崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
寝床に戻って荷物を再び計算し、ざっくり計算ながら、直接テクノ通りで売り払えば、今回の収益は354円50銭になることが分かった。
「おぉ……」
凄まじい値段に思わず震えた。いやはや、スカヴェンジャーはハイリスクハイリターン、しかし下請けの仕組みとしてはハイリスクローリターンが当たり前だったので、本当にハイリターンを得たのが初めてでビビったね。
港湾労働者一年分以上の稼ぎ。これを五時間で達成したと言えば、なるほど夢がある仕事だと勘違いされるだろう。
「やりましたねマスター。装備更新には丁度良いですよ」
「……懸念があって、それが相談したいことだ」
「壁打ちですね。自動人形に標準搭載されている、カウンセリングルーチンがあります」
「そんなん標準搭載してたん?」
「ええ、大和共栄経済圏では我々が一般流通するまでは、自殺が死因の第一位だったくらいなので」
「それはそれで末法だろ……」
えぇ……平和の三百年つっても、そんなだったの?
まぁ、ちょっとした過去への憧憬が汚れたのは、さておくとしよう。ともあれ、俺は今回の仕事で大金を手に入れたことになる。
単純に喜ぶべきではあるが、この巷じゃリスクであることも受け容れねばならない。
300円以上。普通の仕事じゃ、これだけ貯めるのに何年かかるだろう?
俺の目標、一万円を要する市民IDの購入と比べればちっぽけに過ぎるが、人間が人間を殺すのに十分過ぎる金額。
だから、市民IDを持っていて、力もある程度はある近藤のような正規スカヴェンジャーでさえ、現金をあまり大量には手元に置かないようにしているのだ。
そして、キシワダは狭い。情報の流通は激しく、それでいて多方面に及ぶ。
〝俺が大金を持っている〟という噂は、何処からか這いだしてくる。ひび割れた岩の隙間に潜む虫のように。
だが、コイツは売り捌いて初めて金になる。それまではただの発掘品。なんの力もない。
「まず、大金を持つのが怖い。50円貰った時でさえ手が震えた。分かるよな?」
「マスターがお好きな映画でいうならば、15歳の高校生が……そうですね、前文明の平均月収が45万円だったので、その15倍。約1500万円を手にしたようなものですからね」
結構ピンとくるな。何なら150,000ドルちょいって言い直してもいいんだけど、ともかく理屈としてはそうだ。
圧倒的な金、その重み。自覚したら、机の上に置いてある物がとんでもない爆弾に見えてきた。
「万能感を感じて馬鹿みてぇに使い倒せる気質なら楽だったが、俺ぁネガティブな性質でね」
「心配性なのは、薄々存じております」
「だから、最初にデカく儲けた50円は、サッサと借金の返済とブツに変えた。今履いてる靴を買ったんだ。高価だし性能がモロに金額と比例するけど、人のモン奪っても使い辛いからな」
「なるほど、かなりの計算高さですね」
「で、今考えてることは幾つかあって、どれが最適か悩んでる」
頷く彼女が続きを促したので、俺は指を一つ立てた。
「一個は、安全策。即使い切る。奪いづらい物で」
「靴と同じですね。賢明です」
「ただ、問題がある。丁度良い物が思いつかない」
350円は大金だが、手持ちの残りと全部足しても400円に届かないくらい。
つまり、この値段に見合う物は少ないのだ。
義体化は一部位が200円くらいからできるが、大抵は品がよくない。俺みたいに敗血症で右手を切り落とさないと拙いような状況になって、止むなくやる時の選択肢であって、健康に動いている四肢を切り飛ばしてまでやるこっちゃない。
スペックアップが目的の、人間の域をお手軽に超えるアップグレードとしてならば、最低でも500円は欲しいところだ。
「たしかに、肉屋通りで吊してある義肢を見る限り、施術費込みでそれくらいが相場ですね」
「だろ? けど、銃やらツールだと奪い取って換金できるから、難しいんだ」
「なるほど、たしかに高級品は奪い取って現金化できるという意味で、現金を持ち歩いているのと大差ないですね」
だから義体化という案は割と丸いんだけど、まだ金が足りん。正直、信頼できる医者もいねぇし、ツケなんて利く訳もない。いねぇかなぁ、どっかに、千円くらい使っても出世払いで良いよと言ってくれる聖人みたいな医者。
いるわけねぇか。善意も人倫もソールドアウトって看板が掛かったような世界だし。
「ただ、積み立て買いってのはできる。金を医者に渡して、十分な額になったら手術して貰う。こうすりゃ手元に現金は残らねぇ……けども」
「結局、大金を稼いだことがある、という経緯は変わりませんね。その上で、マスターは直接的な戦力アップが遅れる。危険です」
「そうなんだよなぁ」
アイツ大金手に入れたらしいぜ! って聞いただけで、それを既に使い切ってしまったとは知らずに襲いかかるノロマや、次を期待してヤサを探す馬鹿は絶対に出てくる。そして、俺はソイツの相手をさせられて損するわけだ。
そういう間抜けって大抵金持ってねぇから、殺しても何も得られないんだよな。その上に命の危機だけはあるっていうね。
「で、俺はない頭を捻って考えた。二つ目だ。情報が出ないほど遠くまで行って売る」
「なるほど……けど、結局早く逃げないと危険という別のリスクが出るのでは?」
「そうなんだよなぁ……電車はそもそも市民IDないと乗せてくれねぇし、かといってバスも長距離だと馬鹿になんねぇし」
テンノウジ……は無理にしても、サカイくらいまでなら出られる。片道一時間半……いや、道の悪さを考えれば二時間くらい? けど、結構しんどいぞこれ。
それに、風の噂って言葉もあるしな。流石に毎度毎度、換金する度にサカイまで行ってたらやってられん。第一、俺は自由になってからずっとここで活動してるから、土地勘も人脈もないんだよ。
こっちよりかなり栄えてるとは聞くが、それだけボられる可能性が上がるってこったからな。
「三つ目は、新しい飼い主を見つける」
「……なるほど、近藤と違って身を守ってくれて、塩っぱくない上司ですか」
「まぁ、最大の問題はアテがないってこったが」
此処いらに屯ってるのって、何か人間が小さくねぇといけねぇルールでもあるのかってくらい、良い噂を聞かねぇんだよな。
まぁ、キシワダ・ベイサイドなんて僻地でスカヴェンジャーやってる時点で、そんなもんか。ここもアレだからなぁ、ド辺境と比べりゃマシだが、前文明時代でさえオオサカじゃ田舎の方扱いだもんな。
そりゃ第一線で走りきれなかった連中が吹き溜まるのも妥当か。
「んー……俺がコレを元手に河岸を変える? いや、急に難易度高い所に行くのもな。市民IDないなら行けるところは限られるし、結局また下請け?」
「マスター、一つ良い案がありますよ」
「なんだ?」
うんうん唸っていると、彼女はじっと俺を見た。正確には、俺の暗い赤をした左目を。
「セドリで稼ぐと言ったではありませんか。それは何も現金を得るだけではありません」
「というと?」
「テクノ通りにはジャンクの義肢市もありました。そこの店主と物々交換して、それから修理して身に付ければ良いのですよ」
その手があったか。
なるほど、たしかにジャンク品なら価値は〝稼働しない〟という一点において、動く物の十分の一未満となるのは道理。つまり俺は、手術費を残しておかなければならないが、やろうと思えば二千円相当の義肢を手に入れられる。
「よし、じゃあ早速買い物だ!」
「ちなみに、マスター的には優先してアップグレードしたいのは」
「左腕だ。正常ではあるけど、不満はある」
言って、義肢で掴む。去年までは暖かさも、物を握る感覚もなくで、幾度も箸をへし折ってしまう使い辛いそれからは、温かくて柔らかい不完全な手触りが返って来る。
「右の前腕だけコレだろ? 2……いや、3kgは重いかな。最初は重心がズレまくって大変だったし、今は頑張って真っ直ぐ立つために力入れてるから、腰と左膝がたまに痛いんだよ」
「なるほど、となると肩から置換しますか。生身に未練などは?」
「ある訳ないだろ」
世の中には親から貰った大事な体なんて言葉があるそうだが、二束三文で人を売りやがった連中が何だ。どんな理由があろうが、手前のガキを売ろうなんて輩は碌なもんじゃねぇ。
そんな親への意趣返しって訳じゃないが、俺は義体化に全く抵抗感がない。
それに、生理的な……なんだっけ。
「えーと、フラウ、何だっけアレ、意識してなくても微妙に手とか指が動く現象」
「観念運動現象と不覚筋動ですか?」
「そうそれ! なくなると銃の精度が上がるだろ? 今後の工作も簡単になる」
「合理的ですね。では、良い物を探しに行きましょう。閉店間際セールとかありませんかね」
では、善は急げだ。良い物は何時売れるか分からない。俺のように直せる知識と素材を持っているヤツが、お買い得品を何時までもほっとくわけないからな…………。
高い買い物をしたら追い剥ぎをされるマッポー。
金を貯めても換金性が高い物でも目を付けられるという、下からの成り上がりが凄まじく難しい世界ですね。