崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
金を靴下の裾にねじ込んで、近藤のヤサから引き上げる俺の足取りは軽かった。
過去二番目の高額報酬、そして外れた首輪。ああ、気分が良い。
俺がアイツの飼い犬をやっていたのは、たまたま最初に拾われたってだけの話だからな。好きであんなうさんくせーメスガキに付くかよ。歳なんて分かったもんじゃねぇし、払いも渋いし、人を小馬鹿にした態度も気にくわねぇ。
何年も五級で燻ってる女と、当面は縁が切れて清々したぜ。
「マスター、良かったのですか? もっと取れたはずですが。私の計算では現金100、借金棒引きが推奨だと。台本にも書いたでしょう」
「フラウ、お前さん、交渉の話術を組み立てるのは上手いが、ちっとお上品な相手向けに考えすぎだ。前文明人と俺らの価値観は違うんだぜ」
背中の彼女から小声で文句が出たので、この荒れに荒れた環境じゃ、商売のやり方が違うと教えてやった。勿論彼女の目利きと計算は大変参考になったが、俺が彼女より一つだけよく知っていることがある。
この前文明が崩れた後の人間という生物、その暴力性だ。
前文明じゃ、人間を始末するのは大変だっただろう。
官憲は賄賂も受け取らず仕事をするし、裁判所は電脳の外部記録を開示する権限を持っていたし、死体を始末するのにもクロームのせいで苦労したはずだ。何つったって埋めたところで骨になんねぇし、全部燃やすにゃ火葬炉がなきゃ不可能だ。
何よりも、法律という枷が、無意識に人間をちゃんと文明人にしていた。人権とか、人倫とか、そういったものを信じて、余程の阿呆か怒りで正気の箍が飛ばない限り、人を殺さないのが当たり前だったんだろう。
そうじゃなきゃ、一人二人殺されただけの殺人事件なんてもんが、あんな大仰な映画になるものか。真面目な警察官がガキ一人のために刑事人生捧げて独自調査するってのが、テンプレートになるくらい平和な世界だったんだろうさ。
だが、今やどうだ。
「俺がハジかれたって、誰も気にしやしねぇよ。毎朝面合わせてるあら汁屋のオヤジだって、たまたま俺がぷかーっとオオサカ湾に浮かんでるのを見ても、あーあと呟くのが関の山さ」
「……正に末法ですね」
「この巷、特にチャカぶら下げてるヤツは癇癪で人を殺すぜ。で、邏卒は何もいいやしねぇ。そこまでするほど連中も給料貰ってないからな」
そういえば、市民IDを購入できたら軍隊に行くるのも悪くないと思ったけど、ショバ代取ったり賄賂受け取ったりしてる分、やっぱ思ったより貰い少ないんかな。腹一杯飯食えるってだけで羨んだけど、やっぱ微妙なんだろうか。
それになぁ、匪賊退治やら地侍がどうこうで、結構ドンパチやらされるとも聞いたしなぁ。ワカヤマの方に行けば山賊も多いらしいし。
やっぱ軍人はナシか。つっても、荒事でしか食って来られなかった俺の行く当てなんてあるのかねぇ。
「何にせよ、これがエッジの上さ。あと10円欲張ってみろ、俺をブチ殺して身ぐるみ剥いだ方が特かと考え出すぜ。100円とか言い出したら、あそこは間違いなく銃撃戦でブラッドバスだ。ほとんどが俺の血だまりでできたな」
「人の命が……安い……」
「前文明でもどっかで常に人間の命に安値が付いてたんだろ? 企業戦争の映画で見たぜ。カカオ作ってるのにチョコ食ったことのないガキ。ダイヤ掘ってんのに結婚指輪も買えねぇ鉱山労働者。兵器の性能試験のために使い潰される軍閥とかな」
俺達に、そのお鉢が回ってきただけの話だろというと、背中越しにでもフラウが微妙な顔をしているのが何となく分かった。
ま、したり顔でこんなことを宣っといてなんだけど、俺自身納得しちゃいないがね。どうせなら平和な時代に生まれたかったよ、まったく。
羨ましいぜ。前文明の子供は、たとえ親から放り出されても国が保護してくれて、保護者役の自動人形が宛がわれたんだろ? それこそ、血の繋がった子供棄てるクソ野郎な実の親より優しいのが。
でもって、勉強してたら飯が食えて、偉くもなれる。
何より、俺と同い年くらいってのには青春ってものがあったそうじゃないか。
いいよな、教室で可愛い子を目で追ったり、季節の行事に心躍らせたり。
そりゃ前文明にも前文明なりの辛い所があったとは思うけど、今よっか大分マシだと思うけどね。
「さて、40円、40円か……三ヶ月は食っていけるな。贅沢しても一ヶ月はイケる」
「マスター」
「分かってるよ。あぶく銭じゃなくて、種銭だ。コイツを突っ張ってデカく行くぞ」
俺はそのまま塒に帰らず、また市場に戻った。
賑々しく露店が並んでいたり、開放型の店舗に平棚が並んでいる所は他の通りと変わらないが、ここは客層が大分違った。
一般人や武装した傭兵は少なく、逆に腕を精密作業用のクロームに置換していたり、目を高倍率の義眼に取っ替えたヤツが多い。
ここはテクノ通り。前文明の遺産をかき集めてきた店の集合体で、協会が買い取り拒否したり、在庫を放出したり、スカヴェンジャーが闇で流したブツが行き着く場所だ。
「おうおう、技術屋が掘り出し物目当てで忙しいね」
「中々の活気ですね」
「この辺は首都圏に近いけど、遺構が多いから、それだけ発掘品も多いのさ」
そぞろ歩いて色々見て見るが、やっぱりちゃんとした店構えの商品は、扱っている物が大体高額だ。凄いな、あの光学素子、片目だけで400円かよ。俺の稼ぎの十倍だ。
「ああいうの入れると違うのかね」
「全然違いますよ。あれはニコーの78年式ですね。生身の目が老眼だったと感じるほど世界が鮮明に見えますよ」
「おお、お嬢さんお目が高い。コイツぁ一昨日入ったばっかりの商品だ。死体から剥いだんじゃない、パッケージ品だよ」
っと、いかん、詳しいと見るとすぐ店主が商売にやって来やがる。ただ、俺とフラウのナリを見て、大した金を持っていないことを見抜いたのだろう。貧乏人のくせに目だけは肥えやがってという顔をして、直ぐにそっぽを向いた。
「冷やかして悪いな。何時か買えるくらい稼いで帰ってくらぁな」
「はっ、一昨年のカレンダーでも眺めてろ」
金がない相手には冷たいねぇ。
とはいえ、不用意に近寄った俺が悪い。向こうも商売、売れない相手に割く時間はないわけで。
だから、今の俺達にお似合いなのは、こういうジャンク屋よ。
ビニールシートに商品を並べた、ガスマスクの男が一人で店番をしている。小さいポスター立てには「当店、稼働の一切を保証をいたしません」と堂々書いてあった。
いっそ清々しいな。とはいえ、こういう店にも需要はあるんだ。ジャンク品から部品を取って、もっと良い物を直したり、キメラ義肢や道具を仕立てて生計を立ててるやつもいるんだから。
直して売る能がないヤツらの店は店なりに、それを種に実をつける術を持ったヤツの需要があるのさ。
うん、俺も昨日まで能がない側だったけどね。今もフラウ頼りだし。
「さて、目利きは頼むぜフラウ」
「お任せを」
背中から彼女を下ろしてジャンクの山を眺めさせると、十数秒の思考の後、何でも一つ50銭と書いてある箱を見た。
「ヌル、あの箱の真ん中あたり、グレーの楕円形、分かりますか?」
「これか?」
言われて摘まんだのは、一個の死角素子だ。ただ、根元が潰れていて接続端子が俺から見ても死んでいる。筆の先より小さな素子を一個一個移植するような根気強さがあったならば、また使うこともできそうだが。
「それと、あっちの一円の箱、緑色のカメラアイ、それからグレーの人間用義眼」
「これとこれだな」
言われるがままに摘まんで、他は? と聞くと一旦首を振ったので、俺はそれを店番に渡した。
「目玉ばっかりどうするんだ。イルミネーションでもやるか? そっちの嬢ちゃんにゃ不要そうに見えるが。もっと他のが要るんじゃねぇか?」
「ここでジャンク漁ってる時点で察してくれよ。手足用立てる金なんてねぇって。ましてや医者代なんてあるように見えるか?」
「それもそうだな」
鼻で嗤う男に若干のいらつきを覚えつつ、ふと思う。これは俺が馬鹿にされた怒りか? それともフラウのナリを揶揄された怒りか?
どうやら俺は、大分コイツに入れ込んでしまっているようだ。
その後、更に数件のジャンク屋を巡った後、俺は15円という中々の散財をしたことに内心でドキドキしつつ、あら汁を食ってから塒に引き上げた…………。
業者に頼めば数百ポンドしますが、自分でやれば無料です(幻聴)
あの番組は大好きですが、どう考えてもトーシロがブレーキパットとか触るの危険すぎるでしょ……あと、そのクソでかい車を持ち上げる機材はお幾ら万円なんですかねと。
というわけでDIY身体改造のお時間です。