死闘、決着。
氷雪吹きすさぶ極寒の大陸。
その中央にその城は屹立していた。
絶対凍結の氷原に囲まれ、マイナス120.0℃を下回る。
ほぼ全ての生物の生存を許さぬ大地。
その様な場所に建つ、美しく幻想的な宮殿。
想像を絶する膨大な魔力にて、この世に具現化された悪魔の城。
その名を〝白氷宮〟という。
魔王ギィ・クリムゾンの居城であった。
「……ハァァァァァァマジかぁぁぁぁぁ」
その手には
ギィが思わず溜息を零し、頭を抱えるまでに苦悩する原因がその水晶に映し出されていたのだ。
「あら、どうしたのギィ?……そんな溜息をつくなんて」
「……ヴェルザードか」
何処から現れたのか、傍らにひょっこりと立っていたのは自らの相棒とも呼べる竜種のヴェルザード。
白氷竜の名を冠し、今は長い白髪と深海色の瞳が特徴的な美少女が物珍しそうにギィを凝視していた。
世界の均衡を調整する調停者としての役割を担っているギィにこれほどの苦悩をもたらすなど、それこそ尋常ならざる事態が起こっている証左である。
「見ろよ。お前の姪が戦っているぜ」
「あら、そうなの?どれど―――」
水晶を覗き込んだ瞬間、ヴェルザードの体が固まった。
目の前に映る有り得ざる光景に、さしものヴェルザードも驚きを露わにしてしまったのだ。
「あらやだ、兄が復活したのかしら?……違うわね、兄でもこれほど強くはなかったわ」
「そうだ。……こいつは、ミリムは、ヴェルダナーヴァを超えちまったんだよ」
星王竜ヴェルダナーヴァ。
四体いる竜種のうちの一体にして、長兄を司る。
かつてギィが戦いを挑み、惨敗を喫した唯一の存在だ。
「?……でも不思議ね。外の世界はいたって平和よ?」
「そりゃあこの男の仕業だな」
「……黒い魔物?」
「名をレイタロウ・スターモンズと言うらしい。ある日突然俺の私室にこの水晶を送りつけてきた張本人にして、魔王を勝手に名乗っている男だ。ヤツが異次元空間にミリムを取り込んだ辺りから二人の戦いが始まったのさ」
「……へぇ」
「……正直見くびっていたな。ここまでの強者なら、ミリムと戦う前に会いに行くべきだった」
ヴェルザードの目から見て、水晶越しのレイタロウは決して脅威的な存在ではなかった。
……が、ヴェルザードはすぐに直感した。
彼は私に似ている。
おそらくは力を完璧に隠蔽しているのだろうとも。
「……ミリムがとある超魔導大国を滅ぼした際、その後の暴走を七日七晩かけて止めていた時ですら、ミリムはこの形態を使うことはなかった」
「その戦いの仲裁に精霊女王ラミリスが介入したとは聞いているわ。……ギィ、今の魔王ミリムを相手取って勝てる見込みはある?」
「無理だ。
だが、と一呼吸置いてギィは告げる。
星王竜ヴェルダナーヴァを超える力を発揮しているミリムもそうだが、それ以上にギィの心を惹きつけていたのは、そんなミリムに吹っ飛ばされて空中を舞うレイタロウであった。
「底の知れない者同士だが、俺にはこの戦いの決着が視えたぞ」
「楽しそうね」
「むしろ楽しまねばなるまいよ。酒の肴にするにしては、ちょいとばかし刺激が強いがな」
オッハー!皆大好きレイタロウちゃんだよー!
ちゃんと朝飯食ったか?俺は食ったぞぉ!
歯磨きして学校行って宿題して寝ろよ!?
お兄さんとの約束だからな!ハッハー!
まぁそれはそうとミリムだ。
さっきヴェルダナーヴァとか何とか言ってたけど……今の形態がそういう名前なんじゃろか?
何とも目のやり場に困る叡智な姿だね。
……おふざけはこのくらいにしとくか。
俺はいま空中を物凄い速度で飛行している。
断っておくが、これは俺の意志に反するものだ。
何せ自主的に飛んでいるワケではなく、ミリムに飛ばされているワケなのだから。
いやはや、それにしてもとんでもない速度だったね。
一瞬ホントに消えたのかと思ったよ。
それで一発もらうんだから世話ないよねぇ。
しっかし、パンチ一発放っただけで世界がどえらいことになっとるなぁ。
パンチの衝撃が俺だけじゃなく、周囲の海洋や大陸すら薙ぎ倒して焼き尽くしている。
今となっては俺も全裸だ。
……常日頃から
あ、追撃くる。
ちなみに、殴られてから追撃までの間は二秒にも満たなかったよ。マジで速いねミリム。
お、お"ぉ"おぉぉ"ぉぉ"ぉ"ぉぉぉ"ぉ!!?
凄い、これは凄いぞ!?
全身のいたるところからミリムの攻撃が殺到してくる。
あ、もうちょっと右肩を強く叩いてもらえる?
おぉぉぉぉぉぁいいねぇぇぇぇぇ最近凝りがちだったんだよ助かるぜぇ。
で、出来れば腰のほうも……おぉぉぉぉぉぁ!!
最高、マジ最高だよ!
お、お次はメリーゴーランドごっこかな?
ふぉぉぉぉぉぉ目が回るぅぅぅぅぅ!!?
あ、手を離された。
飛ぶよ飛ぶよ、何処までも飛ぶよ。
……このまま風になろうかな?
ヤッベ、追撃のハンマーブローが来たぞぉ。
今度は下へ下へと急速降下していく。
このまんまじゃ地面に激突してまうぅ!!?
だがしかし、そうはならなかった。
「月まで吹っ飛べ」
俺の耳がその言葉を拾った直後、土手っ腹に物凄い蹴りを叩き込まれ、俺の体は真っ直ぐに大気圏を突っ切って月に到達する。
勢いは衰えを知らず、月を身一つでぶち壊した俺は、そのまま宇宙空間へと放り出されることとなってしまった。
その形態は、最初にして最強の
「っ、ハァ、ハァ、ハァ……!!!」
だがその形態は、ミリムの命を燃料に激しく燃える諸刃でもあった。
ポタリポタリとミリムの鼻から血が流れ落ちる。
目は充血を通り越して内出血を起こしている。
臓腑は身体の過活性によって急速に老化・腐敗し始めており、ミリム自身の膨大極まる
視界は徐々に闇に染まりつつある。
鼻血を拭おうにも流血は刻一刻と激しさを増し、やがて血の塊を口から吐き出して膝をついてしまった。
もはや感覚は殆どない。
ミリムは父を超え、明日を捨てたのだ。
それなのに、ミリムの心は充足していた。
日々感じていた退屈、圧倒的強者ゆえの孤独、暴発しかかっていた破壊衝動……。
それら全てが、一人の男に存在によって裏返った。
退屈など感じさせない対等な激闘。
孤独を知る者同士のシンパシー。
自らの破壊衝動すら受け止めきったその男に、言葉では言い表せないほどの感情を抱いてすらいた。
ここで終わってもいい。
この余韻を抱いたまま死んでも構わない。
ふと、レイタロウがいるであろう遥か上空を見上げる。
一条の光が差し込み、そして―――
……あっという間に帰ってきた。
既に枯れ果てた
「お、いけた」
その瞬間、ミリムの
そして、この期に及んで初めて、レイタロウの強さを正しく観測することが出来てしまったのだ。
一瞬の呆然の後、ミリムの足は勝手に前進を始めていた。
「( この男には )」
もはや考えることすら馬鹿らしい。
早々に無駄な思考を切り捨てたミリムは、ただ一点を見据えて加速を始める。
「( ワタシの全てを )」
この瞬間、この男に勝てるのならば、明日などいらない。
ミリムは一条の星の光と成って駆けた。
「( ぶつけたくなったぁ!!! )」
吼える。
あらん限りの声を、喉が張り裂けようとも。
攻め続ける。
自らに残された僅かな時間すら燃やし尽くして。
進化する。
数え切れない進化を繰り返し、超克するため。
それでもレイタロウのほうが一枚上手であった。
ミリムの嵐のごとき連打の
彼女の全身を激痛が襲い、刹那、はるか後方へ大きく吹っ飛ばされることとなった。
ジュラの大森林方面へ吹っ飛ばされたミリムであったが、なんとか体勢を立て直し、地面に足を突き立てることで踏ん張ることが出来た。
鼻や口等といった穴という穴から血を噴き出しており、ダメージは決して軽くはなかったが、それでも狂ったように口元を歪め、喜びを露わにしていた
「っ……良いぞレイタロウ!それでこそ倒しがいが……ッ!!?」
「〝
視界を白が塗りつぶす。
モヒカンから射出される威力も速度も精度も劇的に強化された〝煌閃〟を百発同時に叩き込まれてしまった。
ミリムの肉体は木っ端微塵に
《告。個体名ミリム・ナーヴァは、エクストラスキル『神速無限再生』を獲得しました》
……ことはなかった。
〝世界の言葉〟とともに自らの血肉をかき集めて復活を果たしたミリム。
しかし、もはやその寿命はもって数分といったところ。
ミリムはここに、自分の過去も、現在も、未来も、命も、その全てを懸けた一撃を放つことを決意する。
「お前はワタシが倒すッ」
星粒子を捻り出す。
己の生命維持すら度外視して。
『
熱暴走を起こし、火を噴き出した。
「全エネルギーを放ち、お前諸共この世界を消し飛ばしてやろうッ!!」
比喩や誇張抜きに、全身が溶け落ち、焦げ落ち、燃焼されていく。
もはや痛覚すら消え失せていた。
だがしかし、この胸に芽生えた無上の〝愛〟は更に勢いを増すばかり。
そしてミリムは、己の人生が何のために存在していたのかを悟る。
……全てはこの時のためにあったのだ、と。
「
だが、レイタロウの顔に恐怖はなかった。
「……だったらこっちも、切り札を使わせてもらうよぉ」
体内で極限まで練り上げていたエネルギーを急速に逆流させ、一時的にエネルギー回路に過負荷を生じさせる。
凄まじい爆音とともに白光を放ったレイタロウは、いつでも
「必殺〝マジシリーズ〟」
そう呟き、その身に渦巻いていた白光が消失する。
不発?……否、断じて否。
「マジ体内放射」
レイタロウを中心に、白い輝きを放つドーム状の衝撃波が広がっていく。
白い衝撃波はミリムが放った光線と衝突し、光線に籠められた膨大なエネルギーを
破壊の暴君と怪獣王、最強を名乗る両者の激闘に終止符が打たれた瞬間である。
「ワタシは……敗れたのか……」
火の海に包まれた世界。
全身が炭化し、両腕と下半身を失い、それでも辛うじて息を繋いでいたミリムは、己の敗北を否が応でも悟ってしまった。
「……まだ生きていたのか。やっぱり君は強いよ」
もはや五感の全てが機能していなかったミリムの脳内に直接声をかけたのは、この戦いの勝者であるレイタロウ。
「……魔王を名乗るに相応しき…良き実力……対等な…良い勝負だった……」
「あぁ。そうだな」
「……………………………………フッ」
魔王ミリムは、レイタロウの嘘を瞬時に見抜いた。
「嘘だな。……お前には余裕があった」
「………」
「まるで歯が立たなかった……」
「………」
「戦いにすら……なっていなかった……」
……余談となるが、夢空間はレイタロウの体力の消耗に比例して結界としての強度と持続時間が変動する。
元気でいる時ほど崩し難く、逆に消耗している時ほど脆弱になる。
星王化暴走を経て劇的に強くなったミリムの猛攻に晒されてなお、レイタロウの身体的消耗・損傷は〝ゼロ〟であった。
故に、夢空間は依然として健在である。
「……お前との約束は……果たせそうにないな」
「………」
「お前は強すぎた」
その言葉を最期に、ミリムは眠るように息絶えた。
さながら幸せな夢を見るかのように……。
「……心配するこたぁない。約束は守れるさ」
ダイジョブダイジョブ。
……よしよし、
因果律操作に片足を突っ込むようなトンデモ難易度だったけど、色々と試行したおかげで出来るようになったこの技の名前は、身も蓋もないけれど〝夢オチ〟という奴だ。
夢空間の中で起こったことだから俺の意思一つで正夢にも夢オチにも出来る。
……これがスキルじゃなくて
今回は夢空間内での〝ミリムの死〟を結界の崩壊条件に盛り込んだワケだけど、上手く行って何よりだ。
ピキピキピキッと急速に音を立てて崩壊する夢空間。
白黒に染め上げられた世界に、色彩豊かな光が差し込んでくる。
「ミリム。……起きる時間だよ」
「……ンン」
光に当てられた箇所からミリムの体が元通りになる。
黒ずんだ肉体は綺麗な肌色と普段着に包まれていき、止まっていた心肺も正常に活動を再開し始めた。
あまりの眩しさに子供っぽい声で呻きながら目元を両手で覆うミリム。
俺も気がつけば、真っ裸から普段着に身を包んでいた。
そして……。
パリ―――ンと音を立て、夢空間は完全に崩壊した。
「レイタロウさーん!」
「お、リムルさん。戻ってきたぜ」
いの一番にリムルさんが駆け寄ってくる。
俺の心配……って言うより、仰向けになって眠っているミリムを心配しての行動っぽかった。
ちなみに此処はドワルゴンへと続く街道だよ。
「ミリム大丈夫か!?死んでないか!?」
「ん〜ムニャムニャ……もう食べられないのだぁ……」
《解。個体名ミリム・ナーヴァの心身に特段の異常は見受けられません。いたって健康体です》
「魔王になるための
ふと遠くを見やると、こちらを尊敬の眼差しで見つめる配下の姿と、化け物でも見るかのような畏怖の眼差しを向けるヨウム君達が突っ立っていた。
フューズさんは燃え尽きポーズで気絶している。
シュナは何故か祈るように両手を組んでこちらを見つめてきているけど……何なの?
「よっ!……観てて楽しかっただろう?」
俺の言葉に返す者は、残念ながらいなかった。
そんなぁ……せっかく頑張ったのにぃ……!
ガックシ、ショボン……。
「……それはそうとリムルさん。
「お、おう、そこら辺は抜かりないぜ」
「それは良かった」
ギィ「こいつはすぐにでも魔王にしたほうが却って都合がいいな。うんそうしよう。というかすぐに赴こう」