劇場版プロジェクトセカイ:PSS異伝『Lamenters』 作:唯尊
フィリピン上陸から二日後の訓練任務初日----------。ジュリエットチームの八人は現地のフィリピン支部機動部隊と共に、朝からマニラにある山岳部にて
一般人がスポーツとしてやる場合は動き易いスポーツウェアにスニーカーだろうが、自分達の場合は足首を固定される上に硬く重たいコンバットブーツにズボン、上半身こそTシャツ姿だがお世辞にも運動向きとは言えない格好だった。
「ハッ、ハッ、ハッ…!」
呼吸法を意識しながら、理雄は目の前の荒れた地面を駆け抜ける。天気は快晴、気温は高く湿度も高い。正に絶好の訓練日和だが、財団の機動部隊員である以上、基礎体力の向上は必須だ。とはいえキツイものはキツイ、山道の起伏や傾斜は比較的緩やかではあるが、上に登れば登るほど足腰に負担が掛かるし、制限時間内に64kmを走破するのは決して容易い訓練ではない。
やがて、山の頂上付近まで辿り着くと、先頭を走っていた英牙が「よし、ここで小休止だ」と足を止める。ランニング開始からここまでで丁度32km。腕時計で時刻を確認すると、決められた制限時間である4時間以内に全員がクリアしていた。クリア出来なかった者はもう一周追加となる。
「ゼェ、ゼェ……、ヒェ〜ッ…!2時間前の時点でとっくに限界だった…!」
荒い息を吐きながら最後尾の信孝がバタリと倒れ、草の生えた地面に顔を沈める。
「酒の飲み過ぎだ。少し自粛しろよ」
「バカ言うな、今まで俺が喰らってきた敵の弾丸が全部綺麗に貫通したのは、体内に満たされたアルコールを嫌って出て行ったからだ。それを身体から抜いちまったら今度こそ俺は死ぬ。弾が埋まったまま大事な血管がやられて死んじまう〜……」
理雄からの助言にうつ伏せのまま答える信孝に対し、全員が苦笑する。
因みに、ランニングは英牙がトップで、その次が向一、悟と続き、理雄はそれまで負けていた雄間を抜かして4位にランクインしていた。
「そういや、理雄はあの子達に連絡しなくていいのか?」
額から流れ出る汗を拭いながら、中性的な顔立ちの落ち着いた雰囲気を持つ美青年、勇刃悠間が尋ねてくる。
「あの子達って?」
「ほら、お前が務める女子校の教え子達さ。『Leo/need』……だったか?この間その子達のライブに誘ってくれただろ?」
その時になってようやく、「あぁ…」と合点がいったように呟く。
「いや、まぁ……急な招集で正直忘れてました。けど俺は客員講師で別に毎日学校に行ってる訳じゃないし、せいぜい一週間かそこらの訓練ですから…。いきなり『本職の仕事の方でフィリピンに行ってくる』なんて言っても驚かれるかなと思って」
「だとしても、シブヤから離れてる事くらいは伝えてやれ。何も言わずに一週間音信不通になんかしたら、その方が心配される」
悠間からの指摘に、理雄はスポーツドリンクの入ったボトルを開けながら少し考える。
「……やっぱりその方がいいですかね?」
「お前と彼女達の関係を考えればな……。っていうかあの子達もそうして欲しいと思うぞ?『Leo/need』に限らず、あの『桐谷遥』っていう子がいるアイドルユニットの子達や、小豆沢……とか言う子もそうだが、皆んなお前の事を好きそうに見える」
「は、はぁ?」
いきなりの事でたじろぐが、悠間は此方の反応を見て呆れたような視線を向けてくる。
「理雄……それ本気で言ってるのか?……いや、まぁ大人としてはそれが一番正しい対応なんだろうな。お前は龍一郎みたいな節操なしでもなければ、悟みたいな鈍感野郎でもない」
「俺なんか今ディスられたか!?」
悠間の背後で会話を聞いていた桜庭悟が絶叫する。薄茶色の瞳を持つ快活そうな男だ。
「お前が鈍感なのは昔からだろ。だから毎回奥さんにヤキモチ妬かれるんだ」
「なんか戦前の頃に流行ったラノベ主人公みたいですね」
横から英牙と向一が口を挟む。「なんだよソレ……」と悟が不満そうな顔をしていると、隣から声がかけられる。フィリピン支部の機動部隊に所属する兵士だ。
『今日は俺たちとの訓練に参加してくれてありがとう。友人である君たちに、是非コレを受け取って欲しい』
流暢な英語で兵士は話す。悟より少し低いくらいの身長に褐色の肌。長きに渡るスペインの統治下にあった影響なのか、彼を含めフィリピン支部の機動部隊員達はスペイン人の血が混じってる様に見える。顔立ちは日本人にも似ているが、彫りが深く目鼻立ちがハッキリしていた。
『これこそ、我が国が誇る最高級の一品だ!』
そう言って麻袋から取り出したのは、500mlはあるガラス瓶に入れられたアルコール飲料だった。だが、ただの酒ではない。
『……おいッ、それ中に詰め込まれてんの……ひょっとして蛇か!?』
悟が戦々恐々とした顔で酒瓶を指差すと、若きフィリピン人兵士はニカッと快活な笑みを浮かべながら白い歯を見せる。
『そうさ、死んでもなお牙を剥くコブラ酒さ!さぁ飲んでくれッ』
笑顔で差し出されるが、ジュリエットの各
『よし!じゃあまずは理雄が飲んでくれッ』
何故か此方に勧めてきた。一応言っておくと、理雄は下戸である。
『本気かッ?コブラって……毒がある!』
『大丈夫さ、毒はアルコールで分解されてるから問題ない。……基本的にはな』
最後の方でさらりと不安になる事を言いながら、『いけ理雄ッ!』と力強く酒瓶を突き出してくる。他のフィリピン人兵士達も『いけ〜理雄!』『リオ!』と囃し立ててくる。もはや退路は絶たれた。覚悟を決めるしかない。
『……あぁチクショウッ!分かったよ!飲んでやるさコブラくらいッ』
威勢よくコブラ酒を受け取り栓を抜いて口をつけようとした直前。
『まぁ待て。ガキがイキがるんじゃない。ここは大人の俺が手本を見せてやる』
横から余裕の笑みを浮かべた英牙にコブラ酒を奪い取られると、座った姿勢のまま一気に飲み干そうとして----------途中で躊躇ったのか、結局ほんの少しだけ口に入れた。そしてゴクリッ…と嚥下する。
『………よし、次は宮崎の番だ』
そう言って隣の信孝に酒を回す。心なしか顔色が真っ青で、額には変な汗が大量に浮かんでいた。
『お前ら見てろ!ジュリエットの
勇ましく豪語すると、酒瓶に口をつけて一気に呷る。周りが『おぉ〜〜』と感嘆の声を上げる中、あっという間に内容物の半分近くを飲み干してしまう。
『ふぃ〜…、見たかッ、俺にとっちゃコブラなんてこの程度………………ゔッ…』
変な呻き声を漏らした直後、信孝が草むらに思いっきり嘔吐した。ジュリエットもフィリピン人機動部隊も大笑いである。
『それじゃあ、最後は我がチームが誇るグレネード野郎に任せるとしよう』
すると、英牙はおもむろに立ち上がり、ランニング中にずっと被っていたウッドランド・パターン迷彩のキャップ帽を脱ぐと、何を血迷ったのか、汗を吸いまくった帽子になみなみとコブラ酒を注いでいく。
その瞬間、理雄は英牙がやろうとしている事を理解してしまった。
『ちょッ!?帽子は勘弁して下さいってッ!!』
『何を言うか。ホレ、俺からの貴重な愛情混じりの酒だ。口を開けろ』
史上最大級に気色悪い台詞を吐きながら、キャップ帽に注がれたコブラ酒を近付けてくる。
冗談じゃない病気になる!----------と上官相手に言える訳がなく、やがて観念したのか、理雄は己の内で荒れ狂う生理的嫌悪感を必死に押し殺しながら、上を向いて口を開ける。直後、酒瓶に残った全てのコブラ酒が口の中にぶち込まれた。英牙のエキス混じりのコブラ酒が喉を通っていく中、理雄の意識は無心の境地にあった。
不味い……。高級ワインと消毒用アルコールの区別も出来ないくらいには酒が苦手だというのに、よりにもよってコブラ酒って…。
独特の生臭さやクセが混ざった味わいに、薬膳的な苦味と野性的な風味……。決して万人受けする味ではないと聞いてはいたが、ハッキリ言ってとても飲めたモノではなかった。
『どうだった?』
なんとか吐かないようにしつつ、最後まで飲み切った所で、龍一郎がニヤニヤしながら感想を聞いてくる。
『…アメリカの
史上最低の酒を口にしてゲンナリする理雄に対し、全員がバカ笑いしていると、少し離れた道から財団の極黒のカラーリングが施された
ビークルには財団の戦闘部隊で採用されているデジタルウッドランド・パターン迷彩の戦闘服を着た将校が二名搭乗しており、降車すると同時に此方に向かって歩いてくる。一人は自分達がよく知る阿嘉慶三郎ニ尉であり、もう一人は大柄な50代前半の白人男性だ。最初は混血のフィリピン人かと思ったが、日焼けして赤くなった肌を見る限り、どうやら純血の白人らしい。
それまで座っていた全員が立ち上がり姿勢を正すと、サングラスをかけた慶三郎はよく通る低い声を張り上げる。
『総員傾注!此方はSCP財団アメリカ本部軍事部門・フィリピン駐留軍のウォスカー・イーガン中佐だ。中佐殿は君達ジュリエットチームとフィリピン支部機動部隊の共同訓練を視察したいとの事で、こうして参られた』
イーガンと呼ばれた佐官はこちらを値踏みするかのような視線で睥睨してくる。
『どうも。……休憩してる最中ですが』
英牙が英語で対応するが、イーガンには先程まで座りながら談笑してる所を目撃されており、『サボっている』と思われたかもしれない。さらに、龍一郎の長髪と向一の髭(何故か最近生やし始めた)を見てあからさまに不機嫌そうな表情になる。
『…もっと早く来ていれば、精鋭部隊らしい場面を見られたのかな?』
皮肉混じりの一言を口にした直後------。
「ゔぉえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェッ…!!」
最悪のタイミングで信孝が勢いよくゲロを吐いた。まだ胃にコブラ酒が残っていたのだろう。位置的にはイーガンに一番近い。
『すみません、コブラ酒吐いちゃいました………けど靴にはかけていませんッ』
キリッとした顔で言う信孝だが、最後の方に『ゲプッ…』と汚い
『……………』
イーガンは無言のまま顔に不快感を滲ませる。隣に立つ慶三郎が死ぬ程気不味そうに顔を俯かせていた。
『これはお恥ずかしい………。あまりタイミングが良くなかったようです』
イーガンは暫し此方を睨んでいたが、やがて何も言わずに踵を返し、ビークルへと戻っていく。ソレを見た慶三郎は「ハァ…」と小さく嘆息すると、此方に向き直る。
『休憩はもういいだろ、日が暮れる前に訓練に戻れ』
最後にそう言い残して、慶三郎も去っていく。
「……コレは後が面倒臭そうだ」
「……だな」
何だか嫌な展開になりそうだ……。走り去るビークルを見送りながら、信孝と理雄が思わず日本語で呟いていた。
案の定、この後の訓練終了後に英牙と慶三郎はイーガン中佐の執務室に呼び出され、一時間に渡って叱責を受けた。
*
「一体何なんです!あのヴィーガンとか言うのはッ」
「イーガン中佐だ。あと声が大きいぞ、日本語でも悪感情を振り撒けばそれだけで印象が悪くなる」
間借りしているフィリピン支部の軍事基地にて、憤懣遣る方無い様子の英牙が怒声を飛ばしながらズカズカと廊下を歩いていく。身長193cm、体重109kgの英牙はただでさえ周囲を威圧する風貌であり、真面目に勤務する現地の軍人達は怯えた様子で英牙から距離を取る。その隣を一緒に歩くのは辟易した様子の慶三郎だ。
「噂じゃ、随分な無能だとか」
「口に気を付けろ曹長。俺も散々説教を喰らってるんだ」
やがて、慶三郎に用意された士官用の執務室へと辿り着く。慶三郎はそのままデスクチェアに座るが、英牙は入り口の前で腕組みしたまま苛立たしげに立っている。
「イーガン中佐からは『ジュリエットは全体的に気が弛んでおり、規律が乱れている』との指摘を受けた」
「は?」
「まず見た目がプロっぽくないらしい。服装や髪型もだ」
あまりにも的外れな指摘に、英牙は思わず失笑してしまう。
「見た目?精鋭隊員に実力よりも外見を重視しろってんですかッ?馬鹿馬鹿しい……、付き合ってられませんよ」
「いいや駄目だ!コレは命令だ徹底しろ曹長ッ!」
突如、慶三郎が態度を硬化させ、口調が厳しさを増す。
「昨夜のシブヤでも、ウィスキーチームが重要目標を誤って殺害しているんだ。前回のメキシコでの任務失敗を含め、上層部からのシータ-25に対する風当たりは強くなっている!『向こうの財団は、協力や支援と言いながら厄介者ばかりを押し付けている』と主張する声まで出ているんだぞ。このままでは『第四次O/D作戦』自体が中止に追い込まれ、お前たちは全員元の世界に強制送還だぞ!」
「……ッ!」
英牙は歯軋りする思いで口を閉じる。元々は自分達をこの世界へと送り込んだ元凶であり、"プルアー"と呼称されるアノマリーの調査・確保及び、別世界における財団への協力を目的にジュリエットチームは派遣されたのだ。だが数週間前にメキシコで実施された『ウィツィロポチトリ作戦』では、要注意団体『アンタレス・ソサエティ』の中枢に位置する人物の暗殺に失敗し、重要目標は初雪の狙撃を逃れ、瀕死の状態のまま姿を消してしまっている。その失敗が現在も尾を引いているのだ。
「それが嫌なら、これ以上、上から目くじらを立てられる様なマネは控えろ!少なくともここいる間はイーガン中佐の言葉が絶対だ。中佐の命令が財団や人類の不利益にならない限りは、必ず従え。『服装を正せ』と言われたら黙って従うんだ!俺も、お前もな」
英牙はガンッ------!と壁を殴りつけると、傲然と鼻を鳴らす。
「分かりましたよ。まずは服装から始めますともッ!」
周りに八つ当たりするかの様に、英牙は慶三郎の部屋から出ていった。