連邦生徒会長は、シッテムの箱の中に連絡先を残しておくべきだと、私は思うんだ。
「ふむふむ、なるほど……! 先生の事情は大体分かりました。連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段が無くなった……ということですね!」
アロナは顎に手を当てながら、私の話を一つひとつ咀嚼するように聞いていた。
そんなアロナを見ていると、私は原作知識のある身として、好奇心に勝てずにアロナに一つ質問をする。
「ねぇ、アロナ。連邦生徒会長って知ってる?」
「連邦生徒会長……ですか?」
アロナが小さく唸りながら、首を傾げる。
「うーん。私はキヴォトスの多くの情報を知っていますが……連邦生徒会長については殆ど知りません。彼女が何者で、どうしていなくなったのかも……」
アロナは困ったように眉を下げる。
「すみません。先生、お役に立てなくて……」
「いやいや! 全然大丈夫だよ! アロナが悪いわけじゃないんだから!」
私はそう言いながら、彼女の顔を見つめた。
嘘をついているようには見えない。
少なくとも、今のアロナが連邦生徒会長について知らないというのは本当なのだろう。
それに──いつか夢の中で見た光景が、脳裏に浮かんだ。
電車の中。
血に濡れた少女。
こちらを見つめる、悔しそうな表情。
(あの電車での出来事を──アロナに聞くのは野暮だろう。原作知識でも連邦生徒会長の正体は未だに分からないし)
私は一度、考えを切り替える。
「ですが、サンクトゥムタワーの問題は、私が何とか解決できそうです」
「っ。それなら、解決をお願いしてもいいかな?」
アロナの表情が、ぱっと明るくなる。
「はい! それでは、スーパーアロナちゃんにお任せください! サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!」
「スーパーアロナちゃん……」
「はい! スーパーアロナちゃんです!」
アロナは胸を張る。
その自信満々な表情に、私は思わず苦笑した。
「じゃあ、お願いするよ」
「はい! 先生のために頑張ります!」
──それから、体感数分後だろうか。
「むむ……サンクトゥムタワーに何か変なウイルスが……? ま、まあ、これはアクセス権に関係がないので、無視してっと……むむむ。中々にセキュリティが強固ですね……!」
そんな独り言を呟きながら、唸っていたアロナが、数分後に嬉しそうに私の元へと駆け寄ってくる。
「──サンクトゥムタワーのアドミン権限を取得完了です! 先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました! 今のサンクトゥムタワーは、私の統制下にあります!」
アロナは胸を張りながら、誇らしげに私に報告する。
流石はスーパーアロナちゃんだ。
連邦生徒会に出来ない事を平然とやってのける。
そこにシビれる、あこがれるゥ。
「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会なんかに制御権を渡しても?」
このアロナちゃんは連邦生徒会に恨みでもあるのだろうか。
何故か言葉が刺々しい気もする。
「大丈夫。私が承認するよ」
「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します! それでは、先生──先生の事を現実世界の皆さんが待ってますので、行ってあげてください」
そう言ってアロナは、教室の扉を指差す。
もしかすると、教室の扉を開けると現実世界に帰れるのだろうか。
「『シッテムの箱』を起動して、この教室を思い浮かべて頂けたら、また此処に来れますので。このアロナちゃんが恋しくなったら、何時でも来てください」
アロナはそう言って、にっこりと笑った。
「分かった。ありがとう、アロナ。また来るね!」
私は教室を見渡す。
──青い海。
──水面に覆われた床。
──山のように積み上がった机。
そして──、目の前で私を見つめるアロナ。
ゲームの中で何度も見てきた光景だった。
けれど、今は違う。
これはもう、画面の向こう側にある物語ではない。
私が実際に見て、触れて、そしてこれから生きていく世界だ。
「先生? どうかされましたか?」
ずっと教室を見回す私に、アロナが不思議そうに首を傾げる。
「……いや。少しだけ、感慨深くなっていただけだよ」
「感慨深い……ですか?」
「うん。アロナに会えてよかったと思ってね」
「……っ」
私がそう告げると、アロナは一瞬だけ目を丸くした。
そして──、
「えへへ……そうですか?」
アロナは嬉しそうに頬を緩める。
「はい! 私も、先生に会えて本当に嬉しいです!」
「それじゃあ、またね! アロナ!」
「はい! またです、先生!」
そう言って、私は教室の扉を開けて白い光に視界が覆われていく。
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気が付くと──私はシャーレの地下室に戻ってきていた。
それは、先ほどまでと変わらない状況であり、私は少し離れたところで見守るリン達に声を掛ける。
「リンちゃん……サンクトゥムタワーの制御権はもう戻っていないかな?」
「っ。もう、対処なさったのですか? 直ぐに関係者に確認を取ります。少々お待ちください……あと、誰がリンちゃんですか……まったく」
リンは直ぐさま携帯電話を取り出すと、サンクトゥムタワーの制御権について確認を取り始める。
「はい、はい。えぇ。分かりました。引き続き現在の状況の確認をお願いします」
短いやり取りを終えたリンが、ゆっくりと携帯電話を下ろす。
「……確認が取れました」
「どうだった?」
「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。既に復旧しています。しかも、現在は連邦生徒会の管理下にあるとのことです」
「……本当に?」
「はい。先程までの混乱が嘘のように、各種システムも正常に稼働を始めているそうです。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理が進められます」
リンは心底一安心した表情でそう言いながらも、私の手にあるシッテムの箱へ視線を向ける。
「……まさか、本当に起動させてしまうとは。お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」
「リンちゃん、頭を上げてよ」
「……ですから、私はリンちゃんではありません」
「細かいことは気にしないで」
「気にします!」
思わず笑いがこぼれる。
その笑い声につられるように、周囲の皆も表情を緩めた。
「先生、良かったですね!」
ユウカが嬉しそうに微笑む。
「うん。皆のおかげだよ」
私はそう言って、地下室にいる皆を見渡した。
ユウカ、ハルナ、エイミ、アヤネ──そして、リン。
私一人では、ここまで辿り着くことはできなかった。
「私たちは、何もしていませんわ。最後にサンクトゥムタワーを復旧させたのは先生ご自身ですもの」
ハルナはそう言いながらも、どこか満足そうに微笑んでいる。
「いやいや、先生が戻ってくるまでの間、みんなが頑張ってくれたからこそだよ。私一人だったら、そもそもここまで来られなかった」
「……先生って、そういうところあるよね」
エイミがぽつりと呟いた。
「そういうところ?」
「うん。自分一人でやったことでも、すぐに誰かのおかげだって言うところ」
「そうでしょうか?」
アヤネが首を傾げる。
「うん。だから、先生は先生なんじゃない?」
「……エイミ?」
「ん。なんとなくそう思っただけ」
エイミはそう言って、いつものように気の抜けた表情を浮かべた。
その言葉に、私は少しだけ驚いた。
──先生。
この世界に来てから、私は何度もそう呼ばれてきた。
けれど──、私はその言葉の
私は本当に、先生なのだろうか。
原作知識を持っている。
この世界の未来をある程度は把握している。
でも、それだけだ。
私は、元の世界ではただの一人の会社員だった。
そんな私が、キヴォトスで先生になれるのか。
その答えを、私はずっと探していた。
そして今──シッテムの箱は、私を受け入れた。
アロナは私を先生と呼んだ。
サンクトゥムタワーの制御権も、私の判断によって取り戻された。
──そして、生徒の皆が先生と呼んでくれる。
まだ、完全に自信を持てたわけではない。
私はまだ、この世界で何も成し遂げていない。
むしろ、これからだとも思う。
「先生? 難しい顔をしてどうされましたか?」
「いや、なんでもないよ。ありがとう、ユウカ」
私は『
それが私に課せられた使命であり──大好きなキャラ達をハッピーエンドに導くために。
この世界で生徒達の隣に立つ覚悟は、もう決まっていた。
──プロローグ・完──
次回より、メインストーリーVol.1 対策委員会編の開幕です。