ドワーフの国とももうすぐおさらばって話です。
まぁ当たり前の話ではあるが、カイジンさんが大臣を殴ったのは非常に不味かった。
「兄貴にレイタロウの旦那……何をやっているんだよ?」
警備兵を引き連れてやってきたのはカイドウさん。
大臣からの通報を受けて来たのだろう。
お姉さん方に〝創造〟の件についての口止め料として大粒の
いやはや、優秀ですなぁ……。
「フン!バカにお灸を据えてやっただけよ!」
「おいおい、お灸って……大臣相手にそれは不味いだろ」
溜息まじりに呟いたカイドウさん。
「ともかく、兄貴達の身柄は一旦拘束させてもらう!」
そう言って部下に指示を下すが、俺達にだけ聞こえるようにこう呟いてくれた。
「悪いようにはしないから、大人しくしておいてくれよ」
無論、俺に騒ぎを起こす意思などこれっぽっちもない。
すると、リムルさんはママさんの元へコソっと移動し、ママさんに金貨五枚を握らせていた。
えっ?と驚くママさんに、迷惑かけてゴメンね。また来るよんと挨拶していった。
確かに、ここはサービスのいい店だった。
こんなことで二度と来れなくなってはつまらないだろう。
こうして俺とリムルさんは連行されることとなったワケだが……何かを忘れているような?
……まぁ気の所為か。
俺達六人は王宮へと連行された。
とは言っても、物々しく拘束されているワケではなく、任意同行に近い感じだ。ほぼ強制だけど。
そんで結局、牢屋で二日ほど過ごすことになった。
それなりに良い食事が出ているようだし、部屋の調度も整えられているから文句はないけどねぇ。
六人一緒に入れているので、牢屋というより大部屋という感じである。待遇は割とマシな印象を受けた。
「……すまん。俺が短気を起こしてしまったばかりに」
カイジンさんが謝ってきた。
しかし、ここにそんなことを気にする者はいない。
「カイジンさん大丈夫。問題ないさ」
「そうそう、親父さんが気にすることないですよ」
「………」コクコク
三人も同じ気持ちのようだった。
「それより、釈放されたら俺達もカイジンさんに付いていくってことでいいですよね?いや、是が非でもついて行きますよ!」
「レイタロウの旦那、俺達もついて行ったら迷惑かい?」
「……??」
三男坊が何を言いたかったのかよく分からなかったが、気持ちは伝わった。
「勿論。君達にも馬車馬の如く働いてもらうつもりだ。あっでも、休みはちゃんと取ってもらうからね」
「「「 おう! 」」」
「………」コクコク
……とまぁこんな感じに、俺達は釈放された後のことを相談し始めたのであった。
一日目はそうやって過ぎて行き、二日目の夜。
「そう言えばあの大臣、えらくカイジンを目の敵にしてなかったか?何か理由でもあるのかな?」
何の気なく、リムルさんがそう質問してきたのだ。
これに対し、カイジンさんは苦虫を噛み潰したような顔になり、溜息をつくと話し始めた。
実はカイジンさん、元王宮騎士団の団長の一人だったのだそうだ。
とは言っても、王宮騎士団は全部で七つの部隊があり、その内の一つを任されていたらしい。
工作部隊・兵粘部隊・救急部隊の裏方三部隊。
重装打撃部隊・魔法打撃部隊・魔法支援部隊の花形三部隊。
そして、最も重要な王直属護衛部隊である。
カイジンさんは、工作部隊の団長を務めていたそうだ。
その時の副官が当時の大臣、もといベスターとのこと。
「ヤツは侯爵の出でな。庶民の出の俺に従うのが面白くなかったんだろう。当時からよく衝突してたよ。いま思えば複雑だったんだろうよ。庶民の下で命令を受けるのも屈辱だったのかもしれんしな。俺には他人の気持ちに寄り添える余裕がなくてな。王の期待に添おうと必死だったんだよ。そんな時にあの事件が起きたんだ」
そう言って、当時の事件を語ってくれた。
カイジンさんが軍を辞めるきっかけとなった事件。
当時ドワーフの工作部隊は新しい技術革新もなく、七つの部隊の中で最低の評価に甘んじていた。
技術立国の立場から工作部隊は花形であるべきだ!
……そう主張するベスター派。
今のままで堅実に研究を進めるべき!
……そう主張するカイジン派。
両者の議論は拮抗し、会議で結論が出ることはついぞ無かったという。
そんな中、エルフの技術者との共同開発の魔装兵計画が立ち上がった。
この計画を何としても成功させ、工作部隊の地位を確固たるものにしよう!……そうベスターは考えたのだ。
そのベスターの焦りをカイジンさんは指摘したが、庶民の出の上司の忠告には聞く耳を持たなかった。
結果、焦ったベスターの独走により精霊魔導核の暴走を引き起こし、計画は頓挫。
当時最高の技術者を集めて行われた魔装兵計画は、こうして終焉を迎えたのだ。
結局のところ、その失敗の責任を取ってカイジンさんは軍を去ることになったのだ。
ベスターが自分の失敗を全てカイジンさんに押し付けた上に、軍の幹部を抱きこみ、偽の証言まで用意したためである。
しかしまぁ絵に描いたような小悪党だな。
ある意味、分かりやすい男とも言えるが。
「だがまぁ、ヤツも別に悪人ってワケじゃないんだ。俺とは馬が合わなかったが、元々研究熱心で努力家だ。功を焦ったのも、王の期待に応えようとした結果だしな。……まぁそういうワケで、俺がこの国から出たらヤツも少しはマシになるかもしれんさ」
そう言ってこの話を締めくくった。
三兄弟も当時の事件の真相を知る者達で、ベスターを嫌っていたのだそう。
気持ちは分からんでもないけどね……。
しかし実際、貴族を殴ったのだ。
このまま無事に釈放されるとは思えないが……まぁその時は俺が何とかすればいいだけの話だ。
俺は内心、そんなことを考えていた。
そして、裁判の日となった。
俺達は王の御前へと連行された。
ドワーフの英雄王。……目の前にしたら、その圧倒的なまでの威圧感が皮膚をチクチクと突き刺す。
現王ガゼル・ドワルゴは、目を閉じ、椅子に深く腰掛けている。
ドワーフらしいがっしりとした体付き。
迸るエネルギーを秘めた筋肉を覆うように着込んだ鎧が、何とも神々しい輝きを放っていた。
褐色の肌に、後ろに撫で付けた漆黒のオールバック。
……うん、強いな。
単体だとA級相当。軍を率いるとなるとそれ以上も……。
両脇に控えている騎士二人も相当強いが、この王の前では霞んでしまう。
この王は、紛れもなく超人だ。
最悪の事態に陥っても逃げきれる自信はあったが、これはかなり上方修正する必要がある。
危機感というほどでもないけどねぇ……。
一人の男が王の前に膝をつき、何事か確認した。
「裁判を始める。皆、静粛にせよ!」
そして、王の許可を得て立ち上がり、裁判の開始が告げられた。
一時間かけて、双方の言い分が発表される。
当事者である俺達にここでの発言は許されない。
この場で自由に発言できるのは伯爵位以上の貴族だけであり、それ以外は王の許しが出るまで発言は許されない。
発言すればどうなるのか?
発言した時点で罪が確定する。さらに不敬罪まで上乗せされるというオマケつきだ。
冤罪も何も関係ない。それがこの国のルールなのだ。
それで結局、代理人に全てを任せることになるんだけど、あの胡散臭い顔がどうにも信じられない。
態度も胡散臭く、なんなら初対面の時点で胡散臭かった。
そして、こういう不安は得てして的中するもので……。
「……とこのように、店で寛いでお酒を嗜んでおられたベスター殿に対し、複数で店に押し入り暴行を加えたのです!これは断じて許されるべき行為ではありません!」
「それは事実であるか?」
「はい!私もカイジン殿からの聞き取りだけではなく、店側からも調書を取って御座います!先の言い分に相違ないことは、間違い御座いませぬ!」
はぁ、やっぱりだよ。
味方とはこれっぽっちも思ってなかったけど、この代理人裏切りやがった。
これは不味いねぇ。カイジンさんの様子を見ると、一気に顔が赤くなり、次第に青ざめている。
そりゃそうだ。なんせ言い訳もさせてもらえないのだ。
ちなみに、代理人が嘘を吐くことは許されていない。
……バレたら極刑ものである。
余程の覚悟か何らかの事情が無ければ、嘘を吐くなど考えられないんだけど……王の前で下賎な者(この場合は罪人)に発言を許さないためのシステムが、今回は最悪のほうへと運用されてしまったようだ。
っていうか買収されてるな。あれはきっと。
「王よ!この者達への厳罰を申し渡しください!」
駄目押しと言わんばかりにベスターが王に進言した。
こちらを見やり、勝ち誇った笑みを浮かべている。
やれやれ、これは本格的に逃げる準備をしておかねば。
王は目を閉じたまま微動だにしない。
その様子を確認し、傍仕えが王に代わって発言を行う。
「静粛に!これより判決を申し渡す!主犯カイジン!この者は、二十年の鉱山での強制労働に処す。その他共犯者!この者共は、十年の鉱山での強制労働に処す。それではこの裁判を閉廷―――」
「……待て」
重く、深い静かな声が閉会の言葉を遮った。
王が目を開けて、カイジンさんを見つめた。
「久しいなカイジン。息災か?」
「……はっ!王におかれましても、ご健勝そうで何よりで御座います!」
一拍おいて、カイジンさんが返答した。
どうやら、王の問いかけには返事をしても大丈夫そうだ。
「よい。余とそちの仲である。……それよりも、戻ってくる気はあるか?」
周囲がざわめく。
ベスターは一気に顔を青ざめさせる。
ふと見ると、あの胡散臭い代理人は死にそうなほどの土気色の顔色になっていた。
「恐れながら王よ。私はすでに主を得ました。王の命令であれど、主を裏切ることはできません」
カイジンさんは一切怯むことなく、ただ真っ直ぐに王を見つめていた。
その目を見て、王は再び目を閉じた。
「で、あるか。……判決を言い渡す。心して聞けぇい!カイジン及びその仲間は国外追放とする!今宵日付が変わって以後、この国に滞在することを許さん!……以上だ、余の前より消えるがよい」
王の大音声が響き渡る。
これが本物の王。迫力が違うぜ。
……それなのに。
俺には、その王が寂しそうに見えた。
これはきっと、気の所為じゃないと思う。
その場は、静寂に包まれていた。
先程まで騒々しいやり取りがあったとは思えないほど。
六人の犯罪者が逃げるようにこの場を去った後、誰一人として動く者はいない。
そして、その静寂を壊すかの如く……。
「ベスターよ」
「っ、はっ……」
「これを見よ」
そう言って、王が二つの品を指し示す。
いつの間にか近習が運んできたモノだ。
ベスターは虚ろな瞳でソレを見た。
見たこともない液体の詰まった大瓶。
……そして、一本のロングソードだった。
「そ、それは……」
「大瓶のほうは、警備隊長より余ったものを預かった。鉱山夫の傷を完全に治したそうだぞ」
以降、王に命じられた近習が説明を行った。
ベスターの脳がそれを理解するのに、しばしの時間が必要であった。
蘇生薬ではないものの、ヒポクテ草の完全抽出液。
……それは、完全回復薬。
ドワーフの技術の粋を集めても、九十八%の抽出が限界であり、それでは上位回復薬の効果しか得られない。
……それがなんと、九十九%!
「(……知りたい、その抽出方法を!)」
更に驚くべき情報が、ベスターへと説明される。
それがロングソード。
芯……否、芯のみに留まらず、刀身や持ち手に至るまで、そのロングソードを構成する全てが魔鋼によって形作られており、侵食の段階を飛び越えていつ変化してもおかしくない状態にあるという報告。
「(有り得ない……最低でも十年は馴染ませて、ようやく侵食が行われるものなのに!それが本当だとしたら!)」
「……惜しいものだ。そのような目が出来る臣を失うことになるとはな」
「っ!?王よお待ちください!私は……ッ」
「その薬と剣をもたらしたのは、あの魔物達だ」
「っ!!?」
「お前の行いがあの魔物達との繋がりを絶った。ベスターよ、何か言いたいことはあるか?」
決定的に、ベスターは王の怒りの深さを知る。
もはや、何も言うべきことなど無いのだと。
「何も、何も御座いません。王よ」
涙が込み上げてきた。
自分は王に見捨てられたのだと、初めて理解した。
王の役に立ちたかった。
王に認めてもらいたかった。
自分の望みはそれだけだったのに。
いつから自分は間違ったのか?
カイジンに嫉妬した時から?
あるいはもっと前?
分からない。ただ分かるのは、自分は王の期待を裏切ったという、その事実。
「そうか。お前には王宮への立ち入りを禁止する。二度と余の前に姿を見せるな。……だがベスターよ。これまでの働き、大儀であった」
ベスターは、王の言葉を聞くと立ち上がり、王へと深々とお辞儀をした。
そして、その場を去る。
自らの犯した、愚かしさの代償を支払うために。
ベスターの退出と同時に、彼と共犯の代理人を捕らえる近衛の姿を視界に収めつつ、暗闇に話しかけたガゼル王。
「暗部よ。あのスライムとリザードマンの動向を監視せよ。決して気取られるなよ」
「この命に代えましても」
暗部はそう言い残し、消えた。
「(……あのスライムは、一種の化け物だ。まるでかの暴風竜が如き存在感。だがそれ以上に異質だったのはリザードマンのほうだ。魔素抜きでは生存できないはずの魔物から一切の魔素、いや、匂いや音すらも感じ取れなかった。まるでそこだけ空洞であるかのように錯覚するほどの気配の希薄さ……思わず怖気が走ったものだ)」
王は直感していた。
自分は今まさに、時代の変わり目に立たされているのではないかと。
平和な時代が終わろうとしているのかもしれないと。
……世界を揺るがす大嵐は、すぐそこまで迫っていた。
次回から、新しく話が動き始めます。