キロランケと呼ばれた男に差し出されたキセルを受け取り、咳き込む由竹から杉元へ、杉元から剣路に渡され、またキセルはキロランケに戻され、私に向く。
「ん、私は吸わない」
「そうか」
「それよりご飯が出来た」
イトウの皮を焚き火側に向け、炙って焼いた切り身に齧りつき、ヒンナヒンナと繰り返す五人から離れ、私は綺麗に焚き火の中に沈めていた平たい岩の上を煤と汚れを綺麗に払い、切り身を置き、焼く。
イトウの石焼き。
パリパリとした皮が美味しい。
「塩も合うね。ヒンナ」
そう呟きながら私は此方を見つめるアシリパにお箸で摘まんだイトウのイトウを食べさせてあげると「これもヒンナすぎる!」と仰向けに倒れた。
「ヒンナヒンナ」
「しかし、日露戦争の英雄二人に会えるとはな」
「英雄なんかじゃない」
「オレもただの人斬りだ」
杉元と剣路の二人は視線を落とし、気が沈む。人を斬った経験の無い私には分からない。けど、剣路も杉元も死なないために頑張っていただけなんだよ。
「アシリパ、お前の事を訪ねてきた老人がいた。小蝶辺明日子を知っているかと聞かれた」
「ッ、私の和名だ!けど、それを知っているのは死んだアチャとサポだけだ!」
サポ?とアシリパの言葉に小首を傾げつつ、口を開く由竹にイトウの石焼きを差し出す。
「網走監獄で起こった事は俺も聞いている。ただ、少し変な噂も聞いた。網走監獄には夜な夜な蝶々の怪物が現れるとな」
ドクトル・バタフライだ。
キロランケの言葉に納得する私を他所に首を傾けていたそのとき、水飛沫を上げて川から出てきた3メートルを越える巨体の存在にみんなが目を見開く。
「紹介しよう。十年前に知り合ったミントゥチの河童河太郎だ。好物はキュウリ、得意技は砲撃並みに痺れる突っ張りぁ」
「河童だあ!?」
「ほ、本当にいたのぉ!?」
杉元と由竹の二人は興奮する最中、私と剣路は全く変わっていない河太郎の姿に安堵する。
「しとり、けんじ、懐かしい…」
「ん、久しぶりだね。雅桐は元気だよ」
「今じゃ政界に口出し出来るからな」
「アシリパ、今更だがこのお嬢さんは誰だ」
「しとりだ。レラカムイみたいに素早くて、剣の腕前もすごいし、料理もヒンナだ」
「しとり、シトゥリか…」
「ん、ムカルと同じこと言うね」
「ススハムとも知り合いか」
意外と知り合いが多いのか?とキロランケを見遣り、杉元も警戒している。あまり分からないけど、ひどく悲しい匂いがする。
どこか苦しんでいるようにも感じる。
あとで剣路に相談しよう。
【概要用語解説】
本作の単語や転生者、その親族を解説します。
【日露戦争・時系列】
1904年。
杉元の所属する第一師団、剣路、キロランケ、鶴見、谷垣等の所属する第七師団が投入される。前回の日清戦争にて活躍した機巧軍は数体のみ従軍(おそらく糸色関与を受け、従軍量は激減している)。
旗手・花沢勇作の振るう御旗を印に特攻を繰り返し、二○三高地にて鬼神の如く戦う杉元と剣路の二人を鶴見中尉は目撃し、白襷隊に配属された剣路の身柄を中隊に引き込み、懐柔を試みるも失敗。
尾形の狙撃(と知らず)に花沢勇作を庇い、剣路は腹部に銃弾を受け、一時的に戦線離脱。が、半日後には刀を持ってロシア軍の塹壕に乗り込み、単身、ロシア軍の塹壕を占拠。
しかし、その最中に手投げ弾による攻撃を受け、剣持寅次は片足と片腕を失うも親友・杉元佐一を塹壕に落とし、窮地を救う。
1905年、終戦後。
緋村剣路の強さを気に入った鶴見中尉の打診を淀川中佐は受け、満期除隊予定だった緋村剣路を北海道・小樽の駐屯地に移動、妻に手紙を送るも返ってこない生活が始まる。アイヌの金塊、網走監獄の事を知る。
1906年、秋。
ようやく緋村剣路の所在を聞き付けた相楽しとりは子供達と出奔し、実父・相楽左之助の交易を手伝いつつ、緋村剣路の情報を集め始める。
そして、実母・相楽景のやり残した事を彼女の代わりに終えるために準備を始める。同年、尾形による花沢中将殺害実行。異母兄弟・花沢勇作は旗手としての武功を認められ、中尉へと昇格、現在は中央勤務。
1907年、2月。
相楽しとりと緋村剣路の再会。アイヌの金塊を巡る争奪戦の開幕に巻き込まれ、三角関係(杉元一行、土方一行、第七師団)の各自と面識を持つ面倒な立場になる。