この神無き世界にも祝福を 作:デカルトの悪魔
瞼を閉じていても視界が真っ白になるほど、空のてっぺんで輝く太陽が眩しい。
カラカラに乾いた地面は赤茶けていて、寝転ぶには硬すぎるし、なんか砂っぽい。
鼻をくすぐる爽やかな風くらい吹いてくれればいいのに、顔に触れるものといえば種類もわからない蝿みたいな羽虫と、なんか転がってくる丸っこい乾いた草だけ。
鳥が空高く、輪をかいて飛んで、俺たちを見下ろしている。
「おいウィズ見てみろよー。あの鳥ってさー、獲物を見つけると、ああやって輪になって飛んで、仲間に餌があるって知らせてるらしいぜー」
都心であるルミナスシティから、既に半日。
炎天下を避けて夜のうちに出立した車は、たまたま見つけたオアシスで休憩している間に盗まれ、逃げていく連中を止めようとしたウィズの氷魔法によってバッテリーが故障。
仕方なく最低限の食料と水を持って近隣の村へと助けを求めに歩くことにした俺たちは、極度の熱波と日差しの照り返しのせいで、やむなく、屋根のない荒野のど真ん中での休憩を余儀なくされていた。
「ほえー」
半透明よりもう少し薄くなっているウィズに水をかけてやるが、効果は薄そうだ。
元魔王軍幹部、といっても今の時代からすると数千年前になるだろうが、そこら辺の魔物とは比べ物にならないくらい強かったはずのリッチーも、最高気温が更新され続ける現代の炎天下の下ではこのように人並み以上に貧弱なムチムチなお姉さんでしかない。
「地図によると、もう少しで人のいる集落に出るはずなんだけど」
「わ、私は大丈うですのれ、カズマさんふぁ先にいってくらさぃ…」
うん。どう見ても大丈夫じゃなさそうだ。
これがあの駄女神や変態クルセイダーならともかく、ウィズを置いていくのは心苦しいというか、心配でしかない。
もし俺が行って帰ってくる間に、ウッカリ彼女が日の光によって昇天していたりした場合、彼女だけではなく俺の命の危険になる可能性がある。
全てを見通す大悪魔、バニルの手によって。
俺が五歳になった、ちょうど今から一年前の事である。
魔王を倒した報酬として、何不自由ない金持ちの家庭に生まれてきた俺が、転生特典であるウハウハなハーレムや学園生活に胸を躍らせていたところ。突如として親族が所有していた企業や資産管理の銀行が、ホロウ化という超常現象みたいな災害によって総倒れになったのである。
いや、なんでだ。
ともか株の配当金や暗号資産なんかで暮らしていたため、労働というものをしたことがない両親はその月のクレジットカードさえ引き落としが出来なくなり、あっという間に家財の取り押さえの通達が来て、天国から地獄へ突き落とされた。
まさに一家離散かと思われた、その時。
高笑いと共に怪しげな仮面をした大男が現れ、五歳の俺を下働きとして差し出せば、家を立て直す暫くの間の面倒を見てくれると両親に契約を提示したのである。
「フハハハハ!汝、折角の魔王退治を達成した報酬で願いを叶えた者よ。神などという愚かなポンコツを信じたばかりにミスをやらかされ、地球に帰るどころか神々からも見放された地にて借金に塗れた気分は如何かな?」
「おまっ、バニル!?なんでこっちにいるんだよ!てか今なんて言った?」
「ふむ。記憶については問題がないらしいな。相変わらず悪運の強いことだ」
美少女ハーレムの中でモテにモテまくるため、五歳になるまでそれなりに立ったり話したり出来るようになっていた俺だが、身長はそこら辺の五歳児と変わりがない。
ほとんど天井を見上げるのと変わらない角度で見上げた二メートル超えの大男は、その正体と性格を知っていなければ幼児がギャン泣きするに違いない迫力だった。
「言わずもがなだが、汝が転生したのは地球ではなく、かつてあの自称水の女神が管理という名の放任を決め込んだ世界の成れの果てである。まぁその忌々しい神々も汝が果たした魔王討伐や堕天使の粛清という功績でもって、此処ではない別の世界の担当に昇格し、今やこの世界にはいないわけだが」
「ハ?」
「それと同時に、過去の転生者の流入や堕天した間抜け共の後始末、事後処理のコスト削減のため。現時点をもっても未だ新しい神の赴任はなく。とまあ、我輩としては忌々しい神なぞ居なくなってくれて清々するわけだが…汝ら人間からすれば現状は大変厳しい環境になっているわけだ」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!?」
いくらなんでも、神様数人がいなくなったからって急に厳しい環境にはならないだろ!
そりゃ、アクアが水を司ってたのは本人から聞いてるし、あいつの水を浄化する能力は凄かったけど、だからといって急に世界がこうはならないだろ!?
「急に、というが。貴様らがかつて冒険をしていた頃から今で数千年は過ぎているのでな。全くもって、神などという輩は信用出来んこと甚だしいと、汝も理解したことだろう」
数千年?
嘘だろ、そんなに経ってるのに、何で。
「わあ!本当にカズマさんなんですか!?お久しぶりですね!」
ニヤつく仮面の影が俺の顔にまで差し掛かった時、もう一つの聞き馴染みのある声が扉の音を立てながら部屋に駆け込んで来た。
紫のワンピースドレスに、長い茶髪、ふわふわタプタプの胸を揺らす女性は、俺を見るなり抱き上げて再会を喜んでいる。
「よかったですねバニルさん!せっかく作ったダンジョンがホロウに飲まれてしまって、一体どうしようかと途方に暮れていた時は、流石の私も掛ける言葉もありませんでしたが、」
「ふはははは!今ここで汝の借金ごと消し炭にしてやろうか。この万年生き遅れリッチーめ」
「おい」
「い、いくらバニルさんでもそれを言うのは許しません!」
「ほう?許さなければどうすると言うのか、是非とも聞かせて貰いたいものである」
「いや、俺を話の流れから置いていかないで欲しい」
というか、数千年が経ってるというわりに、バニルもウィズも変わっていなさすぎだろ。
あと、何となくこれまで何してたか察しもついたが、相変わらず苦労しているらしい。
「それで。俺が死んでから、何がどうなったんだよ?」
「ええと。めぐみんさんやダクネスさんは常連として暫くお店に通って下さってたのですが、」
「我輩と店主は、汝の協力もあってダンジョン構築の基礎資金が貯まる目処が経ったのでな。手頃な土地はないかと調べている間に、人間としてそれなりに幸せな人生を送って此の世を去って逝ったわ」
なるほど。
それなりに幸せな人生を、か…、ってそうじゃなくて!
「世界がどうこうは一旦置いとくとして!まず、どうやってウィズとバニルは転生した俺を見つけたのかについてを教えてくれよ!」
見上げる首が痛くなってきたのを察してくれたのか、もちもちのウィズの腕に抱かれた俺は、背中にある二つの柔らかな丸みに鼻息が荒くならないようにしながら、わざわざ腰を落としてくれたバニルに声を荒げて詳細を伺った。
やめろそんな目でこっちを見るな。
「それはもちろん、汝が魔王を退治するにあたって、かつて我輩やウィズと交わした契約を使ってであるな」
「契約?って、あ、」
そういえば。
魔王討伐のために二人に養殖*1をして貰った時に、潜ったダンジョンのお宝を俺がテレポートの地点にして、魔王討伐後に一緒に持ち帰る約束をしていたような。
…
「女神のミスがあったため、一時的には契約の履行に失敗しているが、本来であれば悪魔との契約の不履行は死ねばそのまま地獄行き直通確定。魂ごと縛られる悪徳である。我輩の全てを見通す目を持ってすれば、何処に逃げ隠れようと、見つけることは容易い」
珍しく俺に怒りを見せる大悪魔の凄みで、部屋の温度が数度下がったような感覚に襲われた俺は、素直に頭を下げて謝罪をした。
「悪かったよ。別に意識して逃げたわけじゃないけど、死んで生き返れないんじゃ俺にはどうすることも出来ないだろ?」
「では、契約の不履行を認めると?」
それは、なんかヤバい気がするんだが、どうしたもんか。
何かこの大悪魔様を納得させられる理由が他になかっただろうか考えてみるものの、五年前の口約束なんて、正直そんなに細かく覚えてない。かといって認めたらどうなるんだか。
物理的にも迫ってくる仮面の悪魔に目を泳がせると、俺を抱えていたウィズが庇うように体を動かして悪魔から一歩距離を取った。
「ダメですよ!バニルさん!カズマさんとの約束の期限はあくまでも
「我輩は悪魔であるのだが」
「それでも!私の目の黒い内は、私の仲間に手を出すなんて許しませんからね!」
やましい気持ちで背中に意識を持ってかれててすいませんでしたあ!!
数千年ぶりの再会だというのに、迷うことなく俺を仲間だとバニルに言い切ったウィズは、その薄茶色の瞳が輝かせながら、怪しげな仮面の目であるだろう所をジッと覗き込んでいる。
リッチーなのに女神よりよっぽど女神みたいな人格でいてくれてありがとう!アンデッドだけど!!
「むう!」
「…、っはーーーー」
いい感じに丸め込もうとしたのを遮られてか、不服感を隠しもせず、バニはわざとらしく大き溜め息を吐いた。
そして暫く考え込んだかと思えば、ゆっくりと俺に向かって腕を開き、今度はどこからともなく取り出した契約書を左手で机に置いて、右手で俺にペンを握らせる。
「これは?」
「安心しろ。そこのポンコツリッチーに抱えられて罪悪感に苛まれる汝の心を、多少なりとも軽くする措置である」
「?」
おいよせ。
この状況でそういうことを言うと、俺がウィズに勘付かれるだろ。
「文面通り、これはかつて汝が我輩達と交わした約束を文面に起こしたものだ。とはいえ、流石に汝がまた死亡して来世に履行するというのも面倒であるからな。期限は今世までに限定してある」
「なるほど」
念の為に文面を隅から隅まで読んでみたが、確かにバニルの言う通りの内容らしい。
「けど、そうは言っても転生した俺に前のスキルとかワープポイントの設定は残ってないぞ?」
「それについては問題あるまい」
「というと?」
一瞬だけ仮面の奥を光らせたバニルは、首を傾げる俺とウィズを見てから、腕組みをしたままこう言った。
「記憶の消去がないためであろうが、汝の今の状況はレベルダウンポーションを飲んだような状況である。比例して魔力が少なくなっているため、かつて取得したスキルが現時点では使えなくなっているが、それは一時的なものだ。また一からレベル上げを行えば、自然とかつて覚えたスキルが使用可能になると見通す悪魔が宣言しよう」
そうなの?
「よかったですねカズマさん!万が一にも契約の完全不履行なんてことになったら、バニルさんがどんな呪いを掛けてくるかわかりませんから。私なんかちょっと失敗しただけで殺人光線ですよ、殺人光線」
「ええい!貴様への仕置きは毎度毎度怪しげな仕入れで売り上げを吹き飛ばすことに対して適切な処置であるわ!」
相変わらず苦労しているらしい大悪魔と天然リッチーに挟まれながら。
約束通りのお宝か、それと同等の金額をバニルとウィズに渡すべく契約書にサインをした俺は、両親から離れて二人の店を手伝うことになった。
こうして、この世界での新しい俺の冒険が幕を開けたわけだ。
それから一年間。
俺はバニルが出稼ぎに行っている間に、ウィズがこれ以上の無駄金を使い込まないように見張りを頼まれつつ、新たに店を出したいと言うウィズの要望を叶えようと金策に勤めていたのだが、まさか、その開店間近に二人して死にかける羽目になるとは…
「待てよ?これでもし死んだら、俺ってもしかしてバニルの配下として生まれ変わるのか…?」
もしそうなら、バニルの配下らしいサキュバス店のお姉さん達と一緒に働かされたり、なんて…そんな美味しい話あるわけないか…
ダメだ。暑さのせいでウィズだけじゃなく俺まで頭が回らなくなってきた。
心なしか、寝そべった大地がグラグラ揺れて、地響きが聞こえる気がする。
前世の、そして今世の父さん母さん。あなたの息子はここで無念にも息を引き取ります。
もしそうなったら、俺の代わりにあの駄女神にクレームを入れてデカい訴訟の一つでも起こしてから、アイツを神の座から引き摺り落としてやってください。
ーーい。おい!大丈夫か!?
気のせいか、空から俺を心配する声が聞こえる。
ーーありゃあ。こんなところで行き倒れなんて、可哀想にな~。
ーー辺りに乗り物らしいものもないが、行き倒れか?
ーー呑気に言ってる場合じゃないですわ!二人とも早く応急処置をして影のある所に運びますわよ!
ーーブヒー
ーーブヒブヒ
ーーブヒヒヒヒ
しかも人の声と一緒に、なんか豚の鳴き声まで聞こえて…ぶた?
荒野で豚。
旅の途中に、荒野で、豚が地響きを響かせて、こっちに向かって来る。
その二足歩行の豚が、全てがメスで構成されていて、近くを通りかかった雄を全て餌食に…!!!
「っぅおおおおオークの餌食にだけはご勘弁をしてくださいいいい!!!」
ある意味、魔王との爆死心中よりも強烈なトラウマが脳裏を駆け巡り、死に掛けた身体が拒絶反応と脊髄反射で飛び起きてしまった。
死んでもまだ克服出来ないなんて、雌オークのトラウマ、恐るべし。
全身が汗だくになりながら周囲を見渡して敵性反応を確認した俺は、奴らがいないことに胸を撫で下ろすと。
自分が誰かの家の床で寝かされていたことに気がついた。
「おっ。起きたか」
デカい悲鳴を上げながら起きたからだろう。
間もなく。薄暗かった部屋の扉が開いて、この家の持ち主らしい女性が水を持って現れた。
おっぱい!
いや、荒くれ者達が集まる郊外に住んでいるからだろうか?なかなかにワイルドなタイプだ。
「オレ様はシーザー!カリュドーンの子の
なんだろう。
どっかで聞いたことがあるような痛々しい口上に、思い出すものがあるような、思い出したくないような。
まぁ、ここは相手に合わせて名乗るのが礼儀か。
「これはこれはどうも。我が名はサトウカズマと申します。まだ五歳なのに両親の借金のカタに悪魔に売られ、身を粉にして
「は?」
「ん?」
おや?なんだか思っていた反応と違うな。
さっきの口上と住んでる土地の雰囲気からして、てっきり紅魔族の方かと思ったんだが……?
※
需要があるかもわからないので書き溜めはない。
n番煎じかもしれないし、最近ゼンゼロの新章が楽しいから、書くとしても亀筆になりそうです。