個性 笑芸
相手を笑わせる。
笑井一は、将来の夢がある。
それは、テレビで活躍し、誰かを笑わせるコメディアンだった。
お笑い好きな両親の影響で、個性黎明期以前に存在した伝説的コント集団のコント、ピン芸人からコンビ芸人の漫才やコントに至るまで、様々なお笑いを目にした。また、落語や狂言といった古典芸能も学び、芸の引き出しを増やしていく。
「父ちゃん、母ちゃん!おれ、誰かを笑顔にさせるお笑い界のヒーローになる!」
誰かを笑顔にさせる。それが、一の矜持だった。笑えば心が落ち着き、笑うと嫌な事も忘れることができる。
人を嘲笑ったり、冷笑する笑いは嫌いだが、皆を笑顔にさせる笑いが一は好きだった。
個性使用の特権職業ともいえるヒーローを目指すべく、静岡県にある雄英高校を受験した。
雄英高校ヒーロー科の席を勝ち取った笑井一は、担任による入学初日の理不尽を乗り越えた。
彼の個性は、笑芸。その能力は、お笑いによる攻撃だ。簡単に説明するならば、オヤジギャグを披露すれば氷系統の技を放つこと、ロケットランチャーから金タライ落としといった小道具を取り出すこともできる。また、ギャグを見せた相手を強制的に笑わせ、戦闘不能に追い込むことさえも可能なのだ。ギャグが滑ったとしても、彼が狙い定めた相手は滑って転ぶ。つまり、滑ってもウケても、個性は発揮される。地味に強い個性だ。
この個性の真骨頂は、彼の体質にある。笑芸という個性は、少し特殊な個性であり、どんな事故でも軽傷で済んでしまうことだ。高いところから落ちても、人型の穴が地面に開いて身体が汚れるだけ。また、雷に打たれても、感電死しない。
それをクラスメイトやオールマイトが目撃したのは、ヒーロー学の初回授業における戦闘訓練である。
一は、ラッキー枠の記号を引いた。それにより、爆豪と戦うことになる。
一がヴィラン役、爆豪がヒーロー役に決まった。核を守る階にいた一は、爆豪の奇襲を受け、髪の毛がアフロになる。火傷も負わず、髪の毛にダメージが入っているだけだ。観戦していた耳郎は、一の姿に笑いを堪えていた。
最初の奇襲以降、爆豪の攻撃は当たらなくなってきた。爆豪の戦闘リズムを感覚的に掴み、ヒット&アウェイで乗り切っている。
「さっさと倒れろやボケ!」
「爆ちゃんったら、顔怖すぎっしょ」
「爆ちゃん言うな!クソがぁ!」
爆豪は、掌に溜まったニトロ成分の汗を爆発として打ち込む。
「よっと!ついでに、ほい!」
「ぶへらっ!?固い持ち手部分で叩くんじゃねえ!」
しかし、既の所で躱され、一が懐から取り出したハリセンで反撃される。後方へ大幅に跳躍した一は、両手を前に出して、手遊びの歌を歌い始めた。
「グーチョキパーでグーチョキパーで、何つくろう。何つくろう」
「てめぇ、なにふざけ」
「右手はチョキで、左手もチョキで、推しの子~推しの子~」
チョキを裏返して、目元にくっつける一。ギャグを見た爆豪は、爆発の反動で飛来しながら突っ込んだ。
「誰がそのネタわかんだ!くそボケがぁ!」
(((爆豪って、推しの子とか読むんだ)))
一と耳郎たちの心の声が一致した。爆豪は、意外にもジャンプ好きなのである。
「それよりも見てみて、アルミ缶の上にあるミカン!」
一のギャグが発動する。爆豪の目の前でアルミ缶に乗ったミカンを見せつける。戦闘の雰囲気だった空気が凍り、爆豪も思わず立ち止まった。管制室から見ていたクラスメイトの数人は、一のオヤジギャグにぞぞぞと寒気を感じ、肌を摩り始める。
オールマイトだけは、爆豪と一のいる空間に異変が生じている事をいち早く察知した。
一のギャグによって、爆豪の手元と足が氷で凍っている。一時的に爆破を封じられた爆豪は、爆破で掌の氷を破壊するも、足元の爆破に気を取られ、目の前に迫る物体に遅れを取った。
「RPGショット!ファイア!」
ロケットランチャーを肩に担いだ一は、照準器で爆豪に狙いを定め、引き金を引く。発射されたロケット弾が、ガスと炎の推進力により、爆豪の元へと迫る。だがしかし、爆豪は、野性的な戦闘勘によって、即座に後退する。足元でロケット弾が着弾し、爆豪自身が緑谷戦で放った爆破にも引けを取らない爆発が起こった。反動で後退した一は、爆豪に効いていないことを目にして、ロケランの残骸をポイッと捨てる。
「ちっ、外したか」
「ちんけな道具で俺を倒せると思ったら大間違いだ!」
「何を仰るウサギさん!ワザマネ発動!」
「誰がウサギさんだコラ!」
BOOMと爆発音が鳴り、爆熱が爆豪に当たる。一が披露したのは、爆豪と同じく掌からの爆破だった。
爆豪の顔が歪む。切島と上鳴は、一の攻撃に口をあんぐりと開ける。
「俺の爆破を真似やがった!?」
「ご名答、この技は目で見た攻撃を模倣するんだぜい。さて、ラストスパートといきますか!」
「バナナが一本一万円!?そんなバナナ!」
「その口閉じろや!殺すぞ!」
爆豪の足がナニカをぐにゃりと踏み、姿勢が崩れる。足元を一瞥すれば、バナナの皮がそこにあった。
「しまっ…!?」
「笑撃アッパー!」
足を力強く踏み込み、顎目掛けて突き出したアッパーカットが爆豪の顎に打ち込まれる。顎に衝撃を受けた爆豪の頭は脳震盪を起こし、どさりと地面に崩れ落ちた。
〈笑井少年!WINー!〉
戦闘訓練は、一の勝利で終わった。
放課後、一の個性について質問責めされ、質問に答えながらギャグを披露し、耳郎に突っ込まれた。
「耳郎さん、俺とお笑いコンビを組まないか?」
「誰がやるか!」
『もしも、おふざけ全開で戦っていたら』
「爆豪ー!」
「死ねやぁぁぁあ!」
「ともだち〇こー!」
「ハゥア!?」
爆豪の急所ともいえる股間をモンズと掌で鷲掴み、にぎにぎすることで恥辱の敗北を味わわせた。
戦闘終了後、男子は股間を隠して後ずさりし、一部の女子は冷ややかな目を向けていた。
葉隠、麗日、芦戸だけ、腹を抱えて笑っていた。