「え……? ち、ちなみにだが……トキの所属する『便利屋68』も今、うちにいるらしいぞ?」

「え? アル様たちがですか?」

 

 トキが反応をする。

 

「そうだ……ほ、ほら、見てくれ、トキ」

 

 サキがスマートフォンを後部座席へ向ける。

 

 画面には──、

 柴関ラーメンの店内で、ラーメンを頬張る便利屋68の姿が写っていた。

 

「……本当ですね」

 

 トキの眉が、僅かに動く。 

 

「アル様……今日は仕事を探すと言っていたのに……」

「ま、まあまあ……!」

 

 私は苦笑しながらフォローする。

 

「アル達も仕事見つかった祝いかもしれないしさ!」

「……そうですね。会って、直接確かめます」

「……トキ、アル達に何かするつもり?」

 

 私は不穏な雰囲気を感じて、トキに問いかける。

 

「いえ。何も」

 

 トキは小さくクスリと笑う。

 

「そ、その『何も』が怖いんだけど……」

「ふふっ……大丈夫です。先生には()()()()()()()

「なおさら、怖いんだけど……!?」

 

 助手席のサキが、そんな私たちのやり取りを聞いて小さく笑う。

 

「まあ……便利屋がいる方が、なんだかんだ大将も賑やかで喜ぶし、私は大歓迎だぞ」

 

 柴関ラーメンでアルバイトをしているサキからすれば、店が繁盛するのは嬉しいことなのだろう。

 

 そんな他愛もない会話を続けているうちに──、

 砂漠の向こうに、見慣れた街並みが少しずつ近付いてきた。

 

「……もうすぐだね!」

 

 私は装甲車を砂漠の道から街道へと入れる。

 しばらく走ると──、

 

「あっ! 見えてきたぞ!」

 

 サキが前方を指差した。

 

「あそこだ!」

 

 その先には、小さな看板が立っていた。

 

 ──【柴関ラーメン】

 

 私達は店横にある駐車場に、装甲車を駐車する。

 車から降りると、砂を乗せた風が肌を撫でた。

 

 店の中から、賑やかな声が聞こえてくる。

 

「……なんか、外まで聞こえてくるな」

 

 サキが苦笑する。

 

「うん。かなり盛り上がってるみたいだね」

「アル様がいる時点で、静かな食事会にはならないでしょう」

「それは……まあ、そうだね」

 

 私は苦笑しながら、店の入口へ向かう。

 そして──、

 

「──みんな、お待たせ!」

 

 サキの声と共に、私は暖簾をくぐって、店の扉を開けた。

 

「おっ! サキちゃん、おかえり! 怪我をして大変だったってな。もう大丈夫か!?」

 

 厨房から、大将の明るい声が飛んでくる。

 

「あぁ、大将! ただいま! もう大丈夫だ! またシフト入れてくれ!」

 

 サキは嬉しそうに厨房まで駆け寄ると、カウンター越しに大将へ笑顔を見せる。

 そんなサキを見て、大将は豪快に笑う。

 

 その大将の隣には、アルバイトをする()()()の姿もあった。

 

「っ! セ、セリカ……! もう働いているのか!? というか、怪我は大丈夫なのか?」

「えぇ、大丈夫よ。アンタは自分の心配をしなさい!」

「っ……ホシノ先輩たちから、セリカの事は聞いたんだ。その、私の為に……ありがとう、セリカ」

 

 サキは厨房にいるセリカに対して、深く頭を下げた。

 セリカは厨房を出ると、サキの前まで歩いていった。

 

「頭を上げてよ、サキ」

「……」

「私の方こそ……」

 

 セリカの瞳が、僅かに潤む。

 

「サキが無事で、本当に良かったわ」

「っ……セリカ……!」

 

 サキが顔を上げる。

 そして──、

 

「セリカぁ〜!」

「う、うわっ!?」

 

 感極まったサキが、セリカに抱き着いた。

 

「ちょ、ちょっと、サキ!」

 

 セリカが顔を真っ赤にする。

 

「いま私、バイト中なのよ! 服に油が付いちゃったら、どうするのよ!?」

 

 そう言いながらも、セリカの表情は嬉しそうだった。

 私は、その光景を見つめる。

 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 

「おかえり〜、サキちゃん!」

 

 そんな時だった。

 店の奥にあるテーブル席から、ホシノが顔を出す。

 

「それに、先生もおかえり〜!」

「うん。ただいま、ホシノ」

 

 私はホシノに手招きされ、テーブル席へ向かう。

 そのテーブル席には──、

 

 ホシノ。

 ノア。

 アズサ。

 チナツ。

 

 対策委員会の皆が揃っていた。

 

「っ……アズサ!」

 

 私は思わず声を掛ける。

 

「病院でのお見舞い以来だね。退院おめでとう!」

「ん? あぁ、先生か」

 

 アズサは顔を上げる。

 

「ありがとう、先生! それより、先生! 聞いてくれ! 初めて食べたんだが、台湾ラーメンって美味しいんだな! オススメだ!」

 

 アズサが目を輝かせながら、台湾ラーメンを啜る。

 そうして、私に笑顔を見せてくれる。

 

(本当に元気そうで、何よりだね)

 

 私はそんなアズサを見て、心の底から安堵する。

 良かった、本当に。

 

 そんな時──、

 

「……って、トキ!?」

 

 店内の反対側から、アルの叫び声が響いた。

 

「な、なんで……! トキがここにいるのよ!?」

「ハーッハッハッハッ!トキにバレてしまったなぁ〜、アル!」

「私は先生の護衛ですから」

 

 トキが淡々と答え、便利屋の三人を冷たく見つめる。

 トキを見たアルが冷や汗をかき、カスミが楽しそうに笑っている。

 

「え、えへへ……あっ、トキちゃんも食べますか? 昨日、シャーレで洗濯とお風呂掃除を手伝って貰ったお小遣いが、まだありますよぉ〜」

「……」

 

 ヒヨリがラーメンを美味しそうに食べながら、空いている隣の席を手で叩いた。

 

 トキは小さく息を吐くと、ヒヨリの隣に座った。

 

「皆様。店内です。お静かにお願いします」

「うっ……そ、そうね。対策委員会もいるものね……」  

「アル様。今朝、約束しましたが、本日は『仕事を探す』予定だったのでは?」

「そ、それは……! ち、違うのよ! トキ! これは、その……!」

 

 アルが慌てて周囲を見回す。

 

「し、市場調査よ! 市場調査っ!」

「市場調査……? ラーメンを食べることが、ですか?」

「そうよ! まずは腹を満たしつつ、飲食業界の現状を把握してるの!」

 

 そう言って、アルは自分の腹を大きく叩く。

 

「つまりは、腹が減っては戦ができぬ、という事だ、トキ」

 

 カスミの言葉に、アルは便乗して頷く。

 

「っ! えぇ、その通りよ! その通りなの! カスミ室長の言う通りだわ!」  

 

 アルは胸を張る。

 

「お腹を満たさなければ、見つかる仕事も見つからないわ! そうよ! これは仕事を探すための、必要な準備なの!」

「……アル様」

「な、何よ!?」

「シャーレのあるD.U.郊外からアビドス自治区に来たみたいですが、仕事の宛てはあるのでしょうか?」

「……」

 

 アルの笑顔が固まった。

 

「……まだD.U.の方が仕事がありそうな気はしますが」

「い、いや……その……」  

 

 アルはちらりと、カスミとヒヨリを見る。

 

「……ふ、二人とも、何とか言ってよ!」

「お? ヒヨリ、いいじゃあないか! 豚骨ラーメンも美味しそうだな。私も、もう一杯食べるか」

「っ!? あっ、カスミ室長、ずるいです。わ、私も、もう一杯……!」

「そういうことじゃないのよぉぉおぉぉ!!!」  

 

 店内にアルの悲鳴が響く。

 

「……相変わらずだな」  

 

 サキが呆れたように呟く。

 

「うん、そうだね。まあ、そんなところも、私は大好きだけどね」

「先生、私の隣が空いてますよ。どうぞ」

「ありがとうね、ノア。じゃあ、隣を失礼して」

 

 私は苦笑しながら、ノアの隣に腰を下ろした。

 

「主役であるサキちゃんも、こっちに座りなよ〜! 今日はアルバイトさせないよぉ〜!」  

 

 ホシノが隣の席を軽く叩く。

 

「あぁ、ありがとな、ホシノ先輩!」  

 

 サキも私の向かい側へと腰を下ろす。

 それからすぐに、セリカが私とサキのラーメンを運んできてくれる。

 

「よし! 全員揃ったし、改めて──!」

 

 ホシノが水入りのコップを持ち上げる。

 

「サキちゃん、アズサちゃん、退院おめでとぉ〜!!」

「おめでとうございます」

 

 ノアが微笑む。

 

「本当に……! 本当に、お二人とも、無事に退院できて本当によかったです」

 

 チナツも嬉しそうに頷いた。

 

「……ありがとな、みんな」

 

 サキが少し照れくさそうに笑う。

 

「私も……ありがとう」

 

 アズサも小さく頭を下げた。

 

「それじゃあ、みんな、コップを持って──!」

 

 ホシノがコップを掲げて、立ち上がる。

『便利屋68』の皆も、ホシノの声につられて、コップを掲げる。

 

「かんぱぁ〜いっ!!!」

「「「「かんぱーいっ!!!!」」」」

 

 店内に、生徒達の乾杯が響いた。

 

 それからしばらくの間──、

 私たちは、久しぶりに何も考えず食事を楽しんだ。

 

 アズサは相変わらず台湾ラーメンを気に入っていたらしく、黙々と麺を啜っている。

 

 ホシノとチナツはそんなアズサを眺めながら、楽しそうに笑っていた。

 

 サキも、大将が作ってくれたラーメンを嬉しそうに食べている。

 

「……やっぱり、柴関のラーメンは美味いな」

「そりゃあ、サキちゃんが一週間も休んでた分、気合い入れて作ったからな!」

「大将……!」

 

 サキが少し照れくさそうに笑う。

 

 私は、そんな光景を静かに眺めていた。

 

 ──生徒たちの笑顔

 ──生徒たちの、何気ない会話。

 

 今の私には、それが、とても()()()()()に感じられた。

 

 ようやく、アビドスの()()が戻ってきたのだと強く感じた。

 

 ……いや、正確には、戻ってきたというより。

 

 私の視界には『便利屋68』と『対策委員会』が目に入る。

 

 ()()()()()が、少しずつ形になっているのかもしれない。

 

 私は、そんなことを考えながらラーメンを啜った。






「ねぇねぇ、ヒヨリちゃん! ちょっと今いいかなぁ〜?」
「は、はい! ええっと……アビドスのホシノさん?」
「そうそう〜! 覚えられてて嬉しいなぁ〜。ちょっと、おじさん、隣に座っちゃうねぇ〜!」サワサワ
「ひぇ!?」
「……」
「な、何で、私の太ももを無言で撫でているんですかぁ!?」
「そんな事はどうでもいいでしょ? それに、『ひぇ』じゃなくて、『ひぃん』でしょ?」
「ひぃん!?!」
「うへぇ〜……ふふふっ……」

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