崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~   作:Schuld

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 このクズ山は湾内の埋め立て地であったこともあって、朝靄が濃いし、昨日降った雨のせいで地面が酷くぬかるんでいた。

 

 サビと泥に潮風、それから何処かで何かが腐った臭いが混じる、どれだけ嗅いでも慣れない悪臭。

 

 まぁ、俺をモルモット扱いしていた町工場の、据えたような消毒液の臭いよりずっとずっとマシだが。

 

「マスター、昨日より姿勢が良くなっていますね。ガン・フーのルーチンが体に馴染んでいるようです」

 

「何か、足の裏にも神経がちゃんとあんだなって気がするな」

 

「それが玄人の歩方という物です」

 

 何故か誇らしそうに言うフラウに、俺はチップのおかげだよと返した。

 

 軍用のルーチンは実習プログラムを通じて神系に新しい経路を作り出し、ただの反復練習を数万回上回る速度で技術を吸収させると聞いたことがある。

 

 だから、前文明の人間は一ヶ月で一般人から玄人の軍人になれたそうだ。

 

 電脳のクロック数を引き上げまくる、専門施設の圧縮時間を体験できるダイブ経験なら、尚のこと濃かったんだろうな。

 

 とはいえ、羨ましいとは思わないが。だって、必要とあれば徴兵から一ヶ月で最前線だろ?

 

「しかし、ここはセンサーの通りが酷いですね」

 

「マイクロマシン混じりの靄だ。左目のノイズが酷くて鬱陶しいよ」

 

 耐用年数が来たか無力化されたかした太陽光スクリーンのマイクロマシンが、雨に混じって降り注ぎ、それが靄になっているんだから当然だ。そのせいで列島の無線通信は有効範囲が怖ろしく狭い。皇国は基地局を方々に立ててカバーしようとしているが、山が矢鱈と多い地形のせいで上手く行っていない所も多い。

 

 ぐじゅぐじゅ嫌な音を立てる地面を踏みしめながら三十分ほど歩くと、瓦礫の切れ間が見えてきた。

 

 本土に繋がる橋だ。

 

「今日は靄で全く見えないけど、あの向こうがキシワダだ。グレーエリアって言われてる、皇国だけど皇国じゃない場所」

 

「どういう意味ですか?」

 

「絞りはするけど護りはせずってこったよ」

 

 これまた長い橋をトボトボ歩いて渡れば――バスも運行しているんだが、片道10銭は今の俺には高すぎる――朝靄の向こうに活気のあるバラック群が見えてきた。

 

 キシワダ・ベイサイド。漁港と工場と倉庫、あとその他諸々がごった返すケオスの市。前文明時代から維持された建物や、新しく立てた違法建築が競って伸びて絡まり合った歪な塊のような街が、煙るような空間に大きな影を落としていた。

 

 ここは下層階級の人間や無戸籍人の溜まり場であり、ゴミ山から最も近い街。一応、皇国軍は駐屯しているが、邏卒が邏卒らしいことをしている様は見たことがなかった。

 

「後ろ、気を付けててくれ。この街はネズミと同じくらいスリが多い」

 

「了解しました。といっても、叩いて止める手がないのですが」

 

「だから荷物は全部固結びで、切れづらいケーブル使ってんだよ」

 

 ジョークかどうか判断しづらい言葉を聞きながら、俺は魚臭い漁港の脇に入った。幸いにも海はあまり汚染されていないから、今も漁業はできるのだ。気候がガラッと変わったせいで前文明時代と獲れる魚の種類は大きく変わったそうだが、俺のような最底辺には食えるだけで十分過ぎる。

 

「オヤジ、あら汁くれ」

 

「よぉ、ヌル。昨日の晩は来なかったな」

 

「忙しかったんだよ」

 

 漁港脇には勝手に店を出している魚屋と、そこでは売り物にならない足の早い魚を調理して売っている露店が山ほどある。俺は汗で真っ黒になったはちまきをした馴染みのオヤジに、なけなしの1円素子を渡して、おつりの75銭を受け取った。

 

「って、なんだ女連れ……にしちゃヒデえな。大丈夫か嬢ちゃん」

 

「仕事の途中にヘマをしまして。ご安心を、義体化しているので不便ですが命には響きません。それと、代わりの足が歩いてくれるので何とかなっています」

 

「なんだ、お前が捕まった側かよヌル」

 

「うるへー。オヤジ、今日のあら汁、何かミソ薄いぞ」

 

「どこも物価高騰中なんだよ。味が付いてるだけ文句言うな。てか、嬢ちゃんにも食わせてやれよ」

 

「ご遠慮なく。私はバッテリーと糖分アンプルに換装済みなので」

 

「完全機械式の全身義体!? またスゲぇ子に捕まったなお前……」

 

 まったく、何処も湿気てやがるな。俺は名前も知らない魚のアラを骨の髄まで啜ってから、椀を食器置きに返した。ここは値段の割りに量が多くてお得なんだ。アーコロジーから供給される葉物野菜もたっぷり入っていて、食い応えがあるしな。

 

「ごっそさん。また夜にくるよ」

 

「おう。死ぬなよ」

 

 縁起でもない挨拶に見送られた街を当て所なく歩く。

 

 目的は、とにかくフラウに様々な商品を見せることだ。

 

「解析すべきデータが多くて何よりですね。統計を作るのに苦労しません」

 

「だろ? どいつもこいつも好き勝手店開くから、来る度に顔触れが違う。同じ場所に同じ店があるとも限らねぇのがキシワダ・ベイサイドだ」

 

 傾いた看板、昨日の雨の残滓が溜まったビニールの庇、いつ落っこちてくるか分からない回廊のせいで狭い空。無数の電線や回線が蜘蛛の巣のように通る違法建築の中は、歩き慣れていないと直ぐに方向感覚をなくす。

 

「この辺りが基本的に義体を扱ってる店が多い。俺達は肉屋通りって呼んでる」

 

「それはまた優雅なお名前で」

 

「義体義肢と肉屋は紙一重だろ?」

 

 鼻で笑いながら道を歩けば、背中でフラウの頭が忙しく動いているのが分かる。多分、本当に枝肉のように吊された義肢や義腕、無菌パッケージに包まれた代替臓器を眺め、その値段を記憶することで相場表を作っているのだろう。

 

「おっ、そこの旦那! 背中の嬢ちゃん、カワフジの良い頭皮ユニット使ってんね! 長くて邪魔くさいだろ! 高く買うよ!」

 

「ざけんな、人のツレをハゲにする気か」

 

「代わりにプリシラ・ドールのユニットをオマケするぜ! 40円でどうだ!」

 

「誰ん頭から剥いできたかも分かんねぇ気色悪いもん要らねぇよ!」

 

 ああ、クソ、俺の好みだからってチョイスをミスったかな。そうだよな、この街で新品おろしたての髪は、そりゃ目立つわな。ああもう、ちょっと汚しとくんだった。

 

 良い物だから売らないかと誘いかけてくる店主共を押しのけ――勝手に値段合戦するんじゃねぇ――肉屋通りから逃げ出した。

 

 直結しっぱなしのケーブルから、もうスキャンが済んだと合図が来たからだ。

 

「はぁ、医者の癖に商売っ気が強いヤツらばかりで嫌んなるぜ……」

 

「少し汚して偽装しましょう。色合いももっとくらい方がいいですね」

 

 振り向けば、ファイバー製の髪に通電してフラウは髪色を小汚いねずみ色に変えていた。しかも、ちらほらと白髪が交じっている小細工付きだ。一気に見窄らしくなったな。

 

「義肢を商っているなら分かるでしょう。このカラーはデフォルトなので、機能が死んでいる可能性が高いです。次からは争いにならないかと」

 

「へぇ、凄いな。俺は泥で汚さないと駄目かと思ってたけど、そんな方法があんのか」

 

「これでも偽装活動用のルーチンが搭載されていますので」

 

 情報不足でしたが、これで大分マシになるはずです。そんなことをいう相方を背負い、俺は靄が去って、薄く垂れた雲の向こうに辛うじて見える太陽が高く昇るまで街を彷徨いた。

 

「十分です。データはかなり集まりました。舌戦には十分です。台本を送ったので、目を通しておいてください」

 

「マジか」

 

「ただ、スカヴェンジャーが国に売る値段までは分からないので、市井ならこれくらいは付くはずだという話法を組み立てるのが限界ですが」

 

「十分だ。俺の見立てじゃ10円くらいで買いたたかれてたからな」

 

 じゃあ、あのクソアマの塒に行くとしよう。

 

 俺は小路をさっと通り過ぎ、目的地であるキシワダでも内陸寄り、シモマツの方に向かった。

 

「……急に治安が悪くなりましたね」

 

「ついた名も破落戸通りだよ」

 

 シモマツは街の切れ目であり、皇国が重要視している線路が通っていることもあって傭兵やスカヴェンジャーが根城を構えることが多い。そのため、右を見ても左を見ても、何なら上を見ても武装している連中だらけだ。

 

 大体はライセンス持ちのスカヴェンジャーが身辺警護に飼ってる私兵、つまり俺みたいな下請けで大したヤツはいない。

 

 まぁ、たまにガチモンの戦闘サイボーグが混じってるから、暢気もしてらんねぇんだけども。

 

「ここだ」

 

 軋んだ階段を踏んで――四段目はサビで内側が腐ってるから踏むと死ぬ――前文明のアパートの三階に行くと、四つある扉の三つは板切れで封鎖されていた。

 

 中は壁をぶち抜いて一部屋にしてあることを、俺は何度も来ているから知っている。

 

 そして、唯一の出入り口である奥の扉に立ち、扉を殴るようにノックした。

 

 小さな駆動音。見上げれば、可動式の監視カメラがこっちを見ている。小型のタレットも付いているが、小声でフラウが銃器部分は死んでいることを教えてくれた。

 

 何だ、ハッタリかよ。ビビってて損した。

 

 カメラを睨んでいると、その内に不愉快な電子音が響いてドアが開いた。

 

「入れ、ヌル」

 

「よう辺見。景気はどうだ」

 

「無駄口聞いてる暇があったらボスん所にいけ」

 

 ゴツいそり込み頭の男。両腕を見せ付けるかのような、地金丸出しのパラミリ仕様義腕に入れ替えた男は、偉そうにしているが俺と同じ下請けだ。ただ、ちょっとばかし白兵戦の腕が立つってんで、飼い主の護衛をするだけで飯を貰っている番犬。

 

 ハラワタは生身だから、撃てば死ぬって点で警備ロボットよりかは怖くない。

 

「おひさぁ……何か持ってきた?」

 

 こちらを見ることのない、気怠げな女の声。聞き慣れた、鬱陶しい飼い主のねっとりした嫌な響き。

 

 さて、一勝負。上手く行くかどうか、頼んだぜ相棒…………。




沢山の評価、およびコメントありがとうございます。
やる気がでるのと参考になります。

pixivFANBOXで先行公開していて、かなり先まで公開しているのでよかったら見てやってください。
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