(ただし髭、テメーはダメだ)
山の上に、
そんな通報を、勝己が持参していたスマホで行いつつ、デクを引っ張り歩き続けていた。デクも文句を言いつつ嫌がってはいたが、直前のマスキュラーとの戦闘で、
その後、両親と共に泊まっている宿に着いたら、まず勝己の両親である爆豪夫妻に驚愕された。それも当然だろう。半年間、行方不明となっていた息子の幼なじみを、他ならぬ息子が見つけだし連れてきたのだから。
そして、勝己の母はまず、ボロボロのデクを風呂に入れ、その間に夫と息子に適当な服を買いに行かせた。二人が帰った後は、二泊三日予定の初日だった旅行を急遽切り上げて、四人で自家用車に乗り込み家へ帰ることに。
夫は、警察に引き渡して任せるべきじゃないかとオドオドしていたものの、同じ母親として、一刻も早くお母さんに会わせたい。そんな妻の気迫を前に何も言えなくなった。そんな光景に呆れつつ、元よりあまりこの旅行自体に乗り気ではなかった勝己としても、さっさと帰れるのならどうでもよかった。
到着したのは爆豪一家の自宅ではなく、デクの母親が住むマンション前。
そこにはすでに、事前に電話連絡を受けていた、女性が落ち着きなく立っていた。
そんな女性の前に車を止めて、風呂に入れて綺麗な服を着せた、デクを、車から降ろした時――
「い、いず……イズクーーーーー!!!」
大粒の涙を流しながら、女性は、呆然と立ち尽くしていたデクに、抱き着いた。
勝己はぶっきらぼうに目を逸らし、勝己の両親は、目に涙をにじませて。
ひとしきり女性が泣き叫び、落ち着いた時……
「……おい、誰だこのデブは? なぜオレに抱き着いてくる?」
そんな、心からの疑問の言葉に、問いかけられた勝己も、勝己の両親も、そして女性も、言葉を失い、感動の空気が一瞬で凍りついた。
「離れろ、デブ。そこのクソガキにその親と言い、暑苦しいぞ」
……
…………
………………
記憶の喪失。肉体の変化。『無個性』だった身に備わった『個性』。
それらが無くとも、半年もの間行方不明となっていたことで、病院で検査を受けるのは必然だったが、実際に行方不明以上に深刻な事態が息子の身に起きていたことから、通常以上の検査を受けることになった。
単純な健康診断はもちろんのこと、変化した肉体の様々な医学検査に化学検査。加えて、見た目も性格も何もかもが変わってしまっていることで、本当に彼が彼女の息子なのかという疑問も浮かび、本人確認も行われた。
主に、過去の受診歴から来る血液検査のデータに、虫歯治療を行った歯科医から取り寄せた歯型の画像、女性と彼とのDNA検査まで。
結果……血液、一致。歯型、一致。DNA、99.9%一致。
結論……本人である確率、二人が親子である確率、共に100%。
女性も爆豪一家も、彼を一目見た時から確信していたが、それでも万が一という不安はあったらしい。
だから、改めてそんな結論を聞いた女性――
二人が親子で間違いないと分かった時には、出久の諸々の検査結果もあらかた出尽くしていた。
まず、身体検査の結果、彼の身体には確かに『超再生』の個性が宿っていること。だがこれは天然のものではなく、特殊な技法で人工的に生み出され、それを無理やり移植させられた物である可能性が高い。製造法は不明だが、そう結論づけられた。
加えて、それ以上に医師や科学者たちを驚かせたのが、彼のレントゲンを撮影した結果、彼の骨格の丸ごと全て、通常の骨ではなく、金属に置き換わっているということ。
指の間から飛び出す爪を詳しく調べた結果、それは、近年になって発見されたばかりだという隕石由来の金属、『アダマンチウム』と呼ばれる物質に最も成分が近いらしい。実物サンプルが無いため断言はできないが、ソレでほぼ間違いないとのことだ。
こんな状態になったら普通の人間は耐えられないものの、超再生の個性を授けられたことで、金属骨格による反動や副作用の問題は全てクリアしているのだそうだ。
代わりに、超再生の力があまりに強すぎて、肉体的には実質、不老不死――厳密には決して不老ではなく、老化の時間が人より極端に遅い状態らしいが。
記憶喪失に関しては、精神鑑定の結果、長い間一種の催眠状態になっていたらしい。記憶を消されて催眠を掛けられ、操られたか。催眠を掛けられる過程で記憶を失ったのか。
いずれにせよ、彼が見つかった時の様子と状態から、何者かの第三者による何かしらの処置を受けて、記憶を失い、肉体も変化させられた。
事実、有用な『個性』を持つ子供や若者を攫って人体実験や人間兵器への改造を行うテロ組織や非正規軍隊の例は現在もあり、首に掛けられたいかにもな認識票と言い、それが最も自然な流れだろうと、最終的に結論付けられた。
また、記憶の喪失と共に、一般常識も一部欠如していることが分かったことで、検査結果が出るまでの間、最低限の、『個性』に関しての説明を受けた。
始まりは中国の慶軽市。そこで光る赤子が生まれたのをキッカケに、世界中で超常的な力を持った者たちが生まれ出した。
そんな超常的な力……今では『個性』と呼ばれる力を振るい悪事を働く者たちを
つまり、ヒーローとしての資格を持たなければ、特殊な場合を除いて一般の人間が無暗に個性を振るうことは禁じられている、ということ。
元々、勝己の計らいでマスキュラーとの戦いは黙っておくつもりだった。だが、そんな勝己の心情など知らない彼……緑谷出久は、何の気なしに自分が倒したことを告白。
結果、勝己が個性を振るったことさえバレて、二人そろって警察から説教を受ける羽目になったのである。
ちなみに、今では『個性』というものはすっかり社会に浸透し、個性を持たない、緑谷出久のような『無個性』はかなり希少な存在になっていること。
そして、誰もが持つ個性を持っていないことで、蔑みや嫌悪の対象となりやすいのだということも、この検査の間に聞かされた……
……
…………
………………
「だから、
母のもとへ帰ってきて数ヶ月。検査、検査の目まぐるしい日々がようやく落ち着いたころ。
「だが、いくら無個性だといっても、ソレを拒否する自由はある。何なら、蔑まれてひどい目に遭わされた者こそ、逆に相手をそういう目に逢わせる権利がある。そう思わないか?」
そんなことを、周りにいる者たちに対し、問いかけてみたのだが……
「……聞こえてないか」
彼の周囲には、高校生であろうガラの悪い男子が十人ばかり、ボロボロになりノビていた。
彼らの口ぶりからして、中学生である緑谷出久から日常的に金をせびっていたようだ。
そして今日、半年ぶりに
そんな脅しが
「これは今まで取られた額に足りているのか? ……いずれにせよ、これで奴らも、二度と現れないだろう。少しは気が晴れたか? 緑谷出久……」
ノビている全員から、有り金の全てと、ちょっとした戦利品を奪い取って。
以降は、
「さて、これから進路希望の用紙を配るが……大体みんなヒーロー科だよねー?」
芝居がかった口調と身振り。
そんな担任教師の言動に合わせるように、クラスの生徒、全員が自身の個性を発動させる。
水を吹き出す者。髪を動かす者。風を吹かせる者。光を発生させる者、等々。
イズクも一瞬、皆に合わせて爪を伸ばそうかと考えたが……やめた。
「先生よー、みんなとか一緒くたにすんなよ!」
そうして盛り上がりを見せる教室の中で、一際大きく、偉そうな声が響く。
他でもない、緑谷出久の幼なじみ、爆豪勝己だ。
「あのオールマイトをも超え! トップヒーローと成り! 高額納税者ランキングに名を連ねるのだー!!」
担任教師から雄英志望だということを明かされ、それに更に盛り上がったクラスメイト達に向かって、爆豪はそう宣言を行った。
「そう言えば、緑谷も雄英志望だったなー?」
そんな盛り上がりに被せるように、担任教師はもう一人志望校を暴露する。
今度は爆豪とは全く違う形で、教室が盛り上がった。
「プププー!!」
「はぁ? 緑谷はムリっしょー!」
「成績だけじゃ雄英には受からないんだぞー?」
爆豪に対する、期待や応援とは真逆。侮蔑と嘲笑が込められた、嗤うための盛り上がり。
「おう、コラ! クズリ野郎!?」
そんな侮蔑と嘲笑の中心にいる、イズクの机に、爆豪は個性の『爆破』を発動させつつ立っていた。
「テメーが……なんで俺と同じ土俵に立てるんだー?」
威圧し、脅迫し……だが、他の生徒たちが向けている、呆れや嘲りの感情は、その声や表情には無かった。
そんな爆豪と、ジッと目を合わせながら、イズクは立ち上がった。
「……オレに、かつての記憶が無いことは、皆もすでに知っていると思う」
爆豪を、クラスの生徒全員を見回しながら、イズクは真剣な口調と態度で、語りだした。
「そのせいで、オレにとって大切な人であるはずの、おかーさんや、この爆豪勝己に対して、ひどいことを言ってしまった。君たちとの思い出も、何も覚えていない。君たちの今日までの反応を見るに、今のオレと、君たちの知る緑谷出久は、全く違う人物だったんだろう?」
そう呼びかけられて……誰もが表情に肯定を浮かばせた。
緑谷出久が帰ってきたといっても、元より仲が良かった生徒はいない。いなくなったところで、せいぜい『無個性』をイジることができなくなると言うことくらいしか困ることも特にない。
だから、いざ帰ってきたとしても誰も何とも思わず、性格がまるで変わっていたことに対しても特に興味もなく、記憶喪失だからと何も変わらない。
ただ、無個性の木偶が帰ってきただけ。それ以上の感情は無かった。
それでも、たった今イズクが言った通り。普段の態度、振る舞い、たまに喋った時の口調にキャラ……明らかに、自分たちの知っている緑谷じゃない。
緑谷出久の顔と姿をした、記憶も人格も違う人物……そのことを、誰もが嫌でも認識していた。
「このままでは、オレの周りの人間も、そして他でもない、緑谷出久が気の毒でならない。だから、できることなら、オレは本当の緑谷出久を取り戻したいと思っている……そのために、オレから記憶を奪った連中を探す必要がある。そのためには、プロヒーローになるのが一番手っ取り早い。そして、日本一有名だという雄英高校なら、そういう連中や敵の情報が入ってくる可能性もある。だから俺は、雄英のヒーロー科を志望することにした……おかしいか?」
「……」「……」「……」「……」
「……」「……」「……」「……」
予想以上に真面目でセンシティブな志望動機を聞かされて、クラスメイトたちはそれ以上、笑うことも、バカにすることもできなくなった。
むしろ、ただ単純に、格好いいから。面白そうだから。そんな薄っぺらな理由でヒーロー科を志望していた自分たちの行いを恥じる者まで現れていた。
「……それとも、君たちにとっては、緑谷出久の記憶が戻らない方が都合が良いのか? 緑谷出久は君たちに恨みでもあるのか?」
続けてそんな問いかけをされて……
クラスの生徒の大半が、目を逸らすか、下を見るか、そっぽを向くか――
「これは……思い出すのが楽しみだな」
そんな楽しげなイズクの声を聞いて、クラスの大半は顔をしかませた。
「えーっと……そろそろ時間だな。ホームルームを終了する」
「そうだな、先生。生徒の進路を笑いのネタに使うアンタとも、さぞかし素晴らしい思い出があったんだろう。思い出したらぜひお礼をさせてくれ。どこに隠れようが必ず見つけ出すから」
満面の笑みで語り掛けてきた、イズクの言葉を聞いて……
その日以降、この担任教師がこの中学校にやってくることは、二度と無かった。
「おい、クズリ野郎? まだ話は終わってねーぞ?」
一日の授業の全てが終わり、帰宅の準備を始めていたイズクの耳に、再び幼なじみの声が聞こえていた。と同時に、読んでいたノートを取り上げられた。
「勝己、なんだそれ?」
「将来のためのヒーロー研究ノート? No.13!? マジか!!?」
取り巻き二人の、ノートを見ながらの叫び声に、再び教室に侮蔑と嘲笑の空気が広がった。
「……緑谷出久が書いたノートらしい。記憶が戻るのではないかと一通り目を通している」
そして、イズクはイズクで、そんな二人や教室の反応に特に恥じもせず嫌がりもせず、平然と答えていた。
「緑谷出久は、かなりのヒーロー好きだったらしいな。インターネットに書かれていないことも詳しくまとめられている。正直、君たちが引く気持ちも分からなくはない」
どころか、いかにも他人事だというように、
これが大人の余裕か……笑っていた取り巻き二人も含めて、また全員、沈黙させられた。
「さぁ、分かったなら返してくれ? まだ全て読み終えていない――」
――BOMB!!
手を伸ばしたイズクに見せつけるように、爆豪が個性を発動。爆破されたノートが、黒焦げに変わった。
「トップヒーローはデビュー前から逸話を残してる。俺はこの何でもない公立中学から、歴代唯一の雄英合格者っていう箔をつけてーんだ。分かるか? 俺は完璧主義者なんだよ」
窓の外へノートをポイ捨てし、イズクの肩に手を置き、笑った顔を突き合わせた。
「だから雄英受けるな? ナード君――」
その時――
爆豪の胸倉が右手に掴まれ、持ち上げられた。そのまま教室の後ろの、壁に背中を叩きつけられた。
「がはッ――! テメ――」
「いいかクソガキ……お前が緑谷出久に対してどんな恨みを持っていたかは知らない。笑おうが蔑もうが好きにするがいい。だが、これだけはハッキリ言っておく――」
「オレの邪魔をするなあああああああ!!!」
直後、左拳から三本の爪が伸び、爆豪の首に向かって――
刺された! クラスの全員がそう思った。爆豪も……
だがよく見れば、爆豪の首の左右で、二本の爪が壁を貫いている。だが、とっさに真ん中の一本を拳に納めていたらしい。
「お前らもだ! クソガキども!!」
爆豪から手を放し、残った二本の爪を向けながら、同級生たちに、宣言する。
「オレや緑谷出久を笑うも蔑むも好きにするがいい。それがお前らにとっての日常で、やめろと言ってもやめないんだろう……オレも直接の被害が無い限りは赦してやる。だがもし、俺の邪魔をしたなら、お前らがヒーローになるのに必要な脳ミソと身体、仲良く泣き別れすることになるぞ。こんなふうにな!!」
二本のうちの、一本を納め、残った一本を、手直にある椅子の背もたれに振るう。
結果、椅子の背もたれの上半分、板と、支柱である金属が、綺麗に泣き別れになった。
「……」「……」「……」
「……」「……」「……」
無個性で気弱で、最低な雑魚で、ヒーローオタクな木偶の棒。
そんな緑谷出久の、あまりの変貌ぶり。恐ろしさ。そして、爆豪以外は初めて見ることになった、今まで無かったはずの金属の爪。キレイに切断された椅子の背もたれの断面。
緑谷出久のことをずっと笑っていた生徒ら全員から、言葉を奪うには十分過ぎた。
「……おい、クズリ野郎」
「……なんだ、爆豪勝己」
言いたいことを言い終え、荷物を手に教室を出ようとしたイズクに向かって、爆豪は、問いかけた。
「テメーのその『爪』……出し入れする時も痛てーのか?」
「……ああ、痛い。お前の『爆破』と同じだ」
そんな短いやり取りを行い。
今度こそ、教室を後にした。
クズリ野郎のセリフは主に山下大輝ボイスではなく、山路和弘ボイスを想像しながら書いてます。