崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
いつも通りノックをすると、電子錠が一息に上がって入室が促された。
「邪魔するよ」
入り込むと近藤の姿がいつも通りパソコンの前に……ない。
あれ? と思って見回せば、部屋の奥に据えられたソファーの上に座り込んでいる。しかし、見栄を張ったのか体躯に見合わない豊胸ユニットが潰れていて、上手く三角形になっていなかった。
「近藤?」
声をかけても返事はない。酷い外斜視でこちらをじぃっと見つめており、あの小生意気なクソガキと形容するのが似合いの暴言も飛んでこなかった。
どうかしたのかと歩み寄ってみれば、やはり見つめられるばかり。
「なんだよ」
イラつくというよりも不気味すぎて沈黙に耐えられず問うてみると、彼女は一つのハードケースを指さしてみせた。ソファの足下に置いてあって気付かなかったが、なんてことのない硬質樹脂製だ。色もグレーで見るかにお役所が使っていそうな……。
お役所?
まさか。
「うおっ!?」
「ヌル?」
「おお、おお、おおおおおー!!」
慌てて手に取って開けば、そこにはハードスリーブに収まった二枚のカード!
一枚には皇国市民IDと妙に角張ったフォントで書いてある。顔写真も何もない、グレーのそれは古い映画メディアと違って素っ気もクソもないが、全てが電子データとして格納されているのだから余計な装飾が要らぬのだ。
これが、これが夢にまで見た! マジか! マジなのか!!
震える手で掴めば、中にチップが入っているのが分かる。庚弐式には電子情報の非接触読み込み端子が内蔵されているので、触れればカードに書き込まれたデータが分かる。
以下の者を皇国普通臣民として認めるという文言に並び、俺が近藤に提出した個人情報が羅列されていた。
生年月日は拾われた日で、キシワダ・ベイサイドの破落戸通りが住所登録されているが、クズ山の何処に住んでいるとも分からないデータをねじ込めなかったのだろう。
だが、間違いない、この無機質で、画一的で、なればこそ文明の匂いを感じる書式!!
「凄い! 本物の市民IDだ! ちゃんと国民データベースの認証印がある!! チープなパチモンじゃない!!」
「法務省があるのですか。しかし、これ大東亜重工の精密情報技研製サーバーを使っていますね。皇国は大東亜重工贔屓なのでしょうか。フォントも公式フォントですし」
フラウが競合企業が重宝されていることに若干ヘソを曲げているようだが、有り物を使っているだけなんじゃないかとも思う。
それより市民IDだ! 夢にまで見た、この国家で〝人権〟が認められるウジ虫から人間へのパスポート!! 漁港で一生働いても足りない金の結実!! 普通の人間、国家が“生きている価値がある”と認定する当然の証明!! それが今、俺の手に……。
「……え? なにこの名前」
よく見たら、顔写真の――近藤の外部記憶から吸い出したのだろう――横に記載されている名前は奇妙だった。
近藤・零。フリガナには半角のカタカナで間違いなくコンドウ・ヌルとある。
え? どういうこと……?
「……おい?」
「わ、わざとじゃないぃ! 知らなかったのぉ、推薦なんて初めてだからぁ! 市民からの推薦で市民IDを得るには、身分保証人として一時的に推薦者の名字が仮当てされるんだって!!」
どういうことかと睨んでみれば、近藤は必死に自分のせいではないと手をバタつかせて弁解した。
本当かと詳細データを読み込めば、たしかに不詳となっている父母欄の下、推薦者欄に近藤・鈴とある。
ってか、コイツ、鈴って書いてベルって読むのかよ。周りもボスとしか呼ばないし、自分もスズって名乗ってるから知らんかった。
「……アンタ、思いの外、可愛い名前してたんだな」
「止めてよぉ!! それ嫌いなんだってぇ!!」
二年も下について働いていて知らなかった、意外な新事実に驚いて見ていると、近藤としては本当に恥ずかしいのだろう。顔を抑えて蹲ってしまった。
あれ? 本人としては黒歴史なのか?
まぁいいか、イジるネタとして握っておこう。こういう小さな弱みも何かに使えるかもしれんのだ。
「それよりヌル、私は彼女が26歳だということに中々驚愕しています」
「あ、マジだ、推薦者のデータもある程度見られる」
「その年齢でこのフェイスプレート、そしてあの言動はちょっと……」
ガチでドン引きしているトーンで言うフラウに、近藤は傷付いたか何らかのトラウマでも刺激されたのだろう。再び膝を組んで丸まってしまった。そのまま大きな音とスプリングを軋ませながらソファーに転がる。
いやまぁ、年齢を思えば結構イタいっちゃイタいか。
「だって、だって安かったんだもん……一番コスパよかったんだもん……」
ブツブツ呟いているが、まぁいっか。どうせコイツと仲良しこよしでやっていくつもりはないんだし。
市民IDを得たということは、俺は本当の意味でスカヴェンジャーになれるのだ。
誰に助けを乞うでもなく、ピンハネをされることを受け容れるでもなく。
一人の人間として。
コイツみたいに取り巻きは使わない。一本独鈷……かは運命の巡り合わせ次第だが、俺みたいな下請けを捨て駒にせず、自分の命をチップに勝負をする。
これぞ男の子の夢でしょうよ。
「ヌル、隣のカードは」
夢の第一歩を踏み出した悦びに震えていて忘れていたが、そういえばもう一枚あるな。
なんだと思って取り上げてみると、こちらはかなり読みやすいフォントで前経済圏遺構統括管理協会共済銀行と書かれているではないか。
え? スカヴェンジャーに共済なんてあるの?
「コイツは?」
「文字通り、協会が維持、運営してる共済の銀行口座……見てみて」
チップを読み込むと、俺は動きが止まった。
今まで脳味噌のニューロン硬化症でオーバーライド・ハッキングを喰らったことはないのだが、神経の強制伝達阻害デーモンをブチ込まれたヤツは、こんな感覚なのかもしれない。
「ヌル?」
「ちょ、直結する。精査してくれ」
「いえ、そこまでしないでも箱から取り出して貰えれば、私はスキャンできますよ。七千円ですか」
七千円。人生で見たことも聞いたことも、ましてや手に取ったこともない大金。遊んで暮らせるどころか、人生が買える金と言っても過言ではない。
そりゃ市民IDには足りないが、無戸籍人として生きて行くには十分過ぎるどころの話ではない。夢見がちなストリートの阿呆が憧れてやまないデカい家――キシワダの品質でだが――金ぴかのクローム、ゴツい車に大口径の銃、全部揃えてもまだおつりが来る。
何よりも驚くべきことは、この銀行口座の名義人が俺になっていることだ。
俺はもう、何かのミスじゃないかと思って、コイツを三回スキャンしている。
だが、特にロックもかかっていない名義人と口座預金確認機能は、三度同じ答えを返してきていた。
七千円? これが、俺の口座に? え? 俺の物ってこと……?
ま、まさか、コイツが筋を通したってのか……?
「近藤、コイツは……」
「市民ID取得の残りぃ……」
「は!? じゃあ三千円でとれたのか!?」
「報告書の詳報書いたの、その子でしょぉ……」
近藤の言葉にフラウは客観的かつ書式を守ったデータを提出しましたと答えた。
しかし、既に五級のスカヴェンジャーで、市民IDを持つ近藤が取得の推薦人としてテンノウジにある南大阪支局に出向いて申請した際、こう言われたそうだ。
遺構捜索者として――スカヴェンジャーの正式名称だ――登録する場合を除き、市民IDは失効すると。
「何だそれ。俺、元から正規登録するつもりだぜ。第一、今更スカヴェンジャー以外でどうやって食ってけってんだよ」
「市民IDがあるだけで、できることって沢山増えるから……多分、ヌルの戦闘力を見て欲しくなったんだと思う」
「欲しくって……誰が?」
「支局が」
何じゃそりゃと首を傾げれば、政治だと彼女は言った。
どうやら協会にも飼っているスカヴェンジャーの質や、そいつらが発掘してくるブツの品でお上から評価が下るそうだ。そして、支局毎の成績合戦に腐心しており、有力な人間は何処も喉から手が出るほど欲しいらしい。
なんか、アレだなぁ。構図としては金払いが良いだけで近藤とやってること変わらなくない?
「特に、五級じゃどう足掻いても死ぬような遺構で、時価5万円の発掘をするような怪物はねぇ……」
「ごっ、ごま!?」
え? 俺、皇国的には無用の長物だと思ったけど、そんな評価額ついたの? マジで?
「あとぉ、道中拾った諸々と車両類含めると、報奨金は14万円……」
「14万!? マジかぁ……」
えぇ……人生何回遊んで暮らせる金だよ。てか、生き残り一人あたり千円くれてやって、くたばったヤツに墓ぁ建ててやっても、コイツ10万以上儲けたのか。
いやまぁ、俺は市民IDだけ欲しいっていったから、文句は言わねぇけどさ。それに、近藤らしからぬ律儀さで通常必要とされる目安の一万円、その差額をくれたんだし。
「だから、市民ID受領から三日以内に出頭だってさぁ……そのIDで仮登録してるってぇ……拒否ったら憲兵隊くるから気を付けてねぇ……」
「わ、分かった。テンノウジだな」
何だろう、凄い〝圧〟を感じる。それこそ来なかったら殺すぞくらいの。
「ま、まぁ、俺の身の振りはいいけど、お前はどうするんだよ。少なくとも手元に10万は残るだろ」
「……迷ってる」
何をと問えば、彼女は顔を僅かに傾けて、外斜視の目だけで俺を見た…………。
義理は通したし色々と知られたくないことも知られたけど、やはりエグいピンハネをしている事実は変わらないベルちゃん。
尚、ヌルは「義理を通したなら後はいい。後から追加請求するのはコスい」という任侠映画みたいな価値観の持ち主。