現代日本風の異世界に転生した俺は言語習得に失敗する 作:肩たたき券の起源
「ガチャ」と小気味よい音を立てて、我が家の玄関ドアが開く。
そこに立っていたのは、見慣れた制服姿の少女――幼馴染のユナだった。
彼女は、現代日本の女子高生が着ているようなブレザータイプの制服をきれいに着こなし、手には数枚のプリントの束を持っている。相変わらず、面倒見の良さがにじみ出ている佇まいだ。
「ツカ、ハロー。コレ、ガッコウ、プリント。ワタス」
ユナはいつものように、俺に配慮した「超ゆっくり・単語のみ」のアール語で話しかけてくれた。
いつもなら「ユナ、アリガト。コレ、オレ、モラウ」と、ロボットのようなカタコトで応じるところだ。
だが、今の俺は生まれ変わっている。
俺はユナからプリントを受け取ると、極上の笑顔を浮かべ、前世の標準語で爽やかに言い放った。
「お、ユナ! わざわざ届けてくれてサンキューな! いつも本当に助かるわ。お前ってマジでいい奴だよな!」
「……エ?」
ユナが文字通り、ピキッと硬直した。
差し出した両手を浮かかせたまま、ぱちくりと大きな目をまたたかせている。
「ツカ……? イマ、ナニ、ハナシタ? ……ハヤクチ。ワタシ、ワカラナイ」
「だろうな。今のは日本語。俺の最強の母国語。今日から俺、日本語で話すことに決めたから。よろしく!」
俺が親指を立ててビシッとポーズを決めると、ユナはみるみるうちに青ざめていった。
彼女の視線が、俺の背後でニコニコしている母親のミサへと向く。
「ミサさん……! ツカ、アタマ、オカシイ! ビョウイン、ヨブ!?」
親友の精神崩壊を疑う、至極まっとうな反応だ。
しかし、我が母・ミサの反応は、ユナの予想を遥かに超えるものだった。
「ユナちゃん、大丈夫よ」
ミサは優しく微笑み、胸に手を当てて言った。
「これ、ツカの新しい言葉。私は『おかあさん』って言うんだって」
「はえっ!?」
ユナの口から変な声が出た。
まさか母親まで息子の奇行に毒されているとは思わなかったのだろう。狂っているのは息子一人ではなく、この家庭環境そのものなのではないかという、恐怖に近い戦慄がユナの表情に走る。
俺はこの機を逃さなかった。一気に畳みかける。
「そう、お母さんはもう日本語を習得しつつあるんだ。さすが俺のお母さん。……で、ユナ。お前もこのままカタコトの俺と一生喋り続けるのは嫌だろ? だったら、お前が日本語を覚えればいいんだよ」
「……ツ、ツカ、ナニ、イッテルノ……?」
「いいから、まずはこれ」
俺は、簡易版アール語で意図を説明した後、ユナが持っている配布プリントを指差した。
「コレ、アール語で『パペル』な。でも日本語では――『プ・リ・ン・ト』」
「ぷ……りん……と?」
「そう! めっちゃ発音いいじゃん! じゃあ次、俺がそれを受け取った時、お前に言う言葉。――『ありがとう』」
俺はプリントを受け取りながら感謝の言葉を伝えた。
「あ、り、が、とう……?」
「天才! さすが学年トップクラスのユナちゃん! 飲み込みが早くておじさん感動しちゃう!」
俺が両手を叩いて大絶賛すると、ユナの頬がふっと朱に染まった。
ユナは元々、勉強家で負けず嫌いな性格だ。おまけに俺の「カタコトではない、本気の流暢な発声」を初めて間近で聞いて、脳に強烈な刺激が走ったらしい。
「ぷりんと……ありがとう……。ツカ、これ、本当にあなたの言葉なの?」
ユナが、少しだけ真剣なトーンでアール語(簡易版)で尋ねてきた。
「そうだよ。俺の脳にはこの言葉が詰まってるんだ。だからお前がこれを覚えてくれたら、俺はお前ともっといろんな話ができる」
これは本音だった。カタコトでの意思疎通には限界がある。
俺の言葉(日本語の後に簡易版アール語も伝えた)を聞いたユナは、観念したように小さくため息をついた。
「……しょ、しょうがないわね。ツカがアール語をどうしても覚えられないなら、私もその……ニホン語……を少しだけ覚えてあげる」
「よっしゃあ!」
ちょろい。実にあっさり釣れてくれた。
俺はニヤリと笑い、人差し指を立てた。
「じゃあ、今日の仕上げだ。ユナ、俺の後に続いて言って」
「うん……」
「『私の名前は、ユナです』」
「わたしの……なまえは……ユナ、です……?」
「俺の名前はツカだ。これからもよろしくな、ユナ!」
玄関先で、俺たちはハイタッチを交わした。母さんのミサも後ろで拍手している。
ユナは恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに、覚えたての日本語を口の中で復唱している。
(いける……! この作戦、マジでいけるぞ!)
母親に続き、幼馴染の攻略に成功した。