崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
前文明の列島に住んでいる人間は、奇妙なことに無宗教なのに有神論者が多かったらしい。
だから、国民国家という概念が希薄化し――古い戦争映画に感情移入できないレビューが沢山遺っていた――国家と企業が融合するような状態にあっても、寺と神社が残されていた。
昔の人は、その形のない畏れと尊敬から、土地の無駄遣いだといって破壊する気にはならなかったらしい。
そして、そんな物は重要な攻撃対象でもないし、オオサカの南は歓楽街ということもあって、多くの惨禍から逃れた建物が方々にあった。
フラウをホテルに預けて、そこいらの警邏に道を聞いて歩いてきたが、彼女がいれば観光案内の一つでもしてくれたのだろうか。
「えーと、イマミヤエビスを北に行って、デカい建物……おお、あれか」
協会は想像したとおりに豪奢な造りをしていた。
前文明遺構統括管理協会南大阪支局。
そう巨大な看板を掲げた、妙に小洒落た、しかし諸所が剥落しているのを直した様子もない前文明の建物を流用した支局は、重要遺物の管理倉庫も兼ねているらしく、大変大きかった。
そういえば、いつだか近藤に自慢されたっけ。南大阪支局は立派で、元は〝戦術広域避難所〟を兼ねた、大きなコンサートホールの内装を丸っと入れ替えて作ったため、キシワダじゃお目にかかれないくらい立派なのだと。
その時は、アンタみたいなザァコじゃ絶対に中に入ることはないけどね、などと言われたが。
「……すげぇな」
下から見上げると、その威容に圧倒される。元々は数十万単位の人間を収容して、ドデカいコンサートをブチ上げるような箱だったのだ。それを接収して行政施設にしてしまうとは、協会は皇国の中で本当に権力を持った組織なのだと思い知らされる。
「しかし、人の出入りは少ないな」
入る踏ん切りがつかないで眺めているが、思ったよりも賑わっていなかった。
俺の想像じゃあ、こう、詰めかけてくるスカヴェンジャーでごった返し、漁港の競り場もかくやの騒ぎかと思っていたのだが。
「よし、行くか」
とはいえ、ずっと眺めていて出入りする人間を観察していても仕方がない。俺はここへ、正規のスカヴェンジャーになりに来たのだ。
だとしたら、ここは職場の一箇所。一々気負っていても仕方がないだろう。
というわけで、俺は立哨に何か言われないかと思いつつ、ちょっと肩を竦めながら建物に入り込んだ。
しかし、スゲぇな協会。フラウがいないから詳しい型番までは分からないが、3m級の大型エグゾスケルトンを入り口の両脇に突っ立たせておくとか、どんだけ装備抱えてるんだろう。
それこそ、あんなのほとんど決戦兵器みたいなもんだろ。残骸すら見たことねぇぞ。
肩部にマウントされた55mm機関砲をぶっ放せたら、どれくらい爽快だろうと思いつつ中に入ると、そこは映画で見た荒くれ者が屯する場所というよりも、完全なお役所だった。
案内フロントに美人が何人か並んで座っているが、インフォメーションと看板が書かれたそれは、依頼の受付窓口などではないのだろう。そして、広々としており、同時に寒々しくもある場所にスカヴェンジャーの熱気はない。
入るところを間違えたか? と思って焦っていると、クスクスと笑われたことに気が付いた。
受付のお姉様方が口をおさえていらっしゃる。参ったな、お上りさん丸出しの格好なのもあって、嘲笑されたのか、それとも初々しいと思ってくれたのか。
どうしたものかと悩んでいると、左端の受付に座るお姉様が手招きしていた。
何とも言えない、気怠げな雰囲気の美人だった。
年齢は二十半ばくらいか。顔は義体化していないようで、かなり垂れた今にも眠ってしまいそうな大粒の目に、薄らと隈が目立つ。肌が白いせいで、それがやたらと際だっていた。
髪の毛も少し長めのボブカットながら、手入れが行き届いているが、色素の薄い茶色い艶から、放熱用ファイバーではなく地毛なのが分かる。
まぁ、向こうが呼んでくれているなら行くとしよう。俺は嫌に響く自分の足音を聞きながら、彼女の方へ向かった。
「あの、スカヴェンジャーになりに来たんですけど……」
「うん、知ってます」
声も見た目にあった、眠そうな声だった。酒や煙草でガラガラの声ばかり聞いてきた身としては、フラウの次に綺麗な声だと聞き惚れそうになる。
「そのかっこ、グレーの出身ですね? 年に何人もいないから、情報が回ってきているんです」
「推薦者のことですか?」
「そ。じゃあ、市民IDの提出をお願いします」
ひらと差し出される優美な真っ白な指は、どれだけ洗っても爪にこびり付いた汚れが落ちない手の持ち主ばかりのキシワダ・ベイサイドから来た俺には、陶器か何かでできているように思えてしまう。
こんな硬いカードを置いてひび割れてしまわないだろうかと、起こりもしない心配をしながら差し出せば、彼女はそれを読み込み機に差し込んで、コネクタを首に繋げる。
どうやら、クロームはほとんど使っていないが、電脳化はしているようだ。
それもそうか。電脳がなきゃ事務仕事にならんものな。
「はいはい、近藤ゼロくん……いや、ヌルくん? 変わった名前ですね」
「まぁ、姓名共に碌でもない由来なんで、触れないでくれると嬉しいですかね……」
「なーんか、掴み所なさそうでかわいいですね」
色々と触れられたくない名前なので、何とも言えない顔を作ってしまった。しかし、我ながら碌でもないよなぁ。近藤の苗字が嫌なのは当たり前として、独逸語で無や零だぜ。あのクソアマ、俺の事情を知って面白半分で付けやがったから、市民IDを取得する時に改名くらいさせてくれりゃよかったのに。
具体的にどんな名前がいいかなんて、思いつかないけどさ。
「はい、受付完了しました」
市民IDを読み込んだ後、彼女は机の引き出しから、鈍色のカードを取り出した。それを別の機械に差し込むと、何らかの無線シグナルが届いたのだろう。直結することなく機械にランプが灯った。
微かな駆動音は、何か内部データを書き込むと同時に印刷しているようだ。
「これがヌルくんの遺構探索者証です。なくさないでくださいね、再発行手数料は100円ですから」
「っす……」
おお、流石は市民様じゃないと取得できない資格。板切れ一枚なくした時のダメージがデケぇ。市民IDと一緒に、首からぶら下げられるなくしようも盗まれようもないケースを用意した方が良さそうだ。
しかし飾り気も何もないな。IDと同じく左上に協会の名前とツルハシにスコップが交差して六角形に縁取られた紋章がプリントされ、あと五級と右下にデカデカと書いているだけで素っ気もへったくれもあったもんじゃない。
「で、これで何を……」
「んー、具体的に何ってことはないですけれど、五級は左手奥の電算機ブースでリーダーにこれを差し込んで、そこで探索申請をするだけ……としか」
「え? なんかこう、掲示板とか台帳とか……」
俺がイメージ通りのことを言うと、古代文明じゃないんだからと笑われてしまった。指先で唇を隠すような笑い方が、俺より年上のはずなのに何だかスレてなくて可愛らしいと思えた。
「えと、じゃあ、とりあえず行ってきます?」
「はぁい。協会からの連絡とかも届くから、定期的にチェックしてくださいね」
手を振って送り出されたので、受付から左手側に伸びる廊下を進めば、直ぐに一般電算機ブースという表示のかかった部屋が見える。
入ってみれば、何と言うか……あれだ、映画で見たネットカフェとか、図書館という施設を思わせる構造をしていた。
「えぇ……」
衝立で区切られただけの場所にパソコンが幾台も並んでおり、様々な形式のそれのディスプレイにカードを読み込んでくださいという待機画面が表示されているばかり。
なるほど、ゴミゴミしていないわけだ。ここまで電子的に管理されてしまえば、ファンタジーにありがちな、依頼が山ほど貼り付けてある掲示板に群れるスカヴェンジャーの姿など発生のしようがない。
そりゃそうか、あんなんで管理できるほど遺構は少なくないものな。それこそ、協会も一々個人を呼び出して連絡していてはやっていられない。こうやって専門のサーバーに繋がったPCで管理して、ポータルサイトみたいにした方が仕事を放る側も放られる側も楽だ。
何より、AIにやらせりゃ人件費もかからない。
「手前側は、電脳がない人間向けか」
憧れというのは、存外冷たくて合理的な形をしているらしい。
とりあえず俺は、電脳化した人間向けの直結用PCに証明証を差し込んで、それから電脳とサーバーを有線させた…………。
ハローワークかな?
いや実際効率が良いのは事実。