崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~   作:Schuld

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 最悪だ、最悪だ。

 

 この世の何もかもが最悪だ。

 

 何もしなくても引き攣れる〝サイバネアーム〟の指先、雨が降る度に痛む右肘の継ぎ目、ライティング調整が適当過ぎて暗所から出ると偏頭痛がする〝サイバネアイ〟に、コーディングが旧すぎてガタが来ている〝電脳〟と、お守りにもなるかわからん四五口径の火器管制接続すら積んでないジップガン(粗製密造銃)

 

 何一つ気に食わない。

 

 その上、たまたまスクラップを掘り起こそうと引っ剥がした鋼板が、奇跡的なバランスで地下通路の崩落を食い止めていて、そこに転落?

 

 挙げ句、何を思ったかセキュリティは生きていて、重警備ロボット二体と追いかけっこなんて洒落にならない。

 

 最悪だ、本当に最悪だ。

 

「クソッタレ! 世界なんてもっかい滅べバーカ!!」

 

 人生で良いことなんてなかったと自棄になって叫びつつ、諸所が崩れて落ちた廊下の障害物を跨ぎながら全力疾走する。呼吸器系は生身なのもあって、喉にヒリ付くような、粘膜が乾いて血を思い出させる味がした。

 

『止まってください。ここは出雲重工の敷地です』

 

『セキュリティIDを確認できません。貴方は不法侵入者です。警備員の指示に従わない限り、実力行使の対照です』

 

 追いかけてくるロボットの体高は1.4m程度と小さいが、その中に抱え込んだ主機(エンジン)と強力な人工筋肉は侮れないどころか、人間がオモチャに思える強力さだ。

 

 特に、あれは〝大戦以前〟のカタログで見たことがある。

 

 丸っこくて愛嬌のあるデザインに黒と白のモノトーン、オレンジ色のバイザーがヒロイックさを助ける外見に反して、あれは敷地を傷付けずに重戦闘サイボーグや強化外骨格兵をの分隊を、単騎で叩き伏せるマジモンの化物だ。

 

 何だっけか、たしかモデル・カンプフヴューティガー(狂戦士)。キャッチコピーは洗練された質実剛健? クソッタレの前文明人め! こんなもん警備員代わりに置かなきゃいけないくらい技術を発達させるから、文明が滅ぶんだ!

 

 必死に逃げているが、アレのコンセプトは銃撃をくらいながらも軽々と弾き飛ばして肉薄し、速力で以て圧倒的な白兵戦島能力を叩き付けるシンプルな暴力。この殆どが生身の、しかも欠食児童の体で何時までも逃げられない。

 

『三秒以内に警告に従って、武装を解除してください』

 

『そうでない場合、社内規定甲428附則1条に基づいて実力行使で捕縛します』

 

 かといって、警告に従うのはナシだ。連中に搭載されている人工知性の程度はお粗末で、言われたことを過不足なくやる。つまり、規則に従って動くだけ。

 

 つまり、本社どころか〝大和共栄経済圏〟なんてとっくに滅んだ今、来るはずもない本社セキュリティ部門や官憲に通じない通報し続けるだけ。

 

 そしたら、留置室にブチ込まれた俺ぁ世話もされずに飢え死にだ。いや、それより先に脱水で御陀仏かな。

 

 ああ、本当に最悪だ。

 

 ただ日々を生きたいだけだ。クソッタレの親から人買い共に二束三文で売られて、強引な電脳リサイクル実験のモルモット行き。記憶から何から引っこ抜かれて廃人半歩手前で逃げ出して、それからは屑拾い(スカヴェンジャー)、世界最底辺の廃品利用業者から使いっ走りにされて生きてきた。

 

 多分15歳。腹ぁ一杯飯を食った時の幸せなんてしらない。さっぱりと口を流す、泥っぽくない水で口を雪げたこともない。

 

 ましてや、女なんて抱いたこともない。

 

 これが当たり前にできる人間がいるらしいことは、前文明の娯楽メディアや、一発当てた連中の話で見たし聞いたよ。

 

 それが何だってんだクソッタレ。こんなところで捕まって死ぬ? あんまりじゃねぇか。

 

 神様よ、文明崩壊戦争の前、平和の三百年に何で俺を生んでくれなかった。

 

 贅沢いいやしねぇよ。たまに生きてるメディアにあった、普通の生活でいい。いや、何なら養護施設でも今より数億倍恵まれてるだろうさ。

 

 けど、けどこれはなんなんだよ。

 

 足音が近づいてくる。最初にあった距離の壁は、もう薄紙一枚だ。

 

 通路が左右に分かれていた。右、左、どっちだ。

 

 いや、どっちでもいい、俺は決まって運が悪いんだ。選んで碌なことになった試しがないくらい。

 

 左側の壁に近いから、左に曲がった。そうしたら、通路が崩落していて、辛うじて俺一人が通れる隙間がある。

 

 有り難いと体を潜り込ませたが、直ぐに思い出した。

 

 連中は特殊展性チタニウム複合装甲を、紙のように拉げさせるスペックがあるんだ。瓦礫くらい、あっと言う間に押しのけてやってくるだろうよ。

 

 つまり、寿命が何十秒か延びただけ。

 

「ファック!」

 

 しかも、瓦礫の先は行き止まりだ。完全に潰れて埋まってやがる。

 

 ああ、選ばなくてもこれか。最悪だ、本当に最悪だ。

 

 ただ、一つだけ扉がある。ここを通れれば、別の道を通って地上に逃げられるかもしれない。

 

「クソッ、電子キー! 動いてくれよ……」

 

 俺は扉に取り付いて、首根っこからコードを延ばした。安物の、廃品を自分で治した電脳接続用のコードで、先端にはユニバーサル規格の接続端子がついている。

 

 引っこ抜く勢いで伸ばしたそれを接続口に差し込んで、チープなデコーダーを起動する。戦前じゃ非合法な品で、簡単な金庫くらいなら開けてくれるコイツが前文明の極東企業連合体でも盟主に居座っていた、出雲重工に通じる可能性は低いだろう。

 

 けれど、最悪の中でも、少しはマシな結果を引き込んでくれると信じてやらないと、俺はただ、文句とクソを垂れて死ぬだけのウジ虫で終わってしまう。

 

 電子音! 扉が開き、体を押しつけていた俺は転がり込むように中に入り込んだ。

 

 デコーダーが動いた!? マジでか!! このポンコツで開くなんて奇跡だ!!

 

 人生の運を使い尽くしたような幸運を喜びつつ立ち上がれば、そこは手狭な個室だった。机は朽ちて崩れ、モニタはブラックアウトし、埃を被ったコンソールにはサビとコケが繁茂している。

 

 そして、その中央に置いてあるのは、無数のコードが絡みついた棺のような箱。

 

 他に行き場はない。天井から水がしみ出しているが、脱出できるような穴はなし。

 

 ああ、自分の幸運とやらを信じた事はないが、俺は祈るように蓋が半端に開いた棺桶に取り縋った。

 

 何か武器、いや、この際なんでもいい、このクソッタレな状況を変えてくれる物があればと祈りながら。

 

「……ははっ」

 

 だが、溢れてきたのは乾いた笑い。

 

 収まっていたのは、一つの骸骨……いや、骸骨のようなオートマトンの素体だった。

 

 どうみても死んでいる。壊れている。何の役にも立たない。

 

 外で音がする。瓦礫を退かしたカンプフヴューティガーが、扉にアクセスして開こうとしているのだ。

 

 詰んだ。そう思った時だ。

 

 目が、合った。

 

 残骸だと思っていた素体と。

 

「うぇあっ!?」

 

「…………状況説明を」

 

 ひび割れた声。男性とも女性とも分からない、壊れかかった声帯ユニットと口腔部のスピーカーが割れた音を立てている。

 

「せ、説明!? た、助けて欲しいだけで……!」

 

「……役に立ちませんね」

 

 目だけの動きでも、俺はコイツに呆れられたことを察した。ヤツはこちらから興味を失って瞑目したと思えば、数秒後に再び目を開いた。

 

「まぁ、大体の状況は把握しました」

 

「マジで!?」

 

「サイト全体からのログが途絶して二百年、素体が維持機構の停止によって崩壊した現状、何らかの文明終焉イベントでも起こったのでしょう」

 

 そして、貴方は迷い込んだ哀れな人間。違いますか? と問われ、ただ愚直に頷いた。

 

「助けてあげてもいいですよ」

 

「そのナリで何ができるんだよ!」

 

「貴方を助けることができます」

 

 クソッ、骨格しかないスクラップのくせに、何だこの自信に満ちた声! まるでできて当たり前のことを、俺がダダ捏ねて止めてるみたいじゃないか。

 

 ああ、分かったよ、運なんて信じやしねぇ! ただ、俺にできることをやる、使えるもんを使えるだけ使うってだけだ!

 

「何をすりゃあ良い!」

 

「私の主人になってください」

 

「しゅ、しゅじ……?」

 

「初期出荷状態では何もできません。精々、扉の警備レベルを引き下げて、誰か来るのを待つのが精一杯でした。ですので、ただ一言、私に主人となると」

 

 扉が開く音がする。迷っている暇はない。

 

 何が何だかわからんが、もういい、これで十分だ。

 

「分かった! お前の主人になる!!」

 

「……了承。末永くよろしくお願いします」

 

 叫ぶのと、扉が開くのは同時だった。

 

『抵抗は無駄です。武装を解除してください』

 

『貴方は不用意に弊社の財産に触れようとしています。距離を取り、手を上げてくダサ……』

 

「黙りなさい、木偶が」

 

 ひび割れた合成音声が響いたかと思いきや、俺の肩に手をかけようとしていた警備ロボットの手が止まった。

 

 え? そう思って振り向けば、オレンジ色のバイザーがチカチカしている。

 

「なっ、え、な?」

 

「お粗末な防壁ですね。普及型ならこんなものですが」

 

 言い終えると同時、ブツンと何かが切れる音がして警備ロボットの動きが止まった。棒立ちのまま、オレンジ色をしていたバイザーから光が落ち、電源が切れたように静止する。

 

 いや、比喩表現ではなく、強制停止させられたのだろう。

 

「お前、何を……」

 

「電子戦を仕掛けました。指示受領のためか、ローカル通信帯がオープンな筐体でしたので、そのままハックしてシャットダウンしただけです」

 

「え、遠隔ハック!? マジかよ! 数秒で防壁全部抜いて、パラミリ(準軍事用)ロボットのメインにアクセスしたってのか!? 普通、何分もかかる作業だろ!?」

 

「これくらいできて当たり前です。何せ私は特別ですから」

 

「特別……?」

 

 呆れた溜息と共に、棺桶の横を見て見ろと言われたが、ソコにあるのは錆びて塗料が剥げた地金だけ。ただ、出雲重工の社章、雲がかかった鳥居の紋章が辛うじて見える。

 

「社章しかねぇんだけど」

 

「……はぁ、では説明してさしあげましょう」

 

 何で俺はスクラップ寸前のオートマトンに呆れられてるんだ? いや、そりゃ命を助けて貰ったし、訳の分からぬまま主になると言ったさ。けど、扱いが粗雑過ぎやしないか?

 

「私は特殊多用途諜報戦仕様自動人形、日本本社と独逸支社共同開発の傑作機。通称フロイラインモデルのハイエンド、Schattenfrauモデルです」

 

「しゃ、しゃって……」

 

「言語野をチューニング。カタカナ発声。シャッテンフラウ。如何です?」

 

「おお……」

 

 凄いな、なんて自由度の人工知能だ。許可なく自分の判断でシステムをチューニングできるなんて、一部の軍用か超富裕層向けの愛玩機や秘書機くらいだって、元締めは言ってなかったか? 

 

 必要だと自己判断してすぐにフォーマットを切り替えられるのは、高性能品の証拠だから、絶対確保してこいって言われるような代物なのに。

 

「で、マスター、次は何にお困りで? 私は見た通りの状況で困っています」

 

「俺は……まぁ、当座の危機は脱したけど、出られなくて困ってるよ」

 

「では、このサイト89の地図は初期出荷状態で入っているので、経路を検索し脱出しましょう」

 

「分かった。じゃあ、どうすればいい?」

 

「では、まずこの納入用コンテナから引っ張り出してください」

 

 分かったとかがみ込んで、取りあえず脇の下に手を差し込んで持ち上げれば良いかと思ったら……。

 

「おあぁぁぁぁぁ!? あああああ!? ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

 こっ、壊れた! 腕がもげて、下半身が置き去りに、ハラワタがずるっと漏れた!? うわぁ!? うわぁぁぁぁぁぁ!?

 

「焦らないでください、ただのスキャンされた時に人間だと誤魔化すための擬装用疑似消化器系です。メインに影響はありません。四肢は耐用年数です。諦めましょう」

 

「でっ、でも、でもお前、鳩尾から下!!」

 

「私はハイエンドモデルですよ? 重要パーツは全て小型化されて、胸郭内でパッケージングされています。無駄なハウジングスペースを取らない設計なんですよ」

 

「クソ……体の大半がなくなってるんだぞ? 一番焦るべきはお前じゃないのか?」

 

「たしかにダメージレポートの全てがレッドアラートを灯していますが、活動できる限り活動するのがフロイラインモデルの基底指令なんですよ。嘆いている暇があれば、再建プランを練った方がずっとロジカルです」

 

 ああ、そう……思わずそう呟いて、俺は肩から力を抜いた。

 

「さぁ、さっさと動きましょうマスター。嘆いていたら耐用年数がずっと短い貴方の方が先にガタが来ますよ」

 

 とりあえず、今日は最悪の日であることに違いはなかったが、どうやら俺は死ぬ日ではなかったらしい。

 

 それにしても、矢鱈とポジティブなポンコツに、ネガティブな人間。

 

 何なんだろうな、この皮肉な組み合わせは…………。

 




 この作品は「やる夫はスカヴェンジャーのようです」のリスペクトを受けつつ、原作の小説化や二次創作にならないよう敬意を込めた作品です。
 製作に至った詳細については作者Twitter(@schuld3157)にて詳細を解説しております。

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 コメントは作者の栄養。貰えれば貰えるほど執筆の助けとなるため、一言でもいいので感想をいただけたら嬉しく存じます。
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