崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
生身の右目が酷くショボショボとした。
眼精疲労だ。左目に搭載されたAIが視覚野で補正をかけてくれるおかげで、片方が生身でも問題なく修正された視界になる俺だけど、眇めになって細かな部品と格闘しているとそうもいかない。
「疲れた……」
「三日間、大変お疲れ様でした、マスター。腰部バランサーは精密センサーの塊ですからね。細かな注文を付けてすみませんでした」
「なに、フラウが優雅に踊るためなら構わないさ」
目頭を揉んで涙の分泌を促し、乾いた目に水分を補充する。瞬きの度に眼球に張り付くようだった瞼が、多少滑らかに動くようになって違和感がマシになった。
「しかし、キツいな。右目も置換したろかな」
「それは推奨できません」
何でと振り向くと、そこには生首があった。
正確には、今までの胸郭から取り外された、幾つかの部品がコードで繋がっている、機能的には何も変わっていないフラウだ。
その手元には丁寧に分解し、接続するため用意した脊柱ユニットが並べてあり、隣では肋骨の辺りからばっくりと割れた、mk-01モデルの筐体が転がっている。
「片方は生身の目を残しておけ。前文明の潜入工作員では鉄則ですよ」
「何でだよ。左目が壊れた時に困らないか? 粉塵にも閃光にも弱い弱点抱えてどうすんだよ」
「機械の目は、どれだけ気を使ってもハックされることがあるんです。ですが、視覚野まで乗っ取るのは並大抵の技量ではできません」
「なるほど、生身の目が保険か」
ってことは、外斜視を治しもせず残していた近藤も、このことを知って全身義体なのに眼球を一個残しておいたと。アイツ、あのヤマだと弾除けにすらならなかったけど、一応は知識もあったんだな。
しかし、こうも細かい作業が連続するとなぁ……。
「目がイテェ。けど、やっとこ一番の難物が形になったか?」
「はい。全シグナルグリーン。腰部バランサー、再建完了です」
手持ちの遺物、フラウを妙に気に入ったオッサンが値引きして売ってくれた部品、それから追加で買い込んだ部品。
これを使って何とか直したが、俺の左目よりも難物だった。
幸いなのは、壊れたらどうあっても交換しなきゃならない磁性流体アクティブ・ダンパー? とかいう衝撃吸収素材と、フライホイール・ユニットが生きていることだった。これは素人がクズ山の、碌な設備がない場所で開いてどうこうできる代物ではなく、壊れていたら対応規格品と交換しなければ手直しの仕様もないらしい。
ダンパーは密閉性が崩れたら終わりで、フライホイールが歪んでいたらナノ単位の調整が必要だそうなので、本当にここが無事でよかった。
いやまぁ、フラウもそこが生きていると分かったからこそ買ったんだろうけど。
ただ、一回全部バラさないとイカれていたローカル姿勢制御サブプロセッサの電装系が直せなかったので、組み立てるのに凄く苦労したのだ。ミリ単位のズレが故障や、変な動作に繋がると言われ、何度やり直したか。
チェックが簡単でよかったよ。正しく組み上げた状態でテスト駆動させると、ほとんど音を立てず、何処が悪いかはフラウが聴覚センサーで察知できる。だからこそ達成できた修理だ。
「よーし、定位置にねじ込むぞ」
「お願いします」
開いた背中から押し込み、骨盤にはめ込んで設置位置を丁寧に調整。穴を合わせてボルトを回す。勿論、振動する部分だから細密ワッシャーを挟み、電動レンチを順番に、しかし一気に締め切るのではなく、ちゃんと全ての箇所に負荷が分散するようにしめた。
「おし、入った」
「では、脊柱ユニットを首に接続して、尾ていのコネクタに」
「あいよ」
相方の首の断面という中々にショッキングな物を見つつ、俺は接続口を合わせた脊柱を差し込み、九十度捻る。重々しい音と共に接続が始まり、一瞬だが蛇のような装甲が施された太い神経ファイバーの束がうねる。
「うおっ!?」
「テストで刺激を流しただけです。気にしないでください」
「いやだから見た目ホラーなんだってマジで」
何と言うかアレだ、異星の狩猟民族が人間の首を戦利品として引っこ抜いていく様に似ている。その上、意志を持った背骨がうねると、今度はB級の安っぽいゴア・ホラーみたいになって気持ち悪い。
「てか、いいのか? 他の部品ほとんどとっぱらちまったけど」
「壊れた有機転換炉や酸素循環ユニットに、血液循環ユニットが私に必要だと?」
そりゃそうか。
今、筐体の中身は腰部バランサー以外には、ち……膣ユニットを除けば、ほとんど部品は入っていない。ノイズを外に漏らさない吸音層と稼働するための人工筋肉と幾つかのシリンダーだけで、これも壊れている部分を入れ替えて動くようにした。
そして、本来は一体型の皮膚を肩関節、そして股関節あたりで切り揃え、地金のジョイントが丸見えになる構造に改造してある。
正直、目に毒な作業で慣れなかった。女性の局部をずっと凝視する訳だしな……。
ともあれ、お引っ越し作業は完了というわけだ。
「それにしても、お前の元部品って少ないよな」
「初めて会った時に言ったではありませんか。脱落したのはほとんどが内部浸透用の、人間に見せかけるための疑似臓器系だと。手足にも出雲の粋をこらしたギミックがあったんですが、半生体系だったので同じくグズグズでしたが」
「どれがどの部品か分からんが……待てよ? なぁ、お前の炉ってもしかしてコレ?」
「おや、ご賢察。マスターも人形部品の造形が分かってきましたね」
首に繋がる一際太い配線で繋がれた、八角形の小さな部品。指で摘まめる程度の大きさで、稼働状態を報せる小さなランプが蒼い光を放っている以外はなんてこともない、それこそ知らなければメイン出力だと察することすら困難だろう。
俺が何となく、これかなと分かったのは、そもそもの部品点数が少ないからだ。
この手で接続した声帯部品、副脳っぽい楕円の機械に、幾つかの箱形にパッケージングされたユニット。どれも微妙に凹んでいたりする形なのは、内臓の合間にねじ込むためだろう。
「……なぁ、俺ねだられたことないから気にしなかったけどさ、お前充電は?」
「お気になさらず」
「するわっ!!」
今になって怖くなった。コイツ何で動いてるんだよ。もしかしてこれ、超小型の融合炉か!?
じょ、条約違反! 映画で見た! オオサカ条約違反だ!! こういったブツを取り返したり、破壊したりするために特殊部隊とか諜報員がドンパチする映画何本もあった!!
「お前ー! マジで全身条約違反の結晶じゃねーか!!」
「まぁまぁ、今それで文句言ってくる人いないんですから」
「隣で制御にとちったら列島が真っ二つになるのが季節一つ分くらい寝てた俺の気持ちにもなれ!!」
俺は文句を悲鳴として叫びながら、脊柱尾部を本体に叩き込んだ。そして、ブラブラしている部品をダクトテープで胸郭の内側に貼り付けて定位置に押し込み、勢いよく背中を閉じた。
「マスター、言いながら雑に扱うのは如何かと」
「うるへー!!」
「あとご安心を、融合炉の暴発なんて意図しないと起こせませんよ。壊れたら非活性化するだけです」
もー、あーもー、怖いこと気付いちゃったよ。今更対応変わるとかないけど、被弾したらどうしようとか思ってしまった。とりあえず、ゴツいプレートキャリを買おう。お洒落させてやろうかなとも思ったけど、胸を守ること優先だ。
「安心してくださいって。私は長期潜入のためにメンテなしで活動するため、この炉を積んでいるだけであって、自走地雷じゃないんですから」
「だからってね……」
相方の後頭部を眺めていると、接続のチェックだろう。上体がぐねぐねと動き出した。そして、器用に腰が人間より広い可動域で動いたかと思えば、その反動を使ってハンモックの上で前を向く。
どうやら、三日間缶詰で苦労したバランサーの修理は上手く行ったようだ。
「ふう、ようやくある程度動けるようになりましたね」
……しかし、こう、部品だと思っていた時でもモヤモヤしていたのに、相方の顔までついて、局部丸出しだと。何か、その……。
「……マスター、興奮しました?」
「俺にそんな特殊性癖はねぇ!!」
悪戯っぽく笑うフラウに無理矢理パーカーをねじ込み、位置を正した後で俺はもう疲れたと横になった。
いつものように腕枕をせず、背中合わせになったのは、照れ隠しなんかではないぞ…………。
ヌルくんは男の子だけど真っ当な男の子なのです。