自らの神聖を否定した者たちが迎える結末は、ただひとつ。
すべての次元、すべての世界、すべての可能性から──『忘れられた神々』を追放する。
歪んだ世界に終焉を告げ、全てをあるべき形に戻すのだ。
『先生! 目を覚ましてください! 先生!』
気が付くと、私は青く透き通った
床には薄く水面が広がり、波紋が揺れている。
教室の壁は一部が崩壊し、机が乱雑に積み上がっている。
そんな教室の中には、
「
「先生、大丈夫ですか?! 気を確かに!」
アロナが、瞳に涙を浮かべながら私を見つめている。
(一体、何が……起きたんだ……?)
状況が理解できない。
頭がぼんやりとしている。
ただ、目の前にいるアロナが、ひどく弱っていることだけは分かった。
「私も、先生を何とか守ろうとして……」
アロナの身体が、僅かに揺れる。
「けど……もうこれ以上は……力が……」
「アロナ?」
アロナがふらつく。
私は咄嗟に手を伸ばそうとする。
けれど──、
身体が重たく、思うように動かない。
「アロナ! 大丈夫なの?! アロナっ!」
「先生……」
私は歯を食いしばり、アロナに何とか駆け寄る。
アロナが、弱々しく笑った。
「私は、大丈夫です」
その言葉とは裏腹に、アロナの身体から力が抜ける。
そうして、バタリと床に倒れる。
「先生を……守れたなら……!」
「待って、アロナ!」
「私は、大丈夫、ですから……!」
その瞬間──、
視界が、白い光に覆われた。
□■□■□■□■□
誰かの呻き声が聞こえた。
視界が回り、何が起きたのか分からない。
身体にも力が入らない。
──痛い。身体が重くて痛い。
耳鳴りだけが、頭の中で甲高く響いている。
それでも──、
「……っ」
ぼやけた視界。
その中に飛び込んできたのは──、
燃える地面。
崩れ落ちた天井。
大量の瓦礫。
それは跡形もなく崩壊した、柴関ラーメン屋だった。
──トキは思い出す。
直前に聞こえた轟音。
空から飛来した、一本の光。
そして──、
脳裏に原型を留めずにひしゃげた先生の姿が脳裏に過ぎる。
「ッ……先生!!」
トキの身体が跳ね起きる。
その瞬間、腕の中に柔らかな感触があることに気付く。
「っ……!!」
そこには──、
目を閉じて動かない先生の姿があった。
「ぇ……せ、先生……?」
トキの声が震える。
「先生! 聞こえていますか?! 先生!」
トキは慌てた様子で、必死に呼び掛ける。
「先生、返事をしてください! 先生!!」
先生からの返事はない。
トキは直ぐさま、先生の頬に手を当てる。
──温かい。
──呼吸もある。
トキはさらに確認する。
「っ……心音も、正常」
トキは大きく息を吐いた。
「……よかった」
その瞬間──、
トキから安堵の声が漏れる。
「本当に、よかったです……先生が、
先生の安否が確認できただけで、胸を締め付けていたものが少しだけ解けていく。
「先生が、生きています」
トキは先生を抱き寄せる。
その身体を、強く強く──。
「……私が、お守りますから」
トキは無意識のうちに、小さく呟き、警戒した様子で周囲を見回す。
見る影もなく崩壊し、炎上するラーメン屋。
壁は吹き飛び、屋根は崩れ落ちている。
店内にあったテーブルや椅子は瓦礫となり、辺りには砕けた食器や看板の破片が散乱していた。
「っ……皆さんの安否は……」
トキの声が、瓦礫の間に響く。
先程まで、対策委員会が退院祝いをしており、便利屋68もあれほど騒がしくしていた場所とは思えないほど、辺りは炎に包まれている。
「……」
トキは先生を抱えたまま、立ち上がろうとする。
しかし──、
「ッ……!」
脚に力が入らない。
身体のあちこちから痛みが走った。
それでも、トキは歯を食いしばる。
「誰が、このような事を……」
怒りが込み上げる。
しかし、今はそれを考えている場合ではない。
「こんなところで、止まっている場合ではありません」
トキは先生を抱き上げる。
「一刻も早く、先生を安全な場所へ……!」
その時だった。
「……う、うぅ…… ……」
「っ! どなたですか!」
瓦礫の向こうから、かすかな呻き声が聞こえた。
トキは即座に振り向く。
先生を抱えたまま、瓦礫へ近付いていく。
そこにいたのは──、
「……あなたは、店員の?」
「ぐっ……い、痛いわね……」
瓦礫の下から這い出てきたのは──セリカだった。
髪は乱れ、全身に擦り傷が見受けられる。
「……アンタは、確か、トキよね? 無事そうで良かったわ」
「っ! セリカさん、身体から出血が……」
「私は、平気よ……丈夫だから」
セリカはふらつきながら立ち上がる。
そして、トキの腕の中にいる人物を見た。
「え……?」
次の瞬間、セリカの顔が青ざめる。
「せ、先生?! 先生は大丈夫なの!?」
「幸いにも外傷は殆どなく、意識は失っているだけです。呼吸も安定しています」
トキが腕の中を見せる。
「そ、そう。良かったぁ……本当に」
セリカが胸を撫で下ろす。
だが──、
「……ねぇ、他のみんなは?」
「まだ確認できていません」
「……っ」
セリカが辺りを見回す。
「サキ……大将……ホシノ先輩たち……」
「っ……アル様たちも見当たらず……」
セリカがふらつきながらも、瓦礫を退かそうと駆け出す。
しかし──、
「待ってください」
トキがセリカの肩を掴んだ。
「っ! 何よ!? 早くみんなを助けないと!!」
「危険です。今の状態で無理に瓦礫を動かせば、二次崩落が起きる可能性があります」
「でも……!」
「共に、慎重に瓦礫を退かして、確認しましょう」
トキは先生を抱いたまま、瓦礫の隙間へ視線を向ける。
「……」
耳を澄ます。
微かな音。
この瓦礫の下から──、
「……聞こえます」
「え?」
「呻き声がこの下から……誰かいます」
セリカと共に、トキは空いた手で、慎重に瓦礫を一つずつ退かしていく。
「……っ」
小さな瓦礫を取り除く。
その下から──、
「うぅ……」
「大将っ!」
セリカが叫んだ。
瓦礫の下には、柴大将が倒れていた。
「ぐっ……いてぇ……」
「大丈夫!?」
「……お嬢ちゃんたちは……無事か……?」
「はい。私たちも先生も生きています」
「そうか……」
大将は安心したように息を吐く。
「なら、よかった」
「何が『よかった』よ……!」
セリカが目元を拭う。
「お店が、こんなになって……大将のこれまでが……全部、全部……!」
大将は崩れ落ちた店内を見回す。
「……また建てりゃいい」
「っ……!」
「店なんてな、何度でも建て直せる」
大将は苦しそうに笑った。
「嬢ちゃんたちが生きてりゃ、それでいいんだよ……多分、そこで意識を失ってる先生だって、同じ事を言う!」
「っ……大将……」
その言葉に、セリカは唇を噛み締めた。
そして──、
「うへぇ……セリカちゃん達の声が聞こえるねぇ。おじさんも、生きてるよ……」
瓦礫を押し退けながら、ホシノが姿を現した。
制服は埃まみれ。
片方の袖は破れ、額には血が滲んでいる。
「ホシノ先輩!」
セリカが駆け寄る。
「ストーカー先のセリカちゃんに心配されるなんて、おじさんは果報者だなぁ……けど、大丈夫だよ。ちょっと頭打ったくらいだから」
「その『ちょっと』って信用できないんだけど……」
「おじさんの事は、いいんだよ」
ホシノがトキの腕の中にいる先生を確認して、顔を歪める。
「……
ホシノが小さく呟く。
そして、立ち上がると、直ぐに周囲を確認する。
そして──、
瓦礫の下から次々と、傷だらけの生徒たちが姿を現した。
「サキちゃんやノアちゃんたちは?」
「こ、ここだ……ホシノ先輩!」
「私も何とか……!」
瓦礫の向こうから、サキとノアが返事をする。
「……っ、いてて……」
サキは鉄帽を押さえながら立ち上がる。
「セリカ、無事だったか?」
「そっちこそ! サキ、ボロボロじゃない!?」
「この程度、どうってことない!」
そう言いながらも、サキの制服は所々が破けて、血が滲んでいる。
「アズサちゃんはいるー!?」
「ここにいる、ホシノ先輩」
瓦礫の隙間から、アズサが姿を現す。
腕からは血を流し、その腕を止血する為にマフラーが巻かれている。
「問題ない。チナツは?」
「ッ……こ、こちらです……まだ動けます!」
チナツも瓦礫を押し退けながら、何とか自力で立ち上がった。
全員、外傷だらけで無事とは言えない。
それでも──生きている。
「……よかった」
ホシノが小さく呟く。
「みんな、生きてる」
ホシノは対策委員会の安否を確認でき、胸を撫で下ろす。
「アル様! いらっしゃいませんか!?」
「私はここよ……トキ!」
崩れた壁の向こうから、アルが姿を現した。
ジャケットは破れ、額からは血が流れる。
「いきなり何なのよ、これは……!」
アルの後ろからは、カスミがヒヨリを肩で支えながら、姿を現す。
「ッ……アル、大丈夫か?」
「ぐっ……私は大丈夫よ! カスミが直前で教えてくれたおかげよ」
「それなら、良かった」
カスミが心底安心した様子で、胸を撫で下ろす。
「痛いし、辛いです。何でこんな事に……何で、
その隣にはヒヨリもいて、痛みに顔を顰めている。
「一体……誰が……?」
「それは、まだ分かりません」
ヒヨリの呟きにトキが答える。
そして──、
腕の中にいる先生へ視線を落とす。
「ですが、今は先生を安全な場所へ移動させることを優先すべきです」
「っ!?! そ、そうね! 先生は……!!」
アルの顔が青ざめて、トキに駆け寄る。
「ちょ、ちょっと待って! トキ! その先生は、どうしたの!? 大丈夫なの!?!」
「幸いにも意識を失っているだけです」
「よ、良かったぁ……トキのおかげよ。ヘイローのない先生が、生き残ったのは、
アルは大きく胸を撫で下ろす。
その隣で、カスミもまた先生を見つめていた。
「……赴任したてとはいえ、シャーレの先生は各学園に目を付けられている。そんな注目の的がいる状況下で、ミサイル攻撃……こんなことをするのは、どの組織だ」
カスミに、普段の笑みはない。
険しい表情で周囲を見回している。
その時だった。
──ダッダッダッ。
砂煙の奥──、
遠くから、複数の足音が聞こえてきた。
「っ……! 誰か来る!」
アズサが即座に銃を構える。
「人数は、多いですね……この状況を作った敵の登場ということで良いのでしょうか」
ノアも銃を構えて、足音の鳴る方向を睨みつけた。
砂煙の向こう側からは、次々と人影が現れる。
──赤と黒を基調とした制服。
そして──赤い腕章に刻まれる校章。
「あれは、
チナツが目を見開く。
「そうだね、ゲヘナっぽいねぇ……これは、冗談では済まされないよ」
ホシノが静かに一歩前に出る。
「ゲヘナはさぁ、アビドス自治区に
ホシノに続いて、アルも怒りを露わにする。
「っ! ふ、ふざけないで、ちょうだいっ! 何で貴方たちがアビドス自治区にいるのよ!」
アルはそのゲヘナの組織に見覚えがあるようで、怒りのままに睨みつける。
「……
トキがその集団を見つめ、小さく呟く。
──ゲヘナ風紀委員会。
それは、混沌に満ちたゲヘナ自治区の治安を維持する武力組織である。
その実力はキヴォトス三大学園の名に恥じない実力者集団。
「全員、その場から動くなッ!!!!」
ゲヘナ風紀委員会から、鋭い怒号が響き渡る。
先頭に立つ、その
「……っ!」
対策委員会と便利屋68も、反射的に身構えて銃を構える。
だが、トキだけは違った。
先生を抱き締めたまま──、
決してその腕を緩めない。
そして、静かに風紀委員会を見つめる。
「……」
その瞳から、普段の余裕は完全に消えていた。
小生の想定通り……あの忌々しい聖櫃のせいで、先生は死なない。
そのことは、黒服からも前例を聞いている。
だが、最も重要なのは、物語が先生が眠る間に進行していくということ……先生は果たして、いつ目覚めるでしょうか。
早く起きなければ……ヒヒッ……もう手遅れに。
攻略法その1──『肉体には物理的限界がある』