ミュウランさんが憂しくなるって話です。
「ン、ンン……?」
「お、眠り姫様のお目覚めだ」
「……誰が姫様よ、ヨウム」
どうやら自分は気絶していたらしい。
仰向けに寝ていたミュウランは、自分のすぐ隣で寝転がって空を仰いでいたヨウムを見やってそう判断する。
上体だけを起こし、周囲を観察する。
先程まで〝強化訓練〟を行っていた開けた平地の近くであったが、その光景はいつもの色彩を取り戻していた。
「お、目を覚ましたかミュウラン」
「ミュウランの姐さん大丈夫ッスか?」
「グルーシス、ゴブタ君まで……」
ヨウムのみならず、グルーシスやゴブタまで心配して傍に居てくれたらしい。
見たところ怪我らしい怪我は負っておらず、何とも元気そうな姿であった。
「聞くまでもないけれど、私が気絶した後は一体どうなったの?」
「ボロ負けだよボロ負け。……ま、それは分かりきってたことだけどな」
「魔王ミリムどころか俺達が総出で仕掛けても掠りもしなかったんだぜ?……ありゃあもう魔王を超えてるな」
「……やれやれッスよ。師匠を超える地獄の修行を科されてオイラ達の心と体はボロボロッス」
「そう、なのね。……まぁそうよね」
「「「 でも…… 」」」
「……?」
国王であるレイタロウからのシゴキを受けてボロボロになっていたヨウム達であったが、その顔にはそこはかとなく喜びの感情が
「なんつーか、やる前と後とじゃ全然体のキレが違うんだよな。自慢じゃねぇけど前より強くなった気がするぜ」
「ヨウムはその程度か」フッ…
「ンだとグルーシス!?お前はどうなったんだよ!?」
「俺は新たな
「オイラはどんな致命傷を負っても即座に回復する
「クソッ、これが人間と魔物の差か……」
悔しがるヨウムを横目に見つつ、グルーシス達の意外なまでの意欲の高さに少なからず驚いたミュウラン。
戦いとすら呼べない、あの一方的な蹂躙を味わってなお、彼らの心に諦めの感情は浮かんでいなかったのだ。
「もう……私の心はとっくに折れているって言うのに、あなた達は随分やる気十分じゃない?」
「俺達だって、レイタロウの旦那とのあまりのレベルの違いに心が折れるどころか粉砕しちまってるけどよ」
「不思議と立ち上がれちまうんだよなぁ。立ち上がることで強くなれるって理屈抜きで理解っちまうんだ」
「……レイタロウ様の強さは伝染するんだと思うんスよ。一度相対したら今までの弱い自分には戻れない的な?」
「「 おぉ……俺もそれが言いたかったんだよ 」」
自分は一体何をやっているんだろうと、ミュウランは思わず頭を抱えそうになる。
ヨウムの一団に加わったのは、この町に入るための手段に過ぎなかった。
……それなのに。
「……そ、そういうことだから、もう私は誘わないでね。居ても足手まといになるだけだから」
「?……何言ってんだよミュウラン。お前が居なきゃ意味ねぇだろ」
「え……」
「そうッスよ。全部避けられちゃったッスけど、姐さんが所々に罠を仕掛けてくれたおかげでレイタロウ様の動きをある程度制限することが出来たんスから!」
「ま、殆ど俺が踏み抜いちまったけどな!」
「……グルーシスの馬鹿は放っておくとして、お前が背中を預かってくれるから俺達は気兼ねなく前に出て戦えるんだぜ。だからよ、お前がお前のことを卑下するなよ」
「ッ……」
「でもまぁ、お前と横並びになれるんなら毎日負け続けるのもアリかもな!」
「ッ〜〜、バカ……!」
……それなのに、この仮初めの居場所を心地良いと感じてしまっている自分がいる。
もし叶うのなら、ずっと此処にいたい。
だが、それはおそらく叶わぬ願いである。
自分の主である魔王クレイマンは、この町の有益な情報を欲しがっていた。
それも殆どが町の設計や軍事面等といった
聡いミュウランは既に、クレイマンがこの町をどうしたいのかを理解していた。
『久しぶりですねミュウラン。そちらは変わりありませんか?』
「ッ〜〜〜!!?」
「え、おいミュウラン!?どうしたんだ!?」
脳内に響く気障ったらしい声。
それを聞いた瞬間、ミュウランはヨウム達を置いてその場から走り去った。
「(分かってた、分かってたつもりだった、許されるはずが無いもの、だって私は……この〝
少しでもヨウム達から離れるべく、ミュウランは全速力で森の中を駆け出した。
この会話は、この会話だけは聞かれたくなかったから。
人っ子ひとりいない森の奥まで辿り着いたミュウランは、胸に手を押し当てて主への交信を試みる。
「……わざわざご連絡くださるとは何事でございましょう。魔王クレイマン様」
『なに、たまたま潜伏中の
「………!」
この想いだけは墓場まで持っていくつもりだったのに、とミュウランは赤面する。
『預かっている心臓を返して、解放してあげようかと思えたほどですよ』
「……それは私が用済みということでしょうか?」
解放などあり得ない。
自分は死ぬまでずっと、あの男の操り人形なのだ。
ミュウランの心は、ずっと昔から折れていた。
『ミュウラン。……貴女がもたらしてくれた情報を擦り合わせた結果、一つ面白いことが分かりましたよ』
「?……それはどのような?」
『その町には、おそらく大結界が張られています。それもとりわけ特異で強力なものがね。……貴女はそれを見て、何を感じましたか?』
「……えっ、結界ですか?」
あまりにも予想外な問いに、思わず辺りをキョロキョロと見渡してしまった。
無い。特に何も感じない。
仮に町をスッポリと覆う結界が張られていたならば、気付かないほうがおかしい。
『その雰囲気から察するに、貴女はどうやら自覚できなかったようですね』
「も、申し訳ございません。……ですが、疑うワケではありませんが、私にはとても町に結界が張られているようには思えませんでした。むしろ不用心すぎるとさえ……」
『貴女のほかにも何人か潜り込ませておいたのですよ。で、その内の一人が愚かにも町中で馬鹿騒ぎを起こしましてね。その瞬間、生命反応が途絶えたのですよ』
「なっ……!?」
自分のほかにも間者を送り込んでいたことについて、特にミュウランに驚きは無かった。
むしろそのくらいの用心は重ねるだろう。
それより気になるのが、後半の部分であった。
「町の者に消されたのでしょうか?」
『いえ、それならすぐに私にも分かります。……文字通り突然、その命を絶ってしまったのですよ』
「……それが、例の結界とどのように結びつくのでしょうか?」
『運悪くその現場に居合わせてしまった者が町の者達に聞いた話によれば、それは〝四方の王の陣〟と呼ばれる護国結界の作用であるらしいのです』
「し、四方の王の陣?」
『内と外の空間を分断しない、いわゆる閉じない結界とのことです』
「え、え、え……!?」
あり得ない。不可能だ。
……結界を展開する際、必然的に結界の外側と内側の空間は分断されてしまう。
分かりやすく言うと、コップに注いだ水を蓋で密封しているようなものなのだ。
仮に、コップの水の中に小虫を入れて密封したとする。
小虫は時間をかけずに溺死するだろう。
つまり魔物にとっての結界とはそういうものである。
……クレイマンが宣った閉じない結界とは、つまるところコップも無しに水を溜め置いているという、普通に考えてまずあり得ない状況を指しているのだ。
というか、そんな結界は通常構築する間もなく崩壊・破綻するだろう。
出来たとしたら、そいつは間違いなく稀代の鬼才だ。
『現実に起きている話です。結界の内と外を分ける外郭に相当する箇所が無い故に気付くのが遅れたのでしょう。一人の犠牲を出すことでようやく気付けたワケです』
「そ、そんなことが、現実に……!?」
『通常、結界を破壊するには外郭を破壊するか、その維持を司る結界石を破壊するのが定石ですが、外郭が無い以上前者はまず不可能と考えていいでしょう。それと後者についてですが……これも現実的とは言えません』
「えっ……?」
『〝四方の王の陣〟を維持する結界石は、魔王レイタロウ・スターモンズとその右腕リムル=テンペストが名付けた魔人達の名前と魂に打ち込まれています。よって、その全てを始末しない限り結界を消滅させることは出来ませんが……残念なことに殆どの魔人は住民として町に根を下ろしています。始末しようとした時点で結界の餌食になるのは目に見えています』
言葉も、無かった。
不可能を可能とした上での絶対の防衛機能。
自分は難なく素通り出来たが、この結界はそもそも外敵を跳ね除けるための城塞などでは断じてなく、結界の内側に絶対の生存圏を創り出す究極の
害意ある存在のみを選択して制裁を下していると仮定した場合、この町で悪事を働くことがどれだけ自殺行為かを改めて思い知らされる。
『そして、害意とまではいかずとも、悪意をもってこの町に侵入してきた者すらも結界は識別します。……例えば、外界との連絡手段の遮断、あるいは掌握が含まれます』
「えっ……?」
『貴女の場合……貴女が常日頃抱いていた罪悪感に結界が反応して、外との連絡手段が一切遮断されてしまったのでしょう。貴女の報告は非常に分かりやすかったですよ?』
「あ、あなた、クレイマン様では……!?」
「唐突ですが、
「ッ〜〜〜!!?」
森の奥より現れたその人物を見て、ミュウランさんは無いはずの自分の心臓を押さえた。
声の主はクレイマン……だったが、クレイマン本人では断じて無かったのだ。
身の丈二メートルを優に超す巨体。
全身が黒黒と輝き、隆起した筋肉は彫刻を思わせる。
長大な尻尾を地面スレスレに靡かせながら現れたその怪物は、この国の国王を務めるレイタロウその人。
……つまりは俺だヨン。
「裏切りの代価は、あなたの心臓です」スッ…
「そ、それは……!!?」
「い、一体いつから、私が怪しいと……?」
「怪しんでなんかないですよぉ。……クレイマンの記憶を覗き見て大方の情報は仕入れていたもんで。強いて言うなら、ゲルミュッドを認識した時点であなたの存在は把握してました」
「私は泳がされて……いえ、そもそもこの国に来た時点であなたとずっと会話をしていたのですね」
「そういうことです。それで返答は?」
「……その、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「何故、私などを配下にしたいと……?」
えー、それを今更聞くかね?
最低限の忠誠を誓ってくれるなら出自や身分なんてどうでもいい……とまでは言わないけど、俺は君の有能さを買ってスカウトしているんだぜ?
もうちょっと自信持って欲しいなぁ。
「少し未来の話になりますが、ヨウム君には新生ファルムス王国の国王になってもらいたいと思っています。あなたにはその補佐、もっと言えば王妃として支えてもらいたいとも考えているんですよ?」
「……えぇ!!?」
「ちなみに、あなたに拒否権はありません。……えい」
「ふぇ……?」
容器に入っていた心臓を取り出し、ミュウランさんが反応するより早くその心臓を胸の奥に植え付ける。
入れ替えるように心臓部に埋め込まれていた疑似心臓を摘出し、物理的に穴が空いた胸部を超速で治癒した。
この間、たったの0.2秒。
ミリムでなきゃ見逃しちゃうね。
「……え、え、う、嘘、私の心臓が……!!?」
「これで契約は成立しました。……くれぐれも、裏切ろうだなんて思わないでくださいね?」
「あ、は、はい」
「おーいミュウラン!どうしたんだ急にぃ!?」
「ヨ、ヨウム……」
ヨウム君と入れ替わるようにその場から去る。
さてと、これでミュウランさんは大丈夫かな。
散々釘は刺しておいたし、何なら心臓も返してあげたし、これで裏切るようならもうどうしようもないけど、その心配はほぼ無いだろうと信じることにする。
それより淡い想いを抱く者同士が相対しているんだ、それを邪魔するような無粋な真似は出来まいよ。
何せ俺は、空気が読める男だからねぇ……。
それより、ミリムが連れてきた竜を祀る民の皆さんの相手をシュナ達に任せているんだけど、そっちのほうが気掛かりだ。
誰とは言わないけど、生食至上主義の頑固者を動かすのは骨が折れるだろうなぁ……。
次回『ミッドレイさん、感激する』ってよ。
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