子鳥のさえずりが聞こえた。
私は雲一つない青空の中、教室にいた。
それは──アビドス本館。
今では砂に呑まれてしまった、元アビドス高等学校であった。
「見て見て!
否。ここは教室ではなかったらしい。
──ここは、アビドス本館の
その机で突っ伏していた私──ホシノに、
「ねぇ、聞いてる? ホシノちゃん! 昔の生徒会が、アビドスの『大オアシス』に、すっごいものを埋めたらしいの!」
私は机の上から顔を上げる。
「すごいもの、ですか?」
「そう! 花火なんだけど、希少鉱物が入った花火らしくて……! これに刺激を与えると、プラズマになった火花が発生して空を彩る──っていう技術が使われているんだって!」
顔を上げた先には、
「こ〜んな形の花火もあるんだよっ! かわいいよね〜!」
──髪は膝ほどまであるロングヘアーで緑がかった薄い水色。
「元々はお祭りの時に使う予定だったらしいんだけど、何故かうまく動かなくて余ったのを湖に捨てたんだって」
「……なるほど」
「すごいよね、100gで100万円以上もする鉱物が入ったものを捨てちゃうんだよ?」
──服装はチェックのスカートに入れた白シャツと、髪色と同じ色のネクタイ。
「さすがはアビドス生徒会……羽毛の体操マットを使う方々なだけあるよね……」
──身長はホシノよりも高くて、胸も大きい。
「その100分の1でいいから、私たちに残してくれても良かったのに……ひぃん」
──その少女の名前は、『
あぁ、本当に懐かしい。
懐かしい
──
──私のユメ先輩だ。
「……つまり、ユメ先輩。『大オアシス』の下に希少鉱物が埋まっている、ということですか?」
「そっ!」
「……ユメ先輩は、自分が何を言っているのか分かっていますか?」
「えっ……その……?」
ユメ先輩が私の言葉に、冷や汗を流して戸惑っている。
そんなユメ先輩を見ながら、私は少しだけ笑みを浮かべる。
「こうしてる場合じゃないですよ! 今すぐに探しに行きますよ!!」
私は目を輝かせながら、ユメ先輩へと抱き着く。
「そう!! 私もそれが言いたかったの! ……お宝探し、スタートっ!」
「うへへ、行きましょう。先輩!!」
「うん! これで私たちも大富豪だよ、ホシノちゃん!」
ユメ先輩が嬉しそうに飛び跳ねながら、生徒会室を真っ先に出ていく。
そんな先輩の後ろ姿を見て、私もついて行く。
──こんな事もあったねぇ。
私はその
この後、ピッケルを持ちながら、大オアシスへと二人で
何で水着姿なのかと言うと、ユメ先輩が掘っていたら、地下水が湧き出るかもって言って。
そんな確率、アビドスで存在するのって私は笑っちゃって。
ユメ先輩はいつも通り『ひぃん』って肩を縮めて。
「ひぃん……希少鉱物、見つからなかったね。反省として今日の出来事は書いておかないと」
「ちょ、ちょっと! 先輩、何を書いて……こんな失態の記録とか止めてくださいよ!」
「でも、生徒会長としての義務というかさぁ……後々ホシノちゃんの役にも立つと思うの……!」
──そんな当たり前の日常があった。
「それ、失敗の記録しかないでしょ! というか、そんな
「ひぃぃん……!」
私にとっては、何でもない日々だった。
ユメ先輩と一緒に生徒会をして。
学校で借金の返済をどうしようか語り合って。
ユメ先輩と一緒に笑って。
そんな暖かい日々が、私にはあった。
それが日常だったから。
ユメ先輩がずっと隣に居てくれたから。
私の前を歩いてくれていたから。
明日も、きっと同じような日が来る。
私は、そう思っていた。
……うん。
あの頃の私は、本当にそう思っていたんだ。
けれど、それと同時に──、
当時の私は、何もかもに
──アビドスの状況。
それは息をつく暇もなくやってくる砂嵐に、止まらない砂漠化。
──無気力な市民。無責任な生徒。無能な前生徒会。
その皺寄せを、私やユメ先輩がずっとしていた。
──自分の利益だけを考えて、悪事を働く大人。
気を抜くことはできず、悪意に晒され続けてきた。
そして──、
毎日毎日、失敗ばかりのユメ先輩と。
理想だけは一丁前で、何も解決できない無力な
ただただ悪くなる世界へ、怒りに身を任せるしかなかったんだ。
──それで、全ての問題を解決できると信じて。
あぁ、これは私の
最近は見なくなってきたんだけどな、
「じゃーん! ホシノちゃん、見て見てー! アビドス砂祭りの昔のポスター! やっと手に入れたよー!」
ある日、ユメ先輩は生徒会室にやってきて、笑顔で私にポスターを見せつけてきた。
「この時はまだ、オアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。あっ、このポスターは記念にあげる!」
ユメ先輩が私にポスターを手渡してくる。
「えへへ、すっごく素敵でしょー? もし何かの奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人がたっくさん集まって──」
「
私がユメ先輩の笑顔を曇らせる。
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。それよりも現実を見てください!」
「は、はう……!」
「こんな砂漠のド真ん中に、もう大勢の人なんて来るはずがないでしょう!? 夢物語もいい加減にしてください!」
──私は本当に何をしているんだろうか。
「うぇぇ、だってホシノちゃーん……ご、ごめんね?」
「っ……そうやって、ふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……!」
私はユメ先輩を強く睨みつける。
「もっとしっかりしてください! あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!? もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!!!」
──ビリビリッ。
そして──、
私はユメ先輩から貰った
その時のユメ先輩の表情は、どんな表情だったんだろうか。
私にはもう、
その後も、ユメ先輩はチンピラに絡まれたり、トラブルに巻き込まれ続けた。
当時の私はそんな状況に、イライラしていた。
だからある日──、
私はユメ先輩に怒りをぶつけて先に帰った。
すぐに謝るつもりだった。
けれど──、
「ユメ先輩、戻りましたよ。次は気を付ければいいですから……ユメ、先輩……?」
その日を境に、
その日から私は、行方不明になったユメ先輩を探し回った。
荒廃した砂漠だらけのアビドス自治区を、くまなく探し回った。
『ごめんね、ホシノちゃん。電波がうまく@#$%』
ユメ先輩からはスマホのトークアプリに、メッセージは来ていた。
『砂漠にいたら@#$%砂嵐に遭って@%#』
『ホシノちゃん……ごめんね』
『またコンパス忘れちゃった』
『メモも残したけど、ここでも送るね。私の手帳は、あそこにあるから』
『ホシノちゃんもよく知ってる@#%@%#』
『目立つ場所に置いたから、すぐに分かると思う』
『ホシノちゃん。私は──』
それから何日、何週間、何ヶ月と探したけれど、ユメ先輩は
砂漠の砂に埋もれて、死んでしまったんじゃないかって。
そんな心無い事を言う人だっていた。
「……違う」
私は、何度もそう言い聞かせた。
「ユメ先輩は……生きてる」
そうじゃなきゃ、駄目だった。
だって──、
最後に会った時、私は、ユメ先輩に酷いことを言った。
「……ごめんなさい。ごめん、なさい……ユメ先輩……!」
私は砂漠を歩き続けた。
──まだ、謝ってない。顔を見たい。会いたい。
砂嵐が吹き荒れても。
足が痛くなっても。
喉が渇いても。
それでも私は、ユメ先輩を探し続けた。
「……ユメ先輩」
声が震えた。
「私……まだ、謝ってないんですよ」
返事はない。
「この前は……言い過ぎたって」
「本当は……そんなこと思ってなかったって」
「先輩が馬鹿だから怒ったんじゃなくて……」
私は唇を噛む。
「……私がただ怖かっただけなんだって」
──アビドスが壊れていくのが。
──何もできない自分が。
──先輩まで失ってしまうことが。
「だから……」
涙が頬を伝う。
「帰ってきてくださいよ……!」
ユメ先輩は
それから──、
私は、
そうしなければ──、
私は、壊れてしまいそうだったから。
私は、アビドス廃校対策委員会を作った。
──ユメ先輩の代わりに。
ユメ先輩が大好きだったアビドスを守るために。
借金を返すために。
ノアちゃん達を守るために。
そして──、
もう二度と、
□■□■□■□■□■□■□
夜の病室で、ホシノは目を覚ます。
「……っ! はぁ、はぁ……夢……?」
目を開けた瞬間──、
ホシノは、自分がどこにいるのか分からなかった。
「……ここ……どこ……?」
暗い天井。
窓から差し込む、月明かり。
そして、規則正しく響く医療機器の音。
ようやく、ホシノは自分がミレニアムの医療施設にいることを思い出した。
「……あぁ。そういえば、病院にいるんだったねぇ」
ホシノは小さく息を吐く。
身体を起こそうとするが、脇腹に走った痛みに、顔を顰める。
「……いたた」
すぐに身体を横たえる。
まだ、身体は思うように動かない。
けれど──、
ホシノは痛みを感じることで、逆に
(……夢、だったんだね)
先ほどまで見ていた光景と記憶。
それが今でも鮮明に思い出せる。
「最近は、あの夢も頻度が減ってきた筈なんだけどねぇ……」
そんな時、ホシノはベッド横の小テーブルに、
「ん? おじさんに手紙? ……誰からかな?」
ホシノは、ゆっくりと身体を起こす。
小さなテーブルの上に置かれていたのは、白い封筒だった。
宛名には──、
【
そう、丁寧な文字で書かれている。
「……暁のホルス?」
ホシノは、その文字をしばらく眺めていた。
妙だった。
けれど、どこか
「誰からなんだろうねぇ……」
ホシノは封筒を開ける。
その中には、
ホシノはまず裏向きだった写真をひっくり返す。
「……え?」
その写真には──、
ホシノが
否。違う。
──
──その四人をホシノは知っていたはず。
「セリカちゃんと、ノノミちゃん……? それに、この子はゲヘナ風紀委員会にいた子だよね? 狼っぽい子は見たことがないけど……」
そして──、
その写真の中央で満面の笑みを浮かべるのは、紛れもなく
(っ……
けれど、そんな
アビドス高等学校に通うのは、ノアちゃんやアズサちゃん達なのだから。
それに、アビドスを助けようとしてくれる
無意識のうちに、指先が写真の中のホシノに触れる。
その瞬間──ズキッ──。
「──っ!?」
ホシノの頭の奥に、鋭い痛みが走った。
「いた……っ!」
ホシノの視界が揺れ、思わず頭を押さえる。
そして──、
ほんの一瞬だけ、知らない光景が脳裏を駆け抜けた。
「……今の……何?」
ホシノの息が荒くなる。
手に持っていた写真は、小さく震えている。
「……知らない」
ホシノは呟く。
「私は……こんな
けれど、胸の奥では、何かが叫んでいた。
──知っている。
──ずっと昔から。
──この子達を知っている。
「……変だねぇ」
ホシノは苦笑する。
「最近のおじさん、どうかしちゃったのかな」
そう言いながらも、ホシノは写真の中の五人を指先で撫で続ける。
そして最後に、便箋に書かれていた文字が、ホシノの目に入った。
そこには、短い文章だけが記されていた。
「……っ!?」
ホシノの目が、大きく見開かれた。
便箋に書かれていたのは──。
この日、
ヒヒッ……ヒヒヒッ……準備が整ったな。先生、早く起きないと、どうなっても知らないぞ。
先生が未来をことごとく変えてしまうというのなら、過去を利用すればいいだけのこと。
例え先生であっても、赴任前の過去を変えることは不可能でしょう。
つまり暁のホルスへの攻略の鍵は──『過去』にあるのです。
攻略法その3──『既に起きた出来事は変えられない』