ススハムのチセ(アイヌの家や家屋)に一泊し、母様のやり残したという事を知るためにススハムの案内を受け、小樽の雪山を下山する途中、獣の臭いがした。
「ススハム、獣の臭いがする」
「どこかの馬鹿がヒグマを起こしたわね。しとり、アンタは逃げるか刀を抜いておきなさい。ヒグマと戦うなら竹刀より真剣の方がいい」
マタンプシを外し、不機嫌そうに目を細めるススハムに視線を向け、私は左手の薬指の爪に刻んだ文字に唇を当て、母様の刻んだ鞘を抜く。
「────
るおんっ、と音が鳴る。
薬指の爪に刻んだ「丁」の字*1は消えて、抜き身の煤けた刀が私の右手に現れるそれを振るい、鉄拵えの鞘に煤けた刀を納める。
「そう、明日郎に無限刃を貰ったのね」
「ん、違う。姿叔父様が持ってた無限刃の影打ちの一つを貰ったら妖刀になっただけ。まだ悪さする妖怪しか斬ってない」
「まあ、それは良いわ。景って中二病を拗らせて無かったわよね?いや、モヂカラの効果を高めるために、敢えて古語に言葉を変えているのかしら?」
また、小さな声で何かを呟くススハムに小首を傾げていたその時、ブオォォ…!と法螺貝のように重々しく空気を震動させる鳴き声を聞き、そっちに私とススハムは向かって走り出す。
2分、3分と雪を蹴って進んでいくとヒグマと争っている兵隊を見つける。
「紺色の隊服。肩の番号は第七師団ね」
ススハムの言葉を聞いて、剣路の居場所を知っている可能性を抱き、銃剣を引き抜いて応戦しようとする兵隊を押し退け、ヒグマの眉間に鐺を叩きつけ、抜刀し、ヒグマの右腕を斬り飛ばす。
刹那、ヒグマの右手が燃え上がる。
「飛天御剣流、双龍閃・雷」
カチンと鞘に刀を納め、兵隊を引きずって離れながらススハムに視線を向けると溜め息を吐かれるも、彼女は駆け出してくれた。
「斬るなら首にしなさいっ!!」
ススハムの両足を揃えた飛び蹴りがヒグマの巨体をぐらつかせ、鼻の上に右のかかと落としを決め、続けざまに左膝を顎下に叩き込み、顔を蹴り砕く。
「イコロイタサレ…!」
ヒグマの頭を踏み、また飛び上がると連続してヒグマの眉間を蹴り抜き、地面に叩き潰してしまった。逆立っていた毛が垂れ、ヒグマは動かなくなる。
「初老の婆にやらせることじゃないわね」
トントンと爪先を雪に当てて、ススハムは小さな倒木の下に開いた洞穴を見下ろす。
「ん、大丈夫?」
「あ、ああ、腸は出てねえ」
「出てなくても病院に行くわよ。……他の二人はアンタが上司か同僚に伝えて来て貰いなさい。しとり、駐屯地に行けば剣路に会える可能性もあるわ」
駐屯地。
確か、兵隊の暮らしてる場所だったかな?と考えながら、ススハムに止血用の包帯を取り出して貰い、彼の事を背負って下山を再開する。
それにしても杉元は、なんで彼処にいたんだろう?