しとりちゃんと剣路君に向く視線────。
辺見和雄の刺青を剥ぎ取った杉元佐一は静かに息を吐き、別のアイヌの小舟に乗った夫婦へと軍帽の鍔越しに視線を移す。
緋村剣路。元第七師団に所属し、第一師団に所属していた杉元にも噂は聴こえてきた。
曰く「銃を使わぬ時代錯誤の特攻兵」
曰く「旗要らずの旗手」
曰く「剣を握った鬼人」
ロシアの兵士の首をはね飛ばす最後の剣客。
杉元は根も葉もない士気を高めるために流された話だと思っていたけれど。しかし、その緋村剣路は実際に存在し、あまつさえ金塊を巡る旅に同行している。
「(もしも裏切ったらブッ殺してやる)」
───と、息み、杉元は辺見和雄の人皮を握る。
「ん、杉元寒い?」
「あ、いや、少し…」
岸に降りて焚き火を準備するアシリパの近くに乾ききった流木の枝を集める小柄な女性───緋村剣路の妻であり、三児の母でもある緋村しとりの問いかけに杉元は軽く首を縦に揺らす。
あの明治時代を代表する有名な作家「糸色景」の実娘であり、北海道にやって来た理由も糸色のやり残した事を終えるためだと彼女は杉元達に説明している。
怪しい夫婦だ。
だが、警戒心や敵愾心を抱けない。
おそらく、そう感じているのは杉元だけでなく、刺青囚人の白石やアイヌのアシリパもそうなのだろう。剣路の纏う鋭さはしとりの傍に居れば消え、圧も何も感じなくなる。
なにより、しとりは懐かしさを感じさせる。
母の声とは違う。
母の笑顔とは違う。
母の姿とは違う。
────だと言うのに、杉元も白石もアシリパもしとりの纏う穏やかな香りや仕草、時折、自分に向けられる子供をあやす様な言葉や態度に酷く懐かしさを与えてくれるのだ。
それが、ひどく怖い。
杉元は剣路を見る。彼は不死身と自分自身を鼓舞し、四年前の
「しとりちゃん、竜田揚げ作ってぇ~!」
「ん、作るのはいいけど。その前に身体を温める飲み物か吸い物作る」
「たつたあげ、美味いのか?」
ゴクリとヨダレを飲み、白石の話を聞くアシリパ。
杉元は無防備に背中を向けるしとりに視線を向けるも、すぐに視線を逸らした。怪しんで見続けるには、どうにも彼女は人を惹き付けてしまうのだ。
「(寅次、梅ちゃん、俺は頑張るよ)」
そう杉元は心の中で願う。
「杉元、気負うなよ。オレとしとりの目的は金塊じゃねえからな。邪魔だと思ったら見捨てろ、オレとアイツなら逃げられるからな」
その言葉に杉元は軍帽の鍔を握る。
【概要用語解説】
本作の単語や転生者、その親族を解説します。
【
本名「緋村剣路」
年齢は28歳(数え年の27歳)。身長は172cm。
「るろうに剣心」に登場する緋村剣心と神谷薫の血筋を受け継ぎ、二人の子供として生誕した現地人。
相楽しとりと十五歳の時に祝言を挙げ、その年内に男女の双子の父親になる。実父・緋村剣心の伝説的な過去を知り、自分と比較してしまうコンプレックスを未だに抱えつつ、日露戦争の徴兵を受け、第七師団に所属する。
旗手・花沢勇作の近くを駆け抜け、彼を庇った際に腹部に銃弾を受けるも翌日には特攻し、塹壕内を血の海に作り替える様相に畏敬を込めて「剣鬼」や「抜刀斎」など呼ばれ、士気を高めていた。
終戦後、鶴見中尉の独断で満期除隊は延長し、十数年ぶりに北海道の大地を踏み、妻・緋村しとりと再会。第七師団と離別し、東京に帰る約束を交わす。
好物はおにぎり。
・逆刃刀
元服の折り、明神弥彦に貰った刀。
人を斬らず、生かす刀。故に戦場で抜くことは出来ず、数打ちの刀を代用品に使い、戦場を駆け抜けた。しかし、その影響なのか、逆刃刀を抜けなくなる。
・緋村しとり
最愛の妻。
子供の頃に好きになり、彼女に見合う男になるために努力と研鑽を重ね、彼女の父親・相楽左之助にその覚悟を認めて貰えた。