崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
アタシは……と語り出そうとした近藤に、俺はキッパリと言った。
「あ、そういうのいいから」
「え?」
普段彼女が座っていた、PC用の椅子を引っ張って持って来て、尻を放り投げるように納める。おお、流石全身義体が使ってもへこたれない椅子。両腕が軍用義体の俺でも全然堪えた様子がない。
「何かお涙ちょうだいの過去話始まる雰囲気だったっぽいけど、アンタが何があってそうなったかなんて興味がねぇ。むしろ、聞きたくない」
「う……」
「俺にとって近藤・ベルは……」
「だからそれ止めてぇ!!」
「ベルちゃんは、塩っぱい金でこき使ってきて、ピンハネがエグくて、たまにマジで殺してやろうかと思った雇用主でしかねぇ」
オッサンを唆したのは思うところもあるが……あれでいて、オッサンだってプライドのあるスカヴェンジャーだったんだ。身の丈に合わない所に潜った判断は、最終的に自分で決めたこと。
不愉快には思っているが、恨んじゃいない。言っちゃなんだが、ありゃ逸って近藤の誘いに乗ったオッサンにだって手落ちはあるんだ。
だから、オッサンのことにはとやかく言わん。寄越してきた使えもしねぇクズ野郎共や、同時期に加わってバタバタ死んでいった同期も、まぁ全部コイツの責任だというのはアレだろう。
だからといって、気を許したわけでも、仲良くしようとも思わん。
二年間こき使われた恨みは忘れねーし、コイツがクズ女だったことは変わりやしねぇんだからな。
「だから、アンタと俺の関係性はもう、次から同じ五級のスカヴェンジャーってだけだ。アンタにゃマージで興味がねぇ。道端でくたばってたら手を合わせるかもしれんくらいだな」
「……ひどくない?」
「いえ、別に酷くないかと。ヌルに貴方のカウンセリングをする義務はありませんし」
バッサリと切り捨てられて、生身の外斜視がうるっとした。そういえば俺、涙腺は機械化してないから、金も入ったし洗浄液ユニット入れようかな。左目のメンテにもいいらしいし。
それはさておき、コイツが五級で腐ってカスリで日銭を稼ぐようになったなんて、心の底からどうでもいいし、聞いてやる義理はないのも事実。
あと、話が長そうで嫌。
せっかく金が入ったんだからお買い物がしたいんだよ俺は。
「だからお前が何であのザマだったのかは知らん。けど、俺はもうお前の下で働く気はない。アンタは義理を果たしてくれたが、俺も義理を通してきたつもりだ。これ以上はもう必要ないはずだ」
「……そっか」
「ただ、気になることはある。世間話レベルだが」
「……何?」
「いや、これからどうすんだ? 10万ありゃ一生働かなくても何とかなるベ」
「その相談もしたかったけど、台無しぃ……」
あっそう。けど、長い長い過去話を前提にされても困るんだよ。俺ぁ三日以内に色々片付けないとお尋ね者になっちまうんだぞ。
しかし、10万か。まぁ、コイツもキシワダ・ベイサイドに根を張って長いようだし、大金を持ってくるってこたぁないだろう。協会が運営している銀行の口座に突っ込んでいるのであれば、ハッキングされて金を引き出される心配もない。
それでも、コイツの身は十分危険だ。
人間、拷問されたら本当に耐えられるヤツなんて希だ。
それこそ「いっそ殺して」という状況に追い込まれれば、死による拷問の終わりという慈悲を求めて口座の金を送金するくらいはあるだろう。
何よりも義体化、しかも全身義体とあれば拷問のバリエーションは生身より多い。
なんつったって「ぶっ壊して最初から」が簡単だし、精神を直に攻める電脳系の拷問だってできるのだ。この世の地獄が何百通りあるか考えるだけで悍ましい。
つまり、ここいらの破落戸共が大挙として押し寄せてきてもおかしくないわけだ。
「どうあれ、ここにいちゃ危ねぇだろ」
「だからぁ、それ渡したら、もうここは引き払うつもりだったのぉ……元々、大した物ないし……」
「そりゃ賢明だ。俺も買い物以外で寄るのは危ないかね」
頑張って住めるようにして、二年間生活してきた塒に思い入れはあるが、流石に市民IDまで持ってる人間が住むような場所でないことは分かる。
今後は全てを持って動くこともできないだろう。仕事に合わせて装備を調える必要もあるだろうし、その度に全部担いで移動してたら重みで何も持って帰れん。
となると、組合の支局が近いテンノウジに住むのがいいか。一応、あそこはグレーエリア寄りだけど、市民じゃないと入れないエリアもある。そこなら流石に官憲も仕事してるだろ。
「新しい塒、どうすっかな」
「オススメはぁ……協会が斡旋する家ぇ……」
「え? そんなんあるの?」
「正規のスカヴェンジャーだけが住めてぇ、即日入居可でぇ、家具も最低限は揃ってるぅ……まぁ、規則が硬っ苦しいけどねぇ」
詳しく聞いてみたところ、協会はスカヴェンジャー向けのアパートを運営していて、家賃と光熱費で幾らか金の回収を行うシステムを作っているらしい。
ただ、家賃は月50円と五級にしては高く、光熱費は更に別。安心と安全が買える代わり、仕事に尻を叩かれるようにして遺構に潜らないと金が追いつかない、正に地獄のようなキワキワのシステムになっているようだ。
故に、新人は自分を強化する金を貯めるため、あまり使わないらしい。
「ふーん。でも安全には変えられねぇべ」
「一日でも待った、はないからねぇ……それならぁ、グレーエリアの安いところ済んだ方がマシってのもあるしぃ」
何か、日々タタキとこそ泥に脅えながら生きてきた俺とは価値観が違うな。流石は生まれながらにして市民ID持ちのお嬢様ってところか。
いや、よくよく考えたら、なんでちゃんと市民ID持ってるような、しかも割と凝った名前付けられる程度には愛されてそうな女がスカヴェンジャーなんてやってたんだ?
いかん、完全に拒否っといてなんだけど、ちょっと興味わいてきた。今更、口が裂けても何でやってるのなんて聞けやしないけど。
ちょ、ちょっとくらい聞いてやっときゃよかったかな……。
「でもぉ、今お金あるから、いいんじゃないぃ?」
「そうするか……」
「メッチャ狭いけどねぇ……六畳一間、ほっそい廊下に張り付いたキッチンと洗面台ぃ、それから冷水しか出ないシャワートイレにぃ、棺桶みたいなお風呂ぉ……」
「トイレに……風呂ぉ!?」
俺は思わず両方の脇息を強く握りながら身を乗り出していた。
あまりの大声に近藤がちょっと体を跳ねさせた。
「え? 何? マジで? 風呂ついてんの? し、しかも、あの伝説の水で尻洗ってくれるトイレ!?」
「あ、うん……普通に水洗……たしかお風呂はぁ、六時から十一時までしか使っちゃダメだけどぉ……」
「マジか、マジかー……」
すげぇ、すげぇよ、流石は市民様。生活水準が段違いだ。
俺らのトイレと言ったら、汲み取り式のクッソ汚い公衆便所か、地面に穴掘って一杯になる都度埋める雑な物だ。あとは、古紙を使ってケツがキレるのを覚悟で尻を拭く。因みに俺はオッサンから「丁寧に揉んで柔らかくすれば痛くない」と教わったので、血が出たことはない。
それが、それが、態々ケツを拭く専用の紙を買った上、水で洗える? 大富豪かよ。
ましてや風呂! この辺の人間は鍋で沸かした湯にタオルを浸けて、体を拭くのが精一杯だ。公衆浴場なんて便利なものはキシワダ・ベイサイドに存在しない。なんつったって浄水器もボイラーも高価だから、ペイするだけの金を取っていたら誰も来ないからだ。
それが一部屋に一つ……すげぇ、すげぇよ、王侯貴族かな?
オマケにキッチンと洗面台とか、太っ腹過ぎるだろ。たしかに50円は安いとは言えないが、セキュリティ込みで、この設備なら地上の天国だ。まるで映画で見る暮らしじゃねぇか。
「俄然やる気が出て来たわ」
「いやでも狭いぃ……」
「人間、立って半畳、寝て一畳あれば生きていけるんだぞ!」
何故かフラウから可哀想な物を見るような目で見られたが、俺は何も間違っていない。
「なぁ、フラウ! これが文化的な生活ってヤツだな!?」
「いや、その……金に困ってる大学生みたいな部屋というか……」
フラウは色々言いたそうにしていたが、こうしちゃいられん。善は急げ、早速テンノウジに行って支局を訪ねよう。
そして、部屋だ、部屋を借りるのだ。
待っていろ俺の天国! 人生初の風呂にテンションを上げ、立ち上がる俺に近藤が声をかけた。
「……ねぇ、ヌル」
「何だ? 俺は急いで……」
「スカヴェンジャーを続けても……死なないよね?」
またか。何か知らんが、俺の答えは変わらない。
死ぬ予定は立ててない。それだけだ…………。
文明の崩壊は何もかもを奪う。人権も、豊かな生活も、そしてシャワートイレすらも。
下層階級の人間にとって尻を優しく水で洗ってくれるシャワートイレは神話の神器みたいな扱いを受けています。