何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

44 / 52


自らの神聖を否定した者たちが迎える結末は、ただひとつ。
すべての次元、すべての世界、すべての可能性から──『忘れられた神々』を追放する。
歪んだ世界に終焉を告げ、全てをあるべき形に戻すのだ。




第40話:火と灰に染まる日

 

『先生! 目を覚ましてください! 先生!』

 

 気が付くと、私は青く透き通った()()にいた。

 

 床には薄く水面が広がり、波紋が揺れている。 

 教室の壁は一部が崩壊し、机が乱雑に積み上がっている。

 

 そんな教室の中には、()()()()()

 

()()()……?」

「先生、大丈夫ですか?! 気を確かに!」

 

 アロナが、瞳に涙を浮かべながら私を見つめている。

 

(一体、何が……起きたんだ……?)

 

 状況が理解できない。

 頭がぼんやりとしている。

 

 ただ、目の前にいるアロナが、ひどく弱っていることだけは分かった。

 

「私も、先生を何とか守ろうとして……」

 

 アロナの身体が、僅かに揺れる。

 

「けど……もうこれ以上は……力が……」 

「アロナ?」

 

 アロナがふらつく。

 私は咄嗟に手を伸ばそうとする。

 

 けれど──、

 身体が重たく、思うように動かない。

 

「アロナ! 大丈夫なの?! アロナっ!」

「先生……」

 

 私は歯を食いしばり、アロナに何とか駆け寄る。

 アロナが、弱々しく笑った。

 

「私は、大丈夫です」

 

 その言葉とは裏腹に、アロナの身体から力が抜ける。

 そうして、バタリと床に倒れる。

 

「先生を……守れたなら……!」

「待って、アロナ!」

「私は、大丈夫、ですから……!」

 

 その瞬間──、

 視界が、白い光に覆われた。 

 

 □■□■□■□■□

 

 誰かの呻き声が聞こえた。

 視界が回り、何が起きたのか分からない。 

 身体にも力が入らない。

 

 ──痛い。身体が重くて痛い。

 

 耳鳴りだけが、頭の中で甲高く響いている。

 

 それでも──、

 飛鳥馬(あすま) トキは、ゆっくりと目を開けた。

 

「……っ」

 

 ぼやけた視界。

 その中に飛び込んできたのは──、

 

 燃える地面。

 崩れ落ちた天井。

 大量の瓦礫。

 

 それは跡形もなく崩壊した、柴関ラーメン屋だった。 

 

 ──トキは思い出す。

 

 直前に聞こえた轟音。

 空から飛来した、一本の光。

 

 そして──、

 脳裏に原型を留めずにひしゃげた先生の姿が脳裏に過ぎる。

 

「ッ……先生!!」

 

 トキの身体が跳ね起きる。

 その瞬間、腕の中に柔らかな感触があることに気付く。

 

「っ……!!」

 

 そこには──、

 目を閉じて動かない先生の姿があった。

 

「ぇ……せ、先生……?」

 

 トキの声が震える。

 

「先生! 聞こえていますか?! 先生!」

 

 トキは慌てた様子で、必死に呼び掛ける。

 

「先生、返事をしてください! 先生!!」

 

 先生からの返事はない。

 トキは直ぐさま、先生の頬に手を当てる。

 

 ──温かい。

 ──呼吸もある。

 

 トキはさらに確認する。

 

「っ……心音も、正常」

 

 トキは大きく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

 その瞬間──、

 トキから安堵の声が漏れる。

 

「本当に、よかったです……先生が、()()()()()()

 

 先生の安否が確認できただけで、胸を締め付けていたものが少しだけ解けていく。

 

「先生が、生きています」

 

 トキは先生を抱き寄せる。

 その身体を、強く強く──。

 

「……私が、お守りますから」

 

 トキは無意識のうちに、小さく呟き、警戒した様子で周囲を見回す。

 

 見る影もなく崩壊し、炎上するラーメン屋。

 

 壁は吹き飛び、屋根は崩れ落ちている。 

 店内にあったテーブルや椅子は瓦礫となり、辺りには砕けた食器や看板の破片が散乱していた。

 

「っ……皆さんの安否は……」

 

 トキの声が、瓦礫の間に響く。

 先程まで、対策委員会が退院祝いをしており、便利屋68もあれほど騒がしくしていた場所とは思えないほど、辺りは炎に包まれている。

 

「……」

 

 トキは先生を抱えたまま、立ち上がろうとする。

 しかし──、

 

「ッ……!」

 

 脚に力が入らない。

 身体のあちこちから痛みが走った。

 それでも、トキは歯を食いしばる。

 

「誰が、このような事を……」

 

 怒りが込み上げる。

 しかし、今はそれを考えている場合ではない。

 

「こんなところで、止まっている場合ではありません」

 

 トキは先生を抱き上げる。

 

「一刻も早く、先生を安全な場所へ……!」

 

 その時だった。

 

「……う、うぅ…… ……」

「っ! どなたですか!」

 

 瓦礫の向こうから、かすかな呻き声が聞こえた。

 トキは即座に振り向く。

 

 先生を抱えたまま、瓦礫へ近付いていく。

 そこにいたのは──、

 

「……あなたは、店員の?」

「ぐっ……い、痛いわね……」

 

 瓦礫の下から這い出てきたのは──セリカだった。

 髪は乱れ、全身に擦り傷が見受けられる。

 

「……アンタは、確か、トキよね? 無事そうで良かったわ」

「っ! セリカさん、身体から出血が……」

「私は、平気よ……丈夫だから」

 

 セリカはふらつきながら立ち上がる。

 そして、トキの腕の中にいる人物を見た。

 

「え……?」

 

 次の瞬間、セリカの顔が青ざめる。

 

「せ、先生?! 先生は大丈夫なの!?」

「幸いにも外傷は殆どなく、意識は失っているだけです。呼吸も安定しています」

 

 トキが腕の中を見せる。

 

「そ、そう。良かったぁ……本当に」

 

 セリカが胸を撫で下ろす。

 だが──、

 

「……ねぇ、他のみんなは?」

「まだ確認できていません」

「……っ」

 

 セリカが辺りを見回す。

 

「サキ……大将……ホシノ先輩たち……」

「っ……アル様たちも見当たらず……」

 

 セリカがふらつきながらも、瓦礫を退かそうと駆け出す。

 

 しかし──、

 

「待ってください」

 

 トキがセリカの肩を掴んだ。

 

「っ! 何よ!? 早くみんなを助けないと!!」 

「危険です。今の状態で無理に瓦礫を動かせば、二次崩落が起きる可能性があります」

「でも……!」

「共に、慎重に瓦礫を退かして、確認しましょう」

 

 トキは先生を抱いたまま、瓦礫の隙間へ視線を向ける。

 

「……」

 

 耳を澄ます。

 微かな音。

 この瓦礫の下から──、

 

「……聞こえます」

「え?」

「呻き声がこの下から……誰かいます」

 

 セリカと共に、トキは空いた手で、慎重に瓦礫を一つずつ退かしていく。

 

「……っ」

 

 小さな瓦礫を取り除く。

 その下から──、

 

「うぅ……」

「大将っ!」

 

 セリカが叫んだ。

 瓦礫の下には、柴大将が倒れていた。

 

「ぐっ……いてぇ……」

「大丈夫!?」

「……お嬢ちゃんたちは……無事か……?」

「はい。私たちも先生も生きています」

「そうか……」

 

 大将は安心したように息を吐く。

 

「なら、よかった」

「何が『よかった』よ……!」

 

 セリカが目元を拭う。

 

「お店が、こんなになって……大将のこれまでが……全部、全部……!」

 

 大将は崩れ落ちた店内を見回す。

 

「……また建てりゃいい」

「っ……!」

「店なんてな、何度でも建て直せる」

 

 大将は苦しそうに笑った。

 

「嬢ちゃんたちが生きてりゃ、それでいいんだよ……多分、そこで意識を失ってる先生だって、同じ事を言う!」

「っ……大将……」

 

 その言葉に、セリカは唇を噛み締めた。

 そして──、

 

「うへぇ……セリカちゃん達の声が聞こえるねぇ。おじさんも、生きてるよ……」

 

 瓦礫を押し退けながら、ホシノが姿を現した。

 制服は埃まみれ。

 片方の袖は破れ、額には血が滲んでいる。

 

「ホシノ先輩!」

 

 セリカが駆け寄る。

 

「ストーカー先のセリカちゃんに心配されるなんて、おじさんは果報者だなぁ……けど、大丈夫だよ。ちょっと頭打ったくらいだから」

「その『ちょっと』って信用できないんだけど……」

「おじさんの事は、いいんだよ」

 

 ホシノがトキの腕の中にいる先生を確認して、顔を歪める。

 

「……()()()()()

 

 ホシノが小さく呟く。

 そして、立ち上がると、直ぐに周囲を確認する。

 

 そして──、

 瓦礫の下から次々と、傷だらけの生徒たちが姿を現した。

 

「サキちゃんやノアちゃんたちは?」

「こ、ここだ……ホシノ先輩!」

「私も何とか……!」

 

 瓦礫の向こうから、サキとノアが返事をする。

 

「……っ、いてて……」

 

 サキは鉄帽を押さえながら立ち上がる。

 

「セリカ、無事だったか?」

「そっちこそ! サキ、ボロボロじゃない!?」

「この程度、どうってことない!」

 

 そう言いながらも、サキの制服は所々が破けて、血が滲んでいる。

 

「アズサちゃんはいるー!?」

「ここにいる、ホシノ先輩」

 

 瓦礫の隙間から、アズサが姿を現す。

 腕からは血を流し、その腕を止血する為にマフラーが巻かれている。

 

「問題ない。チナツは?」

「ッ……こ、こちらです……まだ動けます!」

 

 チナツも瓦礫を押し退けながら、何とか自力で立ち上がった。

 

 全員、外傷だらけで無事とは言えない。

 それでも──生きている。

 

「……よかった」

 

 ホシノが小さく呟く。

 

「みんな、生きてる」

 

 ホシノは対策委員会の安否を確認でき、胸を撫で下ろす。

 

「アル様! いらっしゃいませんか!?」

「私はここよ……トキ!」

 

 崩れた壁の向こうから、アルが姿を現した。

 ジャケットは破れ、額からは血が流れる。

 

「いきなり何なのよ、これは……!」

 

 アルの後ろからは、カスミがヒヨリを肩で支えながら、姿を現す。

 

「ッ……アル、大丈夫か?」

「ぐっ……私は大丈夫よ! カスミが直前で教えてくれたおかげよ」

「それなら、良かった」

 

 カスミが心底安心した様子で、胸を撫で下ろす。

 

「痛いし、辛いです。何でこんな事に……何で、()()()()が……」

 

 その隣にはヒヨリもいて、痛みに顔を顰めている。

 

「一体……誰が……?」

「それは、まだ分かりません」

 

 ヒヨリの呟きにトキが答える。

 

 そして──、

 腕の中にいる先生へ視線を落とす。

 

「ですが、今は先生を安全な場所へ移動させることを優先すべきです」

「っ!?! そ、そうね! 先生は……!!」

 

 アルの顔が青ざめて、トキに駆け寄る。

 

「ちょ、ちょっと待って! トキ! その先生は、どうしたの!? 大丈夫なの!?!」

「幸いにも意識を失っているだけです」

「よ、良かったぁ……トキのおかげよ。ヘイローのない先生が、生き残ったのは、()()なんだから」

 

 アルは大きく胸を撫で下ろす。

 その隣で、カスミもまた先生を見つめていた。

 

「……赴任したてとはいえ、シャーレの先生は各学園に目を付けられている。そんな注目の的がいる状況下で、ミサイル攻撃……こんなことをするのは、どの組織だ」

 

 カスミに、普段の笑みはない。

 険しい表情で周囲を見回している。

 

 その時だった。

 

 ──ダッダッダッ。

 

 砂煙の奥──、

 遠くから、複数の足音が聞こえてきた。

 

「っ……! 誰か来る!」

 

 アズサが即座に銃を構える。

 

「人数は、多いですね……この状況を作った敵の登場ということで良いのでしょうか」

 

 ノアも銃を構えて、足音の鳴る方向を睨みつけた。

 

 砂煙の向こう側からは、次々と人影が現れる。

 

 ──赤と黒を基調とした制服。

 そして──赤い腕章に刻まれる校章。

 

「あれは、()()()ですか?」

 

 チナツが目を見開く。

 

「そうだね、ゲヘナっぽいねぇ……これは、冗談では済まされないよ」

 

 ホシノが静かに一歩前に出る。

 

「ゲヘナはさぁ、アビドス自治区に()()()()()()()()ってことでいいのかな?」

 

 ホシノに続いて、アルも怒りを露わにする。

 

「っ! ふ、ふざけないで、ちょうだいっ! 何で貴方たちがアビドス自治区にいるのよ!」

 

 アルはそのゲヘナの組織に見覚えがあるようで、怒りのままに睨みつける。

 

「……()()()()()()()()、ですか」

 

 トキがその集団を見つめ、小さく呟く。

 

 ──ゲヘナ風紀委員会。

 それは、混沌に満ちたゲヘナ自治区の治安を維持する武力組織である。

 その実力はキヴォトス三大学園の名に恥じない実力者集団。

 

「全員、その場から動くなッ!!!!」

 

 ゲヘナ風紀委員会から、鋭い怒号が響き渡る。

 

 先頭に立つ、その()()()の生徒の言葉に合わせて、風紀委員会の生徒たちが一斉に銃を構えた。

 

「……っ!」

 

 対策委員会と便利屋68も、反射的に身構えて銃を構える。

 

 だが、トキだけは違った。

 

 先生を抱き締めたまま──、

 決してその腕を緩めない。

 

 そして、静かに風紀委員会を見つめる。

 

「……」

 

 その瞳から、普段の余裕は完全に消えていた。

 

 






小生の想定通り……あの忌々しい聖櫃のせいで、先生は死なない。
そのことは、黒服からも前例を聞いている。

だが、最も重要なのは、物語が先生が眠る間に進行していくということ……先生は果たして、いつ目覚めるでしょうか。

早く起きなければ……ヒヒッ……もう手遅れに。


攻略法その1──『肉体には物理的限界がある』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。