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それでは──!
アビドス対策委員会編の始まりです。
第8話:アビドスからの手紙
朝日が防弾ガラスの窓から、シャーレの執務室へと差し込む。
薄暗かった部屋の中に、少しずつ淡い太陽の光が広がっていく。
本来ならば、清々しい朝の訪れを感じるような光景なのだろう。
しかし──私にとっては、そうでもなかった。
私はパソコンと向かい合い、只管にキーボードを叩きながら、片手に持ったコーヒーを口へと運ぶ。
──ブラックコーヒーだからか、その味は苦い。
私の目の前にあるのは、シャーレの業務用パソコン。
画面に表示されているのは、各学園の生徒達から送られてきた相談の手紙や報告書だった。
『ミレニアムサイエンススクール:新製品の治験者願い』
『トリニティ総合学園:生徒間の小規模な衝突に関する報告』
『ゲヘナ学園:風紀委員会による校内警備体制の見直し相談』
『百鬼夜行連合学院:祭事開催に伴う警備協力要請』
連日、次から次へと書類が送られてくる。
シャーレが、キヴォトスに暮らす生徒達の相談に応じて、その問題に解決に関わる組織だということは知っていた。
(知ってはいたよ……先生が多忙なのはね。しかし、多すぎないか、これ……?)
このシャーレに配属されて数日。
私は四時間以上、寝れた日がない。
正確には、寝ようとしても頭の中に仕事が残っていて、なかなか眠りにつけないのだ。
一度眠りに落ちても、数時間後には目が覚めてしまう。
そして、また仕事を始める。
そんな日々を、ここ数日繰り返していた。
私はパソコンの画面を見つめながら、ゆっくりとコーヒーを口に含んだ。
苦い。
やっぱり苦い。
それでも、眠気を覚ますために飲む。
私は未だに、このシャーレから飛び出して各学園へと足を運んだことはない──というか、その時間を作り出せない。
行くことができた場所は、このシャーレの建物の一階に存在する『エンジェル24』というコンビニのみだ。
──ちなみに、そこでバイトをしていたソラには会ったが、健気に働くとても愛らしい生徒だった。
ただ、ソラと少し話をした以外は、ほとんどシャーレの中で過ごしている。
数日働いてみて思うのだが、シャーレの先生とは
これだけの仕事を一人で処理しながら、各学園へ出向き、生徒達の問題まで解決していたのだとしたら。
(……いや、原作の先生も、これを一人でやっていたわけじゃないよな?)
『先生、おはようございます!』
そんな時──デスクに置いたタブレットが点滅し、アロナの声が聞こえてくる。
「あぁ。おはよう、アロナ」
『先生! また朝から仕事をしているだなんて、少しは休んでください!』
アロナが私を咎める。
その声には、いつもの明るさだけではなく、明らかな心配の色が混じっていた。
私の睡眠時間は把握されているようで、ここ数日の私を見て、心配そうに見つめてくる。
「ごめんね、アロナ。ただ朝からやらないといけない事があって」
『それが一日だけならまだしも、毎日じゃないですか!』
「……まだ、シャーレには手伝ってくれる生徒もいないし、仕方が無いんだ」
そして──ここ数日間、原作に登場するような生徒との出会いは無し。
ひたすらに溜まる仕事に没頭する日々が続いている。
私のシャーレには、まだその生徒達がいないのだ。
そう考えると、現在の状況が余計に過酷に思えてきた。
『むむむ……そんな先生だからこそ、ですかね。ここ数日の活躍で、シャーレに関する良い噂がキヴォトスに広まっているみたいです。他の生徒さん達からの手紙も多く届いています』
「うん。それは嬉しい限りだよ」
『ですが、一件。先生に見てもらいたい手紙が届いています』
「……一件?」
アロナの声に、私はキーボードを叩いていた手を止めた。
「他の手紙とは違うの?」
『はい。少しだけ不穏で、気になる点があります』
「不穏で、気になる点?」
『まず、差出人が「アビドス高等学校・対策委員会」となっています』
「っ! アビドス、対策委員会……!」
その名前を聞いた瞬間、私の眠気が一気に吹き飛んだ。
──アビドス高等学校。
そこは砂漠に覆われた地域に存在する、キヴォトスの中でも生徒数の少ない学校。
かつてはキヴォトスで最も長い歴史を誇り多数の生徒が通う、キヴォトス最大の学園として名を馳せていた。
しかし、数十年前のある時期から頻発し始めた大規模な砂嵐によって、アビドスの環境は激変する。
進む砂漠化対策のために多額の資金を投入するも事態は好転せず、膨らみ続ける借金のせいで学園の経営は悪化し、好転の見込み無しと絶望した生徒の殆どが転校・退学するなど、人口の流出にも歯止めがかからず地区全体が衰退してしまった。
そして、長い年月をかけて生徒数が減少し、今では廃校寸前にまで追い込まれている。
原作知識として、私はアビドス高等学校をよく知っている。
(なんたって、ブルーアーカイブのメインストーリー Vol.1の舞台だからね)
そして──アビドス廃校対策委員会と聞くと、私の脳裏に、見慣れた少女達の姿が、五人思い浮かぶ。
小鳥遊ホシノ。
砂狼シロコ。
黒見セリカ。
十六夜ノノミ。
そして、奥空アヤネ。
ソシャゲのブルーアーカイブをプレイする中で、何度も彼女達が紡ぐ物語を見てきた。
アビドス砂漠問題。
借金。
廃校の危機。
そして、彼女達の学校を狙う巨大な陰謀。
それこそが──対策委員会編。
私がこの世界に来てから、いつか必ず訪れると思っていた事件だ。
「……アロナ。その手紙、見せてくれるかな?」
『はい。こちらです』
タブレットの画面に、一通の電子メールが表示される。
私はその電子メールをタップし、早速読み始めた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■
【連邦捜査部の先生へ
こんにちは。私はアビドス高等学校の
(……うん。うんうんうん。一回止めようか)
私は電子メールの二行目までを読んで一回、メールから目を離す。
深呼吸をして、シャーレの天井を放心状態で見つめてみる。
今日もあまり眠れていないせいが、寝ぼけているのだろうか。
私は少し震える手で、コーヒーを一気に飲みきると、もう一度、メール文に目を通す。
(っ。見間違いじゃないのか……? チ、チナツ、だと? )
私は、もう一度その名前を確認する。
【火宮チナツ】
間違いない。
ゲヘナ風紀委員会所属。
ゲヘナの生徒の中でも比較的良識があり、規律を重んじる真面目な生徒である──チナツの名前が、何故かアビドスの手紙に記載されている。
私の知る原作知識において、アビドス対策委員会編の冒頭で、彼女がアビドス高等学校の生徒として登場することはなかった。
「……アロナ」
『はい?』
「この手紙。本当にアビドス高等学校から届いたものなんだよね? ゲヘナから届いていない?」
『はい、勿論です。送信元の情報を確認しましたが、間違いありません。アビドス高等学校の正式なネットワークから送られています』
「……そっか。ありがとう、アロナ」
私は再び画面へと視線を戻す。
けれど、先日のシャーレ奪還の時のメンバーを追い返すと、ゲヘナ学園の風紀委員会に
つまり──アヤネはアビドスではなく、ゲヘナに所属していて、チナツが入れ替わるようにアビドスに所属している。
(やはり、この世界はどこかおかしい……)
朝から、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「時間がなかったとはいえ……ここ数日で、もっと各学園の生徒会のような主要生徒達を調べておくべきだったかな」
この世界の事を未だに調べ切れていない事に後悔もしつつ、一先ず、私は
私はね、カヤ。
シャーレで働いて気付いたけれど、原作の先生は、超人だと思うんだ。