劇場版プロジェクトセカイ:PSS異伝『Lamenters』   作:唯尊

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第7話 黒兎の機械化兵士達

 

 夕刻、英牙が宿舎のホテルに戻ると、理雄がスマホを片手にソファで寛いでいた。

 

「------あ、お帰りなさい。どうでした?」

 

「どうもクソもあるか、中学の風紀委員じゃあるまいし……。見た目が気に食わんとアレコレ言われたよ」

 

「ハハハ。まぁ、そんなトコだろうなと思いましたよ」

 

「何だよ、ひでぇな」

 

 小馬鹿にする様に笑う理雄に対し、英牙が苦い表情になる。

 

「いやだって…、ああいったアホが言う事なんて、大抵くだらない事ばかりですから。向こうもコッチもそういう部分は変わらないんだなって」

 

「あぁそうさ。まったく、信じられない…」

 

 どの世界にも救いようのない馬鹿は残念ながら一定数存在する。英牙が忌々しそうに舌打ちしていると、不意に理雄のスマホに視線が向く。

 

「……で?お前さっきから何してんだ?」

 

「あぁ、コレ?日本にいる稜稀から連絡貰ったんですよ。ホラ、向こうとフィリピンの時差って一時間しかないので、今頃はアニエス達も下校している最中ですから」

 

「……確か、宮益坂と神山……だったか?」

 

「えぇ、宮女が俺の勤め先です。最初、アイツらが宮女に転入してくるって話を聞いた時は驚きましたよ。『年齢的に高校に通っていた方が不自然に見られない』っていう財団の偽装工作は理解できるけど、よりにもよって八人中五人もウチに寄越すとか……。一体どうなる事かと不安でしたが、真面目に勉強して友達も作って……普通の学校生活を楽しんでくれてますよ」

 

「……アイツらの様子はどうだ?」

英牙が気にする様な視線を向けてくる。

 

「皆んな頑張ってますよ。頭は良いし、他の教師や生徒達とも上手くやってます。……偶にジューンとヴァーリャが喧嘩しますけど、その時は俺かアニエスが仲裁に入ってます」

 

「毎回か?」

 

「えぇ、毎回です」

 

「その辺は前と変わらないな」

 

「確かに…」

 

互いに顔を見合わせて苦笑する。

 

「……それで?稜稀からのメールには何て?」

 

「『私の後輩が心配してるわよ。連絡くらいしてあげたら?自己中教師』……ですって」

 

「…相変わらず口悪いなアイツ」

 

「口っていうか性格が悪いんですよ。毒蛇みたいに」

 

「それと男の趣味もな……。にしても後輩って何の話だ?」

 

「たぶん一歌の事でしょう、少し前から『趣味が合う者同士』って言ってましたし」

 

「…………一歌って誰だ?」

 

英牙からの問いに、理雄は思わずソファーから落っこちそうになる。

 

「俺の教え子ですよ!Leo/needのギターボーカルの子です。この前ユウさんと一緒に彼女達のライブに誘ったでしょ!来なかったけどッ」

 

「知らん、あの時は自主トレーニングで忙しかったんだ」

 

理雄は呆れた様子で溜息を吐く。この人は本当に任務に関係ない事には全くと言っていい程興味を示さない。

 

「そんな事より、あの性悪女に何て返信するつもりだ?」

理雄は少し考える。やがて、ニタァ…と人の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「せっかくだし、ドMのアイツが喜びそうな事書いてやりますよ」

理雄はスマホのキーボードに指を走らせながら『黙れ毒ヘビ女、自分の毒で脳味噌腐らせて死にやがれ』と打ち込み、返信する。

 

「これでいいでしょう、いつも通り目をキラキラさせる稜稀の姿が浮かびますよ」

 

 楽しそうにニヤニヤと笑う理雄に対し、今度は英牙が呆れた表情を向けてくる。

 

「…お前、稜稀とは相性良さそうだよな。主に性癖というか……お前がSで稜稀がMだ」

 

「俺は両方ともイけますよ?どっちかというと俺はMの方ですが」

 

「Sだろ」

 

「なんだっていいでしょそんなの。っていうかなんで俺達こんな会話してるんです?」

 

「さぁな。ただ、お前がこんなしょーもない話を女子校でもやってるんじゃないかと心配になったんだ」

 

「しませんよ!つーかそんな事したらクビになるッ。お嬢様学校だから他の教師や保護者の目も厳しいんですよ。ただでさえ理事長の紹介で客員講師やってる不安定な身なのに…」

 

「ハハハハハハ、そうらしいな。………アイツらの事、頼むぞ。お前が一番アニエスや稜稀達を近くで見守れるんだ。お前が普段から守りたいって散々言ってる子達と同じくらい、気を配ってやれ」

 

「……了」

 

互いに拳を合わせグータッチを交わすと、そのまま各自の部屋へ戻ろうとする。

 

 その時だった、二人の仕事用携帯に着信が入ったのは------。

 

「……行くぞ」

 

「はい」

 

 携帯のアラームを止め、英牙と共に足早に移動する。チームが召集された。つまりコレは------------緊急を要する任務だ。

 

 

 

 

 ジュリエットチームが集められたのは、フィリピンの軍事基地の一角にあるミーティングルームで、そこには共に訓練に励んだフィリピン支部機動部隊の面々も揃っている。作戦関係者以外は完全に閉め出され、人払いが済まされた後だった。

 

「キドラト・ヴィラネヴァ・アグイナルド」

 

SCP財団サイト-8156・情報部に所属する三十代前半の女性エージェント、田上由那が説明を始める。正面の大型モニターには中肉中背のフィリピン人男性が映されていた。

 

「フィリピンで活動するイスラム主義組織、アブ・サヤフ(ASG)に所属するテロリストよ。組織の性質上、アブ・サヤフは単一の組織体ではなく複数の細胞でネットワークが形成されており、アグイナルドはフィリピン南部のホロ島を拠点にしている細胞(セル)のリーダーを務めているわ」

 

「………フィリピン軍か警察の治安部隊に任せるべきでは?」

 

 悟が尤もな疑問を口にする。一般社会に蔓延るテロ組織の殲滅は各国政府の軍、法執行機関の仕事だ。財団の職務に向こうから首を突っ込んできたりしない限り、此方が相手をする事はない。

 

「問題は、この男と組織がSCP-2085(ブラックラビット社)の標的になっている事よ」

 

その瞬間、室内に集められた全員が目を見張る。

 

「え、待ってくれ。2085はとっくの昔に財団に確保・収容された筈だろ?俺達の世界じゃだいぶ前に終了処分されたが、この世界では違うのかッ?」

 

龍一郎が困惑する。SCP-2085-------『ブラックラビット社』、若しくは『黒い兎師団』はサイボーグ化された5体のネコ耳女(SCP-2085-A)と、宇宙服の上にローブと赤い魔法使いの帽子を着用し、自らを『宇宙魔法使い(スペース・ウィザード)』と称する男(SCP-2085-B)で構成される武装アナーキスト集団だ。かつて東アジアや東南アジアで犯罪組織やヘイトグループ、要注意団体を相手に海賊行為や破壊工作を行っていた。

 

 財団に確保されてからは徹底的に隔離されていたが、理雄達の世界では11年前の2034年に『SCP-2085-1がSCP-2085の収容インプラントを克服した』として終了処分されている。

 

「一度は確保したけど、半年前に収容違反を犯して逃走したのよ。2085-Aが5体、居住モジュールに内蔵された無線信号遮断設備の整備点検中に警備員を殺害してね……。潜伏先は東南アジアの何処かと思われていたけど、二日前に地元当局が逮捕したアブ・サヤフのメンバーの携帯に、このような動画が保存されていたわ」

 

モニター画面が変わると、突如スピーカーから激しい銃声と爆発音が聞こえてくる。GoProか何かで撮影されているのか、映りは悪くないが、撮影者が戦闘の真っ只中でカメラを回しているせいで映像のブレが激しい。アブ・サヤフの兵士達がタウスグ語やヤカン語で何事かを叫んでいるのが聞こえてくる。

 

 動画の再生から30秒程経過した所で、撮影者が足を止めたのか、一気に映像のブレが収まる。カメラを持つ兵士がM16を手に単射(セミオート)

で数発発砲し、目標(ターゲット)に銃撃を加える。

 

 そこで動画が一時停止された。

 

「ここを見て」

 

 由那が端末を操作し、画面の一部が拡大される。撮影者のM16の銃口が向けられた先には、アブ・サヤフの兵士に肉薄し、白兵戦を挑む長身------否、全体的な体格からして身長2m以上、体重100kgを超える巨体の女が映されていた。

 

 よく見れば、彼女の頭部にはイエネコによく似た耳、臀部には尾が生えており、指先からは格納式のブレードが伸びている。

 

「特徴からして、この女が我々が追跡している個体の一つである『SCP-2085-A-2』である事が判明したわ。撮影された場所はバシラン島のジャングルの奥深くにあるアブ・サヤフの拠点の一つで、映像は三日前に撮られた物よ」

 

「……すると何か?あのキメラ女どもが財団に見つかるのを承知でアブ・サヤフを攻撃したって事か?」

 

「その通り」

 

英牙からの問いに由那は頷く。続いて、担当将校の慶三郎が前に出てきた。

 

「今から三日前。2085-Aの攻撃で、バシラン島のアブ・サヤフのセルは壊滅した。表向きはフィリピンの海軍特殊作戦群(NAVSOG)が殲滅した事になってるが、この動画の撮影者を含め、襲撃から生き延びた者は治安当局に拘束された際、『猫耳を生やし、銃弾も爆薬も効かないバケモノに襲われた』と証言している。壊滅したバシラン島の拠点を調査した結果、現場からは2085-Aの頭髪とカーボンナノウィーブ筋肉繊維の破片が見つかった。DNA検査により、間違いなく2085-Aの物だと判明。現在も追跡中の5体が全て、フィリピンに潜伏しているのものと考えられる。そこで財団のフィールドエージェントがフィリピン南部を重点的に捜索した結果、2085-Aの潜伏拠点と思われる施設がホロ島に存在しているのが分かった」

 

 今度はモニターにマップが表示され、敵拠点の正確な位置と建物の構造図が画面に現れる。どうやら木造の骨組みに亜鉛メッキを施した波板(トタン)を外壁や屋根に使用した簡素な小屋らしく、かなり前に建てられた物なのか、全体的に錆や腐食が目立つ。元は倉庫か何かに使われていたのか、それでも5人〜10人くらいは収容できそうな大きさで、住み心地はともかく、雨風くらいなら十分に防げそうだった。

 

「状況から考えて、この5体が次に襲撃するのは間違いなくホロ島を支配するアグイナルドのセルよ。最初は2085-Aが攻撃を仕掛ける前に貴方達に確保して貰おうと思ったんだけど…」

 

「……何かあったのか?」

 

言い淀む由那に、信孝が怪訝そうな眼差しを向ける。

 

「……数時間前、現地に潜入したエージェントが、アグイナルドのセルの無線を傍受したのよ、奴等は2085-Aに関する情報をネットワークを通じて他のアブ・サヤフに広く共有していたわ。それもかなり詳細な……財団しか把握してないような情報まで持っている」

 

 由那の言葉を理解するのに、そこまで時間は掛からなかった。

 

「…つまり、アグイナルドの連中は2085-A……いや、SCPの存在を知っているなら、財団(俺達)の存在にも気付いている可能性がある?」

 

「十分にあるわ」

 

理雄が口にした言葉に、由那が首肯を返す。そして慶三郎が入れ替わりで話をまとめる。

 

「いいか、アブ・サヤフがどこで2085の情報を手に入れたのかは不明だ。だが我々が知り得る限り、情報を取得し、発信しているのは間違いなくアグイナルドだ。奴がどこで知り、どこまでを知り、どれだけの人間や組織に情報をバラ撒いているのか------、尋問して確かめる必要がある。無論、SCP-2085も放置する訳にはいかない。これ以上被害を拡大し、財団のヴェールが暴かれる様な事態を防ぐ為には、速やかに確保しなければならない」

 

「要するに、アグイナルドは生きたまま捕縛して、ブラックラビットどもも殺さずに確保しろ、と?」

 

悠間が嫌そうな顔で確認すると、由那が補足説明を付け足してくる。

 

「それと最悪な事に、今日の夕方にアグイナルドが50人以上の兵士をトラックに乗せて、2085-Aの潜伏拠点に向かっているのがドローンの映像で確認できたわ。おそらく、敵がすぐ近くまで迫っていることに勘付いたのね」

 

「『殺られる前に殺る』って魂胆か…」

 

 英牙が低い声で呟く。

 

「そういう事」

 

「敵の装備は?」

 

「相当よ、異常性のある武器は確認されてないけど、M16やM14などの強力な自動小銃、M203グレネードランチャー、迫撃砲、そして自製の簡易爆弾(IED)……… 身代金誘拐で得た巨額の資金を背景に、フィリピン軍・警察の内部汚職、闇市場(ブラックマーケット)、近隣諸国からの密輸を通じて大量の武器を抱えているわ。今回のトラックにも積まれているでしょうね」

 

「RPGもバカスカ撃ってきそうだ」

 

理雄が溜息を吐く。

 

「アブ・サヤフ、ブラックラビット、財団……三つ巴の戦いになるな、混乱する状況の中で機械化兵士を相手に生捕りか…。かなりキツイな」

 

「だが、遣り様はある」

 

悟が嘆息するが、英牙は冷静だった。

 

「田上、ブラックラビットの連中は今もあのボロ小屋の中か?」

 

「えぇ」

 

「アグイナルドは?」

 

「あと二時間もしないうちにブラックラビットと接敵する。2085-Aは奴らの接近に気づいていない」

 

「なら話は簡単だ。奴らの車両が通る道で待ち伏せ(伏撃)する」

 

「ブラックラビットとの戦闘に巻き込まれるぞ」

 

横から信孝に指摘される。

 

「直接交戦する必要はない。即席爆発装置(IED)を設置してアブ・サヤフの足を止めた後、爆発音を聞きつけて飛んできたブラックラビットと戦わせる」

 

「アグイナルドも殺されるぞ」

 

「いや。奴等のこれまでの手段を振り返ると、ブラックラビットは組織のトップは殺さず、生捕りにするのがセオリーだ。誘拐した後身代金の要求に使えるからな。戦闘がある程度収まるまで近くでやり過ごして、アグイナルドが連れ去られる直前で俺達がまとめて制圧する」

 

 英牙の提案を聞いて、慶三郎が少し考える。

 

「……悪くないな、よし。英牙の作戦でいく。今回は君達ジュリエットチームとフィリピン支部機動部隊が現場を押さえ、地元警察に扮したフィリピン支部の収容チームが確保した目標を連行・収容する。既に広まりつつある2085の情報は田上たち情報部で堰き止めているから、君達にはテロリストと機械化兵士の相手を頼む。言っておくと、アグイナルドとブラックラビット以外は生かす必要はない。作戦は今夜決行だ。質問が無ければ速やかに行動に移れ!」

 

「よし、やってやろうッ」

 

英牙が席から立ち、他のメンバーも立ち上がる。ミーティングルームから出ると、持ち込みが禁止された各々のスマホをプラスチックのケースから回収していく。

 

「しかし、義賊気取りのサイボーグどもを相手にするとはな…」

 

廊下から武器庫へ向かう最中、信孝がボヤく。

 

「あぁ、俺達の世界で戦前の頃に流行ってたマーベルのアメコミヒーローみたいな連中だ。そんなのを相手に殺さず生け捕れとか……無茶にも程があるだろ。こういう時こそウィスキーの力を借りたい」

 

「あぁ、だが今から約3,000kmも離れた日本から呼び出すには遅すぎる。俺達とフィリピンの連中でやるしかない」

 

嘆息する龍一郎に英牙が発破をかけていると、理雄が自身のスマホを注視している事に気付く。

 

「……おい」

 

英牙が呼びかけると、理雄が顔を上げる。

 

「あ、すみません。一歌からメッセージアプリで連絡が入って……。フィリピン行きを伝えてなかったから、心配してる様子で…」

 

「何でもいいが、これから出動なんだ。任務に集中しろ」

 

「了ッ」

 

短く答えると、『心配させて悪い、次のLeo/needのライブまでには仕事を片付けられそうだから、その時までには帰国する』と返信し、英牙達の後を追った。

 

 

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