崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
スカヴェンジにはリスクが伴う。
まぁ、だからこそ儲かるんだ。普通の港湾労働者の月給は、20円から25円が相場だという。朝から晩までキッツい仕事と海風にオイルや錆、そしてフジツボやフナムシと格闘してもそんなもんだ。
だからこそ、上手く行けば下級や下請けが月に数百円の儲けを出して、世紀の大発見をすれば万単位の金が手に入るスカヴェンジャーの仕事に人が集まるわけだ。
つっても、その大半は、何処ともしれない遺構の片隅で、物言わぬ骸か泥の一部になって消える訳だが。
そんな環境を二年間生き抜いてきた俺の個人的な経験から言うと、一番恐い瞬間は何か。
復路だ。
勿論、往路が安全な訳がない。前人未踏の、警備システムが生きていたり、どっかの企業が流出させた生物兵器が巣くっていたり、危険な人食い突然変異が闇に潜んでいたりするかもしれない場所を潜っていくのは、正に最も分かりやすい危険だ。
反面、俺達のような下級は復路もヤバイ。
何つったって、人間が全員が全員、ちゃんとした仁義を通す善人じゃないからだ。
「マスター、心拍が上がっています」
「そりゃそうだろ。俺ぁ今、下手したら人生で一番高額の現金を持ち歩いてるのと大差ないんだぜ」
服を裂いて使って作った背負い袋の容量は小さく、袖を体の前で括るそれの中身は配電盤を三機解体したところで一杯になった。残りは後日ということで、扉をロックして引き返しているところだ。
壊れやすい物はフライトジャケットの内側にハンカチを畳んでしまってあるが、ポケットをパンパンにしてまで引き返すのは良くない。布地が引き攣って動きが悪くなるし、一目でアガリがあると分かるからだ。
新しい愛銃を――つっても、まだ勿体なくて試し打ちもしてないんだけど――握りながら歩いていれば、たしかに心臓が普段より早く脈打っているのが分かった。
良くないな。ビビりすぎだ。顔に出ると読まれる。
ああ、コイツ金持ってんなって。
「ん……?」
昨日置換した、軍用の高性能な目が小さな光を拾った。今は針のようなそれは、800mほど離れているので俺を捕らえはしていない。
ただ、照射範囲から考えるに、軍放出品のルーメン数が高いフラッシュライトだな。普通のライトだから、人相を識別できるほど照らすには数十メートルくらいの距離に近づかなければならないが、もうあと300mも距離を詰めれば俺自体の存在には気付くだろう。
まぁ、ここは別段秘密の入り口って訳じゃない。俺みたいにマッピングして売ろうってヤツもいるし、駅の遺構に辿り着ければ何か手に入るだろうって潜ってくるヤツもいる。
ただ、怖いのはソイツらがどんな人間かだ。
「ああ、クソ、武装してるな……ライフル二人、一人は……ライオットシールド? ああ、ハンマー持ちか。警備ドローン相手を想定してるな」
「同業者ですか」
「目に見えたクロームはなし。ったく、銃身を左右にブラブラ危ねぇな。プロじゃねぇ、俺と同じ下請けだろ。碌な先輩に当たってこなかったな」
振り返るまでもなく、ここは一本道。長い長い線路のど真ん中。残念ながら、擱座や脱線した車両、大きな障害物もないし、崩落した瓦礫が積み上がってもいない。
いやまぁ、瓦礫があったら全域水没してる位置だから当たり前なんだけど、問題なのは隠れてやり過ごせないことだ。
「マスター、そこまで警戒する意味は?」
「考えても見ろよ。えっちらおっちら何十kmも歩いて遺物を漁るのと、それを終えてヘロヘロで帰って来たヤツを撃ち殺して身ぐるみ剥ぐの。どっちが楽だ?」
「……まさか」
「往路で怖いのは遺構の脅威だが、帰りでいっちゃん怖えのは同業者だよ。特に数が上のな。遺構で誰か撃ち殺されようが、誰も調べやしねぇんだからよ」
隠れて通り過ぎるまで息を潜めてはいられない。となると、普通にこのまますれ違うしかないわけだ。
仕方ねぇと呟いて、俺は口に手を当てて拡声効果を高めつつ、大声を上げた。
「おーい! 武器下げろ! 同業者だ!!」
向こうは暗闇の遙か彼方から反響してくる声に驚いたのだろう。武器を下げろつったのに、ビビって方々に銃口を向けてやがる。
こういう時、同じ遺構でカチ合ったら、潜んでいる脅威が直近にいないなら挨拶するのは礼儀であり、身を守る策だ。何せ、仕事でガチガチに緊張している新人だったら、動く影が見えた瞬間にブッ放すことがあるからな。
だもんで、俺も慣れるまではオッサンに銃は抜かず、そのままついて来いって教えられたもんだよ。実際何度かビクッとして、今銃抜いてたら暴発してたなって場面はあったんだ。
ただ、向こうさんも完全なトーシロではないらしい。トリガーに指を掛けてブラブラ歩いていた訳ではないので、不随意の発砲で全てが台無しってことはなかった。
「今からそっち行くけど、いきなり撃つなよ! ちゃんと人間だ!!」
「今年の地域リーグ優勝はどこや!」
ライオットシールドを構えていた男が大声を返してきた。賢い反応だ。ミュータントの中には人語を喋れることを利用して狩りをするヤツもいるからな。
だから、こうやって人間の生活圏にいないと知りようがない情報を鍵にすることがある。
「俺は野球興味ねぇよ! でもキシワダ・ランダーズがドベだったのは知ってるぜ! 知り合いが野球賭博で30円も損こいてた!」
因みに、この知り合いは言うまでもなく近藤だ。流石に小市民じゃ、借金しまくっても賭けで30円も出せねぇからな。アイツ、ああ見えて郷土愛でも強いのか、毎回オオサカの地域リーグで地元チームに大金かけては無駄にしてんだ。地元愛があって野球が好きなら、胴元に金吸われる賭けなんかしねぇで、バットでも寄贈してやりゃいいのによ。
「クソッタレ! 呪われろ! テメェに地元チームを愛する心はねぇんかい!」
「一々海賊放送聞くほど暇じゃねぇ! 第一、オオサカ弁じゃねぇ時点で地元じゃねぇって察せ!!」
ま、実際、どこで生まれたかなんて思い出せもしないんだけどよ。
とりあえず警戒しつつ、それでも銃口は地面に向けてゆっくり歩けば、向こうも警戒しつつ近づいてきた。懐中電灯を足下よりも水平に近く掲げているのは、俺のシルエットを早く判明させたいからだろう。
双方の距離が150mほどになると、向こうも鮮明に俺を照らせて人間だということが分かったようだ。
ただ、銃は完全に下ろしちゃいない。むしろ、外れを引いたかもしれん。
「フラウ、連中、引き金に指かけやがった」
「最悪ですね」
危険域に入った時から安全装置を外すことは、別に珍しくない。暴発に関しちゃ、トリガーコントロールをちゃんとしとけば良い話だし、もっと慎重に行きたきゃ初弾を装填しなきゃいい話だ。
ただ、何時どこから不意討ちされるか分からないから、弾も込めていることがほとんどだ。実際、俺だってもうFCSの安全装置は解除してあるし、弾はチェンバーに送られてる。
お互いに歩み寄って、相対距離は30mに縮まる。そこで俺が足を止めると、向こうも止まった。
お先にどうぞと脇に寄ってみるも、向こうは俺をジロジロ品定めするような目で見てくる。
「誰に雇われとるんや」
「五級の近藤んとこで下請けだ。外斜視の酷いサイドテールのチビ女だよ。一回見たら忘れられねぇ面してるぜ。お宅さんは?」
「近藤……近藤……ああ、あのクソガキみたいなんに集っとるウジ虫か……今日はどないやった?」
名乗ってこない、失礼な連中だ。しかも、テメェ等も下請けのウジ虫だろうに。
これで危険度が上昇。身元を明かしたくないのは、良くないことを考えている証拠。
俺は無意識に、視覚データを録画する機能を起こした。前のポンコツはそれすらできなかったが、コイツには短時間の記憶能力もあるんだ。電脳から音を拾ってきて、一緒に纏めてくれる優れものだよ。外部記憶にアクセスも出力もできない俺にとって、身の潔白を示してくれる強い味方。
「サッパリだよ。マッピングで小遣い稼ぎだ」
「その割には、えろうパンパンの背負いモンしとるなぁ」
野郎のジットリした目が俺の俄拵えした物入れを見て、嫌な光を宿す。
「殺れ」
ヤツが短く言うのと、俺がガン・フーの構えを取るのはほとんど同時だった…………。
【あとがき】
本家だと明らかにヤベー人形が三機もついてるせいで、起こりそうで起こらなかった展開。
自分で手間して稼ぐよりも疲れた相手を小突くのが一番良いよね!
そういうことが起こらないで、全力を振り絞って帰って来られるゲームの世界は、実は治安と人の心がちゃんとある。