崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~ 作:Schuld
数時間、拡張現実に没頭しても酔わなかったのは初めてだ。
俺は雷鳴を轟かせる空をシート越しにハンモックから眺めつつ、大きな息を吐いた。
「初級をクリアしたぜ……」
「おめでとうございます」
念のため、少し広さに余裕のある寝床にシャッテンフラウを引っ張り上げていた。女と有線直結して寝転がっているというと、憧れた色っぽい情景そのものではあるが……まぁ、面以外が人間の素体丸出しじゃ、雰囲気もへったくれもないわな。
「クソ、イントロのオッサンは気軽にやってたけど、状況把握が忙しすぎる。全方位から飛んで来るレーザーを避ける音ゲーが初級ってマジかよ……後ろからのなんて分かんねぇよ……」
「軍用のFCSは、ちょっとした体捌きくらい自動で追尾してきますよ。そのロックを外せるくらい派手に動く必要があるからこそ、ガン・フーは習得難易度が高いんです」
「けどなぁ、俺、VRと違って射線を完全に読むなんざできねぇぞ。リアルじゃ弾が来る所に投影してくれねぇし」
え? と間抜けた声が聞こえて、俺は腹の下辺りに頭がある相方を見下ろした。
「マスター、左目はカメラアイですよね?」
「ああ、場所考えねぇでブッ放す馬鹿の跳弾がカスってよ。半年前に置換した。高かったぜ、今も俺の飼い主に借金返済中だ」
「その廉価ドローン用視覚素子で借金……」
ドン引きされてるけど、仕方ねぇだろ、俺には物の善し悪しなんて動くかどうかくらいしか教わってねぇし、お前みたいなカタログ機能もないんだ。見えるようになりゃあ御の字、視神経ソケット置換手術で傷口が膿まなかったのも幸運だった。
とはいえ、麻酔は有料とかで〝起きたまま〟やられたのはマジできつかったが。普通、電脳化してたら痛覚の選別削除とかもできるはずなんだけどな。
「ちょっとイジりますよ。深い部分は接触を阻まれますが、プロンプトの入力くらいは受け付けてくれるでしょう」
「いいけど……」
「Bash LOCAL_TERMINAL_01:# boot --init-kernel --bypass-safety」
「コマンド・プロンプトなんてイジるの初めてでこえーよ……」
言われたとおりにシャッテンフラウが入力してくるコマンドを受け容れると、脳が一瞬弾けたような感覚がした。
そして、網膜に流れ込んでくる文字の群れ。
Plaintext
[INFO] LOADING KERNEL IMAGE...
[INFO] UNCOMPRESSING COGNITIVE ENGINE...
[INFO] ALL SAFETY PROTOCOLS BYPASSED BY USER.
[INFO] STARTING NEURAL-PROCESS...
WAKING UP. WELCOME TO ■■■■■■.
「イッテェ!? がっ、うわっ!?」
「電脳初期立ち上げ特有の酔いですね。慣れてください」
「ザッけ……うあ、視界が歪む! 脳が! 脳がざわざわする!!」
「使っていなかった神経経路が通っている証拠です。本当なら医師の管理下で感覚遮断しながらやるものなのですが……マスターの場合、ニューロン固着症のせいでできないんです。耐えてください」
「あっ、ががが、ががが……」
痛いとも痒いとも言えない、脳味噌の中をミミズが這って穴を掘っているような不快な感覚に耐えること数分、いや、数時間か、それとも数十秒か。口の端から涎を垂らしながら荒い息をしていると、視界が違うことに気付いた。
「せ、セーフティ? ノーウェポン?」
「電脳にインストールされたルーチンが、銃口がこちらを向いていないことを現していますね。FSCも完全に起きたようです。とりあえず最適化しますか?」
「い、いや、勘弁してくれ、連続でやったら俺は絶対にゲロる……脳が、脳が……ぞわぞわする」
「参りましたね、鎮静プロトコルも効かないようですし……」
「これ以上、電脳触りたくねぇ……」
粘っこくて、何時までも乾かなそうな冷や汗を掻きながら、深く深呼吸を繰り返して意識を落ち着ける。クソ、医者に見守られながらやるようなことを、予告なしにやらすなよ。俺だって、今ブチ込まれてる電脳がどんなブツか型番すら分かってねぇんだぞ。
「あー、死ぬかと思った……」
「しかしマスター、今まで電脳のOSを殆どオフで、よく生活できましたね。しかも、鉄火場に身を置いておきながら」
「運が良かったんだよ……。町工場みたいなとこで脳殻開いて、適当にブッ込んで、動くかたしかめて、また引っこ抜いてから売り捌いてた連中の仕事だ。何もかんも雑で何が起こってるかなんて分かんねぇし、ウェットの人間と大差ねぇよ……」
「一度、正規の電脳医師に掛かることをお勧めします。電脳硬化症で死んでしまいますよ」
気軽に言ってくれるな。初診料だけで何千円かかる世界だと思ってんだ。俺達下層階級の電脳化と言えば、手探りとカンでやってる連中の腕頼りで、何があってもノークレームの世界なんだ。
それでさえ、一応は手前の評判ってヤツを気にしてやってるんだから、安全性ってのは俺をモルモットにしてた連中とは比べものになんねぇ。
そんで、連中も独学が弟子入りしてかは知らないが、何かしら努力して技能を手に入れたんだ。市民しか入れないエリアのクリニックとは比べものにならないにしても、結構な金を取られるのは世の摂理だ。
それこそ、市民IDを手に入れられるだけの金が懐でジャラついてたって、脳を開いて真っ当な電脳と交換した上でニューロン治療までやるなら、頭金にもなりゃしねぇよ。
「全部、成功して金稼いでからだな……まぁ、そうなりゃお前にも立派な手足を用立ててやらぁ」
「私よりご自身のことを優先していただきたいのですが」
「阿呆言え。お前は俺の命の恩人なんだぜ。それに、もう相方だろ」
「相方、ですか」
そうだよ、と手で瞼に差し込むような雷光を遮りつつ言えば、シャッテンフラウが身動ぎするのが分かった。胸から上しかなくても、首周りの可動域は生きているから、こちらを見上げてきたのだろう。
「私は自動人形ですよ。それに、成り行きです」
「関係あるか。前文明人がどうあつかっていたか知らねぇけど、あそこで捕まって枯れ死んでたかもしれねぇ命を助けて、高く売れるモンのイロハや、ガン・フーのことまで教えてくれたお前を粗雑に扱っちゃ、俺の格が落ちる」
最後のは映画の好きな主役に肖った言葉で、照れ隠しだ。
同業者には言われるかもしれない。自動人形と人間は分けろよとか、AIとお友達ごっこでちゅかー、とか。
けど、これだけ意思疎通がちゃんとできて、自分のことを考えてくれる相手を蔑ろにできるかよ。
俺はたしかに下請けの無戸籍で、何処の誰とも知れないヤクザ稼業だ。
けど、人間だ。畜生になるつもりはない。
仁義だが渡世だか言っている連中の理屈は分からないが、俺には俺なりの道義がある。
何せ、前文明の娯楽メディアで見て憧れた、映画の主人公立ちはみんな格好好かった。
全員、例外なく筋が通っていて、人道ってものを分かっていた。
だから、俺もできてるか分からないけど、それに倣うだけさ。
そうじゃなきゃ、ただでさえ惨めなのが、格好悪すぎて生きてるのが嫌んならぁな。
「変わっていますね、マスターは」
「変で結構、主従なんて肩が凝る。俺はお前をできる限り助けるから、お前は俺をできる限り助けてくれ。5:5でいこうぜ」
「自動人形に無茶を仰らないでください。基本0:10の存在ですよ」
不満を言っているようだが、少し嬉しそうに聞こえたのは俺の勘違いだろうか。そうじゃなかったら、少し嬉しい。
思えば組んで動ける相手ってのは、今までほとんどいなかったからな。
飼い主から宛がわれた、最初にイロハを叩き込んでくれたオッサンは、三ヶ月ほどの付き合いで爆死した。
次に組んだ野郎は儲けを独り占めしようとして、後ろから撃ってきやがったんで、逆に撃ち殺した。俺の前に落ちてた硝子に、チャカを抜こうとしている姿が見えたんで命を拾った形だな。
それから、それから……まぁ、二月と長続きしたヤツァいねぇなぁ。
どいつもこいつも碌でなしだったし、今も息してるヤツの方が希だな。向いてねぇって足洗った賢いヤツが一人だけいたっけ。
それと比べたら、シャッテンフラウは頼もしい……。
「まてよ、なぁお前、最初シャッテンフラウってモデル名だって言ってたよな」
「はい、そうですが」
「名前ねーの?」
「それは主が付ける物ですので。個体識別名はNo.0013ですが」
「はよ言えや!!」
トロトロと訪れていた眠気が吹っ飛んだ。凄まじい不義理をしていたことを知り、やらかしたと頭を抱える。
「お前ねー!」
「忙しいので失念しておりました。シャッテンフラウでも不便しないので。稼働している同型機も、もういないでしょうし」
「そういう問題じゃネェだろ! ああっ、クソ、名付けなんてセンスがねぇ!!」
唸っていると、彼女は長くて呼びづらいならフラウとだけお呼びくださいなんて言ってきたが、俺にはそれを超える、彼女が気に入るような名前が捻り出せなかった。
犬猫じゃないんだし、簡単に決めるわけにもいかんからな…………。
祝日なので二話投稿です。
コメント、評価いただけたら嬉しく存じます。
それとpixivFANBOXで結構先まで無料公開しているので、よかったら見てやってください。
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