崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
俺が最初に市民として享受したのは、電車の利用という分かりやすい物だった。
皇国は損傷は大きくも原形は残っていたインフラ網を前文明から引き継ぎ、それを修繕して使っている。
衛星攻撃を避けるために軍の路線は地下鉄が多いが、地上を走っている物もあり、キシワダ・ベイサイドの破落戸通り向かい側を通っていた。
前までは近藤への上納しに来た時に憧れるように見ていただけが、今や俺も乗る権利がある!
しかも無料で!!
まぁ、市民IDがないフラウの分は運賃を払わないといけなかったのだが、それでもテンノウジまで一円だ。歩いて三時間と比べれば安い安い。
何より、市民の付き添いがなければ駅構内へ立ち入ろうとしただけで、警邏兵が銃床でぶん殴ってくる――無料の屋根と壁として使おうとする馬鹿が多いのだ――駅に大手を振って入れる。
これだけでもう、市民になったという実感があるね!
それに、一人までなら重要区画を除けば、市民IDがなくても街を歩いていいそうなので、何とも安心である。多分これはスカヴェンジャーの仕事とか、個人的な小間使いを使っている市民への配慮なのだろうな。
「しかし、前文明のデータと比べて貧弱になりましたね、交通網も」
「え? 30分に一回、民間用の電車が来るなんて凄まじいだろ。こんな辺境に用事があるヤツもすくねぇのに」
驚いていたら、なんとフラウは全盛期の南海本線のワカヤマ方面行きは、最低でも一時間に十本の運行があったという。
「マジかよ!? あんなキシワダが都会に見えるらしいド僻地に何の用があるんだ!?」
「あの、ヌル、ちょっと軋轢を生みそうな発言は控えてください。誰かから怒られそうです」
誰かって誰だよと思いつつ、俺は普通に驚いた。かつての大阪中南部の中枢、ナンバにも通じる北に向かう路線ならば一時間に十本だろうが十五本だろうが驚かないが、ワカヤマに人は何をしに行くというのだ。
皇国も掌握が甘くて地侍や野盗だらけで、沿岸警備が行き届いている港と鉄道沿線以外に安定した場所がない。農業が死んだ今、あそこは山くらいしかないぞマジで。
まぁ、今でも旧製鉄所群の遺構があるから、スカヴェンジャーならば用事があるかもしれないが、前文明人は何をしに行っていたのだろう。
単線でもあるまいに、南から北なら分かるが、本当に南下する理由がわからん。あれか? 辺鄙だから家賃が安いとかか?
などと考えていると、ほとんど揺れを感じさせないで走っていた電車は、20分足らずでテンノウジに到着した。辺境から上がってくる人間は少ないのか、この電車はほとんど俺達の貸し切りだ。
しかし、定時運行が大事なのは分かるが、ほとんど空気を運んで何がしたいんだろうな?
疑問はともあれドアが開き、ホームと線路を隔てる二重の壁がスライドする。
そして、俺は車椅子を担いで段差を超え、案内に従って駅を出た。
「おお……大都会!!」
すると広がるのは前文明の風情を思わせる高層ビルの数々。今も多くのコーポが入っており、国のお零れを貰うべく頑張る企業戦士達の塒だ。
それだけではない。派手に飾り付けられたビルもあり、そこには商店が目一杯詰め込んであって市民の物欲を満たしているという。
「流石だな……市民IDなしでも入れる南側の怪しいエリアとは大違いだ」
「ヌル、服を買い直しませんか?」
遠くから眺めていた光景が、これだけ近くに! そう思っていると首をあちこちに向けて様子を伺っていたフラウが言った。
何でだと思ってみると、通り過ぎる人がこちらを愉快そうに見ているのが分かる。
いや、正確に表現するなら嘲笑か。
おお、しまった、たしかに今の俺は映画に出てくる、薄汚いお上りさん丸出しの態度だった。そりゃ洗練させた市民様からすれば、今日IDを受け取ったばかりの田舎者がアホ面下げてビルを見上げていたら間抜けに映るだろうよ。
「そうか、市民はこんな小汚い格好しないか」
「ヌルは常にそのフライトジャケットですからね。何か思い入れが?」
「いや? 前文明人の死体から剥いだ。頑丈だし、通気性よかったから」
「ポストアポカリプス……!」
だって全身義体の死体だったから朽ち果てていたけど、腐汁とかはついてなかったんだもん。非タンパク質系のサイボーグの死体が着てた服って、結構使ってるスカヴェンジャーいるんだぜ。
とはいえ、これも使い込んでボロボロだもんな。雨のように飛んで来る警備ロボットの弾をガン・フーで回避した時、際どいのも一杯あって擦り切れだらけ。最早、ダクトテープを貼ると全体がグレーになりそうだったから、涼しいしそのままにしておいたのだ。
「やっぱ見窄らしいか」
「ええ、流石に。キシワダ・ベイサイドなら目立ちませんが、ここでは些か不適格かと。何か良いのを見繕いましょう」
「そうだな。ジロジロ見られるのは居心地悪いし、ドレスコードってのもあんだろ」
幸いにも懐は沸騰しそうなほど温かい。というか、現金素子だった持ち歩けない量だ。ちゃんとした服を一揃い買ってみるのも良いだろう。
動きやすくて、それらしくて、しかし派手過ぎない。
「……こういう時、何買うのが正解なんだ? スカヴェンジャーなんだし、ずっと野戦服でよくね?」
「ヌル、お洒落に疎いのも、興味を持てないのも境遇から理解しますが、普通の人間は常に戦闘着の人間が彷徨いていたら警戒します」
でも市民ならある程度義体化している人間もいるだろう。クロームを採用すれば部分的に人間を軽々と超越できるし、何なら全身義体ならば民生用でも暴れまくろうと思えば軽装備の邏卒じゃ止めらんねぇだろ。
電脳化していて、技能インストーラーで軍式格闘を納めていたら尚更だ。普通のボクシング技術でさえ、相当な脅威となるはずだ。
それならば、周りの人間が何時でも抜けるナイフを持ち歩いているのと大差あるまい。何を今更としか思えないのだが……。
「たしかに、この国は数百年前まで武士階級が常に刀を携行している国でした」
「ソッチのが野蛮じゃねぇか」
「ですが、鞘に収めていたというのが大事なのですよ。直ぐに抜けたとしても、しまっているのが大事なのです」
なるほど、道理だ。チャカをぶら下げているのと、手に持っているのと違いと言われれば納得もしよう。服装は人間の鞘なのだな。戦うつもりはありませんと表明するのがベストか。
「じゃあ、いっそ服は全部選んで貰うか」
「お任せを。私にはコーディネイト演算用機能も搭載済みです」
「何でそれをお前に積もうと思ったんだ前文明……」
「いえ、合理的なんですよ? その場に合わせた自然な格好を見繕うというのは」
なるほどなぁ。
「じゃ、とりあえず組合に……」
「いえ、ヌル、その前にどこか宿を取ってください。一日でいいです」
「は? 協会が用意した家は即日入れるって……」
「私が協会施設に行くのはよくないかと」
何故と問えば、彼女はそんな重要施設であれば、スキャナーがあって然るべきだと言った。入退室する人物の危険度を測り、警備に報せる装置。遺跡でもたまに生きているものがあって、武器を持って入ると速攻襲われると聞いたことがある。
「今の私が入れば、正体がバレます」
雑踏の騒音に紛れるよう小声で言ったフラウの言葉に頷いた。
たしかに、彼女は非合法な自動人形だ。人間用の義体パーツが使える時点でヤバいのは、映画しか見てこなかった俺でも何となく分かる。万全だった肉体の時は、スキャナーを通ろうが検査されようが人間と誤認される仕組みがあったそうだが、肋から下が丸っと失われている今ではそうもいかん。
そして、俺の相方は優れているが故、お国に目を付けられて拉致されるかもしれない。
個人が相手ならまだしも、国ならばブラックボックスをどうにかして、マスター認証を外せるヤツがいて然るべきだ。自分達が使おうと、諜報部とかが目を付けたらどうなるか?
俺の能力は激減どころではない。
何つったって、俺はバッキバキのニューロンのせいで電脳が不自由なのだ。フラウがいなくなったら、その瞬間にガン・フーしか能のない馬鹿が一匹になってしまう。
これではスカヴェンジャーとしての能力は半減、いやそれ以上だろう。
いや、それよりも大事な相棒を簡単に連れて行かれて堪るかよ。
「よし、じゃあ適当な宿を探そう」
「出張でこっちに来る人もいるでしょう。衛兵に聞いてみれば良いのでは?」
邏卒として立っている兵士に声をかけるのは怖かったが――キシワダ・ベイサイドで連中に絡んで良い思いをしたヤツはいないだろう――この場にいる時点で、市民としての身分は確約されているようなもの。
意外なことにも非常に物腰穏やかに、そして丁寧に近場のホテルを教えてくれた…………。
軽率に南の方に喧嘩を売っていくヌルくん。
いや大学の別キャンパスに用事で行ったときに「マジで何もねぇな……」と驚いて……。