災難に遭うって話です。
「……子供達はもう大丈夫だ。ひと月以上様子を見たが、魔素は安定している」
「そのようですね。ほかの教師達も皆驚いていましたよ。僕だってそうです。……本当に、一体どうやったんですリムルさん?」
「ハッハッハ、それは企業秘密というヤツさ」
……なんてな。
そもそも勇者や英雄になるべく召喚された子供達だ。
上位精霊の力を宿しているだなんて知れ渡ったら、またぞろぞろ手に入れようとする輩が出てくるだろう。
これ以上、あの子らが他人の利己に振り回されるのは御免被るね。
そんなことを思いながら、俺は現在
勿論、スライムボディーでね!
「……流石はリムルさんだ。シズ先生もさぞ喜んでいたでしょう?」
「まぁな。流石に人前では今のシズさんを晒せないから、俺の自室で子供達と戯れてもらってるけど」
精霊に転生していたとはいえ、シズさんが生きていたことは子供達にとって大きなサプライズとなった。
今のあの子らに少し前までの暗さは最早ない。
シズさんも、それはもう俺に何度も頭を下げてお礼を言ってくるもんだから、止めさせるのに苦労したもんだよ。
「で、どうやったか僕にだけ教え―――」
「駄目」
「え〜……リムルさんって結構ケチですよね」
「それが漫画をくれた相手に言うことかね?」
「ごめんなさい師匠!!」
……ユウキ、お前には絶対教えないよ。
「さてと、じゃあ俺は子供達のところに戻るよ。先生やるのもあと数日だしな」
「ちゃんとお別れ済ましてくださいよ?……あの子達、リムルさんが帰るって知って暴れてたんだから」
「分かってるよ」
スライムボディーから人型に擬態し、俺はのらりくらりと自由組合を後にした。
……そう、あと数日で俺はお役御免になる。
先生業の終わりは、もうすぐそこまで迫っていた。
魔物になった俺が人の子と接するなんて、転生したばかりの頃は夢のまた夢だった。
人間の国と交流して
……祭り上げられたのがレイタロウさんで良かったと思うくらいには凄まじい重荷だ。
まぁ結局、俺もその片翼を担う羽目になってしまったが、不思議と悪い気はしない。
しかし……。
それは分かっているつもりだった。
だがその芽は、俺の予想を上回る速度と規模で確実に成長していたのだ。
一般人であった俺には政治や国家というものが理解できていなかった。
その冷酷なまでの利己主義を……。
だからこそ、俺達は負けるワケにはいかないのだ。
人間の思惑を寄せ付けない人外の智謀。
国家の戦力を遥かに超越する暴力の化身。
レイタロウさんがいる限り、俺達に敗北はあり得ない。
それでも俺達は、レイタロウさんに全ての罪を押し付けるつもりは無い。
俺も含め、皆強くなったのだ。
命を、尊厳を、奪われないために。
来るなら来い、この世に渦巻く理不尽。
お前らの全てを
「……先生、もう行っちゃうの?」
「クロちゃん、先生を引き止めちゃダメだよ」
「そうよ、早く行っちゃえばいいんだわ」
教師としての任期を満了し、いよいよイングラシア王国から旅立つこととなった。
……が、クロエからの思わぬ引き止めに遭い、予想以上に足止めを喰らってしまっていた。
ジッとこちらを見つめるクロエ。
やれやれ、仕方ないな……。
シズさんも、クロエにならきっと許してくれるだろう。
「ほれ、これをやるから元気出せ」
そう言って、抗魔の仮面をクロエの頭にポンと置く。
「あーっ、ズルい!私も欲しかったのにぃ!」
「だめー、私がもらったの!」
「こらこら……」
そんなに欲しかったのかその仮面?
なんか悪い気がしないでもないけど、お前にもちゃんと良い物プレゼントしてやったぞ?
「うぅ〜……!」
「仮面くらいいいだろ」
「先生、俺達みんなに新しい服をくれたしね」
「アリスちゃん似合ってるよ!」
「俺の国の
「えっ……じゃあいいわ!」フフン!!
ふぅ、良かった。
シュナのセンスに感謝だな。
日増しに成長する自分の子供用に幾つも服を作っていたらしいけど、俺の注文通りに仕上げてくれたワケだ。
「しっかり勉強しろよお前ら。別れは辛いが二度と会えないワケじゃない。休みになったら遊びに来るといい。俺の友達を紹介してやるからさ」
サヨナラは言わない。
また会う日まで……。
「じゃあまたな!」
「……行っちゃったね」
「アッサリしてるんだから」
ズビッ…「よし!今度会った時、先生が腰抜かすぐらい強くなってやろうぜ!」
「なに鼻声で仕切ってんのよ」
「う、うるせー!」
「「 あははは…… 」」
「……クロちゃん?そろそろ行こう」
「……うん」
時間をかけると離れがたくなるからな。
別れはアッサリのほうがいいのさ。
そして気が付けば、あんなに身近だったイングラシア王国が視界に収まるくらいに小さくなっている。
寂しくはある。
でも、これくらいでいいのさ。
これで、
《告。広範囲結界に囚われました。すぐにでも解除できますが、実行いたしますか?》
取り敢えず〝NO〟で。
あっても無くてもぶっちゃけ変わらんし。
レイタロウさんに、魔素を大幅に制限した特殊訓練を何度も施されてるからな。
……すると、背後からソウエイが現れた。
よく見るとちょっとボロボロである。
「リムル様」
「……あぁ分かってる。その上で命令だ、お前は影に潜んで待機してろ」
「申し訳ございません。結界の構築を阻止しようとしましたが、相手方にも相当な手練れがおり……」
「分かってるよ。だから俺に任されたんだ」
「初めましてかな。もうすぐサヨナラだけど」
そんな言葉を俺に投げかけつつ、一人の人物が歩いてやってきた。
そいつは、どこか懐かしさすら感じるヤツだった。
艶のある美しい黒髪を肩口に届かぬ程度に切り揃えている。
本人の戦闘スタイルを反映してか、比較的動きやすそうな銀色の鎧を身に纏っている。
そして、その上から聖職者が着るような純白の外套を羽織っていた。
ぞっとするほど冷酷そうな冷たい瞳の中に、理性の輝きが瞬いている。
瞳の冷たさをより際立てるほどの麗しい美貌であった。
「……話なんて聞きそうに無いけど、一応言っておくか。お前騙されてるぞ、ヒナタ・サカグチ」
「言うに事欠いてそれ?……命乞いの言葉としては甘く見積もっても零点ね」
「俺が誰だか分かった上で、こんなチンケな結界を張ったんだろうな?」
「勿論分かっているわよ、魔物の国の序列二位さん」
ヒナタ・サカグチから更なる殺気が漏れ出る。
……平然としちゃいるが、あれは相当キレてるな。
「君の国がね、邪魔なのよ。だから潰すことにしたの。そういうワケで今、君に帰られるのは都合が悪いのよ」
「俺
「……?」
「俺なんかを狙うより、国元にいる王様でも狙ってろよ。明らかに順序が逆じゃねーか」
レイタロウさんが負けるイメージは湧かないけど。
「……密告があったのよ。君がシズ先生を魔物に作り変えたばかりか、その意思を弄び、あろうことかその姿まで奪ったことを」
「……そうかよ」
「否定はしないのね。じゃあそろそろ始めましょう」
そう言って、ヒナタは
俺は腰に提げた刀を―――引き抜かない。
「腰に提げた刀は飾りなのかしら?……まぁどうでもいいけど」
直後、ヒナタは凄まじい速度で剣を突き出す。
狙いは俺の額、心臓、丹田……と言ったところか。
なるほどね、一人で俺を殺しに来るだけはあるよ。
……はぁ。
「――――――ッ」
「舐め過ぎだろ、お前」
ヒナタの剣閃を半身をズラして回避し、ガラ空きの顎に軽めの左ジャブを叩き込む。
軽めに打っとかないと下顎を砕き割っちまうかもしれないからな、手加減は大事なのだ。
左ジャブでヒナタの脳みそをシェイクし、僅かに気絶している間にレイタロウさん直伝のヤクザキック(二トンの重さを乗せてある)を土手っ腹に炸裂させる。
「―――ガハッッッッ!!?」
それがいい
地面を何度もバウンドしながら転がりつつも、何とか体勢を立て直して俺に剣先を向けた。
「足元がグラついてるぞ。立ってるのがやっとだろ?」
「ッ〜〜〜、何なの、あなた……!?」
「俺?……俺は、悪くないスライムさ」
「悪い、冗談ね……!!」
《告。ヒナタ・サカグチより『強制簒奪』が実行されております。……妨害しました》
……ふぅん、そういうスキルか。
「なんだ、人様の力を奪うのがお前の能力なのか」
「……なんて出鱈目」
「俺の話を聞いてくれるなら、終わりにしてやってもいいけど?」
「それは、無理な話よ……!」
……ヒナタを中心に、なんか物凄く神聖そうな光が収束しだし、それが鎧となって現れた。
背中から生えている三対の羽も相まって、さながら天の御遣いのような神々しさだ。
《聖霊力の具現化を確認しました。対魔に特化した聖属性の武具と推測します》
「私は、選んだのよ。……
俺のヤクザキックで体力の大半が消し飛んでいるはずなのに、よくもまぁ喋れるものだ。
「あなたを認めるわ、リムル=テンペスト。だからここで刺し違えてでも討つ……!!」
「……来いよ、ヒナタ・サカグチ」
「神へ祈りを捧げたてまつる。我は望み、聖霊の御力を欲する。我が願い、聞き届け給え―――万物よ尽きよ」
ふらつく体を気合いで持ち堪えさせ、絞り出すように詠唱を口にする。
その成果物は魔法としてではなく、手に持つ剣の刀身に籠められた。
「……二つ、間違いを訂正してやるよ」
「魔物の、話になんて……ッ」
「一つ、シズさんを人間から精霊に転生させたのは俺とレイタロウさんの責任だが、彼女の自由意志まで奪った覚えはない。シズさんは
「ッ〜〜〜、
最後まで信じてくれないワケか。
言ってて悲しくなるな。
「そしてもう一つ、ウチは他国の如何なる侵略行為にも屈さない」
「……ッ!!?」
ヒナタが突き出してきた剣の切っ先を
「ついでに付け加えるなら、俺に霊子崩壊は通用しねえ。分かったら大人しく寝てろ」
「な――――――ッ」
ヒナタが反応するより早く右の回し蹴りを繰り出し、本日二度目の顎への追撃を行う。
……念のため、顎以外にも喉や鳩尾といった人体の正中線を集中的に攻撃する。
出来そうならドンドン追撃していけ。
……レイタロウさんから賜った立派な教えである。
「シズ、センセ―――――――――……」
ドサッと、後頭部から地面に激突するヒナタ。
気絶したフリ……なんてことはないよねシエル先生?
《解。ヒナタ・サカグチは
……はー、やれやれ、それは良かった!
身体特性の『重力制御』以外には『未来予知』くらいしか使わなかったけど、特にこれと言った問題は発生しなかったし、勝利を収められたのなら文句無しだ!
「リムル様、勝利おめでとうございます」
「リムル様!ご無事で何よりです!」
「おお。ソウエイ、ランガ、勝ってやったぜ!」
影から顔を覗かせるソウエイとランガを見やり、俺は渾身のVサインを送る。
《告。広範囲結界を解除いたしますか?》
おっとそうだった、そろそろこの邪魔な結界をぶち壊さないといけないな。
さっきからずっと体が
勿論〝YES〟で!
……俺がやりましたみたいな感じの雰囲気を漂わせつつ、華麗な指パッチンをした。
辺り一帯を覆っていた結界は、脆くも崩れ去った。
「……リムル様、その女はいかがなさいますか?」
「ヒナタか?……勿論お持ち帰りするとも。そういう命令だしな。ランガ、悪いが背負っていってくれ」
「承知しました!」
バチボコに叩きのめしたヒナタをランガの背中に乗せ、念のため
……が、どういうワケか全く効果が現れない。
まぁ息はしているし、最悪レイタロウさんに診てもらえば何とかなるだろ。
「ソウエイ、レイタロウさんに連絡だ。ヒナタの身柄を確保することに成功した、即時帰還するが大丈夫かどうかってな」
「承知」
……ヒナタを拉致してこいというレイタロウさんの命令、今になってようやくその真意が分かった気がする。
レイタロウさんは
そのスキルを磨き上げすぎたことで、なんとスキル越しに視た相手の未来を覗けるようになってしまったらしい。
そして、よりにもよって俺の未来を覗き見たらしいのだ。
そこで視た俺の未来とは……ズバリ、襲撃してきたヒナタを返り討ちにし、その身柄を
おそらく俺は、敵対したとはいえ一人の女性を野垂れ死にさせることが出来なかったのだろう。
……俺は、レイタロウさんに気を遣わせてしまったのだ。
ヒナタ・サカグチ。
勘違いによるすれ違いがあったとはいえ、あのシズさんの仇討ちをしようとするくらいなのだから悪い人間では無いのだろう。
生真面目すぎるというか、頑固なのが玉に瑕だが。
それより何より……。
「スライムさん……ありがとう」
「ヒナタを生かしてくれて……」
「……いいんだよ。シズさん」
シズさんの教え子を殺すなど到底あり得ない。
手荒くしてしまったが、なんとか最後の一線は守り抜くことが出来た。
そして、ソウエイが近付いてきた。
「リムル様、レイタロウ様からです。……思ったより早く終わって驚いたけど、それなら早く帰ってきておいで。ヒナタの治癒は俺が引き受けよう……とのことです」
「よし、
「はい、ですが時間の問題です。お急ぎを」
「分かった」
一も二もなく俺は『空間移動』を発動させる。
目的地は勿論、
私の書きたかったことの一つが、いま果たされました。
賛否両論あると思いますが、次回以降も楽しみにしていただけると嬉しいです。