結局のところ、シッテムの箱に常駐するアロナとは何なのだろうか(哲学)
カンナが去ってからしばらくの間、私たちは地下室で身体を休めていた。
先ほどの戦闘やカンナとの邂逅による疲労が、今になってじわじわと身体に重くのしかかってくる。
幸い、誰も大きな怪我は負っていないが、その場に残された煙幕の匂いが、まだ僅かに鼻の奥に残っていた。
「先生、皆さん。お待たせしました」
そんな中、地下室の入り口から聞き慣れた声が響いた。
地下室にリンがやってきたのだ。
どうやら先程、私が電話で伝えた状況を受け、シャーレ周辺の安全を確認したうえで、ヘリコプターを使ってここまで来たらしい。
普段は冷静な彼女だったが、今は少しだけ額に汗を浮かべていた。
「『狂犬』と邂逅したと伺いましたが、皆さんご無事で何よりです」
リンは私やユウカ達を見てホッと一息つく。
「ごめん、リンちゃん。カンナと会話する事はできたけど、逃げられたよ」
「……そうですか」
リンの表情が僅かに曇った。
やはり、カンナの逃亡は彼女にとっても喜ばしいものではないらしい。
「彼女は、かなり危険な生徒です。先生や生徒の皆さんに危害を加えられなかったことだけでも幸いです」
「……リン行政官」
そこで、ハルナが静かに口を開いた。
「『狂犬』は私達に対して銃は構えましたが、攻撃する意思は見られませんでしたわ」
ハルナの言葉にリンが少し驚いた表情をし、黙り込む。
「そうですね。銃を構えたのは事実です。しかし、『狂犬』は一度も引き金を引きませんでした。あの煙幕も、私たちを攻撃するためではなく、逃走するために使用したように見えました」
ハルナの言葉に、アヤネも情報を付け足す。
「ほんと、煙幕を使って逃げただけだったね。銃も最後まで先生には向けなかった……何が目的だったんだろ」
エイミも首を傾げて、私の方を見つめてくるが、それに対しての回答は、私にもよく分からなかった。
「……皆さん。『狂犬』の事は私も理解しかねます」
リンは静かに口を開き、地下室の天井を一度だけ見上げる。
まるで、今もどこかでカンナがこちらを見ているのではないかと警戒しているようだった。
「ですが、今は置いておきましょう。彼女の目的が何であれ、先生が無事にシャーレへ戻られたこと──それが達成された今、私たちの目標は達成されました」
その言葉に私は小さく頷く。
リンはそのまま地下室の保管棚へと向かい、一つのタブレットを手に取る。
私はその白いタブレットを見て、心臓がどくんと大きく跳ねた。
「先生には、お渡ししなければならないものがあります。ここには、連邦生徒会長の残したものが保管されていますから」
(っ……あのタブレットが、まさか)
私は思わず、無意識のうちに息を呑んだ。
「幸い、傷一つなく無事ですね」
リンはタブレットの状態確認し終えると、こちらへ向き直った。
そして、私に近付くとその白いタブレットを差し出す。
「先生、受け取ってください。これが、連邦生徒会長が先生に残した物──『
見た目は普通のタブレットに見えるが、製造会社もOSもシステム構造も、動く仕組みすらも不明なオーパーツ。
──シッテムの箱。
ソシャゲの中で見てきた謎のタブレット端末が、今が私の目の前に存在している。
「連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生のもので、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが……先生なら、これを起動させられるのでしょうか?」
私は返事はしなかった。
けれど、リンから差し出されたタブレットを両手で受け取った。
タブレットの重さは軽い。
だが、私の手に持つそれは、ただのタブレットではなく──酷く重いものに感じた。
この世界に来てから、何度も思い描いてきたもの。
ゲームの中で、何度も見てきたもの。
そして──この世界で、私が本当に『先生』になれるのかを決めるもの。
先生としての資格──シッテムの箱。
私はその黒い画面を見つめた。
「……先生? なんか緊張してる?」
エイミが心配そうに私に声をかけてくれる。
「っ……ちょっとだけ、緊張してるかな」
「緊張……ですか?」
アヤネは意外そうに首を傾げて、タブレットを覗き込もうとする。
「そんなに操作が難しいものには見えませんが……」
「そうですわね。ありふれたタブレットにしか見えませんわ」
「あはは……そうだね。皆、ありがとう。けれど、大丈夫。基本的なタブレットの使い方は分かっているつもりだよ」
私は苦笑しながらも、タブレットを見つめる。
原作知識をもつ私という異物──それをシッテムの箱が先生として受け入れてくれるのかという不安がある。
けれど、いつまでもタブレットを見つめているだけでは、何も始まらない。
「……では、私たちはここまでです。ここから先は、全て先生にかかっています。邪魔にならないよう、私や各学園の生徒の皆さんは離れています」
リン達は、私から少し距離を取る。
「──ですので、先生。どうか、このキヴォトスを救っていただけますか?」
リンの言葉は少し震えているように思えた。
そして、この場にいるのはリンだけではない。
ユウカも。
ハルナも。
エイミも。
アヤネも。
皆が、私を見ている。
──私は、少なくとも今は、彼女たちにとって『先生』なのだ。
ならば──私は、彼女たちの期待から逃げるわけにはいかない。
私は心の中で覚悟を決める。
「もちろん」
そして、皆を安心させるように微笑む。
「私に任せてよ」
私はタブレットの電源ボタンに指を伸ばした。
そして──、ゆっくりと押し込んだ。
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『…… Connecting To Crate of Shittim……
システム接続パスワードをご入力ください』
(パスワード、か。ブルアカをプレイしてきた身として、完コピしているから問題は無い)
【……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジェリコの古則を】
『……。
接続パスワード不承認。
再度、システム接続パスワードをご入力ください』
(── え? ま、間違っていたのか?)
思考が止まった。
私は打ち込んだパスワードが間違っていた事に驚くが、入力ミスをしたのかと思い、再度同じパスワードを入力する。
しかし、接続パスワード不承認と画面上に再表示される。
(そんな馬鹿な……そんなはずはない。完コピしていた筈のパスワードが違うだなんて……まさか、やっぱり私は
『シッテムの箱』に拒絶された。
それはまるで──私が、先生ではないと告げられているような気がした。
けれど──、そんな狼狽える私の脳裏に一つの文章が思い浮かぶ。
その言葉は原作知識で覚えているパスワードとは僅かに異なっていた。
けれど、その言葉を私は心のどこかで、ずっと存在していたかのような感覚を持つ。
無意識のうちに、私はその思い浮かんだ文章をタブレットに打ち込んでいた。
【……我々は望む、七つの嘆き。
……我々は
入力を終える。
数秒何も起きずに、私は駄目かと崩れ落ちそうになる。
けれど、そう思った瞬間──、
『……。
接続パスワード承認。
現在の接続者情報は先生、確認できました。
──「シッテムの箱」へようこそ、先生。
生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します』
そのタブレットに浮かんだ文章を最後に──、私の意識は白い光に飲み込まれていく。
そして──気が付くと私は、
床には薄く水面が広がっている。
教室の壁は一部が崩壊し、机が乱雑に積み上がっていた。
窓の外には、地平線の彼方まで青い海が広がる。
海風が吹く度に、教室の水面が静かに揺れる。
──私はこの光景をよく知っている。
ゲームの中で画面越しに、よく見てきたのだから。
そして、教室内には私以外にもう一人。
机に突っ伏して眠っている少女がいた。
「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクよりも……バナナミルクの方が、お姉ちゃんは良いと……! えへっ……まだまだ沢山ありますよぉ……!」
居眠りする少女は、ニヤケながら寝言を呟いている。
(っ──本当にいる)
私はこの少女の事を、原作知識として知っている。
この『シッテムの箱』を起動した事で、見慣れた彼女がいることに私は一安心しながら、彼女の肩を揺さぶる。
「むにゃ……んもう、ありゃ? ……え? あれ? あれれ? ──せ、
彼女は寝起きの表情から、私の事を視認すると、頬を赤らめて椅子から飛び上がる。
「こ、この空間に入ってきたということは……! ま、まさか先生……!?」
「そうだよ、こんにちは」
「あっ! はい! こんにちは、先生! 初めまして! う、うわぁぁあ。私の寝顔も見られちゃったし、ううぅう。先生と初対面で会う時のパターンは入念に脳内シュミレーションをしてきたのに……!」
慌てふためく目の前の少女を見ていると、何だか心が和む。
「えっと……その、そうだ! まずは自己紹介から、しましょう!」
そう言って少女は、慌てて姿勢を正す。
「──私は
そう言って微笑む少女──アロナは私を見上げながら、とても嬉しそうにしている。
その表情は、まるでずっと待ち続けていた人にようやく会えたかのようだった。
そんなアロナを見ていると、ブルアカの世界に来た実感がより一層湧くのと同時に、無邪気なアロナが原作知識と変わりなく、親近感が湧いてくる。
「やっと先生に会うことができました! 私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」
「寝ていたわけではなくて?」
「あ、あうぅ……それは、勿論、スーパーアロナちゃんも偶には居眠りしたりはしますけど……これから、よろしくお願いします、先生!」
「うん。こちらこそよろしくね、アロナ」
その笑顔を見ていると、胸の奥にあった緊張が少しずつ解れていくのを感じた。
──本当に、アロナだ。
ゲームの中で何度も見てきた、あのアロナ。
少し天然で、ちょっとおっちょこちょいで、それでも、先生のことを一生懸命に支えてくれる少女──そんなアロナが、今、私の目の前にいる。
「それでは、先生! 早速ですが、手続きを進めます! 少し恥ずかしいですが、私の傍に来てください」
これはもしや──ブルアカのチュートリアルにあるアロナとの
私は少しの期待を胸に、アロナへと近付く。
「さあさあ、先生! この私の指に、先生の指を当ててください」
私はアロナの人差し指と、自身の人差し指をくっ付けるように当てる。
「うふふ、まるで指切りして約束しているみたいですね」
「あの有名な映画のワンシーンみたいだよね」
「はい? もしかして、宇宙人とのシーンを思い浮かべてますか? 私は宇宙人じゃなくて、アロナちゃんですからね! 可愛らしさが段違いです! それに、これは生体情報を指紋で確認しているんですっ!」
そう言ってアロナはより強く、私の人差し指を押し込むように指を当ててくるわけだが──何やらその表情は『むむむっ』と悩んでいるようにも見える。
「……はい! 確認終わりました!」
そう言って指を離すと、アロナは嬉しそうに自身の人差し指を眺めている。
そんなアロナを微笑ましく思いながらも、私は早速、今のキヴォトスの状況を伝え始めるのだった。
推測。シッテムの箱のメインOSが、アロナ先輩のままでおかしくないのは、きっと投稿主がアロナ先輩推しだからだと思います。