『Corvus ―オルフェノクがいるよ―』   作:木崎真帆

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『Corvus ―オルフェノクがいるよ―』

第一話「目隠し」

交通事故から老婆・筑摩を救った青年、ヒサオ。

しかし彼がオルフェノクであることを知った筑摩は、恐怖からスマートブレインへ通報してしまう。

誰も悪人ではない。

だからこそ、取り返しがつかない。

『仮面ライダー555 20th パラダイス・リゲインド』のIFの世界を描く、

届かなかった「ありがとう」と「ごめんなさい」の物語。

※『仮面ライダー555 20th パラダイス・リゲインド』の内容に触れています。
※オリジナルオルフェノク、独自設定を含みます。
※『仮面ライダー555』本編程度の戦闘・死亡描写があります。
※AI補助を用いて執筆しています。


第一話「目隠し」

 昼下がり。

 

 ラーメン屋『中花』。

 

 暖簾をくぐったヒサオは、出前用の保温ケースをバイクに括りつけていた。

 

「行ってきます!」

 

 店の奥から海堂直也の声が飛ぶ。

 

「おい!」

 

 ヒサオが振り返る。

 

 海堂は腕を組みながら顔をしかめた。

 

「寄り道すんなよ!」

 

「しないっす!」

 

「あと麺伸ばすな!」

 

 ヒサオは苦笑する。

 

「店長、俺そんなに信用ないですか?」

 

「あるか!」

 

 海堂の怒鳴り声に、ヒサオは声を上げて笑った。

 

「じゃ、行ってきまーす!」

 

 エンジン音が響く。

 

 菊池クリーニング二号店を改装して始めたラーメン屋『中花』。

 

 ヒサオにとって、大切な居場所だった。

 

「今日も平和だといいんだけどなぁ」

 

 そう呟きながら、バイクを走らせる。

 

 平和。

 

 そんな言葉が似合わない時代だった。

 

 オルフェノク。

 

 その存在は世間に知れ渡り、スマートブレインは殲滅作戦を続けている。

 

 テレビでは毎日のように、

 

『オルフェノクを発見した場合、速やかに通報してください』

 

 と流れていた。

 

 誰もが恐れていた。

 

 安心して暮らせる世界を願っていた。

 

 だから。

 

 通報することが正しい。

 

 そう信じる人間が大半だった。

 

 その時だった。

 

「うわっ!」

 

 前方。

 

 横断歩道の中央で、杖をついた老婆が立ち止まっている。

 

 迫る大型トラック。

 

 鳴り響くクラクション。

 

「危ない!」

 

 間に合わない。

 

 ヒサオはバイクを投げ出した。

 

 老婆が振り返る。

 

「え?」

 

「ごめんなさい!」

 

 咄嗟に、老婆の目を手で覆う。

 

「目、閉じててください!」

 

「え?」

 

「お願いです!」

 

 灰色の外殻。

 

 モスキートオルフェノク。

 

 異形の脚力。

 

 老婆を抱きかかえ、その場を跳ぶ。

 

 直後。

 

 轟音とともにトラックが走り抜けた。

 

 歩道に着地すると、ヒサオはすぐに人間の姿へ戻る。

 

 手を離した。

 

「大丈夫ですか、お婆さん?」

 

 老婆――筑摩は呆然としていた。

 

 だが。

 

 指の隙間から。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 灰色の異形を見てしまっていた。

 

 ヒサオは心配そうに顔を覗き込む。

 

「怪我ありません?」

 

「……」

 

「お婆さん?」

 

「あ……」

 

「よかった」

 

 ヒサオは心から安心したように笑った。

 

「危なかったぁ」

 

「車には気を付けてくださいね」

 

 筑摩は小さく尋ねる。

 

「あなたが……助けてくれたの?」

 

 ヒサオは少し照れくさそうに笑った。

 

「いえいえ」

 

「たまたまですよ」

 

 ヘルメットを被る。

 

「じゃ、俺、急いでるんで」

 

「配達の途中なんですよ」

 

「店長怖いんで」

 

「店長?」

 

「怒られると怖いんですよ」

 

 ヒサオは笑った。

 

「それじゃ、お婆さん」

 

「気を付けて帰ってください」

 

 エンジン音が響く。

 

 筑摩は慌てて頭を下げた。

 

「ありがとう……!」

 

 だが、その声は雨音とエンジン音にかき消された。

 

 ヒサオはもうヘルメットを被っていた。

 

 こちらを振り返ったようにも見えた。

 

 気付かなかったようにも見えた。

 

 バイクは夕暮れの交差点を走り去っていく。

 

「……」

 

 筑摩は、その背中を見送っていた。

 

 見えなくなるまで。

 

 やがて。

 

 震える手で携帯電話を取り出す。

 

「……」

 

 怖かった。

 

 優しい青年だった。

 

 命の恩人だった。

 

 しかし。

 

 見てしまった。

 

 灰色の怪物。

 

 ニュースで何度も見た姿。

 

 もし。

 

 あの青年が他の人を襲ったら。

 

 自分が見逃したせいで、誰かが犠牲になったら。

 

 スマートブレインは言っていた。

 

 人間が安心して暮らすために。

 

 オルフェノクを見つけたら通報を。

 

 筑摩は目を閉じた。

 

「……ごめんなさい」

 

 震える指で番号を押す。

 

『スマートブレインです』

 

「あの……」

 

『はい』

 

「オルフェノクがいるよ」

 

『場所を教えてください』

 

「さっき……」

 

「蚊みたいな怪物が……」

 

 少し離れた路地。

 

 黒いコートの女が、その一部始終を見ていた。

 

 最初から。

 

 青年が老婆を助けたことも。

 

 正体を隠そうとしたことも。

 

 そして。

 

 老婆が通報したことも。

 

 女は小さく呟く。

 

「だから言ったのに」

 

「人間なんか助けるから」

 

「馬鹿」

 

 電話が終わる。

 

 筑摩は安堵したように息をついた。

 

「これで……」

 

「安心……」

 

「安心?」

 

 背後から声がした。

 

 筑摩が振り返る。

 

「え?」

 

 そこには、一人の女が立っていた。

 

 冷たい目。

 

「どなた……?」

 

 女は答えない。

 

 ただ、静かに呟いた。

 

「次は私かもしれない」

 

「え?」

 

「他のオルフェノクかもしれない」

 

「何のお話……?」

 

 灰色の外殻。

 

 鳥のような嘴。

 

 羽根を思わせる棘。

 

 シュライクオルフェノク。

 

 筑摩の顔から血の気が引く。

 

「オルフェノク……!」

 

「そう」

 

 シュライクオルフェノクは静かに答えた。

 

「オルフェノク」

 

「いや……」

 

「来ないで……」

 

 シュライクは寂しそうに目を細める。

 

「人間は」

 

「そういうもの」

 

「え……?」

 

「さよなら」

 

 次の瞬間。

 

 筑摩の身体から力が抜けた。

 

 携帯電話が地面に落ちる。

 

 乾いた音。

 

 ゆっくりと崩れ落ちる身体。

 

 シュライクオルフェノクは人間の姿へ戻った。

 

「終わり」

 

 振り返ることなく歩き出す。

 

「……本当に」

 

「馬鹿ばっかり」

 

 夕日が沈む。

 

 静かな路地。

 

 遠くでサイレンの音が聞こえ始める。

 

 通報を受けたスマートブレイン。

 

 その先にいるのは。

 

 何も知らないまま、配達を急ぐ一人の青年。

 

 誰も知らない。

 

 助けた老婆に通報されたことを。

 

 その老婆が、もうそこにはいないことを。

 

 そして夜。

 

 誰もいなくなった路地。

 

 静寂の中。

 

 冷たくなった胸の奥で。

 

 ドクン。

 

 何かが脈打った。

 

 ドクン。

 

 もう一度。

 

 闇の中。

 

 助けた青年も。

 

 去っていった女も。

 

 そして、倒れた老婆自身も。

 

 まだ知らない。

 

 その死が。

 

 本当の終わりではないことを。

 

――第一話「目隠し」 終――

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