崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
二挺の拳銃を両手に持ち、同時に扱うこと。
これは多くの映画で格好好く描かれるが、中々に難しいことだ。
まず、人間の視界は一点に焦点を結ぶように作られており、更に一部の特異な人間を除いて眼球は連動して動く。両眼をバラバラに動かせる一発芸を見たことがあるが、あれは別の方向を向いているだけで焦点までは結べない。
つまり、二つの照準器を覗いて、同時に二点で照準を結ぶのは理論上不可能だ。
では、何故“生身での運用も想定している”ガン・フーが二挺拳銃をベーシックとしているか。
それは統計と幾何学の問題だと、俺は中級インストラクションのラストステージを前にして、ようやく真意を掴みつつあった。
広々とした廃工場。最初に見たのと同じインストラクションの光景。
左右に展開する敵。包囲は疎らで、俺を撃ったからと言って同士討ちをする配置ではない。
では、どうするか。
動くのだ。俺に避けられた弾が仲間に当たることを危惧して、多くの敵が発砲を最も躊躇うだろう位置を統計的計算に基づいて。
前方にワンステップ、これで敵の射線が縺れる。それと同時、最も脅威度が高い敵はなにか。
左から右へなぞるように眼球移動だけで視認範囲を確認。一番危険なのはキャットウォークから有利な撃ち下ろしを狙える二人……と見せかけて、同じく二階の背後に陣取った軽機関銃持ちだ。
目だけに頼ってはいけない。足音、装備を操作する音、衣擦れ、全てを拾って見えない所まで戦場を睥睨する。
俺は着地と同時に体を左に開き、左右に突き出した両手で二発ずつ銃弾を叩き込んだ。
銃は手指の延長となるほど使い込んでいる。流石に40mや50mも離れられると厳しいが、たかだか20mちょっと先の敵を人差し指できちんと刺せないヤツはいないだろう。そして、銃口を指先として視認できる領域に至れば、FCSなんぞなくったって弾は真っ直ぐ飛んでいく。
倒れる敵、天に向かってばら撒かれる銃弾。誤射を恐れて中断された射撃と、さっきまで俺が居た場所を送れて突き抜けていく弾。
そう、全ては統計であり計算。危害予測半径を読み解き、体をそこへ運び、あるべき場所に弾を届ける。
ああ、簡単なことだったのだ。ガン・フーは正に統計学の生んだ美。あとは、その計算され尽くした舞台で、どれだけ過たず踊れるかに過ぎない。
つまりは、俺のような学のない人間でも分かるように言えば、避けるのではなく、最初から当たらない位置へと絶え間なく動くだけなのだ。
そして、攻撃とは安全な場所を増やすべく、危害予測箇所を削ることが第一。
両腕を突き出したまま、上体を屈めつつ両膝を畳んで四分の一回転。流れる視界の中で敵を常に視認しつつ、弾が飛んでこない場所に身を置き、自分を撃てる敵を優先的に排除する。
ただ、その反復の最適解が腕をクロスさせる格好であったり、派手に一回転してみたり、高く長く跳ぶことであったりするだけ。
そして、その帰結がポーズを取ったら、敵が斃れたように見えるのだ。
ここまでは順調。きちんと弾数をカウントしていた銃の薬室に最後の一発が装填されると同時、先んじてマガジンリリースボタンを押して排出。回避のための両膝を突きながら体を捻る動きの中、垂直に弾倉が突き刺さっている腰のベルトに銃を擦らせるようにして再装填。
最後の増援が来たところで、手榴弾を投げ込もうとしていた敵の手を射貫き、付近の敵諸共に処理。そして、天窓から銃と頭を覗かせていた狙撃手を排除。
大きく息を吐きながらゆったりと半回転しながら、右腕を上から、左腕を下から回して臍の上で掌底がぶつかるように構える。
残心。
薬莢が転がる乾いた音に混じり、インストラクターのオッサンが靴音を高らかに響かせながらやって来た。
「見事見事、君はガン・フーの基本をマスターした」
最初に見た時と同じく、胡散臭い格好だ。とても強そうには見えない。
だが、最初に会った時との印象は全く違っていた。
正確には、俺の見るべき世界が変わったというところか。
一歩一歩、歩幅が微妙に違う。読みづらい動きで狙いを定めさせない歩方だ。態とらしく後ろで組んだ手も、体を揺らして軸を迷彩するため。
更に視線はこちらを見ているようでありながら、焦点を一点に結ばず広く捕らえ、初動を全て見抜こうとしている。
「初回インストラクションの時と比較すれば、君の攻撃力は178%向上し、生存能力は319%向上した。総合的な戦闘能力は563%向上している」
チップに搭載されているAIだろうから言葉遣いが硬いし、一々軽口で返しはしない。
だが、俺はそんな称賛であっても悦びを覚えていた。
中級インストラクション、クリア。
長かった。初級とは比べものにならない難易度だった。敵は多いわ武器は色々使ってくるわ、油断して生温いポジション取りしたら長距離狙撃を喰らうわ、あまりにも容赦がなかった。もしも全てが実弾で行われていたら、俺は三桁中盤は死んでいる計算になる。
「だが、まだだ。君はガン・フーを習得しただけであって、決して理解に至っていない」
「っ!?」
いつの間にかインストラクターは俺の間合いに入っていた。
そして、その
反射的に一歩踏み込んで、左手で銃を跳ね上げたが、左腿に熱さを覚えた。同時に力が抜けて、跪いてしまう。
ああ、そうだ、インストラクター……いや、敵も銃を二挺持っている。
時間差で上下に銃を構えることで、額を狙う致命の一撃に注意を惹いて、意識的に膝を狙っていた銃から注意を逸らしたのだ。
そして、無様に膝を撃ち抜かれた俺は、そのままリコイルの勢いを借りて持ち上がってきた銃口に額を撃ち抜かれる。
意識は白飛びしない。いつもならば、ここで戦死したことが告げられ、スコアと改善点が嫌みったらしく表示されるはずだ。
だが、敵は俺を見下ろしながら微笑んでいる。
そして、影が次々に増えた。
見るからにクロームゴテ盛り、生身なんて脳と脳幹くらいしか残っていなさそうな重サイバネ兵士。
遺伝子強化や肉体改造を施された、人間では有り得ない筋肉の付き方をした、大和共栄経済圏では配備されなかったタイプの強化兵士。
十つ子が二十つ子か、クローン培養され思考統制を受けた、一つのプログラムの如く動くクローン兵士。
一機で分隊が調達できると聞いた、戦前最前線のハイエンド警備ロボット。
そして、侍女服を纏い、冷徹な目でこちらを見下ろす、目の下にバーコードが刻まれた美貌。
全て、前文明の映画で見たことがある、仮想的となりうる存在。
「ガン・フーは全ての歩兵戦力を打倒し得る力を持つ。それらを撃破できるのは前提であり、当然、極めるには同じガン・フーを身に付けた者が敵対することを想定しなければならない」
「趣味が悪いぜ、クソッタレ」
「上級コースで待っている、クラリック」
そして、再び銃口と目が合い、銃声。ブツンと意識が一度弾き出された。
「ファック!!」
勢いよく体を持ち上げると、俺の腕を枕に頭を安定させていたフラウがずり落ちた。直結してインストーラーを監督してくれていたのだが、俺は憤りのあまり彼女が体を預けていることを失念してしまった。
「何だよフラウ! あの腹の立つ引きは!!」
「小説や漫画だと下策ですが、ゲーマーの殺意とプレイ欲求を高めるには最適ですね」
「ざけんな! ド畜生! シナリオ考えたヤツは人の血管をブチ切るプロか! 絶対にブチ殺し返してやる!」
悪態を吐いて怒りを露わにする俺を見て、呆れたように溜息を吐いたフラウは、しかし冷淡に言った。
「今日はもう四時間もダイブしてます。キリもいいでしょう。何より大した物ですよ、幾らインストーラーがあっても、本当の意味で使いこなすのが難しいガン・フーの中級カリキュラムを〝たった一ヶ月〟でクリアしたんですから」
「でもさぁ!」
「明日に響きます」
冷厳な言葉に言葉が詰まり、少し悩んだ後、俺は頭を掻き乱して苛立ちを誤魔化した。
そして、手をだらりと下ろす。〝両腕が同じ庚弐式に換装された〟腕がハンモックに触れると同時、紐を揺らしながら体を後ろに倒した。
「ふー……クソッ、これをやる度に強くなったと思い上がるなって言われてる気がする」
「確実にアップグレードされていますよ。右腕はボロじゃなくなりましたし、皮下装甲も一部導入して、ガン・フー用の13mm拳銃揃えました。ホルスターにマグポーチまで特注したじゃないですか。背嚢だって立派になりました」
「あと、お前用の車椅子も買ったしな」
腕を置換して一ヶ月。右腕も同じようにジャンク品を買ってきて――こっちは人工筋肉の破裂だったから、ニコイチしなきゃいけなかった――現金をあまり手元に持たないよう気を付けながら、次々にクロームを導入して自分自身を強化したおかげで、今の俺はかなり強くなった。
少なくとも、先月の俺が百人囲んできたって何とかなるくらい。
ただ、そろそろ頭打ちだ。手元に100円未満を残し、自分を高め続けるのは。ガン・フーの上級インストラクションに専念するって手もあるが、ステップアップすべき次の階段が遠い。
ここは一つ、助走を付けて這い上がるべきだろう。高い高い壁を。
「デカいヤマを探そう。一万円、市民IDを買える金を一発で稼げるシノギを」
「無茶をする必要がありますよ?」
「何言ってんだ。お前が自分のことはいいからって、優先して俺をアップグレードしたんだ。デッカく稼いで、そろそろお前に手足くらいつけてやりてぇよ」
体の上に流れる灰色の髪をグレーの指で捕まえれば、滑らかさによって溶けるように逃げていく。
コイツは俺に報いてくれた。自動人形の性質なんだろうが、大事にされたことのなかった俺には、本当に嬉しかったんだ。
だから、コイツが言う文化的な生活とやらを手に入れる上で、しっかりと体を再建してやりたい。
そのためには、やっぱり正規のスカヴェンジャーになる他ない。
チマチマ金を貯めて、直前で襲撃なんて喰らっちゃ堪らないからな。やっぱり一発で稼ぎきる方が安全だ。人間、人生のどっかで博打を打たなきゃいけないようにできてるのさ。
「よし、じゃあ今日は寝て、明日は情報を仕入れに行こう」
「そうですね。ですが、必ず無理はせず。御身大事に」
「分かってるよ」
寝る前の習慣として口腔抗菌ガムを噛みながら、俺は視界補正を切って、暗闇の中ではためくシートの動きを静かに眺めていた…………。
少しタイムジャンプして準備を整えました。
両腕が義体化されて戦力アップ! 尚、上には上がいる模様。
あの幾何学統計を電脳無しでやってたプレストンis何