ディアブロが動くよって話です。
新王エドワルドは興奮の絶頂にいた。
何故なら、各地の貴族からの支援がひっきりなしで、戦力がドンドンと増強されているからである。
英雄ヨウムが兄であるエドマリスの肩を持ったのは予定外であり、そこへ魔王レイタロウがヨウムへと肩入れした時には計画の失敗を覚悟したものだ。
しかし、天はエドワルドを見放さなかった。
……大司教レイヒムが殺害され、状況が動いたのだ。
なんと、あの聖人ヒナタが魔王レイタロウ討伐へと本格的に乗り出し、
そして更に、神聖法皇国ルベリオスの英雄達がエドワルドに協力を申し出てくれたのだ。
……その中でもヒナタに次いで最強と噂される〝三武仙〟が
いまだに〝神敵〟認定は為されていないが、それも時間の問題なのではないかと思えるほどの布陣である。
彼らの目的は大司教殺しという禁忌を犯した悪魔の討伐なのだが、それは建前に過ぎない。
西側諸国連合軍とも呼べる一大勢力を纏め上げ、魔王レイタロウに対抗するのが本当の目的なのだ。
……と、エドワルドは考えていた。
だからこそエドワルドはファルムス王国内での彼らの行動を全て認め、軍事行動にまでも許可を出したのである。
魔王レイタロウと事を構えるつもりはなかったが、こうなってしまえば関係ない。
ヒナタが魔王に敗れるとは思えないし、これだけの軍勢であれば魔王軍にも打ち勝てる。
……それが、エドワルドが下した判断である。
問題は
後は大義名分が必要だったが、その問題はエドワルドの
神ルミナスからの天啓とも言えるその閃きとは、ニドル伯爵からの救援依頼という
救援依頼など後でいくらでもでっち上げられる、エドワルドは完全に調子に乗っていた。
故に、早計に決断してしまったのだ。
本格戦闘を行うつもりは無いが、十分な威嚇になるだろうと思い、出撃命令を下してしまったのだ。
諌める者がいなかったのが、エドワルドの不幸である。
「クフフフフ……ニドル領内は思いのほか早く片付いたようですね。では、
ニドル領周辺のはるか上空。
その悪魔……ディアブロは邪悪に嗤う。
コウモリのような翼を大きく広げる様も、邪悪であった。
上空より戦況を見渡し、自分を陥れた者が姿を現していないことを確認する。
「やはり新王自ら出陣しましたか。
全てが茶番、予定調和でしかない。
ディアブロの立てた完璧な計画が第三者の思惑によって狂いだすことすら
新王の暴走などが、その微々たるものであろう。
「あれは……そこらの兵より幾分マシな気配。彼らが教会の〝十大聖人〟とやらですか」
上空より俯瞰し、サーレ達〝三武仙〟をそう評価する。
と、その時であった。
三人の中でも一際屈強な男が馬に跨ってその場を離れようとしているではないか。
すかさずハクロウに『思念伝達』で知らせを入れる。
『ハクロウ殿、そちらにルベリオスの関係者が兵を率いて向かっています。交渉の材料になるかと』
『心得た。生かして捕らえるようランガ殿に伝えよう』
『万が一にも敗北はないと思いますが……』
『うむ、安心せよ。ワシも見ておる故、お主は好きにするが良かろう』
『それを聞いて安心しました。それでは私はこれで』
『……やりすぎぬようにな』プツンッ
ハクロウとの通信を打ち切り、ディアブロは
レイタロウの執り成しによって計画は全く異なる形で順調に進んでいるワケだが、それでも敬愛する主の前で恥をかかされたことを、ディアブロは決して許せなかった。
「(……そう、人魔会談の折、ファルムス出向を命じられたあの瞬間、私は絶望を知った……ッ)」
〝左遷〟……この言葉が脳裏を過ぎるたび、ディアブロの心核は音を立ててヒビ割れ、身を引き裂かれたほうがマシと言えるほどの地獄に悶え苦しむようになってしまった。
恐怖など一度も感じたことが無かった。
だというのに、今となってはディアブロの心身に拭い難い
ある意味、大いなる力に伴う大いなる代償とも言えた。
「この私に大司教殺しの濡れ衣を着せた愚か者共。必ず報いを受けていただきますよ……ッ」
あらかじめ偵察で得た情報をハクロウに流してある。
故に、もはや自重も遠慮もせずに、そのまま一気に獲物に向けて飛翔したのである。
一方、豪華な装飾の施された王専用のテントの中で、新王エドワルドは呑気にワインを嗜みながら近衛の報告を受けていた。
「記者達はどうだ?」
「はっ、陛下にお話を伺いたいと既に多くの者達が集っています」
「そうか……やれやれ、煩わしいことだが仕方あるまい。これも英雄王となる者の
テントの外から兵士達の怒号が聞こえる。
何事かとテントから顔を覗かせると……。
「散開!警戒態勢を取れ!!」
「エドワルド王をお守りしろ!」
突如やって来た
王を守る護衛騎士達が、その声に突き動かされるように反応し、テントから出たエドワルド王をその身を挺して庇い立てる。
気付けば〝三武仙〟のサーレがエドワルド王の最も身近に陣取り、ディアブロを射殺せんばかりに睨みつけた。
「初めまして皆様、私の名はディアブロと申します」
ディアブロは悠然と構え、慌てふためく者達の準備が整うまで何もしない。
目標を捕捉した今、残る仕事は多くなく、故に慌てる必要など何一つないからだ。
「……エドワルド王におかれては和睦協定以来ですね。お久しぶりです」
「こ、これはこれは、魔王レイタロウの使者殿。本日はどのような用件ですかな?」
「クフフフフ……何、用件はひとつ。警告ですよ」
「警告……?」
〝三武仙〟のサーレがオウム返しで呟く。
一体何を警告されなければならないのか……?
「今すぐ兵を退きヨウム殿と和解しなさい。そうすれば知らずに済んだはずの恐怖を味わうことも無いでしょう」
一応形式として、和解交渉から始めてみた。
といっても、それはディアブロの本音ではない。
むしろ応じられると面倒だ、とまで思っている。
「ははは、これは異なことを申すものよ!そもそもこれは我が兄が貴国への賠償金を横領したことが発端。余はそれを回収するべく動いたまで!口を出される謂れは無い!」
「なるほど、あくまで和議を守っていると?」
「当然である。むしろ貴国に誠意を示すべく動いているのだ。……もっとも、その必要は無かったようだがな」
「と、言いますと?」
「白々しい!兄上、いやエドマリスやヨウムなどという詐欺師連中と共謀したのは貴様らであろう!?我が国から二重に賠償金をせしめようなどという卑劣な企み、全てお見通しよ!!……魔王と名乗ったところでレイタロウとやらも底が知れておる。こうも浅はかな金策に走るとはな」
「………」
「フンッ……言葉も無いか。なぜ企みが露呈したのか不思議かな?良いだろう、では証拠を見せるとしよう。こうして証人も集まっていることだしな。グレンダ殿、アレを」
ディアブロが黙っているのをいいことに、エドワルド王は段々と饒舌になる。
そして、グレンダから受け取った水晶球を掲げ、報道陣にもよく見えるように翳して見せた。
「ここに貴様の悪事が記録されておる。しかと見るがいい!!」
映し出されるのは、拷問を受けたような
『裏切るつもりなど無かったのです!お許しを!お許しくだされ!』
『黙れ。我が国と
『お許しくだされ!私はこうするしか……ギャアァァァァァァァァァァァァ!!!』
『……フッ、随分と派手にぶち殺したじゃないか、七曜の老師こと火曜師アーズ様?』
『今は十大聖人のギャルドじゃ。……とはいえ、あやつはもうこの世にはいないがのぅ。クックック』
『ギャルドのヤツもぶっ殺しちゃったようだし、万が一悪事が露呈したら大変なことになるねぇ。水晶球の映像は加工するとはいえ、大丈夫なのかい?』
『心配いらぬ。ヒナタのヤツには遠隔で自爆可能な聖剣を渡しておるし、ファルムスの内乱にも介入できるように東の商人を使って工作してある。これで目障りなヒナタと魔王レイタロウを抹殺できるという寸法よ』
『東の商人……秘密結社〝
『クックック……アレとは互いに利用し合えば良いのじゃよ。目障りな両者を消しつつ、東の帝国との太いパイプを持てると思えば悪いものではあるまい?』
『……ま、アタイの知ったことじゃないけど』バキッ
「へっ……?」
エドワルド王の、何とも間抜けな声が小さく響く。
天高く掲げていた水晶球が、突然横合いから飛んできた
一帯は不気味なほどの静寂に包まれる。
報道陣も、護衛の騎士達も、
「ぁ……ッ……!!」
その人物とは、法皇直属近衛師団〝三武仙〟の一人に名を連ねる紅一点……〝荒海〟のグレンダその人であった。
それと同時に、水晶球に声だけ映り込んでいた女性の正体でもある。
彼女の顔は、自分がとんでもないミスを犯してしまったことを理解したかのような絶望に染まっている。
どこからともなく拍手が起こる。
拍手の発生源はディアブロ。
……彼の表情は、不気味なほどに穏やかなものであった。
「エドワルド王、一つお尋ねしても宜しいですか?」
「は、な、何だ……?」
「先程の水晶球に映っていた映像……それは一体どなたが記録していたのでしょう?」
「そ、それは、グレンダ殿が、確か……」チラッ
「なるほどなるほど、つまりさっき水晶球を破壊した女性が映像を記録していたと。そういうことですね?」
狼狽するグレンダを静かに見据えるディアブロ。
瞬間、彼女の周囲から人が
「推し量るに、
「デ、デタラメさね!あんな映像なんていくらでも加工できる!何の証拠にもなりゃ……ッ!!?」
グレンダの口からスラスラと
彼女の意思とは関係なしに。
「貴女の言う通り、水晶球の映像自体はその筋の知識があれば容易く加工することが可能です。そして、そんな映像に証拠としての能力は乏しいと言える。……疑問なのですが、貴女はなぜ水晶球を破壊したのでしょう?」
「はっ……!?」
「知らぬ存ぜぬでしらを切ることも出来なくはなかったのに、わざわざリスクの高い手段を選択した。……もしや、あの映像の続きには人目につくと非常に困る、恐るべき真実が記録されていたのではないですか?」
「ッ〜〜〜、サーレ!!コイツにこれ以上喋らせちゃいけないよ!!さっさと始末しちまお―――」
盤面は一気にひっくり返された。
一刻も早くこの場から離脱するため、何とか周囲の注意をディアブロに向けようと声高に叫んだ瞬間。
「グレンダよ、応援に来てやったぞ」ハァ…ハァ…
「感謝せよ。共に悪魔を滅ぼそうぞ!」ヒィ…ヒィ…
「そのまま悪魔を抑えよ。我らの魔法で始末しよう」フゥ…フゥ…
……グレンダの背後の空間が歪み、巨大な力を持つ存在が出現した。
現れたのは三名の賢人、七曜の老師の面子である。
今このタイミングで七曜が現れたことに、サーレは途轍もなく嫌な予感を覚える。
「お、お待ちください七曜の老師よ!大司教レイヒムを殺害したのは件の悪魔ではない可能性がございます!どうか話だけでも……ッ」
「応じるワケないでしょう?……こんなタイミングで彼らがここへ来た理由は一つ」
「!?」
「追い詰められた犯人のすることは分かりやすいですね。雑な証拠隠滅ですよ」
「しょ、証拠?あの映像は粉々に砕けて無くなってしまったぞ?」
「水晶ではありません。……目撃者です」
各国の記者達も馬鹿ではない。
水晶球に映し出された映像に始まり、それを雑に破壊したグレンダ、極めつけは大急ぎで来たのか若干息が上がっている七曜達の様子。
それだけで、大司教を殺したのが目の前の悪魔ではなく、七曜の老師であると見抜く者も少なからずいた。
「気が付いたところでもう遅い」
「っ、まずい、逃げろ―――ッ!!」
サーレが報道陣に警告を発すると同時、その場を巨大な火球が呑み込んだのだった。
次回、「最強同士の決着」デュアルスタンバイ……!