劇場版プロジェクトセカイ:PSS異伝『Lamenters』 作:唯尊
雨上がりの夕日の中、宮益坂女子学園に通う高校生、星乃一歌は幼馴染の三人の少女と共に自宅への帰路に着いていた。
「雨、上がってよかったね」
「うん、傘持ってなかったから助かったよ」
ミルクティーピンクに近い色の髪を右側のサイドテールにした温厚な少女、望月穂波が笑顔で言い、一歌がそれに同意を示す。
「その時は、購買で買えばいいんじゃない?」
「う〜ん…、余分な傘が増えちゃうのもな〜…」
隣を歩く銀髪翠眼の小柄な少女、日野森志歩からの提言に穂波は少し考える素振りを見せる。
「…それにしても、ここ最近学校に来ないよね、理雄先生」
ふと口にした一歌の一言に、志歩が反応する。
「まぁ、教師って言っても客員講師だし、本職の方が優先らしいから……別におかしくはないんじゃない?」
いつも通りのクールな反応に見えるが、その表情はどこか寂しそうだった。
「ふふふ、志歩ちゃん、理雄先生の授業だといつも以上に真剣になるもんね?」
「べ、別にそんな事……」
穂波に優しい微笑みを向けられ赤面する。
「う〜ん…」
そんなやり取りをしていると、一歌は自分の前を歩く幼馴染が挙動不審な行動に及んでいる事に気付く。
「咲希、どうしたの?」
「昨日、この辺で猫ちゃん見たんだよね」
ピンクのグラデーションが掛かったくせ毛気味の金髪をツインテールにした色白の少女、天馬咲希はそう言ってキョロキョロと辺りを探すように視線を巡らせる
「野良猫?」
志歩からの問いに「多分…」と答える。穂波も視線で探してみるが「今日は……いないみたいだね」と口にする。
「あ〜あ、せっかく猫ちゃんの為に煮干し買って来たのにな〜…」
残念そうに言いながら、咲希は鞄から煮干しがギッシリ封入された袋を取り出す。
「…袋ごとッ?」
「そんなに沢山は、猫ちゃんも食べられないんじゃないかな…」
志歩が思わずツッコミを入れ、穂波が苦笑気味に尤もな事を言う。
「え〜!?でも、お腹空いてるかな〜とか、他の猫ちゃんも来るかな〜って思ったんだもん!」
「それにしたって多すぎ……」
まぁ、咲希らしくはあるか……と小さく溜息を吐くと、咲希は「ん〜…」と煮干しのパッケージを見つめながら考える間を取ると、「皆んな食べる?」と提案してくる。
「わたしは大丈夫」
「私もいいかな…」
穂波がやんわりと、一歌が苦笑気味に断りを入れる。それに対して志歩は「じゃあ、貰う」と小さく手を挙げた。
「さっすがしほちゃん!そうこなくっちゃ!」
意外にもノリの良い志歩に咲希が上機嫌になる。煮干しの袋を差し出そうとした時、咲希の動きが止まる。
「……あれ?あそこにいるの、アニエス先輩じゃない?」
咲希が指し示した方向を見ると、確かに自分達の後方から宮女の制服に袖を通した女生徒が歩いてくる。綺麗なプラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳、雰囲気や佇まいの全てに気品が見られ、まるで異世界モノのファンタジー小説から飛び出して来たお姫様のようだった。彼女の一挙手一投足は非常に鮮烈されており、街を歩く者達が思わず二度見してしまうほどの美人である。
「ハァ………あら?」
なんだか妙に疲れている様子のフランス人少女は、距離が縮まった事で此方の存在に気付く。
「アニエス先輩〜!こんにちは〜!」
咲希が元気よく挨拶すると、その笑顔に当てられたのか、宮益坂女子学園高等部二年生、アニエス・バシュラールは少しだけ表情に活気を取り戻し、咲希達の所へやってくる。
「こんにちは、皆さん」
ニコリ、と花が咲き誇る様な笑みを浮かべながら挨拶を返してくる。とても優雅で、可憐で、息を呑むほどに美しい。挨拶一つでここまで圧倒してくる人物など、そうはいないだろう。
「こ、こんにちは。バシュラール先輩」
一歌を皮切りに、他の二人も「どうも…」「こんにちは。先輩も今お帰りですか?」と一礼する。
「はい、これから事務所のスタジオでチームの皆んなとレッスンがあるんです」
アニエスは8人組の女性で編成された、メインダンサー&バックボーカルグループ『Cobalt blue』のメンバーの一人だ。ボーカルが歌い、ダンサーが踊るというスタイルを基本としながら、曲ごとにセンターが変わる高いエンターテインメント性と、驚異的と言えるメンバー達の身体能力が生み出す圧巻のダンスパフォーマンス、そしてメンバー全員の凄まじいビジュアルの良さにより、つい最近プロデビューしたばかりにも拘らず、あっという間に国内外で高い評価を受けるようになっていた。映画やドラマのオファーも来ており、その成長と人気ぶりはかつての国民的アイドル、桐谷遥の全盛期にも匹敵する程だと言われている。
「昨日もSNSで見ました!シブヤの夜の街でアクションシーンの撮影してたって!アレって灯華ちゃんですよね!?」
「ア、アハハ…、まぁそうですね…。まだ詳しい事は話せませんが…」
興奮気味に目をキラキラさせる咲希に対し、アニエスは引き攣った笑みを浮かべる。どうやら昨夜の忍者じみた曲芸をSNSに投稿していた者がいたらしく、既にファンの間では映画かドラマの撮影の一環だと思われてるらしい。
「咲希ちゃん?気になる気持ちは分かるけど、バシュラール先輩が困ってるし、あまり根掘り葉掘り聞くのは良くないよ?」
「あ、そうだね……。ごめんなさい!」
隣から穂波にやんわりと注意され、咲希が謝る。
「いえいえ、こうしてファンに気になってもらえるのは嬉しい事ですから」
気にしてない、と微笑を浮かべながら首を小さく横に振る。
「なんだかお疲れの様ですけど、もしかしてその撮影がハードだったから、とかですか?」
興味を持ったのか、一歌が会話に混ざってくる。
「いえ、昨日は確かに大変でしたけど、実はその仕事で少し失敗してしまいまして…」
苦笑するアニエスに対し、一歌が「そ、そうでしたか。なんかすみません…」と気まずそうに頭を下げてくる。
「フフフ、星乃さんが謝る必要はありませんよ。それに、可愛らしい後輩の眩しい笑顔を見れたおかげで、少し元気が出て来ましたから」
推しの一人から感謝され、咲希が「えへへ…」とはにかむ。
「ところで、皆さんはこんな場所で何を?」
「実は、昨日この辺に居た猫ちゃんに煮干しをあげようと思ったんですけど、見当たらなくて…」
咲希が少しションボリした様子で煮干しの袋を見せる。
「猫ちゃん、ですか。それは残念でしたね…」
「あ、よかったら先輩も食べますか?」
差し出された煮干しの袋を前に、アニエスはやや黙考した末、「…頂きます」と言いひとつ受け取って口に入れた。瞬間、翠玉の双眸が見開かれる。
「これは……!初めて食べましたが、中々に味わい深いモノですね…」
「でしょでしょ!?気に入って貰えると思ったんですよね〜!」
その後、歩道橋の上で『TOKYO MALL』と書かれたショッピングモールの手前でアニエスと分かれる。
「では皆さん、また明日」
「はい!先輩もまた明日!」
咲希が笑顔で見送った後、一歌達『Leo/need』もその場でそれぞれの帰路に着き、志歩が最後に全員を見遣る。
「じゃあ、夜に…」
「「「うん、『セカイ』で!」」」
志歩がバス、穂波が電車で帰宅する中、徒歩で自宅を目指していた咲希は途中、路上で昨日目撃した野良猫とばったり遭遇する。
「ニャウ〜…」
全体的にずんぐりとした体型の猫は、不機嫌面のまま咲希を睨んでいる。咲希が足を使って鞄から煮干しを取り出そうと難儀してる間に、デブ猫はその場から走り去ってしまう。
「あ、あッ…、あぁ〜〜!!」
咲希の悲痛そうな叫びに見向きもしない、今日こそお近づきになれると思ったのに……、とガックリ項垂れる咲希だったが、それから数十秒もしない内に、先程の野良猫が曲がり角から再び姿を現す。-----------宮女の制服を着た同級生の少女に抱えられながら。
「え……りゅーちゃん!?」
相手の顔を見た瞬間、咲希が驚いて声を上げる。腰まで伸ばした
「…私の事をそういう風に呼ぶのは、貴女だけですね。咲希ちゃん」
「あ…、ごめん!嫌だった?」
両掌を合わせる咲希に対し、咲希と同じクラスに所属するウクライナ人美少女、リュドミラ・ロスティスラーヴィウナ・シュヴェーツィは緩く首を横に振る。
「そんな事はありません。むしろそう呼んでくれる友達は少ないので、私としても新鮮な感じがして嬉しいです」
表情を柔和なモノに変えて微笑を浮かべる。転校初日こそ周りから『怖い』という印象を持たれていた彼女だが、物腰は柔らかい方なのか、数日としない内にクラスのメンバーとは打ち解け、今はそれなりに仲良くやっている。どこかのお嬢様なのか、話し方や他人と接する時の態度が丁寧で、所々に育ちの良さが窺える。
「それより、さっき道を歩いていたら、急にこの子が私の方に飛びついて来たのですが…」
そう言いながら胸の辺りで抱き抱えた野良猫に視線を落とす。小娘にあっさりと捕まえられたのが気に入らないのか、ブスッとした表情のまま、リュドミラ----------愛称"リューダ"にされるがままになっている。
「そうだったそうだった!はい、煮干し食べる?」
本来の目的を思い出した咲希が鞄から煮干しの詰め合わせを取り出し、嬉々として野良猫に差し出した。
-----------プイッ!
仏頂面のまま思いっきりそっぽを向かれた。
「あぅ〜〜……」
煮干しを拒絶され、残念がる咲希。そんな少女と猫のやり取りを見て、リューダは状況が分からず首を傾げた。
咲希達と分かれた後、一歌が向かったのはとあるCDショップだった。『ボーカロイド』と書かれたコーナーで気になる曲がないか探していると、隣から見知った顔の少女が現れる。
「------あれ、星乃さん?」
誰かと思えば、自分と同じ宮女に通う上級生、
「籏野先輩!」
「シーッ、声が大きい…!」
慌てて口を抑える。幸い、誰にも聞かれなかったのか、有名人がこの店を訪れている事を察知した者はいないようだ。
「すみません……でも、どうしてここに?」
声のボリュームを落とし、小声で尋ねる。
「練習までまだ少し時間があるから、息抜きがてらにミクの新曲でも聴こうと思って。隣、いいかしら?」
「えぇ、もちろん」
一歌と同じように目ぼしい作品を探し始める。稜稀は自分と同じくミクとボーカロイドのファンであり、少し前からこうやって互いの趣味を共有する時間を持つようになった。
CDが敷き詰められた商品棚をじっくりと見定めていると、不意に稜稀の携帯から着信音が鳴らされる。稜稀が制服のポケットから端末を取り出し画面を確認した。
「理雄先生からのメールだ……。『フィリピンでの仕事がキツイ』ってボヤいてるわ」
意外な人物の名前が出て来た事に少し驚く。
「えッ、フィリピンって……海外って事ですか!?」
「店内では静かにね」
思わず声量が増してしまい、再び口元を抑える。
「そういえば、あの人から海外に行くって聞いてなかったんだっけ?」
「は、はい。初耳です…」
通りで最近見ないと思っていたら、まさか日本から出ていたとは……本職の方はかなり危険な仕事だと聞いているが、大丈夫だろうか…。
「理雄先生も気配りの出来ない男よね。いつも世話になってる生徒にくらい、仕事の行き先を教えてあげてもいいのに………。だから自己中呼ばわりされるのよ」
「べ、別にそんな事は……」
「いーのよ、事実だし。……そうだわ、せっかくだし『私の後輩が心配してるわよ。連絡くらいしてあげたら?自己中教師』ってメール送るわ」
「えッ?ちょっと…!」
一歌が止める暇もなく、嫌味な内容のメールが稜稀によって送信される。
----------だ、大丈夫かな……。
内心ハラハラしながらメールの返信を待っていると、意外にもすぐに返事が返って来た。二人でその内容を確認すると、こう書いてあった------。
理雄『黙れ毒ヘビ女、自分の毒で脳味噌腐らせて死にやがれ』
……なんか大分ひどい事を書かれていた。チラリと稜稀に視線を向けると------。
「な、なんて辛辣な!あぁ…!でもそれがすごく良い!とても胸がトキめくわッ!」
目をキラキラと輝かせながら悦んでいた。喜悦の走った笑みを浮かべながら童女のように感激し、興奮している。
………そういえばこの人、理雄先生から罵られるとこうなるんだった。
他人の趣味や性癖に口出しする気はないが、誰かに聞かれて通報でもされたらたまったもんじゃない。店員さんから怪しいモノを見るような眼差しを向けられる中、背中に冷や汗が流れた。
----------そもそも、籏野先輩ってどこで理雄先生と知り合ったんだろ?
宮女に編入する前から理雄とは顔見知りだったようだが、その辺の詳しい経緯は聞いてなかった。……まぁ、志熊理雄という人物自体が謎の多い男ではあるが………その内、話を聞く機会もあるだろう。
興奮していた稜稀がようやく落ち着くと、その後は二人で大人しく趣味の時間を堪能する。
……一瞬、店内の電灯が明滅した。
「……?」
電気系統の不調だろうか、と天井を見上げたが、すぐに視線をCDに群れに戻す。試しにすぐ手前に置かれたCDケースを手に取り、表面のジャケットを見つめていると------。
「……〜♪------」
最初は、気のせいかと思っていた。だが徐々にミクの歌だと理解し、自然と目を閉じて聴き入ってしまう。
「この曲、初めて聴くな…」
そんな感想を口にした直後、少し離れた所から「うぉッ」と驚く声が聞こえる。視線を向けた先には、神山高校の制服を着た男子高校生が店内でMVを流すモニターを驚愕の表情で凝視していた。負傷しているのか、彼は上から学校指定のブレザーを着用せず、右腕をアームホルダーで吊り下げていた。
「どーしたー?」
隣から友人らしき男に声をかけられると、「見ろよコレッ」とモニターを指差す。
しかし、友人からは普通にMVを流す店内モニターにしか見えない。今流しているのは、ボカロの『君恋クエスト』だった。
「ん……、コレが……何?」
「なおっ……た…?」
本人も訳が分からない様子だった。友人から肩を叩かれながら「お前疲れてるんだよ」と励まされ、「カラオケでも行こうぜー」と誘われる。「あ、あぁ。そうだな…」と困惑気味にその後ろからついて行く。
「それいつ治んの?」
「あぁ……3ヶ月」
「なら大会間に合うじゃん」
「いや、でも…」
二人がエスカレーターへ向かう最中、一歌はそのモニターの前まで立ち寄ると、手前に置かれたCDケースを興味深げに見つめる。
ふと、視線を上に上げると----------。
『…………』
「…………」
モニターからなんか出ていた。ニュッと飛び出していた。先程の二人を心配そうに見つめている。不意に視線が合ったが、特に気にする事なく、一歌は視線をCDに戻す。ミクも二人の方に視線を戻す。
……………数秒後、それが初音ミクである事に気付く。
「------ミクッ!?」
『ふぇッ!?』
『×』印の髪飾りに全体的にグレーのコーデ。一歌が知るミクとはまた異なる容姿だが、長いブルーグリーンの髪をツインテールにした特徴的な姿は、間違いなく『初音ミク』のソレだった。
驚いて画面の向こう側へと消えてしまうミク。元のMVを流し続けるモニターを、一歌は呆然と眺めていた。
「今のは……」
その時、背後からガチャガチャと喧しい音が鳴る。振り返れば、幾つかのCDケースをまとめて取り落とした稜稀が立っていた。
「……………」
無言のまま、先程ミクが出ていたモニターを見つめている。
もしや、稜稀もあのミクを目撃したのだろうか------?
「あのッ、先輩もミクを--------」
最後まで言う前に、一歌は続きの言葉を失ってしまった。稜稀は現在、今まで見た事ないくらい強張った表情をしている。先程までの比較的柔和な雰囲気が一瞬にして消え去り、殺気の混じった冷たい気配がこの場を支配する。
「……悪いけど星乃さん、私は先に失礼するわ」
「え…?」
「そろそろ練習に向かわないと、遅れたら仲間に迷惑が掛かる。じゃあ、また明日…」
別人のようになった稜稀に気圧されながら、一歌は二年生の先輩が去る姿を見送る。不意に、一歌は既視感を覚えた。
「アレって……理雄先生と同じ…?」
かつて、幼馴染の一人が囚人服の男に捕えられ、人質にされた事があった。その時に身を挺して助け出したのが、自分達の恩人であり教師でもある志熊理雄だったのだが……。
--------さっきの目、あの時の理雄先生と同じだった気がする…。
まるで、地獄の底を覗き込んだ様な……。圧倒的な恐怖と絶望、そして--------絶対的な殺意と暴力に全てを支配され、生を徹底的に否定する冷酷な瞳は、亡者とも死神とも取れる不気味な眼差しだった。
一歌はソレに対し、ただひたすら恐怖を感じた。本能的に理解できる。アレは自分達と同じ人間ではあっても、間違いなく自分達とは違う存在---------異なる世界の住人なのだと。
そして、またセカイが"闇"で満たされる---------。