崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
暗闇は人類の天敵だ。人間という生物は常にそれを嫌い、追い払うべく煌々と光を焚いて、星の瞬きすら妨げる時代があった。
しかし、どうだ。俺の目は完全に闇へと沈んだ世界に適応していた。
「おおー……スゲぇ、生身の昼間よりよく見えらぁ」
「そうでしょう、そうでしょう。出雲重工の日独共同開発軍用多目的義眼、
俺は完全に闇へと沈んだ、大きな地下鉄列車路の中で全てが昼間のように見えている。緑に染まった、安価な暗視ゴーグルや、熱を拾う黒と紫に赤の世界でもない、完全に着色された世界だ。
それも、両目できちんと見えている。最大望遠を稼働させると、ここから500mは余裕で離れている場所の案内板、その掠れた文字まで見えた。
「起きた時から不思議だったけど、どういう理屈なんだよ」
「極小チップの中にAIが搭載されていて、計算により着色しています。更に可視光以外も拾えるので、煙幕を焚かれようがチャフを撒かれようが、何かしらの手段で必ず視界を維持しますよ」
「それで鉄の目ね」
アイゼン・マナコという、なんか独逸系移民の末裔みたいな名前だが、なるほどどうして納得のスペックだ。
あの排水口に呑み込まれるような気絶から目が覚めて、瞼を閉じているはずなのに視界が開けた時はビビったが。
瞼を透過して警戒する機能も積んでいるようで、眠らない目としても知られた軍用品。その中でもコレは、ウェット寄りの軍人向けに設計されたもので、片目だけを移植しても性能が落ちない。
視覚野に働きかけて、右側の視界にも補正を掛けてくれるのだ。おかげで今の俺は、前方視界だけならキシワダ・ベイサイドの誰よりもよく見えるかもしれん。
まぁ、しいて文句を言うなら、電源を入れたコイツは暗い赤に真っ黒なファインダーが備わった表面保護材が付いているので、見た目があまりにおっかないんだが。
前文明の軍人は人間の眼球そっくりな表面パーツで誤魔化すこともあったそうだが、それまで欲するのは、昨日まで光の順応にも苦労していたカメラアイを使っていた俺には贅沢過ぎるか。
「でもあれだな、何か……何? 安いAIが作った絵みたいな視界だなぁ。ノッペリしてる」
「それは、ここが完全な暗所で影が何処にも落ちてないからですよ」
「なるほど、それで妙に平坦な感じがするのか」
「薄暗いだけなら、この明るさで影を認識できますよ。視界が良くなった代わりに、隠密に苦労するようでは意味がありませんから」
ふむふむと仕様を覚えつつ、俺は警戒を維持しながらも、きっちり歩数を数えながら歩いていた。
クズ山の中でも数あるマンホール、そこから繋がる放棄された地下鉄路線に来たのは性能試験というのもあるが、勿論金を稼ぐ仕事も兼ねてだ。
スカヴェンジャーが求める遺構は戦争と、その後の混乱、皇国成立紛争を経ての悲喜交々によって列島中に散らばっている。
特に核戦争さえ予期した戦後予備復興相は、元から地下鉄だらけだった国土を、更に穴ぼこだらけにしたとフラウが教えてくれた。何でも昔は、地下鉄で東南アジア? とかいう、キューシューやオキナワ要塞群より南に行けたらしい。
俺が知っている分だと、前文明が指定した重要アーコロジーは十四箇所。トーキョーの第一に四と六、オオサカの第三と七に十一、キョートの第二……えーと、あとは……あとは……なんか北と南に点々とあったはずだ。
そして、戦後復興を見越して経済界が合同出資した、小規模工廠アーコロジーや、存在が秘匿されている施設、小さな企業職員を収容できる規模の福利厚生避難所まで含めると、地下施設は全国で優に千を超えるらしい。
こればっかりは流石にフラウも把握しきっておらず、俺が落っこちたサイト89とかいう出雲重工独逸支社の出先部署も、そんな秘匿アーコロジーの一個だったらしい。
ともあれ、そんな難しい戦前の理屈はどうでもいい。要するに地下にはお宝が沢山眠っている訳だ。
「ここまでで歩数が……」
「マスター、何を?」
暗闇の中でも帳面が見えるのはありがたいなぁと思いつつマッピングしていると、不思議そうにフラウが聞いてきた。そういえば、仕事になって、慣らしにも丁度良い場所があるとしか言っていなかったな。
「地図を作ってるんだ。地下の地図は良いぜ。俺じゃ挑むのも危ないような遺構を見つけても、正規のスカヴェンジャーが飯の種にと買ってくれる。そんで、地下施設は何かしらボコボコ掘りまくった地下鉄で連結されているからな」
良いのを掘り当てたらかなりの値段が付くんだぜ、と自慢すると、フラウは少し言いづらそうにもごもごした。
「マスターは、その……地図帳を随分大事にしていらっしゃるようですね?」
「おう。いつか俺が金を稼いで、外骨格やスゲー装備を手に入れた時に潜るためにも使えるからな。だから一歩の歩幅を覚えて、地図の描き方までオッサンに教えて貰ったんだ」
「……直結、していただけますか」
何か歯切れが悪いなと思いつつ、後ろに手をやって彼女の首筋のポートへ有線すると、目の前に立体的な地図が広がった。オレンジとグリーンの線を組み合わせたポリゴンの塊を見て、呆気に取られる。
俺が、炭の棒に布を巻いて、いっしょうけんめい、かいたのより、ずっと、ずっと……。
「ああっ、マスター、落ち込まないでください! 私に搭載された索敵ユニットの機能なんですよ! マッピングは後方への情報送致で非常に優位なタクティカルアドバンテージを……」
「うん、うん、分かるよ。言わんとすることは……うん……」
ただ、手の中で勇壮な将来に繋がっていたはずの帳面が、妙に軽く思えただけだよ。
「……これ、俺の脳に送れる……?」
「はい……」
「じゃあ、手書きして写すわ……探索時は、有線したままでいよう……」
「家で見つけたチップをクリーンアップして売ることもできますが……」
「じゃ、それで……」
左のポーチに帳面を折ってしまうと、地図が縮小、そして上から見下ろす視点に簡略化された上で視界の右上に表示された。
はは、なるほど、俺は今までそうと気付かず、最高のマッピングソフトを搭載したアクティブセンサーを背負って歩いてた訳だ。だよな、そういや最初に言ってたよな、崩れた区画が分かるから諦めて帰ろうって。言われるまで気付きもしない俺が馬鹿だったよ。
「はぁー……まぁ、とりあえず歩くか……」
歩く度に地図が広がっていくのを確認し、俺はちょっと嫌になりながらも索敵箇所を広げるために歩いた。何か声をかけるべきか迷っているのか、それとも沈黙が慰めになると思ったのか、兎にも角にも静寂が沁みるように優しかった。
「お、ドア」
それから足音に気を付けながら線路を歩いていると、小さなドアを見つけた。あの感じ、多分点検用通路に通じてるヤツだな。
「今いるのが第二南海電車の新アワジシマ線路……んで方位が西だから、これは南に伸びてるな。お、何か書いてある」
近づくと目の読み込み範囲に入ったからだろう。しかし、読み取り不可と表示された。恐らく関係者にしか読めないよう、コードで書かれた何のための設備の表示かが煤で汚れているからだ。
汚れをジャケットの袖で拭うと、印刷が生きていて表示がポップされた。それと同時、ミニマップの扉にラベリングがされて名前が書き込まれる。
「点検通路、B-22-1か」
ほんと高性能だな。嫌味なくらいに。
ドアノブを探してみるが、そもそも存在しておらずタダでは開きそうにない。軽く手の甲で殴ってみると、重い感覚からして分厚さは数センチの合金製。全く揺るがないこともあって、多分錠は三箇所くらいかな。
この感覚は四人目に組んだ、脱走兵アガリの同僚に教えて貰った。元はスカウトだったんだけど、匪賊討伐の囮役に使われて、砲撃が降ってきたから嫌んなって逃げ出したそうだ。
まぁ、その割に忍び歩きの腕前は微妙だったな。
結局、ワイヤートラップに引っかかって死んじまったし。
「開けられそうか?」
「お待ちを……どうぞ」
電子音が響いて、ロックボルトが上がる音がした。開けてみると、なかなかどうして俺のカンも悪くないようで、やっぱり三重の錠が備わっていた。
「考えてみりゃ、俺の相棒はスゲぇな」
「何ですか、当然に」
「いや、考えを改める必要があるわ。今までで一番値段のついた発掘品は、出雲の義腕だって言ったろ?」
「ああ、買いたたかれてしまったやつですね」
「けど、アレとお前じゃ比べものにならねーや。あの日は運がないと思ってたけど、やっぱツイてたのかもな」
「やっと気付きましたか」
ふふんと可愛い声を上げる相方に、俺は小さく笑って返した。
しかし、カビ臭い通路だな。かなり奥まで続いているが、待機室とか備品室があったらいいな。
「こういう所って、美味しいって聞いたことがあるな」
「そうですね、マッピングだけでなくて、換金性の高い物や、マスターの強化に繋がる道具が見つかれば良いですが」
踏み出せば広い空間に反響して、大きな靴音が響いた。
安全性重視の靴を履いている弊害だが、これだと遠くまで存在を主張しているようなもんだからな。
とはいえ、俺は斥候って訳でもない、ソロのスカヴェンジャーだからなぁ、防御性能は棄てたくない。
そういえば、軍靴に後付けできる静音ユニットというのがあると聞いた。いつか、そんな代物を吟味して、全身の装備を換算すれば数万円に達する達人になるってのも、悪くないかな…………。
大体のゲームで索敵とかドロップアイテム品質向上から選んでしまうプレイヤーです。
あと最初のスキルが外部依存とは言え鑑定スキルやマッピングなの、かなりテンプレ感があることに今更気付きました。