劇場版プロジェクトセカイ:PSS異伝『Lamenters』   作:唯尊

6 / 10

 ※本作はPSS本編よりも音楽要素強めです。なお、本文に出てくる楽曲は既存の物を引用していますが、設定上はストーリー内に登場するユニットのメンバーが作成した事になっています。


第5話 Phantom Aggressor

 

 料金の支払いを済ませ、最新の設備が整ったジムで無心にトレーニングに打ち込んだ後、シャワーを浴びて外に出た頃には、既に日が落ちていた。

 

 マニラの夜の繁華街は、単独行動を避け、スリや置き引きといった軽犯罪にさえ注意すれば誰でも楽しめるが、理雄は下戸で他に誘う相手もいないので、バーや風俗店には近寄らず真っ直ぐ宿舎に向かう。

 

 鬱陶しい客引きやストリップクラブの女を無視し、ネオンの光に溢れた歓楽街をようやく出た所で、ふと日本語の歌が聞こえてくる。

 

 聴き覚えのある曲に視線を巡らせていると、路地の少し開けた辺りに20〜30人くらいの人集りが出来ていた。どうやらそこが演奏地点であり、観客は現地人から海外の観光客と様々で、かき鳴らされるギターの音色に皆が聴き入っていた。

 

 理雄が近づいてみると、耳から入った旋律が曲の特徴を把握する。早口で畳みかける独特のボーカル、音程が大きく跳躍する中毒性の高いサビ、疾走感あふれる変態的なバンドサウンド。……そして何より注目すべきは、重厚かつ複雑なギターワークをたった一人で難なくこなす、演奏者の並外れた腕前だった。

 

 ……自分が知る限り、こんなハイレベルなマネが出来るのは一人しかいない。

 

 人混みの中に紛れながら、路上ライブを敢行する者の姿を確認する。そこに居たのは、藍色のやや長い髪を後ろでまとめた小柄な男だった。

 

「『ホップ・ステップで踊ろうか 世界の隅っこでワン・ツー ちょっとクラッとしそうになる終末感を楽しんで』」

 

 マイクスタンドを前に、ギターを弾きながらサビのパートを堂々と完璧に歌い上げる若い男----------蒼部龍一郎は、かつて元の世界で高校生の身でありながら、一流のプロアーティストとして名を馳せていた過去があり、その凄まじい実力は正に天賦の才と言えるもので、機動部隊員となった今でも、その技量は衰える事なく、聴く者を圧倒する神懸かった演奏を披露する。

 

 『ワールズエンド・ダンスホール』……理雄達ジュリエットチームの8名で結成されたバンドユニット、『Phantom Aggressor』により作詞、作曲された曲だ。

 

 一ヶ月前、この世界に派遣されてから、各メンバーが新しい生活に慣れ、今後のチームの方針と決意が固まった頃、ある出来事をキッカケに、自分達は戦闘だけでなく、プロバンドとしても活動する事となった。

 

 無論、コレはれっきとした財団の職務であり、ジュリエットの他にもアルファ、ロメオ、ヴィクター、ウィスキーが同様の任務を命じられている。

 

「『パッとフラッと消えちゃいそな 次の瞬間を残そうか くるくるくるくるり 回る世界に酔う』」

 

龍一郎の演奏技術と歌唱力は、『Phantom Aggressor』の中ではダントツだ。ボーカルだけなら信孝も引けを取らないのだが、歌唱・作詞・作曲・編曲・演奏・エンジニアリングまで全てを一人でこなしてしまうのは、やはり彼の才能が本物だからこそ成せる業であり、素人兼凡人の理雄達では、逆立ちしたって叶わない圧倒的な実力差が存在した。

 

 故に、『Phantom Aggressor』では龍一郎が音楽の先生を務め、チームで時間を作っては練習に励んでいる。

 

「----------Salamat sa pakikinig!(聴いてくれてありがとう!)

 

 やがて、演奏を終えた龍一郎がタガログ語で観客に一礼し、周囲から歓声と拍手が湧き上がる。

 

 すこし時間を置いて、群衆が散り散りになっていくのを見計らい、マイクスタンドを片付ける龍一郎の元へ近づく。

 

「------本当にとんでもない腕ですよね、リューさんは」

 

彼の愛称で呼ぶと、向こうも此方の存在に気付く。

 

「理雄!わざわざ聴きに来てくれたのか?」

 

 この世界で新しく買い替えたギターをケースに仕舞いながら笑顔を向けてくる。可愛らしい顔に見合わず、声は伸びと張りのある低めのテノールなのが一番の特徴だった。

 

「えぇ、まぁ…。ジムの帰りにたまたま寄っただけですけど」

 

「ハハハ、何だっていいさ。それより、他の連中は?」

 

「宮崎はマッサージ店。残りは各自で自由行動です」

 

「……そのマッサージ店って風俗エステか?」

 

「アイツが普通のマッサージ店なんて行くと思います?」

 

「ハハハ、違いない」

 

二人して笑い合う。今頃、信孝はフィリピンの綺麗なお姉さんにあんな所やこんな所を揉みに揉まれて絶頂しつつ、財団の経費で色んな追加サービスを注文している真っ最中だろう。

 

「------それよりさっきの曲、『ワールズエンド・ダンスホール』でしょ?本来なら四人で四本のギターを演奏するのに、全部のトラックを一人で同時にやるなんて……、やっぱりリューさんは変態ですよ」

 

 理雄の感想に対し、龍一郎は誇らしげに笑う。

 

「変態上等ッ、ついでに、俺の12歳〜18歳の美少女に対する性的な欲求衝動もな」

 

「それは法に触れるからマジでやめて下さい。本気でッ!」

 

 昔から気になった女子中学生や女子高生を片っ端からナンパし、ホテルや自宅に連れ込んでは、衣服をひん剥いてベッドに引き摺り込むという、とんでもない性犯罪者っぷりを発揮するこの男のせいで、理雄達ジュリエットチームは周囲の財団職員から『ジュリエットの"J"は"JCかJKしか性的対象にならない人種で構成されたチーム"のJだ』という不名誉な渾名を付けられてしまっている。

 

 因みに、チームメンバーに対しては個別に英牙が『精神年齢14歳児』、初雪が『ツンデレのおっさん』、悟が『天然正義野郎』で悠間が『むっつりスケベ』、信孝は『変態仮面』、龍一郎が『ロリコンドラゴン』、向一が『陰キャ型ターミネーター』と呼ばれ、理雄に至っては『陰険顔』と『淫獣』の二つの渾名を頂戴している。

 

「…リューさん、アンタのストライクゾーンに口出しする気はないけど、手を出すならせめて18歳以上にして下さい。これ以上警察沙汰や訴訟沙汰になったらチームが潰されます。そうじゃなくても留置場からリューさんを引き取りに行くの俺なんですよ?この間も中学に上がったばかりの女の子をホテルに連れ込んで抱いて警察に捕まったでしょ、あの後留置場に引き取りに行ったら、顔見知りの警官から唾を吐きかけられたんですよッ?どうしてくれるんです!」

 

「あぁ、あの子胸は小さかったけど脚は長かったし金髪の白人美少女というレアな存在だったからな。同級生の銀髪白人美少女も誘って朝までガッツリしっぽり3Pしてたよ」

 

「アンタ人間のカスだなッ!」

 

「安心しろ、二人には人生最高レベルの絶頂と快感をプレゼントしてやったよ。金髪の子は素直に甘えてきてくれたし、銀髪の子は最初こそ恥ずかしがっていたけど、最後は二人とも嬉しそうな表情で気持ち良くなっていたよ。俺はな、嫌がる相手を無理やり犯す趣味はないんだ、成人前だろうが小学校卒業したばかりだろうが、性に目覚めてさえいれば誰だろうとイかしてやる自信がある。あぁでも、ベッドの上で仲良くなった子と連絡先交換しても、その後すぐに財団から削除するよう命令されるし、接近禁止命令も喰らうから、二度と会えなくなるのは残念だけどな。それが一番辛いよ。ファハハハハハハハ!」

 

 理雄は絶句した。これまでに何度も財団の法務局や倫理委員会から警告を受け、司令部からも懲罰を受けているというのに、この男はどこまで業を重ねれば気が済むのだろうか。

 

「あ〜、あの子達今頃何してるかな〜。デートの約束した子もいるのに……、残念がってるだろうな〜…」

 

「……リューさんの未成年の少女に対する執着はどこに根があるんですか?」

 

「小6の頃、同級生に可愛い子が居てな、仲も良かったからその子の家で一緒に遊んでいたら、つい盛り上がってヤっちゃったんだよ。その時の思い出が今でも忘れられないせいだ」

 

 聞くんじゃなかった……。

 

 理雄は盛大に溜息を吐くが、こんな人間でもイラクで民間人を射殺した民間軍事会社(ブラックウォーター)の警備員と比べれば遥かにマシだった。財団の中には自殺志願者や死刑囚で構成されたDクラス職員じゃなくても、そういった頭のおかしい職員がわんさか存在している。特に理雄達の世界では、マトモな財団職員の大半がアルギュロス戦争で死んでいるので、現在残されているのは行き場のない憎悪や復讐心に囚われ、殺意を持て余した差別主義者や犯罪者紛いの連中ばかりだ。

 

 ………正直、この世界に派遣されたばかりの頃は、『これで暫くはあの世界に戻らなくて済む』という安堵感さえあった。

 

「……そうだ、これから時間あります?出来れば『セカイ』の方で練習に付き合って欲しいんですけど」

 

 無理にでも話題を変える。

 

「え?俺これから現地で知り合った15歳の女の子と遊びに行くんだけど、ホテルにも行く予定だけど」

 

「いい加減にしろ変態ッ!」

 

思わず先輩相手にタメ口で怒鳴ってしまった。

 

「冗談だよ、まぁ今日は無理だが、お前は見所があるから明日みっちり扱いてやる」

 

カラカラと笑いながら収納を終えたギターケースを背負う。

 

「俺はピアノの心得は多少有りますけど、ギターは完全な素人でしたから……。正直、たった一ヶ月でよくプロデビュー出来たなと思いますよ。リューさん一人ならともかく」

 

 最初はインターネット上で顔を隠しながら活動していたが、瞬く間に若年層を中心とした大勢のファンを獲得した。最初は英牙をはじめとしたベテラン勢から『戦闘員が銃じゃなく楽器を弾くのはどうなんだ?』と疑問を持たれたが、機動部隊の任務はアノマリーの確保と収容である。何も銃撃戦だけが仕事じゃない---------。そう説き伏せられた後は、いつも通りの任務と同じように真剣に練習に挑んでいた。その甲斐もあったのか、暫くしてシブヤの音楽事務所に声をかけられる様になり、機密保持の観点から『財団のフロント傘下にある事務所』へと所属する運びとなった。

 

「いやいや、皆んなにはそれぞれの才能がある。向一は音痴を改善しつつあるし、初雪(副長)はベースの扱いなんかが上手い。……俺の指導だけじゃなく、お前ら自身に素質があるからこそ、こんな短期間で一気に成長出来たんだ。……お前は頑張ってるよ、理雄」

 

肩に手を置かれ、ここまでの努力を評価される。性癖に問題があるとはいえ、一流のスナイパーであり、一流のミュージシャンである龍一郎に褒められるのは素直に嬉しかった。

 

「------じゃ、明日の練習は全員でやるぞ。……『セカイ』で」

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼----------。

 

人目のない路地裏に入ると、そこでスマホの『Untitled』と表示されたアプリを起動する。刹那、アプリから『Phantom Aggressor』の曲である『ハイゲイン』が再生され、スマホから幻想的に輝く光が溢れ出し、理雄と龍一郎を包むと、二人の姿が現実世界から跡形もなく消える。

 

 気付けば、先程とは全く異なる世界に飛ばされていた。

 

 夕暮れに照らされたコンクリートの街並みは、激しい戦闘でも起きたのか、見渡す限り廃墟が続くゴーストタウンと化しており、まるで自分達以外の生命が存在しないような、ひどく寂しく、されど茜色に染まった美しい景色は何者にも犯し難い絶景であり、正に自分達が見てきた荒廃した世界で、何よりも求めてきた希望の光を目の当たりにしてる様な気分だった。

 

「なんだ、お前らも来たのか」

 

丘の上から『夕暮れのセカイ』を眺めていると、背後から聞き慣れた声がする。振り向いた先には、我等がジュリエットチームの副隊長、小坂井初雪が自身のベースのチューニングを行っている所だった。中背より少し高い程度の痩せた男だったが、目付きが鋭く妙に貫禄があり、28歳という実年齢よりもプラス10歳上に見えた。

 

 今は日本でリアガード(監督官)としてウィスキーの面倒を見ているが、セカイではどこにいようと、こうして同じ場所で繋がれる。

 

「リアガードの仕事はどうです?」

 

「まぁ悪くはないな。新人のガキもこっちの指示はちゃんと理解出来てる。なんで俺に任せたのかは未だに解せないが」

 

 理雄に尋ねられ、初雪は仏頂面のまま答える。

 

「お前以外にやれる奴がいないんだよ」

 

別の声が聞こえてくる。見れば英牙をはじめ、他の5人もたった今セカイに来た所だった。

 

「俺が子供苦手なの知ってんだろ」

 

「謙遜だな、お前が一番向いてるに決まってる」

 

「龍一郎にやらせればいい」

 

「前回それやって大惨事になったろ。忘れたのか?」

 

「あぁ、宿舎で寝てるアニエス達に夜這いかけようとしたら、手足をへし折られて顔の形が変わるまで殴られた挙句、ドラム缶に詰め込まれて東京湾に沈められかけたんでしたっけ?」

 

初雪と英牙の会話に理雄がニヤニヤしながら割って入る。

 

「だったらロメオの連中にやらせろ」

 

「そんな事したら死人が出る」

 

「っていうかシブヤの街が明日にでも焦土と化しますよ」

 

「理雄、その冗談は割とマジで笑えないぞ」

 

 そんな会話を続けていると、夕陽を背に一人の少女が歩いてくる。初音ミクだ。財団のシンボルマークを付けた白衣を身に纏い、その下は黒のショートパンツとタイツにブラウス。髪型はよく知るツインテールだが、なんだか擦れた目をしている。

 

『…皆んなが揃ってセカイに来るの、なんだか久しぶりな気がするわ。練習?』

 

ボーカロイド特有の機械じみた声で視線を向けてくる。

 

「あぁ、明日から訓練開始だからな。練習はやれる内にやらないと」

 

 悠間がギターの用意をしながら言う。

 

「にしても未だに信じられないな。機動部隊の俺たちがバンドしてるなんて…」

 

 ドラム担当の英牙が呟く。

 

「ですね、最初は一番嫌がっていた人が今やプロのドラマーですから」

 

隣から龍一郎が笑いながらツッコミを入れると、「うるさいぞ」と英牙が返す。

 

「それより、リンはどうした?姿が見えないが…」

 

『「信孝と龍一郎が怖いから」って逃げたわ』

 

ミクがそう言うと、信孝は「チッ、残念だな…」と舌打ちする。

 

 この世界で初めて『セカイ』に入り込んでジュリエットは、初音ミクや鏡音リン、レン。そして数多のバーチャルシンガー達と出会い、この空間が自分達の想いで構築されている事や、想いと音楽が深い関係にある事を知った。ロメオやヴィクターでも同様のセカイが確認されており、財団はこれらをSCPとして認識、仮のアイテム番号と共に特別収容プロトコルが制定され、その結果として生まれたのが『Phantom Aggressor』や『Cobalt blue』といった財団生まれの音楽ユニットだった。

 

「でもプロになれたのはやっぱり嬉しいよ。レコード会社と契約して印税も入る様になったから。稼ぎも増えたし、子持ちの身としては助かるよ。そろそろ新しい家も欲しいしな」

 

「ハハッ、所帯持ちって奴は…」

 

 信孝が呆れた様に苦笑していると、やがて全員の準備が整う。英牙がドラム、初雪と向一がベース、理雄、悠間、龍一郎、悟がギターでボーカルは信孝が務める。

 

「----------今更ですけど、『Phantom Aggressor』って名前考えたの誰でしたっけ?」

 

ふと気になり、理雄が疑問を口にする。

 

「初雪だろ?しかし『Phantom Aggressor(存在しない攻撃者)』って……28にもなって厨二病が治ってないのが一番の驚きだよ」

 

「そうでしたか、可哀想に……」

 

英牙と理雄の哀れむ様な視線に、初雪が憤慨する。

 

「高校時代の話だろッ!それも一年生の時だけだ!………ハァ」

 

 初雪は疲れた様に溜息を吐くと、「……お前ら、シータ-25がいつ創設されたか知ってるか?」と訊ねてくる。

 

「第二次世界大戦中の西暦1944年だろ?確か当時の財団がイギリスの特殊空挺部隊(SAS)を参考にアメリカで作った特殊部隊が原点で------」

 

 信孝の回答が終わるより先に、初雪が全てを話す。

 

「その前身となった特殊部隊の名前から取ったんだよ。このバンドユニットにな…」

 

 初雪以外の全員が初耳だったのか、驚きの表情を見せる。

 

「マジかッ?そりゃ初めて聞いたぜ」

 

驚く信孝を他所に、話を続ける。

 

「まぁ、当時のその特殊部隊には正式な名称がなく、関係者からは『undertaker(葬儀屋)』とか『Ghost Aggressor(幽霊部隊)』とか色々な呼ばれ方をされていたらしいが、戦前の頃から生き残ってきた古い財団職員の一部なんかはこう呼んでいる------」

 

 そして初雪は一呼吸置くと、よく通る低い声で静かに告げた。

 

 

「----------『Phantom Aggerssor』と」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。