崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
俺はフラウが取り置きを頼んだのもあって、早くキシワダ・ベイサイドに戻って彼女のパーツを買いたかった。
正直、何時までも真面に動くのが首だけというのも可哀想だったから、一刻も早く体を直してやりたかった。
だから、パーッと使ってしまうつもりで二千円も下ろしてやったぜ。
ふふふ、正直怖い。
預金という俺でなければ開けない形で持っている時はなんてことなかった。
電子決済で、同時に個人認証が通らなければ使えない機能が付いていると共済のカード機能を聞いた時も「ふーん」ていどだった。
それは、どちらも国が強固にロックをかけて安全策を取っているから。
しかし、いざ皇国最高額の百円素子を目にするとね。ビビるよね、マジで。
だって現金素子に名前は書いてない。汚い手段で得ようが綺麗に稼ごうが関係ない。明日の飯、いや、今日の安酒やクスリのため、一円素子欲しさで殺されたヤツがいることを知っているからこそ、現金の重みが分かる。
けど、キシワダじゃ共済のカード機能は使えない。現金という奪われるリスクを持つ必要があるのだ。
これだけあれば胴体じゃなくて手足を用立てることもできるだろう。自動人形系のパーツは、その需要問題もあって人間用に比べればずっと安いし、彼女の脳なら何とでも偽装できるだろう。
そして、先月まで俺の右手が警備ロボットから捥いできた物だったことや、近藤が体の一部に人形用のパーツをデッチ上げて使っているように、金がないヤツが人間用じゃない設計の義肢を使うのは珍しくもない。
フラウの見立てと、その脳殻に蓄えた知識を以てすれば、戦闘に耐えられるグレードの手足を探してくることも難しくはないだろう。
胴体が復活したら、ちゃんと二本の足で歩いて、二本の手で物を掴めるようにしてやりたくなるのは相方として当然なのだが……。
「さぁ、行きますよヌル」
「なぁ、それよりさぁ……」
「問答は無用に願います」
普通、主人に登録された人間の提案を蹴る人形っているのかね?
俺はフラウから怒鳴られたこともあって、ホテルでシャワーを浴び――素泊まり5円だけあって、設備が凄いわ。流石は都会――繁華街に連れ出されていた。
だって仕方がないだろう。ほっといたら車椅子で勝手に向かってしまうんだから。
そして、彼女の指示に従って、気が向かないままに被服が並ぶデパートへと連れて行かれてしまった。
場違い感が半端ない。正直、協会に行ったときより肩身が狭い気がする。
ボロ着の貧乏人と手足のないヤツが、何しに来たんだと言わんばかりの視線が客からも店員からもビシビシ突き刺さってくる。
「なぁ、フラウ。帰ろうぜ……第一、良い服借ったってキシワダじゃタタキの標的に……」
「ですから、服は鞘なのですよ。怖ろしい刀身が収まっていることを見せ付けてやれば良いのです」
「でもさぁ」
「それとも何です? 貴方は金欲しさにマチェットの腹叩いてニヤニヤしてるようなクズに負けるほど弱いとでも?」
「そうは言わんけど……」
主人を無理矢理に後ろを歩いて着いてこさせるという、皇国でも多分ここだけの珍妙な光景に従いつつ、俺はナンバの前文明が遺した高層ビル、それをそのまま使った居抜きのデパートを小さくなって歩いた。
何と言うか、明らかに高級品ばっかりだ。発掘品ではなく、生き残った製造機械や〝プラント〟と呼ばれる、データさえ入力すればサイズに見合った物を何でも吐き出す、国体を維持する前文明の超テクノロジーが残滓の品が並ぶ様は心臓に悪い。
こちとら最悪、死体から剥いできた服でも着るスラムの住人だぞ。
何だよこの価格。鞄が一個千円て。んなもん荷物を運ぶという一点ではビニール袋と一緒だろ。ここは客から運営まで根こそぎイカれてんのか。
「いやいや、ありえねぇよ、靴下一揃いで10円? 何で消耗品が俺の長靴と同価値……」
「よし、ここがいいですね」
急に車椅子が止まったので、思わずぶつかりかけて焦った。
彼女が目を付けたのは、マネキンが着ている一着の真っ白なシャツ。開襟の襟付きだが、袖口からカットされている奇妙なデザイン。おいおい、この気候変動した列島で、こんなの着る奴いるのか……って。
「100円!? シャツ一枚が!?」
「大声を出さないでくださいヌル。目立ちます」
いやいやいや、待て待て、二枚で最低限のクロームが施術費込みで一本買えちまうじゃねーか。正気か?
「これはいわゆるメカニカルゴスから派生した、フォーマルメカニカル。前文明で義体部品を見せ付けることに特化したブランドの服ですよ」
「クソ、前文明でもいるのかよ、ギラギラした地金見せびらかして喜ぶヤツ……」
「今のヌルには最適です。その両腕の暴威を見せて、その上で洗練した姿で肩をそびやかして歩けば大抵の小物は脅えて引き下がりますよ。一目で軍用グレードと分かる外見を活かさなければ」
「俺、そういうの嫌いなんだけど……」
言わんとすることは分かるけどさぁ。
そりゃストリートの鉄則は、小突かれたら小銭を出しそうな面で歩くな、だ。
だから誰だってチャカやヤッパを見せ付けるように持ち歩くし、義体化した部分を誇示したがる。
しかし、それは示威行為であって、自分の強さを見せ付けることで身を守るため。お洒落でやる意味が分からん。
「メカニカルゴスってなんだよ……」
「手足を敢えて非有機系義体で構築し、その外観を晒すファッションですよ。ブーツとロンググローブの味変みたいなものですね」
「味変で手足切り落として堪るかよ……」
強くなるために左腕を率先して切断して棄てた男の言うこっちゃないかもしれんが、それはもうお洒落の領分を超えているのでは?
「サイバーゴスの発展形とも言えるのですが、大和共栄経済圏では、意外とロリータ系ではなくヴァンパイアゴスに着想を得た高貴さと不死性の表現が好まれ……」
「訳の分からない理念を訳の分からない単語で語らないでくれ」
殴り合いですら数年はブタ箱に放り困りかねない前文明の人間が、何を好き好んでクロームを見せ付けるかね。
てかなに、何でゴスとして生まれて、そっからフォーマルに輸入されるって。何かおかしくないか。
「襟付きでドレスコードにも沿っていますね。タイを絞めて小脇にジャケットを抱えれば、高級店でも入れるデザインですよ」
「いや着ろよ、ジャケット。なんで持つんだよ」
「最新の義体は、若者と最新モードを追う人間にとって、分かりやすい権力と金の象徴でしたからね」
着たら見えないからってか。馬鹿じゃねーのか流石に。
「ファッション文化と義体の発展は深く繋がりがあるのですよ。最初は如何に隠すか、どれだけ自然かが追求されましたが、次第に〝人間を超えたスペック〟の誇示がウリになりまして」
「で、お前は俺にこれを着ろと……」
「はい。ですが、ズボンはアッチの店舗で売っているチノがいいですね。セミフォーマルスタイルで行きましょう」
おかしいな。何か自動人形ユーザーは、自分の全てを擲ってでも人形に入れ込み、お洒落をさせるのを喜ぶと聞いた。
じゃあ、何だって俺は自分の人形から「それより先にお前の服を何とかしろ」なんて、映画に出てくるオカンみたいな怒られ方をしてるかね。
「店員さん、これ試着できますか?」
「失礼ですがお客様、ご予算は……」
「ヌル、手持ちは?」
「あぁ? 二千ほど……」
素子の入ったビニール袋を取り出すと――紙幣と違ってロールにできないから、嵩張るんだよなコレ――見下すような雰囲気があった店員の目が変わった。
あ、ヤバイ、獲物を見つけた。そういったギラつき方をしている。
「じゃあフォーマルメカニカルを三着ほどいただきたいのですが。ヌル、純朴系で攻めますか? それとも清楚系?」
「何だよその二択。一緒だろ。てか三着も買ったら……」
「お客様、大いに違うのですよ」
店員の男性がずいっと体を寄せてきた。よく見れば、首元で輝いているのはネックレスではなく、クロームの分割パネルだ。コイツ、パーティングラインに沿ってラメ塗装してる?
何か俺には分からない概念を凄い勢いで捲し立てる店員と、何故かそれに頷いているフラウ。そして、あれよあれよと言う間にジャケットを剥かれ、インナー一枚にされてしまった。
「なるほど、肩口から伸びるマットな黒……これはたしかにフォーマルが映えますね」
「でしょう?」
「敢えてラフに着こなすより、キチッと固めて熟れていない純朴さを売るのが一番かと思いますが」
「いえ、威圧感も欲しいのです。白シャツは勿論一枚要りますが、カジュアルコーデ用にサテン系の〝圧〟がある黒も一枚……」
「でしたらオススメの物が一着。マットサテン風のマイクロファイバー生地で、防刃使用。刺突にも強いですよ。また両面にマイクロマシン領域がありまして……」
あーあーあーあー、何か俺の与り知らないところで話が進んでしまっている。これ、要らないとか、もう言えないヤツじゃん……。
結局、俺はフラウに押しきられて、有り得ないことに自分の服に千円も使ってしまい、追加で金を下ろしに行くハメになった。身に付けている物で一番安いのが、真逆の時雨沢精鋼製の13mmってマジ?
幾ら高級品だから、身を守るための防刃性能が備わっているといっても、納得できねぇぞ畜生…………。
義肢すらもお洒落と富の象徴となる。うーん、マッポー。