準備するよって話です。
地を踏み鳴らし、木を切り倒し、
「「「「 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 」」」」
声高に叫びながら、目を黄色く濁らせて、
彼らに正常な思考は存在しない。
目に映る動くものは、全てエサである。
彼らは常に空腹であり、彼らの思考は〝エサを食べる〟というその一点に集約される。
「…ハラ……ヘッタ……」
また、一人の仲間が倒れた。
彼らは歓喜する。エサが出来たと。
本来であれば仲間であった、その
今の彼らには単なるエサでしかない、その
まだ息はあるようだったが、彼らにとっては新鮮だという証明に過ぎない。
隣を歩いていた幸運者達が、すかさずエサの解体を行った。
肝はその集団のリーダーに届けられ、その他の部位は取った者勝ちである。
周囲を悍ましい咀嚼音が埋め尽くす。
彼らは常に飢えている。
それこそがユニークスキル『
このスキルの影響下にある者は、食らった相手の力や能力までも取り込み自らの糧とする。
彼ら、二十万のオークの軍勢。
それは、
彼らに救いは無い。
ただただ、自らの飢えを満たすために行動する。
しかし、飢えが満たされることは無い。
それこそが『
まさに無限地獄であった。
彼らの前に、
彼らは本来、弱小の魔物である。
はるか格上のオーガに対し恐怖することはあれど、敵意を向けることは有り得ない。
それなのに……。
「「「「 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 」」」」
彼らの前進は止まらない。
むしろ、エサを求めて加速する。
オーガが暴れている。その強大な力で!
仲間が何体も弾き飛ばされ、斧で叩き殺されて……。
……しかし彼らにとっては、それは新鮮なエサが量産されていることを意味するのみ。
彼らは歓喜する。
自らの飢餓感が、少しでも満たされることを願って。
一体のオーガが倒れた。
すかさずオークが数体群がり、そのオーガを解体する。
血を浴びて、肉を貪る。
嗚呼……それでも満たされることは無く。
だが、オークの身体は変化する。
……オーガの力を宿していく。
オーガ達は格下であるオークの群れに飲み込まれ、断末魔の叫びを上げる。
その無力さを嘆きながら……。
徐々に、オークの中から突出した力を持つ者共が生じ始める。
喰らった仲間の力を我が物に!
喰らった敵の力を我が物に!
そして、更に食べ続けるのだ。
究極的に、彼らは死を恐れない。
いつか彼らの力は、巡り巡って王に届けられる。
彼らの王。
究極の、
「……征くぞ。このまま進めば、じきにトカゲ共の肉にありつける」
オーク達は進む。
次の獲物は、彼らのすぐ目の前にいるのだから。
オーク達は進む。
果てしなき飢えを満たす。
ただそれだけが、彼らの王の望み故に……。
一方、時を同じくして。
オークの軍勢から少し距離を離した木陰にて、それぞれ仮面を被った二人の男が水晶を通じ、オーク軍の順調な進軍を見守っていた。
「フュゥ…フュゥ…フュゥ…間もなく…フュゥ…リザードマンの領域に…フュゥ…フュゥ…突入する!……フュゥ…フュゥ…」
「計画のほうは順調に進んどるようやなゲルミュッド様……って大丈夫かいな?腹抱えおってからに……」
ペストマスクのような仮面を被る男、ゲルミュッドのあまりに絶不調気味な声色に、笑顔を浮かべたピエロマスクを被った男が心配そうに声をかける。
「フッ、フフッ、問題などありはしない。オークロードの出現は予想外ではあったが、非常に幸運だった。ヤツが、ゲルドが森の覇権を握るのも時間の問題だろう……ウッ」
「……いや、ほんまに大丈夫さかいな。下痢気味か〜?」
「お、おかしいな。カビの生えたパンはとっくに捨てたし、そもそも日持ちのする乾パンや干し肉や葡萄酒くらいしか食べてないはずなんだが……げ、下痢なワケあるか!!ふざけたこと言ってないでさっさとリザードマンの監視にもど―――ふぎゅぅぅぅ!!?」
罵倒を言い切る前に、ゲルミュッドは颯爽と茂みの中へと消えていった。
……茂みの奥からなんとも鼻の曲がりそうな臭いが漂う。
「……
ピエロマスクの男もまた、颯爽とその場を後にすることにした。
ゲルミュッドと違い、本来の役目を全うするためである。
「(……しっかし、妙な違和感を覚えるの〜。リザードマンの領域である湿地帯にはどういうワケか最低限の兵士しか配置されとらんかったし、向こうさんも何も把握しとらんはずがないんやけど)」
リザードマンの見張りがオークの軍勢二十万を把握していることは既に把握している。
この危機に際して報告をサボったり過小評価するような馬鹿がいない限りは、まず間違いなく首領のところにまで報告が上がっているはずである。
なのに、オーク軍の進行上、必ず両者がぶつかり合うことになる湿地帯には、どういうワケか平時と変わらぬ最低限の見張りしか立っていなかった。
「(籠城戦でも仕掛けるつもりかいな?援軍のアテがあると?あっても精々
もしくは、と考え込むピエロマスクの男。
「(最近、
そんなはずはないと
さっきボソッと呟いた通り、ゲルミュッドの育て上げたオークロードは『魔王誕生計画』を大きく後押しするほどの有望株に成り上がったのだ。
それこそ、この森に住む魔物では太刀打ちできないほどの強大な存在となって。
中途半端な援軍などエサにしかなり得ない。
だから、大丈夫なはずなのだ。
……胸のざわめきを押さえながら、ピエロマスクの男、ラプラスは夜の森を駆けていく。
その目は、全く笑っていなかった。
<<< 翌日 >>>
「……首領。日の出で御座います」
「うむ」
「首領。……我々は騙されておるのではないでしょうか」
「うむ」
「っ、オークの軍勢二十万の相手を湿地帯で迎え撃つならまだ分かります!ですが、それら全てを援軍が一手に引き受けるなど、私にはとても……!」
湖周辺に無数に存在する天然の
来る者を惑わせるそれらリザードマンの住処の中心に位置する玉座にて、首領はただひたすらに援軍の到着を座して待ち続けていた。
近衛の言葉など、頭には入っていない。
「(オークの軍勢二十万の報を受け、その舌の根が乾かぬうちに使者としてソウエイ殿がやってきた。両者は裏で繋がっておるのではないかとも疑ったが……この森の管理者たるドライアドが直接出向いてくるとは思わなんだ)」
ソウエイを使者として遣わした主は限りなく白。
だからこそ首領は、信じて待ち続けているのだ。
ある意味、絶対的中立の立場にあるドライアドの言葉があったからこその判断だが。
というか、ドライアドと直に会うなど生まれて初めてだったりするのは首領だけの秘密だ。
「(しかしまさか、
「……首領。使者殿がお見えです。それと……使者殿の主を名乗る者も来ております」
「……うむ。くれぐれも失礼のないように通せ」
「はっ!」
どうやら、約束は果たされたようだ。
ちょうど真正面にあたる通路の奥から二人分の足音が聞こえてくる。
「……昨日ぶりだな。ソウエイ殿」
「俺のことはどうでもいい。お前達リザードマンの提示した条件を呑み、我らが主レイタロウ様が馳せ参じた。その御威光をしかと両眼に焼き付けろ」
「貴様!首領に向かって無礼であ、る、ぞ……!?」
近衛が何かを言い切る前に、その口を閉ざしてしまう。
それは何故か?
……通路の奥より現れたるは、生と死の化身。
本来、自分達魔物にとって糧となる魔素。
その魔素が、陽炎のごとく通路周りを歪曲させていた。
その密度、比類無し。
その容量、限り無し。
その規模感、理解不能。
もう一度言おう。
通路の奥より現れたるは、そんな
誰もが口を揃えてこう言うだろう。
「……お待たせして申し訳ない。貴殿が、リザードマンの首領で相違ないか?」
……〝魔王〟であると。
首領を含めた、その場にいる全てのリザードマンが片膝をついた。
……あれー、なんかおかしいぞー?
あっどうも、俺は自称魔王のレイタロウでござんす。
日の出とともに皆で湿地帯へ瞬間移動した男だぉ。
まぁそれはいいとして、ちょっと困ったことになった。
「……あのぅ」
「なっ、なんで御座いましょうかレイタロウ様!?」
共闘を受け入れてくれたはずのリザードマン達が、一斉に
ソウエイの案……力の差を見せつけて交渉を優位に進めましょうという案を採用して、ちょっとだけ妖気を垂れ流してみたけれど、想像以上の効果だったようだ。
……いや、効果ありすぎだって。
奥歯ガチガチに鳴らして、全身から滝のような汗を垂れ流してるリザードマンは見たくないって。
やっぱダメだ。妖気をシャットアウトせねば。
……あ、首領ともう一人を除いた殆どのリザードマンが泡吹いて倒れ込んじゃった。
「か、かたじけない。あなた様の妖気はあまりにも強大無比。その凄まじさに耐えきれるほど、我らリザードマンは頑丈に出来ておりませぬゆえ。……この非礼は我が命をもって
「待て待て!貴殿の命を取るつもりはない!……俺はただ挨拶をしにきただけだ!」
おはようございまーす!って言いに来たら、腹切ってお詫びいたします!って言われたようなもんだよ……。
そんなの893にも居ないよホント……。
「うっ、ううっ……なんと慈悲深き御方!感謝いたしますレイタロウ様!」
「首領の、いいえ父上の命を拾っていただき、感謝いたします!」
泣くな泣くな。俺そんなに怖く見えるのかぁ?
こらソウエイ、暗い笑みを浮かべるんじゃない!
「やれやれ……オークの軍勢はあともう少しでこの湿地帯にやってくる。時間的な猶予はないため、本題に入らせてもらうが構わないだろうか?」
「「 はっ! 」」
臣下の礼なんて取らなくていいよぉ……。
……んで、リザードマンの首領と話をつけた俺は現在、その息子のガビルと相対していた。
話の内容を伝えておくためである。
勿論そこにはソウエイのほかにリムルさんやベニマル、シオン、ハクロウ、ランガ、リグル率いる
「そ、それでレイタロウ殿。親父殿とはどのような話をされていたのだ……?」
萎縮気味ではあるものの、精一杯の気力を振り絞って尋ねてきたガビル。
……もしかして、俺の妖気が外にも漏れたとかか?
《解。個体名レイタロウの
マジかぁ。ごめんなガビル。
「……オークの軍勢の無力化を一手に引き受ける代わりに軍門に下るよう要求した。首領は快諾してくれたぞ」
「「「 なっ!!? 」」」
「
「わ、笑いごとではなかろう!?貴殿の話では、オークロードのスキル『
「……誰が全員で突っ込むと言った?」
「はぁ……?」
「俺が一人で敵軍に切り込む。……君達には、群れからあぶれたオークの捕縛を頼みたい」
「……ハァァァァ!!?」
これこそが首領の提示した服従の条件。
魔物の間で罷り通る共通認識……それは弱肉強食。
自分達を弱者に貶めたいなら、強者としての圧倒的な武威を示し、心から屈服させてほしい。
要は、直接戦場に出て戦えということだ。
願ってもない話だったため、改めて快諾した次第だ。
……フッ、心が躍るなんて、初めての感覚だなぁ。
主に合わせてスピーディーに働く配下達、マジ有能すぎ。