現代日本風の異世界に転生した俺は言語習得に失敗する   作:肩たたき券の起源

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幼馴染は言語の深淵を覗く ※ユナ視点

「あいうえお、かきくけこ、さしすせそ……」

 

自分の部屋の机に向かい、私はノートに奇妙な文字を書き連ねていた。

一か月前、幼馴染のツカから「日本語」という謎の言葉を教わり始めたとき、私は正直、彼がいよいよ頭のおかしい病気にでもかかったのだと思っていた。

 

けれど、今の私はその考えを完全に改めている。

というか、恐怖すら抱いていた。もちろん、良い意味で、だ。

 

「……信じられない。これ、本当にツカが一人で作ったの?」

 

手元のシートを見る。ツカが「五十音表」と呼ぶそれは、縦に五つの『母音』、横に十の『子音』を配置して、音声の規則性が完璧に整理された、恐ろしいほど洗練された言語体系の地図だった。

アール語のグチャグチャな発音規則に比べて、格子状に美しく整理されたこの構造は、もはや芸術の領域だ。

 

ただ一つだけ、どうしてもツッコミたいところがある。

 

「数えてみたけど、五十音も無いのよね……」

 

縦五×横十なら確かに五十マスだけど、『い』とか『え』の段が抜けている空白のマスがいくつかある。実際は四十六音くらいしか使っていないのだ。

なのに、ツカはこれをドヤ顔で「五十音表」と言い張る。詰めが甘いというか……見栄でも張ったのだろうか。

 

でも、ツカのあの堂々とした物言いを見ていると、単なる数え間違いとも思えない。

 

(もしかして、昔は本当に五十音あって、時代を経て発音が変化して使われなくなっただけ、とか? まさかね……)

 

さらに驚くべきは、文字のシステムだ。

発音をそのまま表す「ひらがな」と「カタカナ」。これだけでも言語として成立するのに、ツカは最近、さらに「漢字」というイカれた密度の文字を混ぜてきた。

 

(これ、ただの思いつきの造語なんかじゃない……)

 

ツカがアール語を話すときは、いつも「オレ、タベル、ウレシイ」みたいなカタコトだ。だから私はずっと、彼を「ちょっと発育が遅くて、手のかかる男の子」だと思って世話を焼いてきた。

 

だけど、同時にずっと違和感もあったのだ。

ツカは言葉こそ拙いけれど、時折、同年代の男の子にはない「大人のような落ち着き」や「冷めた視線」を見せることがあった。買い物のときの計算の速さや、トラブルが起きたときの状況判断能力は、明らかに私より上だった。

 

その矛盾した違和感が、この一か月で綺麗に氷解した。

 

(そうか……。ツカは頭が悪かったんじゃない。この、恐ろしく高度で緻密な『日本語』っていう言語で、常に大人の思考を巡らせていたんだ……!)

 

アール語が聞き取れないせいで、会話についていけなかっただけ。彼の脳内には、アール語の何倍も複雑で、洗練された世界が広がっていたのだ。

そう気づいた瞬間、なんだかツカが、ものすごく遠くて凄い人に思えてきて、胸が小さく高鳴った。負けず嫌いな私としては、めちゃくちゃ悔しいけれど。

 

「よし、今日の復習は終わり!」

 

私はノートを閉じると、宿題のプリントと、ツカに借りた「にほんごドリル(ツカの手書き)」を鞄に詰め込んで家を出た。向かうのは当然、隣のツカの家だ。

 

インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。

 

「お、ユナ。いらっしゃい」

 

ツカが流暢な日本語で迎えてくれる。一か月前ならパニックになっていたこの滑らかな発音も、今の私には心地よく響く。

 

「ツカ、こんにちは。今日も、日本語、教えて」

 

私が拙いながらも日本語で挨拶すると、ツカはパッと顔を輝かせた。

 

「お、挨拶バッチリじゃん! 進歩早いなぁ、ユナはマジで天才だよ」

 

頭を撫でんばかりの勢いで褒めてくるツカ。アール語のときはあんなに大人しかったのに、日本語モードの彼はやけに自信に満ちていて、少しだけ格好よく見える。

 

「当然よ。私は学年トップなんだから。……でも、あの『漢字』っていうのは、ちょっと難しすぎるわ。特に『鬱』って何よ、画数多すぎでしょ」

 

「あはは! いきなりそんな難しい漢字やらなくていいよ! まずは『山』とか『川』からいこう。ほら、リビングへ入りなよ」

 

ツカの後ろ姿を追いかけながら、私は小さく微笑んだ。

ツカがアール語を喋れないなら、私が日本語をマスターして、彼の世界の理解者になってあげればいい。

 

ただ、ツカはこの「日本語化計画」、どうやら私とミサさんだけで終わらせる気はなさそうだ。ツカの目が「次は学校だな」とでも言いたげに怪しく光っているのを、私は見逃さなかった。

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