ファルムス王国が何か企んでるよって話です。
愚か者の企み
西側諸国の玄関口。
ファルムス王国がそう呼ばれる所以は、武装国家ドワルゴンとの取引を一手に引き受けているからだ。
関税率が暴利であることは周知の事実だったが、数多の魔物が住まうジュラの大森林を経由せずに済むという強みがあった。
……だがそれは、
「ジュラ・スターモンズ連邦国。それがかの国の正式な名です。経済担当大臣の報告では我がファルムス王国の損失は火を見るより明らか。……いかが致しますか、王よ」
「
豪奢な装飾で彩られた玉座に座す、豊かな髭を蓄えた初老の男エドマリス王は、配下の報告を受けてそう呟く。
暴風竜ヴェルドラの消失により魔物の活性化が心配されていたほどなのだ。
ジュラの大森林には数多の魔物が生息している。
比較的その脅威度は低いモノが多いとはいえ、中にはBランクを超える強大な魔物もいるのだ。
そうした危険な場所に町を作るとなると、どれだけの戦力が必要となることか。
魔物の生息圏から外れた周辺の村や町でさえ、その防衛にかなりの税金を投じているのである。
しかも、町に魔物が住んでいるどころか建国したのも魔物というのだから到底信じられるものではなかった。
だが、その町には人の姿に近く進化したと思われるゴブリンやオーク等の姿があるそうだ。
報告では、全てホブゴブリンへと進化しているとのこと。
人に近いゴブリンは人語を話し、商売も営んでいるらしいから驚きだ。
また、オークもハイオークとなっており、知恵も技術も有し、道路などを整備する工作隊を組織しているとか。
考えられない話である。
自然進化した個体は何年かに一匹出るかどうか。
当然能力が突出しているので、即座に討伐対象となる。
群れで進化個体が出現したという話は、ここ数百年を遡っても聞いたことが無い。
だがしかし、現実として密偵の報告に嘘があるとは考えられなかった。
しかし、真の問題はそれでは無いのだ。
重要なのは町が出来た、という一点である。
ジュラの大森林を直通するように、ドワルゴンとブルムンドを結ぶ陸路が形成されてしまう。
しかも、安全を保障された貿易路と成り得るという事実。
これは無視できる話では無い。
何しろこれを許せば、ファルムス王国の持つ地理的優位性が失われるということなのだ。
貿易に大きな比重を占めるファルムス王国にとって、死活問題と成り得るのである。
優秀な工業国であるドワルゴンが隣国だったせいで、自国の工業レベルは低い。
目立った特産品は無く、産出できる資源も無い。
自国民が飢えない程度の農作物の収穫はあるが、国庫を賄えるほどの税収は見込めない。
観光と貿易の二本柱で国の税収を高めている国なのだ。
今まではヴェルドラの脅威のお陰もあって、ファルムス王国を通るルートが最も安全で栄えていたのだ。
ヴェルドラの消失は少なくとも後三百年は先であるはずだった。
なので、今後の対策と言えるほどの国としての特色は、いまだ検討もされていなかったのである。
……が、エドマリス王の意識はそれのみにあるワケではなかった。
「(だが、隷属させられるのだとしたら、これほど美味い話もあるまい)……大司教レイヒムよ、貴君の意見が聞きたい。西方聖教会はかの国をどう見ている?」
「もとより教会のスタンスは一貫しております。ルミナス教において魔物の殲滅は絶対の教義。……魔物の国ですって?言語道断ですな」
「……そうか。諸侯を集めよ、緊急会議を開く」
「はっ!」
魔物の町を調伏し、その町を統治する権利を認めるとするならば……。
魔物を支配することに倫理的忌避感等は無い。
魔物の奴隷も珍しいモノでは無いのである。
問題の町を攻め滅ぼし、生き残りの魔物を奴隷とする。
そして、その町は自国領土へと組み込んでしまえば良い。
そうすることでファルムス王国は新たな領土を獲得し、ジュラの大森林から得られる恵みも横取りすることが可能となるかもしれない。
また、防衛についても魔物達に任せることが出来る。
人間の奴隷制度を評議会は認めていないが、魔物ならば文句も出ないのだ。
新たな交易路から得られる収入も期待出来るし、良いことずくめであった。
そして、何よりも王を魅了した物がある。
それは絹織物。
例の町で入手したそうで、今までの布とは比べものにならぬほどの手触りであった。
魔法繊維や麻布などとは比べるのもおこがましいもので、解析させた結果、
ヘルモスは危険度の高い魔物であり、その繭を素材にするなど考えも及ばぬことであったのだが、現実この素晴らしい布が手元に有る以上信じるほかない。
是が非でもこの製法も入手する必要がある。
この製法を手に入れ、この国の特産品とすべきなのだ。
それもこれも、例の町を調伏すれば手に入れることが出来るのである。
「整えようではないか、聖戦という体裁をな」
思わず、欲望で顔が歪みそうになるのを必死に堪える王であった。
ところ変わって、ここは王城の会議室。
「かの国を放置すれば我が国はその権威を失墜する」
ファルムス王国に長年仕える王宮魔術師長のラーゼンが、そう言って会議の口火を切った。
「だが事はそれだけでは済まぬ。もしもそやつらが人類に敵対的な立場ならば、その国は新たなる魔王誕生の礎となりかねん」
「その通り。様子見などしていては手遅れになりましょう。そうなる前に叩くのが最善」
王立騎士団団長のフォルゲンの言葉に肯定の意を示すラーゼン。
その冷たく鋭利な視線は、周囲の者に〝異論はないな?〟と物語っているようであった。
「……恐れながら申し上げます陛下。件の魔物の国は既にドワルゴンやブルムンドとの国交を結んでいるとのこと。それに、魔物の国で被害に遭ったという報告もありません。非の無い新興国に侵攻すれば、さきの二国ばかりか評議会からも問題視されるでしょう」
ファルムス王国の中でも貴族派閥を束ねるミュラー侯爵が異を唱える。
「非の無い……果たして本当にそうだろうか」
「え?」
「相手は人ならざる魔物だ。ドワルゴンやブルムンドが騙されていないとどうして言い切れる?」
「し、しかし……」
フォルゲンの指摘に口ごもるミュラー侯爵。
代わりに名乗りを上げたのは、その追随のヘルマン伯爵であった。
「もしも邪悪な存在ならば聖教会が公布を出すはず。今はまだ正邪を見極める時期かと……」
「そのことについて、皆さんにお伝えせねばならぬことがあります」
ヘルマン伯爵の言葉を遮るように声を上げた大司教のレイヒム。
その表情は、正義は我らにありと言わんばかりであった。
「会議の直前、聖教会本部から連絡が入りました。既に神託は下っているのです。……魔国討つべし、それが神のご意志にほかなりません」
「「 っ……!! 」」
これで、本格的に口出し出来なくなったと内心頭を抱えるミュラー侯爵とヘルマン伯爵。
西方聖教会とは、それほどまでに西側諸国で強い影響力を有しているのだ。
「卿等の言い分は理解した。……だが教会と魔物、どちらが信用に足るかなど比ぶべくもない。余はこのファルムスの王として余の親愛なる国民を脅かす存在を野放しにすることは出来ぬ」
エドマリス王は、皆の総意を代弁するように語りかけた。
「余自らが先頭に立ち、忠実なる将兵の力をもって神の威を示してくれようぞ」
……彼個人の私欲が多分に入り混じったものだったが。
「……ラーゼンよ。そちが新たに開発した
「はっ、町を覆うように配置しております。あとひと月もすれば、ジュラの大森林の大部分を囲い込めましょう」
会議が終わり、エドマリス王はラーゼンと二人っきりの密会を行っていた。
密会場所はズバリ、この城の宝物庫である。
「ふふふ……そちも大胆な提案をしてきたものよ。先遣隊を使うまでもなく、いきなり本隊を魔物共の町へ強襲させるとはな」
「王のご決断があってこそでございます」
「レイヒムも心底唸っておったぞ?……あれほど完璧な結界石を作り出すとは、叡智の魔人の二つ名は伊達ではないとな」
「お恥ずかしい……干からびた脳みそを絞ってようやく思いついた付け焼き刃で御座います。それ故に無視できぬ欠点もあり……」
「よいよい、消し飛んだ予算など魔物の国を手中に収めれば十二分に補填できる」
エドマリス王は手をひらひらとさせて余裕ぶる。
実際、余裕ぶれるだけの絶対の自信があったのだ。
〝
掻い摘んで言えば、魔物の力の源泉である魔素を抑圧し、著しく弱体化させる結界のことを指す。
複数名の
つまりは製造・運搬・設置等の諸々の費用が無視できないほどかかってしまうのだ。
魔物ばかりで構成された町を標的にした〝聖戦〟でもない限り、ファルムス王国がこれら結界を張ることは無かったと言えるだろう。
だがしかし、痛い出費であることには違いない。
強欲に毒されているエドマリス王にとって、魔物相手に結界を張ることすら惜しいのだ。
そんな費用面での課題を抱える結界石に、革命が起こる。
発案者はラーゼン。
名実共にファルムスの守護者である宿老がもたらした新型結界石の導入により、ファルムスの戦時における結界運用の在り方そのものが大きく覆ったのだ。
その名も〝
随分攻めた命名だとフォルゲンは笑っていたが、ファルムスに歯向かう愚かな魔物を自滅させるほどの自信作であるとラーゼンは語る。
特筆すべき点として、既存の結界石と比較した場合のその携帯性のしやすさだろう。
分かりやすく言うと小さいのだ。
どれぐらい小さいかと言うと、とある異世界人の少女曰くスマホぐらい小さくて持ち運びしやすい、というかまんまスマホだった、とのこと。
次点に、量産性の高さが挙げられる。
〝愚者の自滅〟の心臓部に当たる〝核〟は今のところ
その〝核〟を保護するように簡易的な外殻に収めれば、もうそれだけで〝愚者の自滅〟は完成してしまうのだ。
三点目に、結界の維持のみならず、その効力を極限まで引き出す術式が組み込まれていることだ。
魔物の魔素を抑圧する効果があり得ないほど強化されており、あらかじめ捕らえておいた魔物に試してみたところ、その魔物は戦うどころか指一本も動かせないほどに弱りきり、やがて衰弱死してしまう。
西方聖教会の『魔物の殲滅』という教義に適う、極めて効率的で残酷な結果を叩き出すに至ったワケだ。
反面、難点もある。
第一に挙げられるのが、その効果範囲の狭さであろう。
従来の結界石と比べて物理的に小さいため、その効果を発揮できる範囲が極めて限定的になってしまうのだ。
囲い込みたい範囲に等間隔に設置していけば、ある程度この問題は解消されるものの、そのやり方だと膨大な数を用意しなければならず、以前と同じように費用がかかってしまう。
ほかにも無視できない点がある。
それはズバリ、一定の時間が経過すると自壊することだ。
最長でも一時間、それを超えると〝核〟は跡形もなく砕け散り、二度と使えなくなる。
結界の効力を引き出す術式に小さすぎる〝核〟が耐えきれないとラーゼンは自嘲気味に笑っていた。
だがしかし、それでもラーゼンは〝愚者の自滅〟を全面的に押し出したのだ。
魔物を自滅に追いやるほどの強力な術式が籠められた結界石を手に持って運べるサイズにまで縮小し、尚且つ製造費用も極限まで抑えることが出来たと熱弁を振るった上で。
たった一時間のうちに魔物の国を掌握するという大胆な策をエドマリス王に提案し、
「……我が弟子達にも〝核〟の作り方を伝授しております故、ゆくゆくは結界を用いた新たな戦術を編み出せることでしょう」
「うむ、そちの努力に期待しておるぞ」
「はっ、一層精進いたします」
「かの国の富は全て、我が物となろう。……これほど容易い
「王よ、聖戦でございまするぞ?」
「おっと……そうであったそうであった!」
ラーゼンの指摘にエドマリス王は笑いながら応える。
その顔には、拭い難いほどの強欲が張り付いていた。
ディアブロ「……という具合になりました」
レイタロウさん「うんうん、完璧な流れだねぇ」