うふふ……
この時代の名は──コハルちゃんです♡
突如として、現れた
この戦場にはあまりにも不釣り合いな少女の姿に、ミカが目を丸くした。
ミネもまた、盾を構えたまま動きを止める。
そして──、
コハルの声が、燃え盛る街へと響き渡ったことで、戦場に奇妙な静寂が生まれた。
「っ……コハルさん!」
ミネが困惑した様子で、背を向けるコハルへと声を掛ける。
「ここは危険です。下がっていてください」
「嫌!」
「……え?」
「嫌です!」
コハルは震える拳を握り締めた。
足も震えている。
心臓も、今にも飛び出しそうなくらい激しく鳴っている。
──怖い。
──怖くないはずがない。
コハルは周りを見渡した。
目の前には、ゲヘナでも屈指の実力者──『
そして、ゲヘナ風紀委員会を止めようと救援に来た『ヒナ会長』や『C&C』。
少し離れた場所では、意識を失った先生を確保し、緊急搬送を急ぐユウカとノノミ。
さらにその周囲には、血まみれになったアビドス対策委員会や便利屋68の生徒達。
その向こうでは、ゲヘナ風紀委員会の生徒達が瓦礫の上に倒れている。
こんな戦場に、
それでも、コハルは──、
「これ以上、戦ったら! 」
コハルは唇を噛み締め、声を張り上げる。
「みんな、もっと傷ついちゃうじゃん!!!」
「「──っ!?」」
誰もが、コハルを見た。
コハルは顔を赤くしながらも、それでも言葉を止めない。
「もう先生はミレニアムが確保したんでしょ!?」
「っ……それは……」
「だったら、もう終わってるじゃん!」
コハルは、瓦礫の向こうを指差した。
そこには、担架に乗せられ、救急車へと搬送されていく先生の姿がある。
「それなのに、まだ戦おうとして……!」
声が震える。
「今すぐ手当てすれば、助かる子たちを放っておいて……!」
コハルは再度、周囲を見渡す。
意識を失い、倒れている女の子。
血を流しながら、それでも仲間の無事を確認しようとしている女の子。
瓦礫の下から、誰かを助けようと手を伸ばしている女の子。
そして──、
アカネに支えられながら、辛うじて意識を保っているホシノ。
「その上、まだ戦って犠牲者を増やすだなんて……」
最後に、コハルは傷だらけのミカを真っ直ぐに見つめる。
コハルの瞳からは涙が零れる。
「今から倒れていく子たちは……!」
コハルは大きく息を吸い──、
「まるで──
コハルの叫びが、燃え盛る街へと響き渡った。
「……」
誰も、動けなかった。
──銃声も。
──怒号も。
──爆発音さえも。
すべてが止まったように感じられた。
そんな中、一台のドローン──『AMAS』がコハルに近付き、ホログラムが空中に展開された。
『これはどういうこと? 私が再び戦場に戻ってきた途端……声を張り上げる貴方は、誰なのかしら?』
「っ……!」
映し出されたのは──、
ゲヘナ風紀委員会の風紀委員長『
突然現れたリオに、コハルは肩を震わせる。
『そして、貴方は随分と的はずれな事を言っているようね……数秒を無駄にしたわ』
リオの視線が、ミカへ向く。
『ミカ。この少女は、気にせず
「……」
ミカは答えなかった。
リオを無視して、ただコハルを見つめている。
『ミカ? 聞こえているでしょう。早くしなさい』
「……うん。聞こえてるよ」
ミカはそのまま、ゆっくりと頷く。
「けど、リオちゃん。ちょっと待ってね」
ミカの瞳には、先ほどまでとは違う
「ねえ。コハルちゃん? だっけ?」
「……な、何よ!」
「コハルちゃんが考えてること、もっと教えて?」
ミカは首を傾げる。
「さっきの言葉、本気で言ってるの?」
「当たり前でしょ!」
コハルは涙を拭うこともせず、叫んだ。
「先生を連れていくことが目的だったんでしょ!?」
「うん」
「だったら、もう終わってるじゃん! 戦う意味なんてないでしょ!!」
コハルは再び、先生が搬送されていく方向を指差す。
「それに、見てよ!」
その声につられるように、ミカも周囲を見る。
──この戦いの惨状を。
「これ以上やったら、本当にみんな死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「……」
「そんなの……誰も望んでないでしょ!!」
コハルの声が震える。
けれど、その瞳に宿った意志だけは揺らがなかった。
「……そっか」
ミカが、ぽつりと呟いた。
『ッ……ミカ! 何をしているの?』
リオの声が響く。
『早く先生を確保する為に、敵を……』
「──ごめんね、リオちゃん」
ミカはリオを見る。
「なんか、
『……ミカ?』
リオの声が僅かに低くなる。
「先生は、もうミレニアムに確保されたよ。便利屋も最近はゲヘナ自治区で悪さもしてないし、もういいんじゃない?」
『だから何? 便利屋は、この際いいわ。けれど、先生は……先生だけは
「だから、もういいじゃんっ!!」
ミカは足元に転がっていた銃を拾い上げる。
しかし、その銃口を誰かへ向けることはなかった。
「だって、もう楽しくないよ。今回はこれで十分でしょ、リオちゃん?」
ミカは、あっさりと言った。
「グチグチと言うけどさ……これ以上、私はやる気ないよ」
『……それなら、
リオの声に、明確な圧が混じる。
『
リオの声が、今度は明確な圧を帯びる。
「……」
ミカは、空を見上げた。
炎の煙に覆われた青空。
そして──、
無意識のうちに、
「よくやったわ、コハル」
その瞬間──、
ヒナがコハルとミカの間へ割り込み、ミカの銃を弾き飛ばす。
「っ……!」
「貴方のおかげで、間に合ったわ」
ヒナはミカへ銃口を向ける。
「もう、ここまでよ──
『っ……!?』
リオが目を見開く。
『な、何故……
「ゲヘナ学園、風紀委員長のリオね……それは私からも同じ質問よ」
ヒナはリオを睨みつける。
「そして──ゲヘナ風紀委員会による今回のアビドス自治区への襲撃、及びシャーレの先生に対する攻撃……どう弁明と責任を取るつもりなのかしら?」
『ッ……!』
リオは押し黙った。
ヒナは背後へ振り返る。
そこには──、
アカネに支えられながら、かろうじて立っている『
ヒナは、ボロボロに傷付いたホシノと目が合う。
「……これ以上続ければ、お互いの生徒がただ消耗していくだけよ」
『……』
「リオ。貴方なら、それくらいは分かっているはず」
ホログラムの向こうで、リオの表情が僅かに歪む。
『……私は、このキヴォトスの
「そう。なら追加で聞くわ」
ヒナは銃口を下ろさない。
「今、目の前にいる生徒達を傷つけ続けることが……本当にキヴォトスの未来を守ることなの? 」
『……』
「この犠牲を、どう考えているの?」
『っ……』
リオは答えなかった。
その沈黙を破ったのは──、
──バンッ!!!
ゲヘナ風紀委員会の
『──っ!? ア、アヤネ……?』
それにより、ホログラムが乱れてリオの姿が消える。
「ごめん、なさい……!」
銃を握ったアヤネが、震える声で叫ぶ。
「今回ばかりは──私たち、ゲヘナ風紀委員会が暴走した結果です!」
「っ……! ア、アヤネちゃん!?」
ミカが目を見開く。
アヤネは、大きく頭を下げた。
「ゲヘナ学園からは後日、正式に謝罪をします。あの風紀委員長にも頭を下げさせます!」
声が震えている。
銃を握る手も震えている。
それでも──、
「だから……!」
アヤネは顔を上げる。
「これ以上、風紀委員会は、アビドスやミレニアムの皆さんに対して、攻撃をしないでください!!!」
その叫び声が、燃え盛る街に響き渡った。
「今回ばかりは……もう、これ以上、風紀委員長の命令には従えません!」
アヤネの言葉に、周囲の風紀委員たちが、ざわめく。
「……アヤネちゃん」
ミカが、じっと彼女を見る。
そして──、
ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「そっかぁ……」
ミカは銃を肩に担ぐ。
「アヤネちゃんがそこまで言うなら、もういいんじゃない? それに……」
ミカはコハルを見る。
それは、涙を浮かべながら、目の前で必死に立っている少女。
「ねえ、コハルちゃん」
「……な、何よ!」
「あなたって、変な子だね」
「はぁ!?」
「こんなところまで、ちっちゃい身体で来て、あんなこと叫んで!」
「う、うるさい! バカにしてるの!?」
ミカは、少しだけ笑う。
「ううん。違うよ……そうじゃないよ。怖かったでしょ?」
「……っ」
コハルの肩が、小さく震えた。
「……怖かったわよ」
それでも──、
コハルはミカから目を逸らさなかった。
「怖かったに決まってるでしょ……!」
声が震える。
「銃声も、爆発も、遠くにいても聞こえるし……現場に着いたら、街が燃えてみんなが傷ついてるし……全部怖かった!」
コハルは、ぎゅっと拳を握り締める。
「でも……!」
一歩。
小さな身体で、ミカへと踏み出す。
「怖いからって、見過ごすわけにはいかないじゃん!」
コハルは涙を袖で拭う。
「だって! これ以上、誰かが傷つくのなんて! 嫌だから!」
ミカは、黙ってコハルを見つめていた。
しばらくして──、
「……そっか」
ぽつりと呟く。
「怖かったのに、来たんだ」
「……うん」
「私の前に?」
「……うん」
「私に、戦うなって言ったんだ?」
「そうよ!」
「ふふっ」
ミカが、小さく笑った。
それは、ホシノとの戦闘時に見せていた狂気じみた笑いではない。
どこか、呆れたような──それでいて、少しだけ楽しそうな笑みだった。
「やっぱり、コハルちゃんって変な子だね?」
「だから、うるさいってば……!」
「けどさ、すっごく
「……え?」
コハルが、目を丸くする。
ミカは銃を地面に落として、両手を上げる。
「……みんな、銃を下ろして」
ミカの声が、燃える街へと響く。
「「「っ……!」」」
風紀委員たちが、一斉にミカを見る。
「もう終わりにしよう」
ミカは、静かに言った。
「先生は、もうここにはいない」
「……」
「便利屋も確保しなくていいよ。それに、これ以上戦ったら……コハルちゃんの言う通り、本当に誰か死んじゃうよ?」
その言葉に、誰も反論できなかった。
──倒れている仲間達。
──傷ついた敵対勢力の生徒達。
その光景を見れば、嫌でも分かる。
──もう、戦える状態ではない。
「リオちゃんには、私から話しておくしさ」
ミカは、壊れたドローンの残骸へと視線を向ける。
「グチグチと怒られるだろうけど……まあ、仕方ないよね」
「
ヒナが、銃を構えたまま問い掛ける。
「本当に、戦闘を終わらせるのね?」
「うん。もちろん」
ミカは頷き、コハルへと視線を向ける。
「……だって、ね?」
「な、何よ! 私をずっと見つめて……!」
「こんなに頑張ってる子がいるのに、まだ戦ってたら……なんか、私が悪者みたいじゃん?」
「いや、今の状況だと、もう十分悪者でしょ!」
「えぇ〜?」
「えぇ〜じゃないわよ!」
コハルが思わず怒鳴る。
その声に、ミカは、くすっと笑った。
「……うん。終わりにしよう」
一人。
また一人と。
ゲヘナ風紀委員会の銃口が地面へ向けられていく。
やがて──、
戦場を埋め尽くしていた銃声は、完全に消えた。
「……」
ヒナは、そんな光景を静かに見つめていた。
そして──、
ゆっくりと、銃を下ろす。
「……貴方の覚悟は、分かったわ」
その声に、ミカがヒナへと振り返る。
「貴方が戦闘を終わらせるというのなら、私もこれ以上は戦わない」
ヒナは周囲を見渡す。
「今は敵味方を問わず、負傷者の救護を優先するべきよ」
「うん」
ミカも頷いた。
「そうしようか、アヤネちゃん! 負傷者の確認をお願い!」
「分かりました!」
ミカの命令に、アヤネが直ぐさま動き出す。
「コハルとC&Cも、負傷者の確認を。生徒の所属は関係なくよ……特に、アカネは
「分かりました!」
アカネは頷き、慣れた手つきでホシノの応急手当を始める。
ミネも盾を背負い直し、負傷したアル達のもとへ向かっていく。
ほんの数分前まで──、
銃弾が飛び交い、爆発が起きていた街。
それが、今は──、
負傷者を運ぶ足音。
仲間を呼ぶ声。
救護を求める声。
そんな、
そして、次々と負傷した生徒達が搬送されていく。
──アビドス。
──ミレニアム。
──ゲヘナ。
敵も味方も関係なく、今だけは、誰もが同じ方向へ向かっていた。
コハルは、その光景を見つめる。
今日、この場所で──、
多くの生徒が傷つき、多くの建造物が失われた。
それでも──、
誰一人として命を落とすことなかった。
「……よかった」
コハルは小さく呟く。
震えていた足は、まだ止まっていなかった。
それでも──、
怖くても、誰かを助けたいと思える行動が、この世界の運命を変えた。
けれど──、
この日、アビドス自治区で起きた出来事が残した傷跡は大きい。
それは、決して簡単に消えるものではなかった。
□■□■□■□■□■□■□
一方。
この戦いの全てで、裏側から
「クックックッ……どうやら、終わったようですね。撤収してください、
「……了解した」
モニターの映像が停止する。
その男──黒服は、画面に映る炎上したアビドスの街を静かに眺める。
「多くの感情が入り乱れる
黒服の隣には、身体を軋ませ──、
どこか嬉しそうな男──マエストロがいる。
「それならば、良かったです、マエストロ……しかし、
黒服はゆっくりと首を横に振った。
「ようやく、
「……おっと、失敬。その通りだ、黒服」
モニターに映るのは、瓦礫と炎に包まれたアビドス。
そして──、
全身がボロボロになるまで傷ついた『
「地下生活者は、よくやってくれました。ゲヘナ風紀委員会を急遽プランに組み込むと聞いたときはどうなるのかと思いましたが……結果は悪くありませんね」
「……では、この次も?」
「はい。彼にはこれからも、別働隊として動いていただきます」
黒服は、
「それでは、私たちも当初の通りに、動くとしましょう。プランを次の段階へ進めましょうか……クックックッ……」
誰もいない部屋に、男の不気味な笑い声だけが、いつまでも響いていた。
「ゴルコンダ……貴様ッ!! 何故、あの時! 暁のホルスを回収しに行かなかったのだ!!!」
「……私は『記号』の変種を観察していました。今回は、パロディ、オマージュ……まあ、そういったものと言えるかもしれませんが、それだけではありません。この世界において、観測できるとは思わなく、とても良い収穫でした」
「貴様が何を言っているのか、意味が分からないッ!! そんな事はどうだっていい……! 質問に答えろ!! せっかく、小生が貴様に役目を与えてやったというのに……貴様は! 貴様はッ!!」
「……はぁ……胸を掴むのはやめていただけますか、地下生活者。そんなに答えて欲しいのでしたら、お答えしましょう。あの戦場に私が? そんな場違いな事はマエストロが嫌いますし、できる存在はマダムくらいなのでは?」
「そういうこったぁ!!!」