ヒナタ側の動向はこんな感じだよって話です。
ようやく、ようやく百話突破したよ……。
穏やかな光に包まれた都。
神聖なる結界に守られた聖なる都。
国民が飢えることのない理想郷。
完全なる調和を実現して、法の管理の下に管理されたこの世の楽園。
その国の名は神聖法皇国ルベリオス。
「……待たせたわね。それでは始めましょう」
その首都たる聖なる都〝ルーン〟にて、ヒナタ・サカグチを筆頭とした法皇両翼合同会議が厳かに執り行われようとしていた。
議題は
新たな魔王の誕生についてであった。
会議は、聖騎士〝水〟のリティスの報告から始まった。
「街道は整備され、魔物の国に出入りするブルムンドの商人も多く見られました。流石に魔素の濃度は若干高めでしたが、人体に影響の出るほどではありません。魔王レイタロウはその言葉通り、人との友好を望んでいるとの印象を受けました」
「……ヴェルドラの姿は見た?」
「いえ、それが……封印の洞窟への立ち入りは禁止されており、その所在は分かりませんでした」
「そう……」
特に要警戒すべき暴風竜ヴェルドラの動向は気掛かりであったが、リティスの様子を見る限りめぼしい成果は期待できそうになかった。
「まぁ焦る気持ちは分かるよ」
……そんな時、
常日頃からヒナタを目の敵にしている彼の口から飛び出した言葉は、彼女を信奉する
「新たな魔王の誕生を許した上、暴風竜の復活も阻止できなかったんだ。誰かさんが
「不敬ですよ、サーレ殿」
「おぅ小僧、
真っ先にサーレに噛みついたのは〝光〟のレナードと〝空〟のアルノー。
共にヒナタを信奉する者として、サーレの物言いは到底無視できるものではなかった。
「けっ、オレ達と喧嘩しようってのか?お上品な騎士様方が粋がっているじゃねーか!」
「何だと?」
「死にたいようですね……ッ」
サーレと同じ法皇直属近衛師団の〝巨岩〟のグレゴリーがレナードとアルノーを挑発する。
「いい加減にしてくれるかしら」
西方聖教会所属の聖騎士団。
法皇庁所属の法皇直属近衛師団。
共にルミナス教を信奉しながら、決して良好とは言い難い関係にあるその二つの組織を取り纏める者こそ……。
「仲が悪くても結構だけど、帳の向こうには法皇猊下がおられるのよ。……下らないことで争っている場合ではないでしょう」
「(おっかな!殺気がマジすぎですよヒナタ様……)」
聖騎士団長と法皇直属近衛師団筆頭騎士を兼任する事実上の最強騎士、ヒナタ・サカグチであった。
……そんなヒナタの割とガチな殺気を浴びて〝風〟のフリッツは内心萎縮するが、サーレ達に悟られまいとなんとか気丈に振る舞った。
「サーレ。次は貴方からの報告を待っているのだけど、ファルムスの内情を見てきたのでしょう?」
「……分かったよ」
立て続けに起こる異常事態を前にして、さしものサーレも派閥争いを続ける愚は選ばなかった。
立ち位置的にも実力的にも上であるヒナタの催促を受け、サーレは仕方なしと言わんばかりに報告を行った。
「新王エドワルドは戦力の増強に腐心しているよ。あれは間違いなく近いうちに内乱が起きるね。武具の仕入れのため東の商人に接触していたみたいだし」
「っ……」
東の商人。
その言葉を受けて、ヒナタは僅かに眉を顰める。
「譲位は平和裏に完了したと聞きましたけど……?」
「一見ね。……だけどあそこは今、
「新王に支払いの意思はないと?」
「先王の尻拭いのために王位に就いたのなら、よほどのお人好しか考えなしの馬鹿だ」
「それを見越していたのなら、今のファルムスの動きは
「……内乱は魔王レイタロウが意図的に起こさせようとしているって言うのかい?」
いっそ力業でファルムスを攻め滅ぼそうとするのなら対応も楽だったかもしれない。
一度も顔を合わせたことの無い魔王の厄介さに、ヒナタは再度眉を顰めた。
「それとちょっと気になったのだけど、エドワルド王は東の商人に接触していたのよね?商人が何か不審な動きをしていなかった?」
「なんで商人?今は魔王レイタロウの思惑について……」
「いいから。……気になるのよ」
「ハァ…グレンダ、商業都市で東の商人について何か聞けなかったか?」
サーレの呆れの籠もった言葉に、同じく法皇直属近衛師団の〝荒波〟のグレンダが答える。
「そうだね、アタイの知る限り怪しい動きは無かったよ。でも筆頭がそんなに気になるってなら、もう一度キッチリ調べてみるさね」
「そう。……それじゃあお願いするわ。けして油断しないように」
「任せな」ニコッ
グレンダの意味ありげな笑みを横目に見つつ、ヒナタはここ最近の綱紀の乱れを肌で感じていた。
しかし、それも無理からぬ話である。
彼彼女らは神ルミナスが本当に実在するとは露ほどにも思っていないのだから。
「……報告は出揃ったわね。意見は?」
「宜しいでしょうか?」
恰幅のいい中年男性、もとい聖騎士団所属の〝地〟のバッカスが挙手をして意見を述べていく。
「暴風竜が復活した影響は予想よりも少ない。文献では非常に好戦的で暴威を撒き散らしたと記されていました。嵐の前の静けさでなければいいのですが……」
「それは心配ないわ」
「え?」
ここでヒナタは、当のルミナスより聞き及んでいた
「神ルミナスより神託が下りた。……暴風竜を御せるのが魔王レイタロウであると。故に『彼の国との百年の不可侵条約を結ぶ』そうよ」
「「「「 ッ〜〜〜!!? 」」」」
会議に出席していた全ての者に激震が走る。
ヒナタの言葉、つまり神ルミナスの言葉は、魔物の殲滅を謳うはずの西方聖教会が魔物の国に手を出すことを禁じられるという前代未聞のものであったのだ。
これにはサーレも猛抗議をする。
「確かに魔王は
「それに……魔王レイタロウがファルムス王国を操っているのなら、民を見捨てることになります」
「それは違うわよ、リティス。あの国で起きるのはあくまでも内乱なの。国の頭が変わることになるかもしれないけど、それに口を出すのは内政干渉になるわ」
「っ……」
ヒナタの正論に押し黙るリティス。
ファルムスで近々発生する内乱の裏で糸を引くのが噂の魔物の国かもしれないのに、それを指を咥えて見ていることしか出来ないのがあまりにも歯がゆいが、部外者である自分達だけではどうしようも出来ない。
その時、グレゴリーから質問が飛んでくる。
「ではどうするのです?こちらから手を出さずとも貴女は既に魔王レイタロウに敵視されているのでは?」
「そうだねぇ。筆頭が魔王の
「……そのことについて、皆に告白と謝罪をしなければならないわ。聞いてちょうだい」
「「「「 え? 」」」」
ルミナスの言に従い、ヒナタはあの日何があったのかを包み隠さず打ち明けた。
「私はスライムに、リムル=テンペストに敗北したのよ。完膚なきまでにね」
瞬間、会議の場は不自然なほどの静寂に包まれた。
全員が全員、視線だけでヒナタに問いかける。
……〝何を言っているんだ?〟と。
「ヒ、ヒナタ様、それは一体どのような冗談で……」
「冗談で敗北を認めるほど悪趣味じゃないのよ。これは紛れもない事実」
「どういうことだヒナタ!?ちゃんと詳しく話せ!!」
「言葉通りとしか言いようがないけど、そんなに知りたいのなら教えてあげるわ。私はなすすべなく一方的に叩きのめされて、反撃しようにもこっちの攻撃は全くと言っていいほど通用しなかった。信じられないでしょうけど、霊子崩壊が無効化されたのよ。魔物相手に」
「なっ……!?」
「確かなことは言えないけれど、リムル=テンペストは既に覚醒魔王に至っている可能性が高いわ。……一番の問題は、その彼が魔王ではなく序列二位に甘んじていることなのよ」
「……ま、魔王は、ヒナタ様よりもはるかに強いと?」
「てか、筆頭の数日間の失踪ってまさか……」
「負けた私はどうやら魔物の国に連れ去られていたらしいわね。その間の記憶は無いけれど、今この場にいるのは神ルミナスの奇跡と呼ぶほかないわ」
「「「「 ッ……!! 」」」」
伊達や酔狂で敗北を認められるほど、今のヒナタは軽い存在ではない。
名実共に彼女は、最強の聖騎士にして人類の希望なのだ。
そんな彼女がこうもアッサリと敗北を認めること自体、状況が逼迫していることを示す何よりの証左でもある。
「……そして、決定的に敵対する前に一度話し合いに出向こうと思ってるわ」
「無茶だ!」
「危険ですよ!」
「もしまた襲われでもしたら……ッ」
「落ち着きなさい。まずは彼の考えを……あぁ、やっと来たわね」
会議室の大扉がコンコンと叩かれる。
どうやら件の人物が到着したようだ。
「……ファルムスの大司教レイヒム、招集に応じ罷り越しました」
「ファルムスの……あぁ生き残った中の一人か」
「真実を話してもらいたくて呼んだのよ。巷で噂されている暴風竜復活の
「っ……」
レイヒムは、忘れたくても忘れられないあの日のトラウマを蘇らせながら言葉を紡ぐ。
「わっ私は、私は愚かでした。何をされたのか分からぬうちに兵士達は糸の切れた人形のように倒れていって、私如きでは到底理解できず。あれは正真正銘の魔王です。我らは図らずも、竜の巣に誘い込まれていたのです!」
「二万の軍勢を直接手を下すことなく……」
「嘘だろう、それじゃまるで……」
「……どうする?ここまでの所業が出来るヤツはそれこそ覚醒魔王クラスだ。放置すると第二の
「人間との共存を望んでいるのなら、無理に戦う必要は無いはずだ」
「だが、二万もの兵士を躊躇わずに屠ったのが事実なら、紛れもない脅威。このまま魔王レイタロウを信じていいものか……」
案の定と言うべきか、会議は完全に魔王レイタロウの話で持ちきりになってしまった。
あまりにも影響力が凄まじすぎるために致し方ない面もあるが、こうも簡単に冷静さを欠かないでほしいと呆れ気味にヒナタは議論を止めにかかる。
「皆黙りなさい。神託は絶対よ。どうあれ彼に対しての手出しは……」
『おぉレイヒムよ、ほかに伝言はないのか?』
ヒナタが言い切る前に、
バッとレイヒムの居る方向へと振り返ると、彼を取り囲むように三人の〝
「七曜……」
「七曜!?この方達が……」
若干ブレているため、おそらくは分身を介して顕現したのだろうが、普段から存在そのものを完璧に秘匿されている伝説的な人物達の登場に、聖騎士達は色めき立つ。
「本日は何の御用なのでしょう」
用が無いならさっさと帰れと心の中で注釈した上で、ヒナタは出来る限り丁寧に応対する。
腐ってもこのルベリオスを長年支え続けてきた重鎮ゆえ、その発言は下手をすればヒナタよりも重いのだ。
『フフフ、そう警戒するでないヒナタよ。我らは案じておるのだ。ルベリオスの行く末と可愛い弟子の身をな』
ヒナタは確信する。
この老害共は、絶対ロクなことを考えていないと。
『さぁレイヒム、ほかに伝言はないのか?』
「そ、そういえばこれを預かっています!……魔王レイタロウよりヒナタ様への伝言だとか」
そう言ってレイヒムが懐から取り出したのは、透明な輝きを放つ拳大サイズの水晶球。
その水晶球に映り込んでいたのは……鋭いモヒカンと黒い肌が特徴的な大柄な魔物。
それが魔王レイタロウであると直感したその時、その口元が僅かに開かれたのを見逃さなかった。
『相手をしてやろう。俺と君の一騎打ちでな』ブツンッ
「っ……」
「え、終わり……?」
あまりに短すぎる映像。
宣戦布告とも取れるこの映像に、さしものヒナタも面食らってしまう。
「っ、俺に命令してくださいヒナタ様!隊を率いて魔王の野望を打ち砕いて御覧に入れましょう!」
「馬鹿か君は。相手は覚醒魔王だぞ?……相手が一騎打ちを申し出ている以上
「なんだと!?」
「それに暴風竜もいます。隊を率いての討伐となれば西側諸国を巻き込んだ大戦になるかもしれません」
「迂闊に戦力を投じるにはリスクが大きい」
「お、お前らまで……」
外野が騒ぎ散らしているのをよそに、ヒナタはひとり熟考していた。
短すぎるメッセージ、そして何より、彼には自分と戦う理由が無いように思えて仕方がなかった。
ファルムスの攻略と比べてあまりにも短絡的。
ここまで巧妙に物事を進めていた彼らしくなく、或いは別の誰かの思惑が絡んでいるのかもしれない。
「やれやれね。指名された以上、私自らが説明に出向くしかないわね」
「ヒナタ様……!」
「魔王レイタロウが望むのであれば、一騎打ちもやぶさかではないけれど……」
「危険です!魔王レイタロウに害意がある以上、みすみす罠に嵌まりに行くようなもの……ッ」
「今の伝言では短すぎて相手の真意まで分からないじゃない。一度会って話をしてみるべきでしょう?」
「しかし……!」
『フフフ、その決断やよし。……だがしかし、スライム如きに敗北を喫するようでは
『加えて、魔王レイタロウの傍にはあの邪竜がおるのだ。いかにお前とてあれは倒せぬ』
『しかし心配はいらぬ。お前にこれを授けよう。この
『さぁ受け取るがいい。もしもの場合はその剣がお前を守るだろう』
突如として現れた剣を見て、ヒナタは七曜達の見え透いた思惑を理解した。
そうまでしてヴェルドラを、否、自分達以外に神ルミナスの寵愛を受ける存在を排除したいのかと……。
「フゥ…留守は頼んだわよ、レナード」
「は……」
「謹んでお預かりします、七曜の老師よ」
預かりはするが使うとは言わない。
そもそも、こんな飾りだけは一丁前の剣が無くとも、ルミナスより賜った武器があるのだ。
現地に行ったら適当に理由を付けてポイ捨てしてやるぐらいの心持ちで乱暴に竜破聖剣を握った。
「……これにて合議を終了する。各自それぞれの役目を全うするように」
そう言って会議を締めくくった。
事態は進んでいく。
神ルミナスに仕える若き聖騎士にとっては予想外に。
ルベリオスに巣食う老害にとっては予定通りに。
レイタロウさん「年を食ってもああはなりたくないなぁ」
シュナ「何の話ですか?」
レイタロウさん「ん、こっちの話」