イングラシアに行ってみよー!って話です。
ジュラの大森林周辺に点在する人間の国家で形成された評議会である。
当初、対魔物の互助組織として立ち上げられた評議会の役割は今やそれだけに留まらず、国家間の調定をも担う絶大な権力を有する組織となっていた。
「……要するに、西側諸国を仕切っているお偉いさん方の集まりですよ」
「へぇ……」
ガラガラガラと若干荒れた道を突き進む狼車の中。
スライムボディーをプルンプルンと揺らしながらカバルの簡単な説明を聞いていた俺ことリムルは、自分達がこれから赴くイングラシア王国に思いを馳せつつ、説明の続きを無言で促した。
「評議会の裁定にはギルドも従わなきゃならないんで、あっしらにとっても無関係な存在じゃないんです」
「ふーん……」
前世でいうところの国際連合みたいなものか?
権限はもっとありそうだけど……。
「で、そのなんちゃら評議会の中心になってる国がイングラシアなのか」
「そうです。あそこは都会ですからね、流石の旦那もビックリすると思いますよ」
「ねぇねぇ、見えてきたわよぅ!」
お、マジで?
んじゃまあ、そろそろ人間態に変身してと……。
狼車の車窓を開け、進行方向を見やる。
「おー、あれがイングラシア王国か」
遠目から見ても分かる、何とも風光明媚な街並み。
この世界の数少ない都会、首都〝ルーラ〟
……普段だったら観光を楽しむところだが、今回ここに来た理由は別にある。
来たぞシズさん、もうすぐだ。
<<< ??? >>>
「ハァァァァ!!?あ、あの黒トカゲが十大魔王になったってホンマかいなぁ!!?」
……何処とも知れぬ薄暗い一室に〝道化〟の驚きに満ちた声が木霊する。
普段から飄々としているその道化にしては珍しく、本気で驚愕し焦っている様子が見て取れる。
「クレイマンからの確かな報告だよ。賛同者は魔王ギィ・クリムゾンに魔王ミリム・ナーヴァ、魔王フレイなんだってさ」
「ちょ、ちょいちょい待ちい!?最古の魔王が二人も賛同者に回ったってことなんかぁ!?」
「魔王ミリム・ナーヴァは
暗闇の奥で道化に話しかける
纏う雰囲気から、焦燥は感じられない。
むしろ余裕すら見受けられる。
「……魔王としての最低限の実力は兼ね備えつつも、ワイらの脅威足りうる存在じゃないっちゅーことやな」
「現在のところはね。……それよりも、その黒トカゲの下に付いているスライムがブルムンドを出立し、此処を目指して来ていることのほうがよっぽど興味を引くよ」
「スライムが?……よりによって西方聖教会の活動圏内に入るとは、自殺願望でもあるんかい」
「ハッハ……斬新な発想だ」
道化の首吊りポーズを笑いながら見ていたその人物は、協力者である魔王クレイマンからの報告を思い起こしながら今後の計画を頭の中で打ち立てていた。
「……まぁええ。ワケわからんスライムは置いといて、西方聖教会にはワイも用がある」
「へぇ?」
「
「ああ、いいねそれ。……正義の味方なんてウソくさい大義を掲げる宗教団体の正体を暴くのなんて、君なら朝飯前だろ?」
「買い被りやってー、せいぜい夕飯前や。ほな」チュッ
投げキッスをしてその場を去った道化を見送り、その人物は一人で考えを巡らせる。
魔王クレイマンからの報告を信用するならば、あの黒トカゲ、もといレイタロウという魔物は既に
保有スキルの有無は不明ながらも、その屈強な見た目から連想する範囲では近接戦を得意とするのではないかとのこと。
何より、人魔共栄を謳って
クレイマンに喧嘩を売るなどといった行動から見て取れるように胆力はずば抜けているようだが、ハッキリ言ってこの非情な世界を生き抜くには色んな意味で甘いと言わざるを得ない。
付け入る隙はいくらでもある。
「西方聖教会に、おかしな行動をとるスライム。時を同じくして魔物の国に強欲な人間の国と。うっかり狩られでもしたらガッカリだな。……ま、それはそれで面白いんだけど」
全ては、自分の掌の内にある。
そう信じて疑わないその人物の口角は、不気味に吊り上がっていた。
「Bランク冒険者!?こんな小さなお嬢さんが!?」
……やれやれ、またかよ。
「お嬢さんじゃねーよ。いいからさっさと確認してくれ」
「あ、し、失礼しました!」
門番の男に身分証を突きつけてさっさと通すよう催促し、無事通過することが出来た。
「可愛い声なのにオッサン口調とは……もったいない」
「バカ、聞こえるぞ!」
聞こえてるよ。
しかし声か……なるほどね。
シズさん似の顔は隠しているのに少女扱いされる理由はそれか。
今更声を弄るのも面倒だし、今後は声変わり前の少年という設定でいこう。
心は常に少年だしな。
「うおぉぉ……!!」
その発展振りには素直に驚かされた。
遠目に見た広さもかなりのものなのだが、街の周囲を遠大な外壁が囲んでいるのだ。
街に入るには二つある門のどちらかを通る必要がある。
この広さを全て囲うほどの外壁、これだけでも時間と金がどれだけかかるのやら。
中に入ると更に絶景である。
流石に高層ビルが立ち並ぶということは無いが、ブルムンドとは比較にならない大きな建物が多い。
五階建てなら結構あちこちに見かけるほどだ。
何より、その計画的な区画整理に、街の中央に
まるでロー○オブザ○ングみたいな城だ。
中を見て、感心しながら歩いて行く。
凄いのは街の景観だけではなかった。
その文化も素晴らしい発展を見せていた。
大きな体育館のような場所では屋外コンサート場としか思えない設備がある。
街の目立つ所に大きな絵画がかけられている。
……どうやら演劇の看板のようだ。
ここでは比較的〝紙〟が安いのか、チラシが配られている光景も目に入って来た。
まさに大都会。
久しく感じていなかった、都会の空気を感じ取れた。
マジかよ!?と言いたくなるほど驚いたのは、ガラス張りの建物もあったことだ。
ショーウインドウのように中に品物が飾られている。
というか、ショーウインドウそのものだった。
武器や防具がメインに飾られているのが前世と違うところである。
ドレスや洋服の飾られている店は、街の中央付近、つまり城に近い高級そうな区画に存在した。
庶民の店とは異なるのだろう。
この外壁内部で生活出来るだけでも裕福なのだろうが、城付近に家を持つのは貴族達にしか無理なのだろう。
そこには厳然たる格差が存在するようだ。
まぁそりゃ確かにそうだろうけどね。
収める税金の違いで待遇に違いが出るのは当然だろう。
……とまぁ、久しぶりに感じる都会の空気に年甲斐もなくはしゃいでしまったワケだ。
帰ったら摩天楼の建設をレイタロウさんに提案してみるのもいいかもしれない。
適当な露店で買ったドーナツ擬きを頬張りながら、更に街を練り歩いていく。
「治安も良さそうだなぁ。警備がしっかりしてそうだし。そういえばブルムンドでもギルドの組合員が警邏してたけど、ここの警備兵は衣装が統一されてるな」
「ああ、彼らは西方聖教会所属の兵士ですね」
「西方聖教会?」
「唯一神ルミナスを崇めるルミナス教の組織なのよぅ」
「へー」
……確か、
いやいや、生け捕りにしろっつったってどうすりゃいいんだよ?と思わずツッコんだけど、その辺のことはこっちでやっておくからリムルさんはただ生け捕りにすることだけ考えてって言われちゃったワケだ。
ま、出会わないことを祈るのみだな。
「あっそうだ、旦那は教会には気を付けたほうがいいぜ」
「え、なんで?」
「西方聖教会は魔物の殲滅を教義としてるから、旦那の正体が知れたら聖騎士団の討伐対象になっちまう」
「おぉ……それは恐いな」
「旦那ならそうそうやられたりはしないと思いやすが、彼らは対魔物のエキスパートなんでやす」
「なるほど……」
……レイタロウさんには悪いけど、関わらないに越したことはないな。
「……なんてったっけ、聖騎士団の団長?」
「えっと確かぁ……そうそう、ヒナタ・サカグチ!」
ヒナタ・サカグチ。
坂口……あるいは阪口?
たぶん日本人……だろうな。
『……うん、そうだよ。ヒナタは私の教え子の一人で、一番才能があった女の子なの』
ふーん、そうなのか……えっ!?
シズさん、もしかして俺の心の声が……!!?
『ごめんね、ずっと筒抜けだったよ』
ノォォォォォォォォォォォ恥ずかしすぎるぅぅぅぅ!!
胃袋の中にいるからって、俺の思考まで読み取れるのは流石にヤバすぎるってぇぇぇぇ!!
『……ねぇスライムさん。レイタロウさんは一体何を考えているのかな?』
え、何を考えているか?
そりゃあもう……色んなことを、じゃないの?
少なくとも
流石に聖騎士団の団長になっているヒナタ・サカグチを拉致ってこいって命令にはドン引きしたけどさ。
『……レイタロウさんは多分、ルベリオスとの戦闘すら視野に入れていると思うの。どうやるのかは分からないけど、ヒナタの身柄を利用して……』
……文脈的に、ルベリオスは西方聖教会のお膝元ってことだよね。
マジか、
「……リムルさん?部屋取れたから行くわよぅ?」
「っ、悪い悪いエレン。今行くよ」
……ごめんシズさん。
俺もそこまでレイタロウさんから詳しく聞かされていなくてさ、部屋に入って落ち着いたらソウエイ越しにレイタロウさんに聞いてみるよ。
なんでヒナタ・サカグチを拉致しなくちゃいけないのか、ってね。
『ありがとう、スライムさん』
ふざけたことを抜かしてきやがったら、俺のほうから断固お断りしておくからさ。
あの人、何でもかんでも自分の思い通りになると思い込んでる節があるし、ここはガツンと一言言ってやらなくちゃならないんだよ!
『そ、そこまでは……ただ理由を聞ければそれでいいんだけど……』
いいのいいの、このくらい言ってやらにゃあ。
それに……。
『……それに?』
あの人が暴走したなら、俺が止めてやらなくちゃいけないんだよ。
……これは、友達である俺にしか出来ないことだから。
『……ふふっ、本当に大切に思ってるんだね』
そ、そんなんじゃないよ!
ソウエイに伝言頼んだら俺もう寝るから!
シズさんもお休み!
『……うん、お休みなさい、スライムさん』
……結論から言って、レイタロウさんから返ってきた返答は俺やシズさんが望んでいたものではなかった。
そして、改めて思い知らされることとなる。
人間の欲深さと、その愚かさを……。
次回、