崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
自動人形は、その倫理基底コードという、人工知能の設計図の根底に〝人類の奉仕者たれ〟という定義がされているらしい。
俺達人間が経験によって、何を好み、何に重きを置くかが変わっていくのと逆で、高度な自律型人工知能は後先が違うのだ。
だから謎の発掘品であるシャッテンフラウも、一応はマスターの嗜好に合わせて、自己を最適化していこうという欲求があるとのこと。
「個人的には格闘戦を想定してショートカットが好ましいのですが」
「まぁ、掴まれるとイテーもんな」
言って俺は頭部をガリガリと書いた。一部にハゲがあるのは、近道しようと通った路地裏でヤク中に強盗されかかった時、抵抗したら思いっきり髪の毛を引っこ抜かれたからだ。
ありゃ痛かった。先週のことだから、まだ産毛しか生えてきてない。
まぁ、お礼としてキッチリ土手っ腹に45口径を二発叩き込んで、呻いているのを放置してやったんだけど。
「マスターはかなり荒んだ環境でお育ちのようで。でも髪は長めですね」
「自称美容師ってやつぁいるけど、金がかかんだよ。あと、髪の毛って結構良い値段で売れるんだぜ。長いとカツラにできるから」
「……羅生門?」
ナニソレと聞いてみると、前文明ジョークですと返された。コイツも順応が早いな。
「それに、火口として一番手軽だから、あんま切りたくねぇ」
「原始人じゃないんですから……それと、タンパク質の燃える臭いは独特でセンサーに引っかかりやすいですよ」
「塒でしかやらねぇよ……あと、ライターだって安くないんだぜ? それと、俺はコイツらの維持費がキツいんだ。借金までしてるし、他のところでケチらねぇと金がな」
言って、俺は右腕を軽く持ち上げて、それでカメラアイが収まっている左目の瞼をつついた。
肘の付け根から生えている義手は、オレンジの素体に黒の差し色が入った警備ロボットの物を無理くりくっつけた物で、闇医者の施術なのもあって仕事は酷く荒いが、神系接続が成立している分マシだろう。
何つったって動くんだ。触覚はないけど、それだけで儲けもんさ。
それに文字通り鋼の拳なのもあって、ぶん殴った時の威力は半端じゃねぇ。この間出くわしたタタキの半端野郎は、顎を砕いて二度と物を噛めなくしてやったからな。
「身体拡張目的での移植ではないのですか?」
「去年怪我した時ん何かヤベーのに触ったんだろうなぁ。傷が真っ黒んなって、このままだと血が腐って死ぬってんでな。命にゃ代えられねぇから全財産叩いて、元請けに借金までして斬り落として付けたんだ」
「それは……」
その後に見た戦争映画で知ったのだが、多分敗血症ってヤツだろうな。指先を錆びた有刺鉄線で傷付けただけだってのに、おっかねぇ。クソ、あの映画をもっと早く見てたら、ちゃんと処置してて、今も生身の右手がくっついてただろうに。
「少々お待ちを」
「何……っ!?」
一瞬、脳にガツンと殴られたような衝撃が来た。それと、目の前を大量の文字が流れていく。こいつは、幻覚、いや、網膜モニタに何か投影されてる。死んでいた電脳の機能が起き上がったのか?
っ、お、おぺれー……ああ、クソ、言語野にインストールされてる多言語サポートが変に起動したのか、脳がガサガサする! お、オペレーティングシステム? ええい、文字が流れる速度が速すぎて殆ど読めぇねぇ!
「何しやがった!! ……あ?」
唐突な痛みに怒って喉首を義手で掴むと、冷たいひんやりとした感触が伝わってくる。
温度だ。感触だ。なにより、手があるという実感。
「なっ、なん……」
「神経ポートがほとんど詰まっていましたが、辛うじてアクセスできたものを開きました。それはパラミリ仕様警備ロボットの前腕ですから、当然のように触覚素子が搭載されていますよ」
「で、でも、今までは……」
「OSが寝てたので仕方ありません。マスターの電脳は壊れているのではなく、初期出荷状態から機動されていなかったんです。セーフモードでの限定機動ですね」
「なんだよ、それ……」
えぇ、じゃあ脱出して二年間、そして腕を失ってからの一年間の不便は何だったわけ。俺、しないでいい苦労をずっとさせられてたの?
でもなぁ、マニュアルもなにもなかったし、機動シーケンスすら分からなかったからなぁ。
「えっ、じゃあ待てよ、もしかして俺って電脳使いに……」
「いえ、今は限定的に起動しただけです。慣れない内に全機能を解放したら、脳細胞が灼けますよ」
「……マジ?」
「それだけの性能がある電脳のようです。本当なら副脳を装備した、ウィザード級の電子戦要員が装備するような物と類推できます。マスターを捕らえていた連中は、どんな物を仕入れていたんですか」
知らんよそんなこと。連中は町工場と大差ない規模の集団だったし、海の物とも山の物とも分からないガラクタ、何なら前文明人の死体から引っこ抜いてきたモンだって使ってた。
そんなのをモルモット、つまり俺や一緒に捕まっていた連中の脳殻にブチ込んで、さーて動くかしらねと試していたんだ。
「マスターの強引な電脳移植手術後遺症も相まって、電脳は殆どブラックボックスです。双方向のデータ通信は限定的で、オーバーライドすらできません。今のポートアクセスだって、私でなければ細すぎて無理でしたよ」
「本当に人の体で好き勝手やらかしてくれやがって……アイツら全員死んでねぇかな……」
大きく溜息を吐いて、まだ少しズキズキするこめかみを揉んだ。
しかし、何か世界の情報密度が増したな。今まで読めなかった、保存ハードケースに書いてあったコードが読める。圧縮機械言語を言語野が読んで、それを人間が理解できる形に再構成してくれているようだった。視界がやたらと賑やかにならないのは、電脳が俺の注意している部分を計算して、世界が埋まらないようにしてくれているからかな。
「あ、これ……」
「何ですか、マスター。ああ、カワフジの頭髪ユニットですね。高密度ファイバーで排熱効率はよく、電気変色でカラーは自在です。ですが、ロングモデルなので持て余しますよ」
気になったのは、長さというよりも、ポップアップした商品説明のサムネイル。
長い、頭の高い位置で括ったツインテール。
掠れた記憶がフラッシュバックする。俺の前に固定されていた少女。ごくたまに意識があった時、取り留めのない話をした子。ここから出られたらどうしようかなんて、当時では夢みたいな会話をした……ような気がする。記憶が遠い、吐き気がする、ニューロンがチリチリする感覚。
ダメだ、記憶を辿ると、これが来る。神経細胞に固着した、何度も上書を雑にしたマイクロマシンの屑が記憶野へのアクセスを阻害する。
俺がヌルである証拠だ。記憶野が苦痛として叩き付けてきやがる、404と。
新しい記憶はいい、ここ二年のことはちゃんと思い出せる。けど、それまでのことはピントが合っていない写真を見ているような、水の中から音を聞いているような、苦痛を伴うノイズの集合体だ。
「マスター、脳波が!」
「大丈夫だ、持病みたいなもんだよ……」
「その頭髪を見た途端に……」
「思い入れのある髪型が、見本として表示されたんだ。フラッシュバックみたいなもんだよ。気にしないでくれ」
俺は箱を開けて頭髪ユニットを取りだした。フェイスプレートと同じで、透明な人工筋肉が裏側にびっしりと密集した、額の生え際から襟首までをカバーする構造。そこに、通電していないが故のデフォルトカラーなのだろう、淡い灰色の長い髪があった。
「これがいいな。嫌か?」
「マスターのお好みならば、嫌も何もありません。それに、このナリですから、しばらく電子戦以外の役割はないでしょう。それならば、排熱効率重視なのも悪くないかと」
ゆっくりと露出した頭蓋骨素体に被せれば、接続が始まってじんわり頭に馴染んでいった。フェイスプレートとの継ぎ目も分からなくなって、自然とした生え際で迷彩された。
俺は、不慣れなりに邪魔にならないよう髪の毛を分けて、千切ったLANコードを使いツインテールに整えてやった。
不慣れな手付きでやってもボサボサにならない、ツヤ感と纏まりの凄い髪。多分、“あの子”のそれはこんなではなかった。
けれど、俺は何とも言えない満足感を覚えている。
シャッテンフラウが似ているのか似ていないのかも分からないけれど、ぼやけた輪郭が少しだけ纏まったような気がした。
「お気に召しましたか、マスター」
「ああ、美少女だな」
「……まぁ、私は元々女性型の思考形態をベーシックにしているので、悪い気はしませんね」
フェイスプレートの顔面筋を動かして微笑みを作った彼女は、本当に可愛らしい。これが簡単に作れた前文明の人間は、どうやって美醜を判断していたんだろうな。
ともあれ、まだ見た目は痛々しいが、最低限の取り繕いはできたかな。
「他に何かできることはあるか?」
「いいえ、残念ながら、ここの設備でできる整備は限界が近いですね。手作業で入れ替えられる部品というのは限られていますから」
それもそうか。肌を張ったり、関節部を作ったりは技術だけじゃなくて設備が要る。
となると、俺はしばらくコイツを背嚢の代わりに背負って歩かにゃならん訳か…………。
連続更新です。ただ我が儘を、本当に我が儘を言うと各話ごとにコメントが欲しいところです。