『Corvus ―オルフェノクがいるよ―』   作:木崎真帆

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「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えた夜。

雨の向こうで、ずっと筑摩を見つめていた女が、ついに姿を現します。

第七話「雨の女」、よろしくお願いいたします。


第七話「雨の女」

第七話「雨の女」

 

 雨だった。

 

 夜。

 

 ラーメン屋『中花』。

 

「お婆ちゃん?」

 

 ケイが首を傾げる。

 

「最近、元気ないですよ?」

 

「そうかしら。」

 

「そうですよ。」

 

 コウタも笑う。

 

「ヒサオさんのこと考えてるんですか?」

 

 筑摩は少しだけ笑った。

 

「……そうかもしれないねぇ。」

 

 海堂は何も言わず、湯切りをしていた。

 

 しかし筑摩の心には、もう一つ気になることがあった。

 

 店の向かい。

 

 雨の日も。

 

 晴れの日も。

 

 電柱の上。

 

 誰かが見ている。

 

 寂しそうな目で。

 

 

 閉店後。

 

「店長さん。」

 

「あ?」

 

「少し歩いてきます。」

 

「おう。」

 

「傘。」

 

 海堂は一本差し出した。

 

「ありがとうございます。」

 

 

 雨の夜道。

 

 筑摩は立ち止まる。

 

「……いるんでしょう?」

 

 返事はない。

 

「もう隠れなくてもいいわ。」

 

 静かに。

 

 黒い影が電柱から降りてきた。

 

 黒いコート。

 

 冷たい瞳。

 

「何。」

 

「毎日見てるじゃない。」

 

「見てない。」

 

「見てるわ。」

 

 沈黙。

 

「あなた。」

 

「何者?」

 

 女は目を逸らした。

 

「……覚えてない?」

 

「え?」

 

「病院。」

 

 筑摩の表情が変わる。

 

「病院……?」

 

「トラック。」

 

「!」

 

「目隠し。」

 

 思い出す。

 

 あの日。

 

 羽音。

 

 赤い瞳。

 

 そして。

 

 暗闇。

 

「……あなた。」

 

 女は静かに顔を上げた。

 

「私は。」

 

 赤い瞳が光る。

 

 灰色の外殻が身体を包む。

 

 鋭い翼。

 

 シュライクオルフェノク。

 

「私は。」

 

 一拍。

 

「あなたを殺した。」

 

 

 筑摩は動けなかった。

 

「……え?」

 

「通報してた。」

 

「次は私。」

 

「だから。」

 

「殺した。」

 

 その声には怒りよりも、自分を責める響きがあった。

 

「でも。」

 

「死ななかった。」

 

「使徒再生。」

 

「何で。」

 

「何で生きてるの。」

 

 筑摩は震える。

 

「……そう。」

 

「あなただったの。」

 

「恨みなさいよ。」

 

「え?」

 

「私はあなたを殺した!」

 

「化け物よ!」

 

 雨音が強くなる。

 

 筑摩は静かに首を振った。

 

「怖かったんでしょう?」

 

 シュライクが止まる。

 

「私も。」

 

「オルフェノクが怖かった。」

 

「だから。」

 

「通報した。」

 

「あなたも。」

 

「通報されるのが怖かった。」

 

「だから。」

 

「私を殺そうとした。」

 

「……。」

 

「みんな。」

 

「怖かっただけ。」

 

 

「何言ってるの。」

 

 シュライクは震えていた。

 

「私を。」

 

「恨まないの?」

 

「分からない。」

 

「でも。」

 

「ありがとう。」

 

「……は?」

 

「生きてるから。」

 

「ヒサオさんのこと。」

 

「知ることができた。」

 

「馬鹿!」

 

 シュライクが叫ぶ。

 

「私は!」

 

「あなたを!」

 

「殺したの!」

 

 その瞬間だった。

 

 筑摩の身体から灰が舞う。

 

 光。

 

 黒い羽。

 

 灰色の外殻。

 

 コルヴスオルフェノク。

 

 シュライクは目を見開く。

 

「……。」

 

「あなた。」

 

「私も。」

 

「オルフェノク。」

 

「……。」

 

「怖い?」

 

 シュライクは笑った。

 

 泣きそうな顔で。

 

「そんなの。」

 

「最初から知ってた。」

 

「え?」

 

「病院を出た時。」

 

「変化してた。」

 

「見てた。」

 

「でも。」

 

「どうでもよかった。」

 

「……何で。」

 

「知らない。」

 

「本当に。」

 

「馬鹿。」

 

 

 一方その頃。

 

「……遅ぇな。」

 

 海堂が時計を見る。

 

「筑摩さん、まだ帰ってきませんね。」

 

「様子見てきます!」

 

 コウタが飛び出す。

 

「私も!」

 

 ケイも後を追う。

 

 海堂はため息をついて傘を開いた。

 

「しょうがねぇ。」

 

 

「お婆ちゃん!」

 

 三人の声。

 

 シュライクが身構える。

 

「……。」

 

「逃げる。」

 

「待って!」

 

 筑摩が一歩前へ出る。

 

「この人は……。」

 

 シュライクが低く言う。

 

「言うな。」

 

 筑摩はゆっくり首を振った。

 

「友達です。」

 

 雨音だけが響く。

 

 シュライクは言葉を失った。

 

「……友達?」

 

 ケイがにこっと笑う。

 

「じゃあ、お客様ですね。」

 

「ラーメン食べていきません?」

 

「は?」

 

「店長、いいですよね?」

 

「知らん。」

 

「余ってる。」

 

「絶対嘘です。」

 

 コウタが笑う。

 

「一人くらい増えても大丈夫ですよ!」

 

 シュライクは呆然としていた。

 

「何なの。」

 

 筑摩が微笑む。

 

「温かいわよ。」

 

「……。」

 

「嫌。」

 

「本当は?」

 

 少しだけ沈黙。

 

「……知らない。」

 

 

 その時。

 

 筑摩は静かに頭を下げた。

 

「ごめんなさい。」

 

「黙っていて。」

 

「私も。」

 

「オルフェノクなんです。」

 

 沈黙。

 

 雨。

 

 シュライクは苦く笑う。

 

「ほら。」

 

「終わり。」

 

「追い出される。」

 

「化け物だから。」

 

 海堂が一歩前へ出る。

 

「だから?」

 

「え?」

 

「お婆ちゃんだろ。」

 

「それ以外に何がある。」

 

 コウタも笑う。

 

「今さらですよ。」

 

 ケイも頷いた。

 

「お婆ちゃんは、お婆ちゃんです。」

 

 シュライクの瞳が揺れる。

 

「何なの。」

 

「知らん。」

 

 海堂は店の方を向く。

 

「帰るぞ。」

 

「ラーメン伸びる。」

 

 筑摩は涙を流しながら笑った。

 

「はい。」

 

 

 雨は降り続いていた。

 

 シュライクはその場から動けない。

 

 暖簾の向こうへ消えていく四人。

 

 そして。

 

 一人増えた居場所。

 

 雨なのか。

 

 涙なのか。

 

 シュライク自身にも分からなかった。

 

「……。」

 

「本当に。」

 

「馬鹿ばっかり。」

 

――第七話「雨の女」終――

 

次回、第八話「中花」

 

初めて暖簾をくぐる女。

 

初めての「いただきます」。

 

そして初めて知る。

 

帰る場所というものを――。

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