どうにかして黒歴史を無かったことにしなければならない聖女さまの奮闘記   作:悪役令嬢物推進委員会会長

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悪役令嬢物をご存知でしょうか?
いわゆる女性向けのなろう・ザマァ系ジャンルですが、あれらの作品に影響を受けた男の一人として、少しでもその面白さを伝えられればと思って書きました。


改心したから私はもう悪くない

 水の都とも称されるクアラインの一日は、夜明けと共に開かれた海門から我先にと入港して来る船たちが鳴らす汽笛の目覚ましから始まる。

 国唯一の貿易港として始まった小さな街は今やその規模を5倍以上に拡大し多種多様な文化や食材、人種で溢れる商業都市であり一大観光都市としても栄えていた。年間を通して温暖で過ごしやすい気候、大規模な農場を支えられる肥沃な大地、採れたてが何時でも味わえる豊富な海の幸。

 そんな場所だからか、お忍びで王族や貴族が羽を伸ばす保養地としての側面も持ち合わせている。

 

 この物語の主人公である少女、ステラ・ルミナリアもまたこの街へと静養の為……という名目で既に半年ほど前から滞在していた。

 中央市場に程近い場所に居を構える彼女は今日も今日とて汽笛の目覚ましを合図に街中へと繰り出していた。

 

「おはようステラちゃん、今日も元気そうだねぇ」

「おはようございます、おじさまもお元気そうで何よりです」

 

「ステラちゃん!今日はウチで朝食を食っていかないかい?」

「ありがとうございます、でも今日はミナと一緒に展望台で食べますの」

 

「今日はまだ暑いから陽射しには気を付けるんだよ、綺麗な顔が日に焼けちゃうから」

「あらそんな、おば様こそ綺麗ですわ」

 

「この前入荷したアクセサリーが──」

「お姉ちゃんあそぼー──」

「ステラちゃんカワイイヤッター!──」

「これ持っていきなよステラちゃん──」

「────」

「──」

 

 ステラとすれ違う者たちは思い思いに声を掛け可愛がる、この半年ですっかり街の人気者になった彼女はいつも通り朗らかな笑顔と気さくな挨拶で人々を癒していた。

 

 一目でやんごとなき身分であろう事が分かる白い肌と細い手足、入念に手入れされた麗しい黄金色の髪、本来なら声を掛けることすら躊躇われるだろう存在であることは想像に難くない……にも拘らず誰に対しても分け隔てなく接してくれる姿がこの都市の日常として溶け込んで久しい。

 何処に行くにもこれまた身なりの整った侍女を伴って出掛けており、さる貴族の娘かはたまた豪商の娘かという噂が立ったが誰もその噂を確かめられた者は居なかった。それは余計な詮索はすべきでない不文律からだが……もし彼女の本当の身分とその名を彼らが知れば驚愕していた事だろう。

 良い意味でも悪い意味でも。

 

 忙しなく動き出した街の喧騒を背にし歩き続け、小高い丘の傍にある展望台へと辿り着いた2人は見晴らしの良い場所へ腰掛けて作り置きのサンドイッチと、道中で人々から頂いたお菓子を並べ船の往来を眺めつつ穏やかな朝食の時間を過ごした。

 ステラは活気溢れる港と隣接する大市場で慌ただしく動く民衆を見ているのが好きだった。雄大な海の果てから異国の船が色とりどりの色彩を纏って疾走している、初めて目にした時は分からなかった些細な違いも今は非常に似た造りの帆船でもそれぞれに役目が違うのだと知っている。

 空は雲ひとつなく晴れ渡り、夏の終わりを告げるかの様に少しだけ冷たくなった風が優しく頬を撫でた。

 

「この街は本当に素敵ね」

「そうですねお嬢様」

「……ふゎ、少し寝てもいい?」

「どうぞ、こちらに」

 

 手招きのまま膝の上へ頭を預けたステラは暫し目を瞑り街の喧騒と風の囁きに微睡みながら穏やかな時を過ごした。慈しむ様に頭を撫でられいつの間にか浅い眠りに落ち──再び目を覚ました時、太陽は中天を過ぎ始めていた。

 体を起こし小さく欠伸をして、今度は肩にもたれ掛かる。こんなにも穏やかな時間があと何回過ごせるのか、考えないようにしていた現実が去来し、ふと……本音が零れた。

 

「はぁ、このまま私……ここで生きていたいわ」

 

 以前までの生活には戻りたくなかった。

 こうしてこの街に来て、こんな風に日々を静かに穏やかに過ごす様になって実感した。これこそが自分が求めていた理想の生活なのだと。

 なのに現実はその願いを許してくれそうにない。

 それでも、僅かな可能性があるならしがみついていたかった。

 

 憂いを帯びた瞳で将来の展望を切なげに語るステラへと視線を合わせたミナは、優しく微笑みながら敬愛するお嬢様へと返答をする。

 

「あーそれは無理ですね」

「……んん?」

 

 ピキッ、とステラの体の中から何かが切れた様な音がしたがきっと空耳だろう。一瞬の逡巡すらなく断じられたことに少しだけ気分がささくれてしまって風に舞う木の葉が擦れた音がそう聞こえたに違いないだろう、間違っても眉間に青筋が浮かんでいるなどということは有り得ないのである。

 ないったらないのである。

 

 というか普通はこの流れなら絆されて「私と共に逃げましょうお嬢様!」「ミナ!あなたと一緒なら私頑張れるわ!」「お嬢様!」「ミナ!」って感じに良い感じにこう、説得されるべきなのでは?

 ステラは訝しんだ。

 

「オホン。ねえ、どうしても?」

「どうしてもですねぇ」

「帰りたくないわ……ねえ、ミナ?本当のホントにどうしてもダメなのかしら?ね?ね?」

「う〜ん、そうですねぇ…………」

 

 ここがチャンスだ!顔を伏せ気味に形の良い眉をハの字に歪めて尚も可愛らしさの隠せないあどけない表情を作り、目尻には少しだけ涙をうるませながら必殺の上目遣いでお願いポーズ。

 この街の住人なら100人が100人とも放っておかないだろう渾身のお願い♡をされたミナの顔は、顔こそ笑っていたもののいっそ冷ややかとも思えるほどに拒絶の意思が籠った目つきを浮かべていた。

 というかほんの少し見下してる感が否めなかった。

 

「……ダメですねぇ」

 

 おいコラそれが10年も仕えてる主へ向ける視線か?

 そういった無言の抗議を含めてジメッと睨み付けるものの、ニマニマと微笑みながらためおざなりに頭を撫で誤魔化そうとしてきたではないか。明らさまなご機嫌取りである、いやはや舐められたものだ。

 この程度で許してやると思っ……おも…………まあ今回はこれで許してやらんでもないのである(連敗記録更新中)

 

「ダメなものはダメです。お嬢様の体調が良ろしくないとか、日取りが悪いとか、視察にお忙しいだとか、どれだけ言い訳に苦心したと思ってますか?寧ろよく王都からの要請をこれだけ断り続けて半年も此方に居られましたよ。

私の苦労も分かって下さいませ!」

「だって〜」

「だってではありません」

「だってだってだって」

「よしよし、今日は最後の愚痴に付き合いますから色々と吐き出しちゃってください。来週には王都に帰りますよお嬢様」

「いーやーなのー!帰りたくない、だってだってだってだってだってぇ!!」

 

(はぁ……そんな風に言われても無理なものは無理です。ご容赦下さいませね、お嬢様)

 

 自分と同じ14歳という年齢なのにとても幼く見えてしまうぐらい盛大に幼児退行して駄々を捏ね始めた主を宥めるミナは、この街に来てこんな風に変わってしまった主の変化の事を心から好ましく思い……同時に、以前までの彼女を知っているからこそ対応に苦慮していた。

 そう、ほんの半年ほど前ならば幾らお気に入りの自分であったとしてもこんな風に口答えをしていたら嬉々としてお仕置きをされていたかも知れない。いや、確実にされていた。

 より正確に言えば昔に戻った……という方が正しい表現なのだろうか?

 そうだ、その方が正しい。

 

 この国において並ぶ者のない高貴な身となり。

 人類の守護者たる“星辰の聖女”として全国民から祝福された4年前のあの日から……きっと何かがおかしくなってしまっていたのだ。

 

 ミナの脳裏にこれまでの4年感が走馬灯の様に過ぎる───

 

 

『そうやって跪かれたままだとまるでわたくしが悪いみたいに見えるわ?分かったなら跪いてないで拭きなさい……あら、ごめんなさい!あんまり急に近くに来たものだから間違えて顔を蹴っちゃったわ。でもお互い様だし、許してくれるわよね。ほら、お返事は?』

 

 とあるパーティー会場での一幕。

 粗相をしたメイドへの愛情溢れる施しとして語り草だ。歓喜に打ち震え涙を零しながら感謝を告げるその姿は人々に慈愛の天使とその使徒を思い起こさせた。

 

『あそこで騒いでいる人達を見て……そう、あそこ。さっきから随分と身勝手な不平不満ばかり並べ立てて騒いでいて聞くに耐えません、これは我が国の国民たちへの──そしてこのわたくしへの侮辱ね?騎士たち、さっさとあそこの移民たちを連行なさい。民衆は私が宥めてくるわ。

ああ民たちよ、ご安心なさい。彼らもまた哀れな被害者なのです、怒りを収めて裁きをお待ちになって。聖女たるわたくしがお約束しますわ、正しい沙汰を』

 

 魔獣たちに土地を追われ国へと保護を求めて暴れていた移民達は、いと尊き御方である聖女へ不遜ながら誹謗中傷を行ったとされ哀れにも処刑されている。

 しかし聖女は後日、彼らの為に安息を祈りその慈悲深さを民衆へと見せている。

 

『まあ大変、野党に襲われ腕を斬られてしまったの。ええ、もちろんわたくしは聖女ですもの、たとえ誰であろうとどんな怪我であろうとも幾らでも治療して差し上げますわ……でも申し訳ありません、既に本日の治療受け付けはもう終了しておりますの。

心苦しいけれど、そろそろお帰りになって?ええ、また後日に』

 

 半世紀以上に渡り聖女が不在であった為、教会は運営に必要な資金繰りや慢性的な人手不足に非常に悩まされていた。

 それを哀れに思われた聖女様はその慈悲を以て断腸の思いで治癒の優先順位を定め、綱紀を改められたのである。

 

『お姉様ぁ聞いて下さる?お姉様が魔法の覚えが悪いからわたくしが辛く当たっている……だなんて根も葉もない陰口が広がっているみたいなの。わたくしが日々どれだけ悲しい思いをしてるか分かっていただけるかしら?わたくしはこんなにもお姉様の事を愛してますのに。

ところで今度の魔獣討伐の遠征にお姉様も推挙しましたの。くちさのない奴らを一緒に見返してやりましょう?可愛い妹の頼み、叶えてくださるわよね?

ほら、今日も魔法の練習に付き合ってあげる♪嬉しいでしょう、大丈夫よ家族だもの……どれだけ怪我しても治してあげる』

 

 一族の恥さらしとまで陰で囁かれている姉君を、聖女は決して見捨てなかった。仲睦まじく共に修練されている姿は王都ではよく見られる光景である。

 聖女の治癒能力は凄まじく、どれ程の傷であろうとも治せるのだ……たとえ手足が吹き飛んだとしても。

 

『ああ、わたくし魔獣の群れに囲まれて怖くって……ショックのあまり聖騎士の皆さんまで巻き込んで魔法を撃ってしまいましたの。すぐにでも治療して差し上げたいのだけれど、残念ながらお姉様を治したからもう力が残ってなくって……ふふ、安心してわたくしは皆様のお陰で大丈夫よ。みんな傷一つなく帰れますわ。

ああ安心したら何だかお腹すいたわ。甘いものが食べたいの、なにか作って下さらないお姉様?え?いいのよ放っておいて、だってわたくし達の盾になるのが聖騎士のお役目だもの。そうでしょう?』

 

 騎士の役目とは貴族が魔法を撃つまでの時間を文字通りその命を投げ打ってでも稼ぎ守り抜く事だ、これこそが誇りである。ましてや聖女を護る為だけに選抜された聖騎士ともなれば失敗は許されない、その役目を十全に果たせなれば見捨てられても仕方ない。

 にも関わらずその慈悲を以て彼らの命とその献身を讃えられたのである。

 

 

 ───この様に枚挙に遑がないほど聖女を称えるエピソードは巷に溢れ辺境の地にも轟いている。回想を終えたミナはステラに見えない様に空を見上げバレないようにため息を吐いてから、引き攣りそうになる口元を抑えギュッと堪えた。

 

(まあ全部嘘なんですけれども……)

 

 傍で本当の出来事を見ていたミナだけはステラの本心を分かっている、というか本人が嬉々として語ってくれたりしたからそれはもう知りたくもなかったけれど知っている。

 

 メイドは歩く邪魔になったからイジメただけ。

 鼻を蹴り上げたのもワザとだし、いい気味だったとケラケラ笑っていた。

 

 移民への死刑命令を下したのは他ならぬステラだ。

 数日後には忘れていたほど関心がなかった。

 

 治療対象者の優先順位は寄進した金額の差で決めた。

 分け隔てなく治癒すべきだと諌めてきた者の行方を知るものは、誰も居ない。

 

 姉の特訓はストレス発散も含んだ打算的なものである。

 歪んだ愛憎を向ける姉への仕打ちは一部の者たちには良く知られている。

 

 魔獣を騎士ごと纏めて吹き飛ばしたのは完全にワザとで治癒力は少しも問題なかったが、面倒くさかったので後回しにしただけ。

 

(ここ数年のお嬢様は、その……とても気難しい方でいらっしゃいましたものね。私の知らない所で何をどれだけやったかは想像すら出来ないけれど)

 

 上手く言葉を濁しているが、本音を言えばとんでもない人格破綻者だったなぁ……と思うミナであった。

 なにせ軽く思い出しただけでこの有様なのである。

 よくもまぁここから改心して真人間に戻れたと感心するばかり、何なら最初の2ヶ月ぐらいは新手の罠か何かでマトモになったフリをしているだけだと思っていたぐらいには苛烈な性格だった。

 流石に今は毎晩の様に枕で声を押し殺しながら奇声をあげ、自分のしてきた事ややらかした事を叫んではベッドの上をゴロゴロとのたうち回っている姿を見ては信じざるを得なかった。

 

 結論としては、本当に良かった。

 あのまま成長していけば何処かでタガが外れて暴君となっていただろう事は想像に難くないのだ、今では自分の黒歴史に精神を苛まれ続けているので被害者も少しは報われる事だろう。

 今更昔のことを後悔したとしても、既に何もかもが手遅れである……という事実から目を背けたらの注釈がつく結末なのだが。

 まあ、良かったのだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!どんな顔して王都に戻れば良いって言うのよ!!特にお姉様には会いたくないぃ、気まずい…………いや改心したから私はもう悪くないのでは?」

「それを皆様に直接言われてみては?」

「うばぁああああ無理いぃいいい!!!」

「はしたない悲鳴はおやめ下さい、誰かに聞かれたらどうされるのですか?」

「ころ、こっ、ここ殺して!いっそ殺してぇえええええ!!いや、殺す!皆殺しにしてやるぅ!!」

「お嬢様が本当に本気になったら人類絶滅しちゃいますからやめてくださいね〜」

「頭撫でるな!撫で、撫……ぁぁぁ〜…………うぼぁ(限界)」

 

 正気に戻った事を少しだけ後悔したステラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ステラ・ルミナリア
称号:星辰の聖女
年齢:14 身長:145 体重:ミナよりは軽い
髪色:黄金 瞳:碧眼
魔力資質:星
魔力量:?????
祝福:星辰の加護
好きなもの:褒められること ドレスや宝石 家族
嫌いなもの:過去の自分 異国民 頭の悪い民衆

結構好き放題にやらかしてきた過去を持つ、ある日突然正気に戻ったがそうでなければあと数年で神の祝福が無くなりザマァされてたかも知れない系聖女。



ミナ・ルシオラ
称号:聖女の従者
年齢:14 身長:151 体重:ステラよりは重い
髪色:薄い青 瞳:茶色
魔力資質:水
魔力量:48(平均を100とした時)
祝福:なし
好きなもの:お嬢様 家事全般
嫌いなもの:理不尽な人(お嬢様を除く) 横暴な人(お嬢様はry) 暴力的な人(おry)

ステラの専属侍女として奉公している子爵家の娘、彼女が色々な理不尽に巻き込まれなかったのは家族同然に育ってきたからである。
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