ウシヤマの追撃を逃げ切った私は剣路をアシリパのクチャ(アイヌの仮小屋)に案内したものの、とっくにアシリパと杉元達は居なくなっていた。
「ここで待つか?」
「ううん、探したほうが早い」
私の竹刀を置いて、此処に来ていた事を伝える。
刀袋を袖の中に仕舞って、雪の中を走る。私と剣路は埋まる前に走れば普通の人より速く動ける。だから
木々の間を走っていると首輪をつけたワンちゃんが走っているのが見える。
こんな雪山の中を一匹だけで散歩してるのか?と足を止めず、見送ろうとした瞬間、ヒグマと向かい合う男が遠目に見えた。
「しとり、止まれ。流れ弾に当たるかも知れない」
「ん、分かった」
剣路に手を掴まれながら、木の影に身体を隠し、ヒグマと向かい合ったまま銃を突き付け、ヒグマを撃つ男の顔に見覚えがある。
にへいだ。
母様と父様のお友達だった。
「にへぇーっ!!」
思わず、飛び出して雪山の斜面を跳ねる。剣路の止める声に自分の失敗を悟りつつ、飛び降りる私の事を見上げる二瓶鉄造の顔はクワッと極まり、気づいてくれた。
「───ぬははははっ!!あの時の小娘か!!」
銃を持ったまま私の事を抱き締め、受け止めてくれた二瓶は白髪がいっぱいになった頭と、ジョリジョリするお髭を私にくっ付け、ワシャワシャと頭を撫でてくれた。
「ん!やっと会えた!!」
「しとり!勝手に飛び出すな!?」
雪山の斜面を滑って降りてきた剣路の声に気付き、嬉しくて舞い上がっていた事を反省する。ん、私だって大人のマダムだから落ち着かないといけない。
「緋村一等卒…なぜ、ここに!」
「谷垣か。オレはもう兵士じゃねえぞ、誰が好き好んであんな息の詰まるところに居座るかよ。オレは迎えに来てくれた女房と東京に帰る」
「脱走……ということですか」
「ちゃんと辞めることは伝えた」
ムキムキの「たにがき」と話す剣路から視線を二瓶に戻すと、嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。父様より乱暴だけど、優しく撫でている。
「ん、昔と変わらないね」
「そういうお前は良い女に育った。あの身のこなしは父親譲り、顔や知性は母譲りか」
「ひーちゃん、ひとえも会いたがってるよ。ひとえに聞いて会いに来たんだよ」
「ぬはははっ。小樽と函館に矢鱈と良い買い手がいたが、あれは小娘の妹か。だが、次に会うのは白い狼の毛皮を持っていってやるから楽しみにいろ」
「さっきから馴れ馴れしいぞ、オッサン」
「ん、剣路も知ってる。熊肉のおじさん」
「……あれか?」
ん、あれだよ。