崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~   作:Schuld

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 俺は自分のことをあまり知らない。

 

 人買い共が〝発掘品〟の電脳が壊れていないか、あるいは人間にブチ込んで即死しない、つまりきちんと売り物になるかを調べるモルモットにされて、何台もの電脳を馴染む暇もなく、入れ替わり立ち替わり突っ込まれたせいだ。

 

 そのせいで脳味噌の生身の部分はニューロンがバッキバキで、固着したマイクロマシンが層を作っていて伝達を阻害している部分が多い。

 

 だから二年前、施設が何の原因か知らんが襲撃を受けた時に逃げ出して以来、俺は記憶がデッドロックされた名なしの、市民IDすら持っていない無戸籍人だ。

 

 皮肉だよな。孤児だって大抵名前くらいは持ってら。それがまぁ、外部記憶と合わせて自前の記憶も殆どロスト。曖昧な過去の輪郭を、それこそ他人事のように知っているだけで、知識の殆どは戦前の記憶媒体から得た。

 

「それでヌル(0)ですか。酷いネーミングセンスですね、貴方の雇い主は」

 

404(Not Found)、記憶媒体が見つからないからだってよ。センス疑うよな」

 

 俺は施設の壁内を走っていたLANコードを引っ剥がし、負ぶったシャ、シャ……ああ、シャッテンフラウに名前の酷さを笑われつつ、彼女を壁に繋いでロックをデコードさせていた。

 

 施設のローカルネットは死んでいて、過去の通路図からギリギリ通れそうな所を探しながら、今は機材倉庫に取り付こうとしているところだ。ここならば、生きている製品ハッケージもあるかもしれないということで。

 

「独逸語なのはシンパシーですが、安直すぎてどうかと思いますね。皮肉にしても人間にやることではないでしょう」

 

「人権だか人倫、あと正義に平和は売り切れだ。神様が仰ってる。そこにないならありませんねって」

 

「なるほど、マスターの皮肉がやけに古臭いのは西側ダイヴ視聴型映画のせいですか」

 

 呆れたような言葉の後に、開きましたと言うと甲高い電子音の後に扉がスライドした。

 

 酷く埃っぽく、黴びたような臭いがするそこは、たしかに倉庫だ。

 

 骨組みと板のラックが並ぶ広大な部屋で、棚の数は数十にも上るだろう。

 

 口笛を吹いて眺めながら彷徨いているが、多くのパッケージが生きていそうだ。殆どは文字を書かず、ハードケースにプリントされたコードで管理されているせいで読めないが、破れていないなら中身も無事だろう。

 

「これは、ちょっとしたデパートみたいだな。映画でしか見たことねぇけど」

 

「デパートに出入りすらできない層がいるとは……大和共栄経済圏はどうなりましたか。列島市民はほぼ高所得者層だったはずですが」

 

「文明崩壊戦争の字面で察してくれよ。もう誰も理由なんて知りやしねぇんじゃねぇの。俺達に降りてくる情報なんてねぇんだし、広域ネットなんて崩壊して二百年だ。不良化したAIが野放しで彷徨いてて、ログインしたら脳髄を灼かれるって聞いたぜ」

 

「参りましたね、調べ物もできないとは。社内衛星通信すらロストしていますし。本当に何があったんですか」

 

 ノイズ混じりの溜息のあと「あっ」と声を上げたシャッテンフラウに反応して足を止めた。

 

 どうしたと問えば、左側の棚、四段目左から二つ目のパッケージと指示される。

 

「なんだこれ」

 

「声帯パッケージです。今は殆ど口腔内スピーカーに音を合成させているだけなので、ちゃんとしたものと換装したいので」

 

「動くのか?」

 

「出雲重工製長期保存ハードケースの耐用年数は千年保証ですよ」

 

 何時聞いても胡散臭いが、実際たまに動いている物を開けて持って帰ると、箱の方が高値で買い取られたりするからマジなんだろうな。理屈は分からんけど。

 

「買い物に付き合わされる気分ってのは、こんななんだろな」

 

 あとはアレとソレとと、指示される物を拾っていくと両手があっと言う間に一杯になってしまった。クソ、滑落した時に背嚢のストラップが破れてどっか行ったのが辛い。全財産あの中だから、見つけられなかったら俺ぁ一文無しだぞ。

 

 ああ、いや、靴下に一円素子を一枚だけ仕込んでたな。これで三日は生きられるだろうよ。ファック。

 

「荷物を広げてください。その薄いケースは高性能多目的ツールケースです。それから、有線直結を」

 

「え、お前と……?」

 

「マスターは電脳化しているでしょう。指示書を流し込むより、オーバーライドして私が操作した方が早いので」

 

「おいおい、正気か。自動人形に肉体の操作権を譲れだって? チープなホラー映画じゃねぇんだぞ」

 

「効率の問題です。愛しい従僕を何時までも素体のままにしておきたいですか?」

 

 自分で言うなよ自分で……と思いつつ、言う通りではあるため直結した。

 

 しかし、信号を送っても帰って来ない。

 

「……おい?」

 

「まさか、ブラックボックス化されている? マスター、搭載している電脳は何ですか。ファイアウォールは? スタンドアロン(完全閉鎖)モードにしてますか?」

 

「知らねぇよ。この電脳は逃げる時にたまたま入ってたもんで、マニュアルすらないスクラップだ。機能は殆ど死んでる」

 

「知らないとは恐ろしいですね……辛うじてアウトプットは生きているようですが、インプットは詰まった排水管状態ですよ。私レベルでなければ、働きかけることさえ難しいかと」

 

 何がと問えば、彼女は説明する時間が惜しいので、指示通りに指を動かしてくれと、俺の網膜にマニュアルを投影した。

 

 何かしらの技術的な問題で制御のオーバーライドは諦めたようだ。

 

「まぁ、安心しろよ。これでもスカヴェンジャー……の下っ端だ。機械剥ぎは得意だ」

 

「スカヴェンジャー?」

 

「お国から遺跡に潜ったりスクラップ漁ったりする許可を貰った発掘業者の蔑称だよ。つっても、俺はその下請け。IDナシはライセンスなんて取れねぇ。国家的には存在してない人間だから、きちんとしたスカヴェンジャー様に上納して金受け取ってんのさ」

 

 えーとぉ、指示通りに箱を開けまして……なんだこれ義眼か。人間用に見えなくもないが、端子の規格が人形用だな。

 

 あれ? 何かの条約で自動人形って目とか顔に、一目で人形ではないと分かるパーツを使ってないといけないんじゃなかったっけ。少なくとも前文明の娯楽メディアじゃ、そんな見た目のやつしかいなかったんだけど。

 

 まぁいいか。動くなら動くで。

 

「右から行くぞ、向かって右な。てか、電源落とさないでいいいのお前」

 

「これでも高性能機です。一々シャットダウンせずともドライバを慣らすくらいできますよ」

 

「さよけ。じゃあ行くぞ」

 

 曇った視覚素子カバーを引っ剥がすと、見たこともない規格の物が入っていた。なんか、見るからに高性能だな。密度が違う気がする。

 

 どんな性能をしているのだろうと思いながらも、義眼ユニットをはめ込めば、瞳孔がぎょろりと四方に動いた。テスト駆動だろう。収縮を繰り返しているのは、人間らしく見せる機能のチェックかな。

 

「次は声帯ユニットか。これ腹に内蔵するタイプじゃないのか?」

 

「しばらく胸部プレートの内側に何かで貼り付けてください。下半身はその内手に入れます」

 

「まぁ、動くならいいけどさ」

 

 ただ、この視界を補助する作業工程サポートはありがたいな。どのコードをどこにはめ込めばいいか、全く迷う必要がない。俺、剥がすのは慣れてるけど、技師じゃないから再建までできる訳じゃないからな。

 

 しばらくガチャガチャやっていると、接続面が安定したのだろう。四角い声帯ユニットの機動ランプが灯り、振動し始めた。

 

「チェック、チェック、チェック」

 

「うぇっ!? 気持ち悪!?」

 

 するとだ、シャッテンフラウが色々な声で喋り出した。甲高い女性的な声から、野太い男性の声まで。うわぁと思っていると、それが慣らし運転だったのだろう。

 

「まぁ、デフォルト設定で良いでしょう」

 

 凜と済んだ声が自然と発された。唇もちゃんと動いていて、人間が喋っているのと遜色ない。かなりの超高性能ユニットを使ったのかもしれない。

 

 しかし、綺麗で可愛らしい声だな。これなら歌で食って行けそうなくらいだぞ。

 

「綺麗な声だなぁ……」

 

「万人受けを狙ったハニートラップ専用にチューニングされた声ですので」

 

「ハニートラップ専用……お前、ほんと何型の人形?」

 

「まぁ、それは仲を深めてから追々ということで」

 

 主従に深さもあるかよと思いつつ、次の指示に従って少し大きめの箱に開ければ、そこに収まっているのは仮面だった。

 

 いや、違う、義体用のフェイスプレートだ。分厚い軟体の人工筋肉が裏側にへばり付き、顔のリアルな動きを再現する。これ、持って帰ったら一財産なんじゃ……とは邪念が過ったが、まぁ、うん、この素体丸出しの面というのも可哀想だな。

 

 このフェイスプレートは難しいことはない。ただ位置がずれないように被せるだけ。あとは中に取り込まれたマイクロマシンが素体の接続部を探して自動接続され、動き始める。

 

 はめ込むと、それが美少女なのだなと今更になって思った。

 

 つんと尖った高い鼻はしっかりと筋が通っており、深い彫りは極東系の顔立ちながら映画で見る西洋人のような〝理想化〟が当たり前だった前文明の美意識を感じさせる。瞑目した目は開けばきっと大きくて愛らしい、零れ落ちそうなアーモンド型の目を覗かせてくれるはずだ。輪郭はスッとしており、何ともお上品。

 

 スラムで出歩いていたら、二秒で拉致されて娼館に売られそうな顔立ちだ。

 

 しばらく顔の表面がピクピクしていたと思えば、やがて目がすっと開かれた。蒼い瞳と目が合って、何故だか胸が高鳴る。

 

「マスター、顔が赤いですが」

 

「急に美形を叩き付けられると、人間ビビるようにできてるんだよ。てかお前、女性型だったのな」

 

「シャッテンフラウのフラウは、独逸語でお嬢さんという意味ですよ」

 

 胸の高鳴りを誤魔化すように視線を逸らし、俺は自分に言い聞かせた。

 

 コイツは人形だぞ。しかも、さっきまでは素体丸出しの。クソッ、美人に弱い即物的な価値観が嫌になるぜ…………。




本日は5話まで一気に投稿する予定です。
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